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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

仙台へ出張

お茶会
東京最後のお茶会終了後のおさちゃんの席。

本日から仙台に出張します。4日の夜に戻ります。今回は、PC持参です。
旅はうれしいけれど、仕事なので、緊張しますわ。
しかも、自分ペースの取材出張ではなく、大学全体の仕事で、責任重大な任務なんで・・・。
それでも宝塚DVD持参のわっちって・・・

旅支度の時、「えーーーーと、オペラグラスにヅカノートに・・・あっ違った」とやってました。

仙台に行くのは4回目です。空き時間は買い物と、牛タンと、できれば動物園に行きたいです。

・・・おいっ、何しに行くんだいっ・・・


●ミニエッセー540「春野寿美礼さんのこと1・2001年夏~秋」
ブログを始めた2006年の夏、このミニエッセーの中で、私が今までそのときどきのコアとして愛していた宝塚スターは、天海祐希さん、麻路さきさん、真琴つばささん、春野寿美礼さんだと示し、ビッグ4と名付けていた。
そして、3人までについての現役中の私の応援、観劇の変遷、思い出なども書いた。4人目の春野さんについては、いずれ春野さんが退団してからでもゆっくり書きたいと、そのシリーズを締めた。
今、もうその時期になってしまったのだ思うと、感慨深い。
春野さんについては、2番手の時から初めてファンクラブに入っての応援だったこと、期間も長かったということもあり、思い入れも深く、自分の「宝塚な歴史」としても、たくさん詳しく書きたいので、シリーズとしては30も40も、いや、きっともっと・・・相当長くなる予定である。
そこで、毎日ずっと書いているとさすがに息も切れるので、何回か続けたらしばらく休んでほかの話題を書き、また再開・・・というふうにしていきたい。
切り口はいろいろあり、思案したのだが、やはり時系列に沿ってヅカノートを紐解きながら振り返っていきたい。
                          ◇
ファンになる前、そしてファンになったきっかけなどは、今までも何度か書いてきたので、ざっと触れるくらいにする。
春野さんのことは、真矢みきさん時代の「ハウ・トゥ・サクシード」のころまでは有力な新人の1人とだけ見ていた。私は、「ハウ・トゥ―」が生で初めて花組を観た記念すべき公演なのだが、もちろん、そのころはまだ春野さんに注目はしていなかった。
しかし、その少しあとに一般の宝塚本に宝塚ファンのあるアナウンサーが「すごい新人が出現。これはひょっとして、大スターになるかも。その名は春野寿美礼」というようなことが書かれていたのを読み、心の片隅にいつもその名を忘れないという意識になった。
しかし、その後愛華みれさんの代になり、「タンゴアルゼンチーノ/ザ・レビュー99」や「あさきゆめみし」を観た時、まだまだ真琴さん一筋状態だったので、「上手な子だな」ぐらいの感覚でいた。
そして、2001年7月2日に真琴つばささんが退団し、心に穴が空いた私を「一緒に花組を観てみませんか」と誘ってくれたのが、「ルードヴィヒⅡ世」で春野さんのファンになった友人のNつんだった。2001年8月、大劇場での愛華さんの退団公演「ミケランジェロ/VIVA!」―生き生きと息づいていた春野さんと瀬奈さんを中心に観たものだ。その後、東京公演にも行き、千秋楽は札幌での生中継にも行った。
瀬奈さんを見ていると、どうも自分の中で「私は瀬奈さん自身を見ているのではなくて、真琴さんの面影を探しているようだ」と感じざるを得ず、そんな気持ちで瀬奈さんのファンなどと言ってしまっては、瀬奈さんに失礼だし、自分自身が許せないという思いばかりがよぎった。瀬奈さんのことはそっと見守っていこうと決めた。
それで、Nつんが大好きという春野さんのことは、特別な先入観もなく、お茶会にも行くようになって、握手をさせてもらって、自然に好きになっていった感覚がある。(続く)
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