FC2ブログ
 

北海道発・わっちさんの宝塚な日々

国際線で東京入り

黒酢バー

この写真は、先日主人と行った新橋駅にある「黒酢バー」(黒酢ベースのジュースやシェイクを売るスタンド)にあった、SUICAのキャラクター。なぜか黒酢バーの宣伝マンも務めている様子。主人はリンゴ味、私はバナナシェークでしたが、どちらも飲みやすくておいしかったです。
ところで、本日すでに東京に来ています。
仕事を終えて空港に直行し、夜のJAL便で。
急遽、国際線仕様の機体に変更になり、クラスJの人は代わりに、豪華なエグゼクティブクラスで、超ゆったりシート、最新式の映画、CSテレビ見放題、好きな音楽聞き放題。飛び出す個人液晶画面が珍しく、久しく国際線に乗っていない田舎モノのわっちさんでした。時間が足りないくらいでした。
とうとうあと2日で終っちゃうファントム・・・寂しすぎるぅ。
寂しいといえば、今日職場の仲間であった女性が退職し、昼にお別れ会がありました。
新しく自分のやりたいことへ向かっての旅立ちは、羨ましくもありました。どうか、元気で、幸せにね!


●ミニエッセー49「わっちさんのこと4・勤続23年」
わっちさんは、短大卒業後、現在の職場に就職してから、転職することもなく、22年来た。来年4月で丸23年になる。
就職の時の経緯は前に簡単に述べたが、実はこの職場(私立大学・短大・高校を抱える学校法人)への就職試験時期に、在学していた藤女子短大から自宅のある市内の大手地方銀行への推薦もいただいていた。
学校法人の最終合格が決まった数日後に、銀行の試験があったのだが、私は、銀行は受けに行かないことに決めた。
1985年当時、世はバブル期に入っていて、銀行、証券会社、保険会社などは花形の就職先だったが、私は「簡単には倒産しない所で、なるべく長く勤められること」を一番に考えた。
短大の就職課に学校法人への合格を報告すると、大変喜んでいただいた。そして、自ら銀行に受験お断りの電話を掛け、お詫びのために、親と共に出向く必要があるかを確認した。
その銀行の人事の方は、「2年前に小説で賞を取ったあなたのことはよく存じていたのでとても残念ですが、教育機関へ行くならば致し方ありません」と言ってくださった。
今から数年前、その銀行はある事件の主役となり、経営破たんし、倒産してしまった。そこまで言うとどこの銀行か察していただけるだろう。クラブの先輩が勤めていたことや、優しかった人事の方のことを思い、とても複雑な気持ちだった。
さて、私が勤めることになった学校法人で最初に配属されたのは、大学・短大の入試事務・広報を行う課で、7年いた。
そこでは、結構数字と国内地理の知識と営業センス、コンピュータの扱いが必要で、どれも苦手だった私は必死に勉強して仕事をものにしようと頑張った。
まず、得意の通信教育で簿記を修得し、数字が怖くなくなった。
学生の出身地データ整理をしているうちに、また出張が多かったこともあり、地理にも強くなった。旅の楽しさも知った。
出張先や学内でも、あらゆる人と話をし、大学のPRに努めなければならなかったため、営業ノウハウも身に付け、パンフレット作りなどでは芸術的センスを磨くこともできた。
ワープロは学生時代からやっていたが、コンピュータ(まだパソコンではなく、オフコン)も少しずつ覚えていった。
次は、法人全体の総務課に異動し4年勤めた。主に、人事・給与を担当した。
正直言うと、クリエイティブ系の仕事が好きだったため、管理系の仕事はつらいと感じたこともあったが、学園全体を把握でき、接客や給与・税金システムの勉強ができ、その後長く付き合うことになった後輩とも出会った。
その後、念願の部署だった教務課で7年間、実に楽しくやった。最も大学らしい仕事だったので、好きだったのだ。
学生の単位・成績の管理、履修指導などに加え、後半に携わった新人職員の教育(といっても、自分の背中を見てもらう気持ちだったが)も自分にとって良い経験だった。
その教務時代一時期だが、特に選ばれて広報室の仕事も兼任したが、忙しすぎたことと、あまりに自由度がなくて力を発揮し切れず、納得できないことが多かったため、自ら解任を願い出た。
私は中途半端は嫌な人だ。学生の人生がかかっている教務事務を全うしたかった。
そして、現在の部署に異動になったのだが、今までの異動とは違い、実質「職種替え」となった。
それまで事務屋のプロだったのだが、大学が全国に発行している月間雑誌の編集部で記者・編集者をやることになったのだ。カメラマンにもなるために、アマチュアではいられなくなり、写真教室にも出張扱いで通った。まったく、新人の気分だった。
編集部4年生になったが、難しい専門知識も必要で、いまだに慣れない部分がある。例によって、人と話すのも大変だ。しかし、それをこなさないと仕事にならないし、たった1行に悩むことも多い。子供のころから書くことが好きだった私だが、それが仕事となってしまうとなかなか苦しいものだ。
ただ、この時代に与えられる仕事があることの幸せは忘れたくないし、ありがたいことに部署の女性の同僚が皆仕事ができ、気配りができ、とても支えられている。どこの業界のどこの部署でも、1課に一人は「嫌な女」がいるケースが多い。だが、わが部署にはそんな女性はいない。
部署中ではキャリアが一番上の自分も「嫌な女」にならないようにしたい。というか、私はどうも男役のようなのだが・・・。
人見知りなゆえに、かえって「仕事なんだから、やらなきゃ」という義務感でここまで頑張ってこれているのではないかと思っている。(続く)

スポンサーサイト



PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

わっちさんは“人見知り”を人に見せない所がすばらしい。
ある私の間接的な知り合いの女性は初対面の相手に
「私人見知りなの」と言ってしまう自分中心の人だ。
人は誰でも人見知りだし、初対面の人とは探りながら
気を遣いながら話していく。
そこで、それを言ってしまうと、相手ががんばらなくてはいけなくなる。
彼女に会う機会は少ないが、今の私ならがんばって話しかけることはしないだろう。
東京のスクールに行くと必ず知らない人同士で班になる。
そこで私は必ずこの場限りであっても気持ちよく過ごすため
なるべく自分から会話を始める。(空気は読むが)
機会がなければトイレで会った時はチャンス。
緊張はするけど、その方が私にとってベターだ。
こんな私も実は人より人見知りなのかもしれない。

SAKICO | URL | 2006/09/30 (Sat) 11:39 [編集]


でも、分かる人にはバリアがあると、分かるみたい。
だいぶん、大人になったんだけどね。笑
SAKICOさんの場合は、人見知りではなく、気遣いかな。末っ子だから、ななちさんじゃないけど赤ちゃんのころから人なつっこいよ。
私は、まったくそういうのがないんだよねー。かわいく人に甘えるってことができない。それで損をすることも多いです。
できないというか、生まれた時からしたことがないから、わかんないのかもです。

わっちさん | URL | 2006/09/30 (Sat) 22:25 [編集]


 
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)