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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

幹ちゃん、来たーーーーー!

12くも
飛行機から見たらちっこい雲がたくさんだった7月27日の空。

<拍手コメントお礼>
Nさま。あんなに愛想の悪かった私の心に、決して土足ではなく、ちゃんと靴を履いてまっすぐ入ってきてくれたあなたに、心から感謝しています。きっと互いのエネルギーが良い感じに化学反応したと思います。おさに出会わせてくれて、本当にありがとう!!


元劇団四季の石丸幹二さん(私の男性のお顔の好みストライクど真ん中の方)、ついに来ましたね。
来正月に舞台復帰。クリエ3月からの舞台にも登場。しかも樹里ちゃんも!!
おさちゃんの舞台で上京の時に絶対観ます!!


●ミニエッセー770「ヅカノート2008夏より13・グレート・ギャツビーを観て②」
遼河さんは、見栄えは男役そのものだが、声が高く、正直少し舞台上で頼りなさを感じるところもある生徒である。しかし、「ミーアンドマイガール」でも、適役がくればとても魅力的な人なのだと気付いた。そういう意味で、今回もとても魅力的で、瀬奈さんとのバランスも大変良かった。
それから、また一層魅力を発揮したのが越乃リュウ組長である。初演・高嶺さんのウルフシェイムは、ボスというよりもかなり2枚目で男の色気が前面に出ていたが、越乃さんはまさに「ボス」であり、3枚目の部分もあり、それでいて中心で踊ればダンディで格好良くて、どこかほほえましかった。
それから、キーパーソンでもあるギャツビーを殺し自殺してしまうウィルソンは、まさか専科の大ベテランである磯野千尋さんが演じるとは思っていなかったのだが、さすがの技量だった。
また、今回、もともとは1幕もののお芝居を2幕に構成したことで、増えた場面というのが要所要所にあったが、そのほとんどはウィルソンの心理を描いた場面だった。彼は純粋に不実な女と知りつつひたすら妻を愛し、田舎での穏やかな暮らしを夢見ていた―演出の小池修一郎先生は、それをより強く打ち出して、ラストシーンの意味をはっきりと浮かび上がらせたかったのだろう。
それについてはまあ良かったが、はさまれていたなんとなく抽象的な場面は、少し間延び感があった。その分をミニフィナーレにまわしても良かった気もするが、今回はあくまでも観客を物語に集中させ、宝塚的なものを望まない一般の観客にも受け入れられる作品にしたかったのだろう。
なお、マートルの憧花ゆりのさんをはじめ、ほかの生徒もそれぞれ健闘していたが、下級生では特に端正な顔立ちの瑞羽奏都さんが目をひいた。
日生劇場という、宝塚用ではない制約がある中、舞台装置などよく工夫されていたと感じた。
とにかく瀬奈さんの魅力がすべてと言っていい舞台だった。ウィルソンに撃たれて倒れる時の一瞬の美しさも忘れられない。グレート・麻子さんであった。
                             ◇
原作を書いたF・スコット・フィッツジェラルドについては、彼自身の人生も宝塚の舞台になっているので、親しみを持っている。ただ私は、今回の原作もほかの彼の作品も読んでいないので、あくまでも想像の域だが、よく人間の本質を知っているなと感じる。
この『グレート・ギャツビー』の登場人物一人ひとりをとっても、人が持つ良さと悪さがよく出ている。そして、作家としては、結末の描き方が非常に巧みであると感じ、うらやましく思う。
ひたすら愛への夢を追い続けた主人公やウィルソンは、愛を貫いたまま人生を終える。それは、ひょっとしたら、スコットの理想の幸福であり、実際彼もゼルダを心に抱いたまま逝ったような気がする。
しかし、登場女性陣のジョーダンやデイジーは、次に向かって歩き出す。デイジーについては、これからは精神的にしかばねかもしれない。苦しいだけかもしれない。けれども、母親としての強さが彼女をいつか立ち直させるかもしれないという予感も抱かせる。自分を愛し抜いて死んだ男が思い出の中で鮮やかに生きるということも、ある意味うらやましい。
女性の描き方が見事だ。女には、愛に生きたい半面、現実的で計算高いところがある。わがままできまぐれで、派手で遊び好きで人を振り回す―でも、だからこそかわいらしいという女性特有の魅力は、きっとスコットが愛した、そして愛しすぎたゼルダが身をもって示してくれたのだろう。


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