FC2ブログ
 

北海道発・わっちさんの宝塚な日々

油断ヅカノート

43
昨日の続きです。

<拍手コメントをくださった方へ>
ありがとうございました。とてもとてもうれしかったです。

観劇したら点数を付けたり、いろいろと記録しているマイスコアブック―通称ヅカノート。
気付いたら、いつもは十分用意してある点数一覧ページをまったく用意していなかったり、受賞記録のまとめをしばらくつけ忘れていたり・・・。
ありゃりゃん。
春野さんが退団してから、どうも油断してるなぁ・・・。


●ミニエッセー630「宝塚・舞台人としてのオーラ」
タカラヅカ・スカイステージでは時折、生徒(特に下級生)の素顔が垣間見れるリポート番組などが放送される。舞台化粧、衣装ではない1人のお嬢さんとして、「人となり」の一端が分かり、これから活躍する下級生について占う意味でも、ファンとしては興味深い。
長くファンをやっていると、下級生の時から既にスターの、あるいはスターになりそうなオーラ(雰囲気、風情、魅力と置き換えてもいい)がある生徒と、ない生徒の見分けがついてくるものである。下級生のころはいまひとつスターらしさがなくても、だんだん上級生になるに従って身に付いてくるという生徒もいるが、その「スターのオーラ」というものが面白いと思うのは、生徒の素顔がきれい、かわいい、スタイルがいい悪い、技術のあるなしなどに必ずしもかかわらないということである。
つまり、どんなに素顔がかわいらしくてもまったくスターのオーラ、またはスターと位置付けなくても舞台人としてのオーラがない生徒が存在するのである。そういう生徒は、なかなか舞台でも輝きを感じられない。それは、役が大きい小さい、セリフや歌があるない、どこで踊っている―などとは関係がない。
われわれファンは、舞台での輝きを見てこそ生徒にときめき、応援したいと思うものなので、残念ながら何かしらのオーラがない生徒は魅力的に映らない。
生徒はみんな、あこがれのタカラジェンヌになるために、さまざまなレッスンを積み、ものすごい倍率をかいくぐって音楽学校生になって団員になる。だから、音楽学校に入ってくる時点で、言い方は悪いがふるいにかけられて、残ってきている。みんな、何かしらの魅力があるはずなのだ。
しかし、みんながみんな原石だから、その中で突出していくためには、さらに自分を磨かなければならない。血のにじむような努力も必要な場合もあるだろう。大変なことだ。
けれども、その中で「オーラ」は、磨いて備わるというものでないからやっかいだ。もちろん、持って生まれた資質も大きいが、ある程度心掛け、気持の持ち方によるという面もあると思う。
私の見解では、まず第一に宝塚の舞台が好きという気持ちが表れているか否かである。
当然、嫌いではできないだろうから、みんな好きという気持ちがあるに違いない。ただ、それが表情や言動に表れるかどうかということになろう。好きという気持ちがあれば、舞台でもテレビでもグラビア撮影でもどんな仕事をしていても生き生きできるだろう。
それから、「好き」と似ているが、「やる気」があるか否かも大切である。
これも、みんな好きなのだから、やる気はあるに決まっているだろうが、仕事に積極的か消極的かは、客観的に見破られやすい。目を見れば分かる。
そして、誇りと自信だ。タカラジェンヌであるという誇り。それは生徒みんなが持ってしかるべきで、過剰になって変な自信を持つのはいけないが、下級生は下級生なりの自信を持ち、次第にそれを確かなものにしていけるよう前進するといい。学年が上がるごとに経験を積み、自信を持つことは必ず良い舞台につながることだろう。
それから、これも学年が上がるごとに自然にできるようになればベストだと思うが、ファンや観客の目や気持ちに対する意識である。
舞台は演じ手だけでは成立しない。ファンや観客の期待を感じ取り、応えようと務めること、そしてそれを超え、さらに喜ばせよう、驚かせようというサービス精神。それがあってこそ初めて「プロ」と言えるのではないだろうか。ファン、観客とのキャッチボールがスムーズにできるようになったら、プロ中のプロだろう。―こうして並べてみると、これらの自覚は、一般社会のどんな仕事にも通じることである。私自身も戒めにしたい。



スポンサーサイト



PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)