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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

あさき第2弾のために

ぱすた
主人が頼んだメイン料理のパスタ。ぴり辛で、今度は私もこれにしようと思いました。

本日、あさきゆめみし第2弾(2回)&明日、村バレンシアを観ます。
今回は前回とは違い超リーズナブルなビジネスホテルに宿泊中。
PCが使えない所なので、ご報告は明日の夜遅くになります。
ただし、ちゃんと帰れたらですが・・・。

10日の夜、台風の状況がやばくなったので、翌日の状況によっては旅の計画を変更することを決意。
11日朝の情報を見て、念のため14日朝のフライトをキャンセル(飛行機代の半額ぼったくられた)し、13日夜の神戸空港行きを予約(普通料金・・・4万円なり)。ホテルも追加予約。
昨日、就業後新千歳空港に直行し、初めて神戸空港へ。三宮を経由して大阪に~。
こうまでしても絶対、遅れる・観れないというわけにはいかない今回。

あーーーーおさ源氏さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

↑壊れてます・・・。

ところで「あさき」では、男役上級生たちはよく場を締めていました。ちょっとしか出ない夏美パパや大伴さん。義兄・朱雀帝のさお太さん(なかなか良かった)。冷泉帝の眉月さん。すっかり老け役専科で、なんかおもしろい翁の悠真さん(いつかなんかやらかしてくれそう)ら。さすがよのぉ。


●ミニエッセー337「Kおばさん一家の武勇伝12・長男で末っ子Tちゃん②」
突然亡くなったMおじさんだが、危篤になった時、輸血が必要になった。すると、Tちゃんの会社の同じ血液型の人たちがみんな集結してくれて、輸血に協力してくれたという。普段、Tちゃんに世話になっているからと、みんな口々に言っていたらしい。
われわれには冗談ばかり言って、ひょうきんなところしか見せないTちゃんだが、そういうところに人望が出るのだなと思った。
私と主人は妹のS子を連れて、妹のA子一家の車と連なり、大量に喀血したというMおじさんが、その輸血で回復すると信じて旭川へ向かったのだが、初めて行くおじさんが運ばれた病院までのナビは、病院の玄関からTちゃんがしてくれ、私が携帯電話で連絡を取り合っていた。
病院に着くと、夜間出入り口に笑顔でTちゃんが立っていたから、われわれはおじさんが助かったのだと思い、皆一緒にエレベーターに乗ると、地下へ行くではないか。
「おじさんは・・・?」私はおそるおそるTちゃんに聞いた。「だめだったわ・・・もう遺体安置室なんだ」。
私は、その時手をつないでいた幼い甥っ子にそれが何を意味するのか、やっと説明した。
ナビをしてくれていた時、おじさんはもう黄泉の国へ旅立っていた。だが、われわれが動揺して事故を起こさないようにと、Tちゃんはまるで平常に道案内をしてくれていたのだ。
葬儀では、最後にお棺の窓を閉じる時、泣いてばかりでなかなかおじさんの顔を見ようとしなかったTちゃん。長男だが、末っ子なのだ。妹の私は、彼の背中を押した。「さあ、Tちゃん、ちゃんとおじさんの顔を見てお別れしなきゃ」。
やっと前へ進み出たTちゃん。それでも、憔悴しきった喪主のKおばさんに代わり、施主として最後に親類にあいさつしたその姿は、とても立派だった。
ところで、今年度で46歳になる私の「兄」は、まだ独身である。若いころはとにかく車が好きで、カー無線が好きだったが、今の趣味はもう副業(?)でもあるパチンコと、弱いくせにたまに飲むお酒だ。
そのお酒で、Tちゃんはもう少しで死ぬという大変な目に遭っている。運命で生かされたとしか思えない出来事だった。
車生活なので、会社帰りに飲みに行く時、Tちゃんはいつも運転代行を頼む。真冬のその日もそうだった。Kおばさんの家にはTちゃんの車、A選手、Fさんが帰ってきていた。
かなり遅くなってもTちゃんが帰ってこないので、家族は「珍しく盛り上がっているんだね」と話していたらしい。
その日、極寒で有名な旭川の気温はひどく低く、家の周りはつるつるに凍りついていた。(続く)


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コメントコメント


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台風の影響がわっちさんの旅に影響するのではと心配していました。
天候には勝てないけどがんばれ!
Tちゃん伝説・・ぷっ

SAKICO | URL | 2007/07/15 (Sun) 01:22 [編集]


ご心配かけてます。
パワーで台風をそらしてみました。
順調に帰れるような気がします。
我ながら強運と普段の行いの良さかと。(爆)晴女伝説、敗れないぞ~

わっちさん | URL | 2007/07/15 (Sun) 16:02 [編集]


 
 

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