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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

あさき楽シリーズ&おさあさ熱烈対談

あお
青パターン。これ、一瞬で次の色になるので、撮るのに苦労しました~

本日朝から「あさき」の楽シリーズへ出掛けます。
今日からオール観劇です。
明日から随時、ご報告します。

グラフ8月号・・・熱烈な2人の熱烈対談・・・いろいろな意味でたまりませんね・・・。
そして、スペシャルピンナップもおさちゃん。
シールも・・・。
ディナーショーの様子も・・・。
退団記者会見も・・・。
なんか、涙が出る・・・。


●ミニエッセー343「Kおばさん一家の武勇伝16・天国のMおじさん②」
Mおじさんの肝硬変が悪化し、入院していた時のことで忘れられないのは、お見舞いに行くと、病院の入り口の前の低い石垣におじさんがパジャマの上にジャケットを着て、座って待っていたことだ。
少し遠くからその光景を見た時、私も主人も「個人病院なのに守衛さんがいるなんて、立派なものだ」と思った。近づくと、「おお」とこっちを向いたのは、ベッドにいなくてはいけないはずのおじさんだった。
おじさんは、あまりにも退屈で、しっかり歩けなかったので、傘や要らなくなった釣竿などをアレンジして、オリジナルの杖を作り、それを手にして、お見舞いに行くよとわれわれの連絡を受けて首を長くして、守衛のように待っていたのだ。笑わずにはいられなかった。
そして、私のMおじさんとの最後の思い出は、宝塚と関係している。
おじさんが亡くなる数カ月、おじさんはなぜか「わっちさんはまだ来ないのか」と毎日のようにKおばさんやA選手に言うようになった。
私は宝塚の全国ツアー旭川公演に行くため、母と妹とともにKおばさんの家に前日から泊まりに行くことになっていた。その日が「まだか」としきりにおじさんは気にしていたようだ。
それまでは、心では思っていても、みんなに会えることを心待ちにしていることを口に出して表したことがなかったのにである。
それを聞いて、私は嫌な予感がしないわけでもなかった。しかし、まさか退院し、家で療養している状態で、亡くなるとは思っていなかったのだ。
今思うと、きっと体調が思わしくなく、なんとなく不安で寂しい気持ちだったのだろう。
「わっちさんはまだか」と言ってくれた―そのことが胸にあったので、死に目には間に合いたかったが、とうとう間に合わなかったことが心残りだ。私が生まれた時から、もう1人の父だったMおじさんの亡骸を前に、ただただ白い頬をなでて、「おじさん、ごめんね」と誤るしかなかった。
おじさんはとても安らかな良い顔をしていた。
KおばさんもA選手もTちゃんも、あまりの突然のことに呆然とし、涙も出なかった状態だった。「あっけないんもんだね・・・」A選手は会う人会う人にそう言っていた。
あれから11年の間にKおばさん一家にいろいろなことがあったが、一段と団結して乗り越えてきている。思えば、雷が落ちて電化製品はだめになっても家は焼けなかったし、人も大丈夫だった。A選手とKおばさんは交通事故に遭っているが、怪我はなかった。A選手夫婦の勤める会社が倒産しても次の職場があった。きっとMおじさんが天国から手を差し伸べているからに違いない。
Mおじさんは、旭川市内のとても良い環境のお墓で眠っている。きっと、いつも病院の前に座っていたように、守衛を務めていることだろう。そして、いつもお墓に置くお酒を飲んでいるに違いない。

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