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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

甦った「甦った情熱」

和紙2
昨日の続きです。

先月の途中まで、携帯電話の目覚まし音を「ラブ・シンフォニー」にしていたのですが、「明智小五郎の事件簿」から「甦った情熱」(メロディのみ)に替えました。
それを聞いているとめっちゃ素敵だったおさ明智が甦ってきて、たまりません・・・。
じっくり聞いてしまって、すぐには起き上がらない・・・
というか、何の曲でもすぐには起きれないんですけどね。
朝、だいっ嫌いなんだもん。


●ミニエッセー546「悲劇の予感―裁判員制度と観劇2」
実施されたら、辞退の許可をめぐってさまざまな案件が発生しよう。それぞれの地方で、取り扱いが違ってくることやいろいろなもめこどが起きることは想像に難くない。
辞退者が理由にあてはまるように準備し、続出されては困るから、事前に公表する辞退可能理由の範囲を狭めているのかもしれないが、生身の、そして心ある人間の生活事情について、一体どこまでどう規定するつもりなのだろうか。
そして、実際の評決の話し合いの時、うまく自分の意見を言えないタイプの人は、どんなに苦痛だろう。裁判員制度の模擬の様子をテレビなどで見ると、それに出席している人は模擬ということもあって、みんな何がしか、ちゃんと意見を言っているようだが、実際は万人がそういう人ばかりとは限らない。結局言いたいことも言えずに、ただただ白か黒かを決めなくてはいけないということもあるだろう。
また、事件によっては死体の写真など、トラウマになりそうなものを見なくてはいけない場面もあるというが、本当にそれで精神的にやられてしまい、日常生活に支障をきたしたら、誰が責任を取ってくれるのだろう。
ホームページの質問コーナーに「気が思いのですが・・・」―「それでもやってください」というのが出ていたが、裁判員をやった、評決をしたというだけで、精神的に参る人も出ることだろう。特に若い世代には多いのではないだろうか。
それらのリスクを思うと私は、誰もがランダムに当たるというのは確かに公平ではあるが、やはり個人の人生経験や資質は考慮するべきだし、取り扱う事件の種類は限定すべきではないかと考えている。
そして、どうしても変更できない旅に当たった場合は「次回はやりますから、今回は認めてください」と言える機会を与えてもらいたいものである。
実は、私はもう20年以上前から、しょっちゅう地元の裁判所から「裁判員に関わる事前アンケート調査」みたいなものが届いていた。
内容は、裁判員に選ばれたら受けられる環境にあるか、何曜日ならば来れるかということを細かく答えて返信するというもので、そのころはまだ本当に一般人の裁判員制度が実現するとは思わなかったし、義務とも思っておらず、単純に「仕事をしているから、常に無理です」と答えていた。
なぜ、家族一同には来なくて、私にばかり来るのか、ずっと不思議で仕方なかったのだが・・・。
だから、この裁判員制度については、なんとなく他人事ではないとずっと思ってきた。いろいろと思うところがあるのだ。
これ以上細かいことを書くと、今回の主題とずれるので、そろそろやめておくが、とにかくこれを読んでいる方で、遠方へ出掛けなければならない趣味がある方―特に宝塚ファンの方には、今後、罰金も覚悟しなければならないことがあり得ることを申し上げたい。
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