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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

獣医ドリトルの小栗旬さん

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昨日の続き。おいしかったなー。小皿にMちゃんの締めのラーメンをおすそわけいただきました。

私も主人も獣医にかかわる仕事をしていたので、先月までドラマ『獣医ドリトル』を観てました。主人は小栗さんを見て「こんないい男に生まれたかった」と盛んに言ってました・・・爆。

[しょうがと甜茶]
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お茶のモニター品。思ったより甘みが勝つのですが、しょうがの香りでリラックスできました。ノーカロリー・カフェインというのはいいですね。サロンでお客様にも試していただきます。健康食品オンラインショップファンサイト応援中


●ミニエッセー1620「田嶋華子さんの生き方②」
「生きていたらいいこともあるよ」と娘の延命治療拒否を考え直すように言った父親に対して、わざと怒ったように「パパ、私はもう十分頑張ったからいいんだって。もう言わないで」と書いたのも、彼女の最後の優しさだった。パパが後悔することのないよう、これでいいんだというメッセージだったのだろう。
華子さんは、家族旅行も果たし、自宅でたくましい父親の腕に抱かれて天国へ旅立った。お母さんは「華ちゃん、良かったね、パパにだっこされて良かったね」と声を掛けていた。親よりも先に逝くのは親不孝かもしれないけれど、華ちゃんが小さい時もきっと、そんなふうにすてきな三人だったに違いない。

華子さんが心臓移植を受けてから生きた10年は、臓器提供者の分まで懸命に生き抜いた愛にあふれた幸せな尊い歳月だったと私は思う。神様から与えられた特別な10年と言ってもいい。本当に長さではない。
華子さんが最も幸せだったと思う点は、自分の思いどおりにさせてくれた医師に出会い、当然のように葛藤した両親もつらさに耐えて結局は娘の意思を尊重したことだ。人は、自分の思いどおりに生きることが何よりいい。
恐らく、番組を観た人の中には、いくら本人が望まなくても最先端医療でまだ生きられるのだったら、あらゆる手を尽くすべきだったと思った人もいるだろう。その考えもあって良いと思う。ただ私は、本人の希望が明確ならば、それをかなえるのが一番いいんじゃないかなと考えている。

私は華子さんほどではないけれど、相当痛み、苦しみと闘ってきた人間だ。10歳でかかったしょうこう熱が原因で、半年後リウマチ熱を発症し、高熱で全身の関節をやられた。特に下半身がひどかった。無事だったのは脳だけ。1カ月、毎日点滴と注射、薬。前半は全く歩けず車椅子生活。筋肉は衰え、運動はしばらくストップされ、陸上選手になる夢は断たれた。
痛くて苦しいからもう死にたいと思わなかったのは、人生とは何ぞやを知らない子供だったからだけの話で、今もときどき襲われるいやらしい痛みを思うと、当時はよくぞ耐えたとほめたいくらいだ。
痛みには多少慣れという現象が起きる。しかし、もう我慢できない、もう嫌だと耐えること自体に疲れることがある。それでも私が「頑張ったから人生はもういいや」と思わないのは、まだまだ頑張っていない、やりたいことがある、見たいものがあるからだろう。

(続く)

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