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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

明智君ニュースで観て

プチ
先月大劇場のプチミュージアムで撮った月組さん「暁のローマ」の衣装。この作品は観れなかったので、CSに期待しています。

明智くーーーーーーーん。
正直、初日ダイジェストだけではなんだか雰囲気がよく
分からなかったです。
今日、ステージインフォメーションをじっくり観ようっと。
壮さんが二番手さんみたいに頼もしく見えたりしました・・・。
友人によるとショーはだんだん調子が上がってきているらしいです。

ますます生で観るのが楽しみになりました。
花組、がんばれー!!


●ミニエッセー184「ペットの話3」
ネズミ系の動物が苦手だった両親は、ハムちゃんたちにはあまり近づかなかったため、ハムちゃんたちは、専ら私たちきょうだいのアイドルであり、特に私とS子は一生懸命世話していた。
最初にやってきたゴールデンハムスターのジルバは、とにかく元気でよく食べて、体が大きかった。だから、本名を呼ばず、ふざけてあだ名の「コニシキ」と呼んだりしていた。
ハムちゃんの寿命はだいたい1~2年、長くても2年半と聞いていて、覚悟していたのだが、なんと3年以上も生き、私たちの心をなごませてくれた。その日々に心から感謝している。
その間、ジルバの娘である美人顔のボア(なぜか毛がボアボアしていたから)や息子である小柄なブイ(いつもブイブイ泣いていたから)が先に天国へ旅立っていった。
冬のある日、気温の低い廊下にケージを出していると、ジルバがぐったりし、息を荒くしたことがあった。今、考えると冬眠しようとしていたのかもしれないのだが、私たちはすっかり病気だと思い、弟が中心となって心臓マッサージと人口呼吸をして、復活させたということがあった。あの時は本当に皆で喜び合った。
また、忘れられないのは、ジルバの「家出騒動」である。彼の趣味は「家出」だった。人にはかなり馴れていて、手のひらの中や私のポケットの中でうとうと寝ていたくらいだったが、狭いケージの中から出て家中を冒険するのが大好きだった。頭の良い子で、ケージの扉がどうやったら開くかよく知っており、引き上げ式の扉の隙間に頭を突っ込み、体で押し上げて脱出するのは、お手のものだった。また、何とか留め金をはずそうと、丈夫な歯で金具をかじり続けて鼻の頭がはげていたくらいだった。
昼間、われわれがいる時は見張っていられたが、夜間に逃げ出されてタンスの陰などにでも篭城されては困るので、こちらもいろいろな方法で、ケージの入り口が開かないよう工夫していたのだが、ある日知らないうちにまんまと逃げ出していた。
テレビも消し、耳を済ませると、やはりタンスの陰でごぞごそしている音が聞えた。しかし、捕まえようとすると猛スピードで逃げるという追いかけっこが夜遅くまで続いた。それでも捕まえられず、われわれは「お腹が空いたら出てくるでしょう」とあきらめた。
それで真っ青になったのは、1階で寝ていた両親である。もし深夜に発見しても自分たちは触ることができないので、眠れなかったようだ。そして、さすがに夜行性のハムちゃん! 丑三つ時に両親の枕元に現れたから、さあ大変。父があわてて2階で寝ていた私を起こしにきた。「S子が起きないから、お姉ちゃん、来て!」と・・・。
ジルバは私の顔を見ると台所へ猛ダッシュ。必死に追いかけるとやつは、カラーボックスの下段の中にあった空の湯のみ茶碗の中に入り込んだ。そして、立ったままの姿勢で短い両手を頭の上に乗せ顔を下に向け「隠れているよ」というポーズをして息をひそめじっとしているから、私はあまりにもおかしくて、かわいくてたまらなかった。まるで「頭隠して尻隠さず」のかくれんぼうをしている小さな子供だ。
そんな愛嬌たっぷりのジルバも老衰で危篤に陥り、最期は少し苦しんだ。今度はどんな手も効かず、私とS子は仕事や学校に行くのさえつらかった。けれども彼はとても頑張った。とにかく懸命に生き抜いた。S子が学校から帰ってくるのを、そして、私が仕事から帰ってくるのを待ってから、静かに息を引き取った。
父が「大往生だし、こんなにお姉ちゃんとS子に涙で見送ってもらって幸せな生涯だったね」と声を掛けた。
私の結婚が決まったすぐ後だった。ジルバは、当時婚約者で、自分もハムちゃんを飼っていたという私の主人にもちゃんと会ってあいさつしていた。
ジルバは天国で自分の子供たちと一緒に、永遠の冒険を楽しんでいることだろう。(続く)
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