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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

楽しかったファンクラブ総見

日帰りで東京へ行ってきました。
今日のファントム午後公演は、おさちゃんのファンクラブみんなで会服を着て2階から観る総見日だったのです。
おさちゃんは、いつもならば総見の日は、ショー作品の時に決めポーズなどをわれわれに向けてくれたりして、みんなが大喜びするという感じなのですが、今回は1本物でフィナーレの短いショーしかないので、そんなにそんなに見てくれないかなと思ったりしていたのですが・・・。
春野さん、やってくれました。
またまたファンの心わしづかみ。
芝居でも時々、大拍手で必死に盛り上げるわれわれを意識してくれたし、何より、キラキラ燕尾での男役総踊りの場面で、何度も何度も手振り付きで見上げてくれました。
みんな、歓喜、悶絶、喜びの涙、うっとり、余韻で(私は全部)、最高に幸せでした。
帰りの飛行機の時間のため、出待ちができず残念でしたが、またしばらくこの思い出だけで生きていけそう。
ゆみこやまとぶんも、見上げてくれたなあ。
おさちゃん、みんな、ありがとう!!


●ミニエッセー23「“エリザベート”の魅力2」
東宝版も小池先生の演出だが、こちらは一般向けに、よりリアリティが濃く、主人公・エリザベートの、ただ孤独だった面だけではなく、我が強かった点や、皇帝一家の政治的なしたたかさなども打ち出されている。それにしても、エリザベート(愛称シシィ)が味わったであろう孤独感には共鳴せざるを得ない。
人は誰しも自由に生きたい。社会に生きる以上、さまざまなしがらみに縛られるのは必然だが、できればそれがゆるくありたいものだ。せめて、自分の好きな人を愛し、好きな物を食べ、好きなことをしたい。
シシィは皇太后の姪で、公爵家のお嬢様だったが、多趣味で自由奔放な父にあこがれ、いつも男の子のように飛び回る元気な女の子だった。長女ではないから、時代背景があったとしても、もう少し自由な生き方ができたかもしれなかった。
しかし、美しく、生き生きしていたゆえに、いとこであるフランツに見初められ、若くして皇后になってしまう。
皇后という地位には、シシィもあこがれたかもしれない。けれども、一見華やかな宮廷生活は、活発なシシィにはあまりにも窮屈だった。
そのような状況にも耐えられ、一国の女王に向く女性ももいるはずだ。しかし、シシィには向かなかった。自分に向かない環境で過ごす。それほど苦しくつらい人生はない。
あくまでも想像だが、元キャリアウーマンだったわが国の皇太子妃・雅子様もエリザベートに共感なさるのではと感じることがある。皇太子様は一人の男性としても、男らしく、たいへん優しい方で、お子様もいらして、ご家庭としては理想的である。が、豊かな知性と教養がおありになる雅子様は、皇室の一員であってもキャリアを生かした雅子様らしい生き方をなさりたいのではないかと、とてもいたたまれない気持ちになる。
また、皇后・美智子様も相当ご苦労をされ、今まで歩まれてきたことだろう。
舞台では、エリザベートが精神病院を慰労訪問する場面で、いつも涙が出る。肉体的にはどこへも行けず制約を受ける精神病患者の女の子の魂は、無限に自由なのだ。女の子は自分を「エリザベート皇后」だと思い込んでいる。
以前、私の父が勤務していた病院に「私はアムロ(奈美恵)ちゃんと、キムタクの母だ」と言ってきかない患者さんがいると話してくれた。何と、幸福な魂だろうか。舞台と同じだ。
女の子と変われるものなら変わりたい、自由にはばたきたいと言うエリザベートの嘆きが、時を超えて訴えかけてくる。心の翼を動かせないのが、最も悲しいことなのよと。
誰からも「観に行ってはいけません」とも言われず、好きな宝塚を楽しめている自分は、なんと幸せなのだろう。
「エリザベート」は、私にとって、日常の環境のありがたさを再認識させてくれる作品でもある。(続く)
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