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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

CS明智座談会

戴冠式

この向こうでは、「シンデレラの戴冠式」が行なわれていたのですが・・・すごい人でほとんど見えず・・・

先週のことですが、CSで明智座談会「NOW ON STAGE」を観ました~。
合間の映像が稽古風景でなくて初日ダイジェストなのがよろしい。そうでなくっちゃ。
まだ生の舞台を観る前ですが、なんとなく感じているおさたちの「戸惑い」が感じられて、相変わらず素直なとこが良かったですね。
一花ちゃん好きな私。スターの一員に入っていて嬉しかったなぁ。
あー早く舞台観たいぞぉ。

今日は1日札幌へ取材出張。夜はいよいよ旅の荷造りだぁ!!


●ミニエッセー196「私はテレビっ子2・なつかし編②」
バラエティーで思い出すのは「天地真理さんの司会していた番組」「スター誕生」「8時ダヨ!全員集合」「金曜10時うわさのチャンネル」「カックラキン大放送」「テレビ探偵団」「本物はだれだ」「ラブラブショー」「フィーリングカップル5対5」などだ。
ドラマは、なんと言っても「太陽にほえろ」が印象深い。私は推理もの、刑事・探偵ものが好きだったので、「キーハンター」「Gメン'75」「夜明けの刑事」「噂の刑事トミーとマツ」「特捜最前線」「横溝正史シリーズ」「森村誠一シリーズ」などをよく観た。
推理ものと言えばタイトルは忘れてしまったが、事件のドラマを見てクイズ形式で犯人や手口を当てる番組も好きだった。
また、「奥様は魔女」「金メダルへのターン」、森田健作さんの「おれは男だ」、村野武範さんの「飛び出せ!青春」、中村雅俊さんの「われら青春」、加山雄三さんの「高校教師」、水谷豊さんの「熱中時代」も忘れられない。
それから、山口百恵さんの「赤いシリーズ」や堺正章さんの「時間ですよ」(その後の同じ放送枠「寺内貫太郎一家」「ムー一族」も)、「3年B組金八先生」も欠かさず観ていた。
このごろはお笑い系番組に押され、純然たる歌番組がめっきり減ってしまったが、昔はさまざまな歌番組があり、もの心がついてから高校時代くらいまでは、歌番組を一番愛していた。歌手にもなりたかったし、私は西城秀樹さん、すぐ下の妹が野口五郎さんのファンだった(今も応援している)ため、彼らの出演番組を見逃した時の悔しさはひどいものだった。
「紅白歌のベストテン(のちにトップテン)」「ロッテ歌のアルバム」「ザ・ベストテン」「レッツゴーヤング」「夜のヒットスタジオ」のほか、各テレビ局の音楽賞ものやNHK紅白歌合戦も当時は本当に楽しみだった。
特にフジテレビ系「夜のヒットスタジオ」には格別な思い入れがある。実は、番組が始まり話題になっていたころ、わが家ではフジ系とテレビ朝日系が見れなかったため、話題についていけず、悔しい思いをしていたのだ。
当時は特別なアンテナを付けなければいけなかった。中学1年で父の転勤により引っ越した先では、すでに電波が届いていて特別なアンテナなしでそれらの局も観ることができ、大変嬉しかったことを覚えている。
だから私はテレ朝系で放送されていた大ヒット漫画のアニメ「キャンディ・キャンディ」の最初の方は観ていないのだ。漫画は読んでいたが、いつも友達の話を聞いてひたすら動くキャンディを想像していただけであった。
また、北海道ではテレビ東京系列であるTvh(テレビ北海道)が開局したのは平成元年なのである。つまり、それまではテレビ東京の番組はほんの少しだけがほかの局で放送されていただけである。従って、私にとっての「なつかしいテレビ番組」は、どうしてもテレ東のものは少ない。
子供のころ、フジ系の「ピンポンパン」「サザエさん」、テレ朝系の「ドラエもん」などの思い出などがないのは、当時観れなかったせいなのである。
ただし、最初から観れていたはずの日本テレビ系のアニメ「ベルサイユのばら」も登場しないのは、時々目にはしていたが、歴史が分からず漫画も読んでおらず、単に観ていなかったためである。宝塚ファンになってからあわててレーザーディスクを買い、その晴らしさをようやく堪能した次第である。
わが家では、父が大のジャイアンツファンだったため、野球中継の時はどんなに観たくても裏番組が観れず悲しかったが、それ以外は観たいものを観せてもらっていた。そういえば、父に結果を聞かれるので相撲中継もよく観ていた。
私が自分の部屋に自分のテレビを持ったのは高校2年くらいだった。いただきもので白黒テレビだったから参ったが、それでもうれしかった。(続く)


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