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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

感動マミさんライブ

花組東京公演とマミさんのステージが重なることが多いのですが、東京3日目の今日は、朝におさちゃんの入り待ちだけして、昼からマミさんのライブを観て北海道に帰ってきました。なんともぜいたくや~。
マミさんのライブは、やっちんこと曽我泰久さんとの凝った2人ミュージカルでしたが、アドリブもあり、マミさんが大好きな客席いじりもあり、すごく楽しくて、またまた一生懸命にわれわれを楽しませようとする姿に思わず泣いてしまった私。同期の稔幸さん夫婦がきていました。なぜか、私は今までノルさんと同じ日にマミさんや宝塚の舞台を観るという日が多いんです。すぐ近くで観たこともあります。
割と狭い会場で、とっても良い席で目線もいただき、本当に幸せでした。
うえーーー明日から現実に戻れないよぉ


●ミニエッセー16「現役時代の真琴つばささんのこと・一番泣いた日」
退団公演は、東京も大劇場もできる限り通ったが、本当は毎日通いたかった。当然それがかなわず、変則で大劇場の方が最後になったマミさんの退団公演千秋楽にも行けなかったが、2001年7月2日に職場を早退し、札幌でショー「ESP!」からの特別衛星生中継を観た。
生の舞台を最後に観たのは、6月24日の昼公演で、その時また奇跡が起きた。
ショーが始まると、もう最後だと思うと泣けて泣けてしかたなかった。泣いたらコンタクトが曇るし、1秒でも観ないともったいないと思いつつ、涙が止まらない。まだその時は、マミさんが退団後芸能活動をやるとは決まっていなかった。だから本当に会えるのは最後かもしれなかった。
幕が閉まらなきゃいいのに。いつまでもマミさんが舞台に立っていてくれたらいいのに。本気でそう思って観つつ、中盤になった。マミさんが得意の野獣に扮し、最後にポーズで決めてのれん状の幕がざざっと降りてきて終わりという場面で、舞台装置にトラブルが発生した。何と、本当に幕が降りなくなってしまったのだ。ポーズしたままのマミさんにスポットが当たったままになった。
舞台には魔物が潜んでいるなどといわれるが、舞台の神様が私の願いを聞き入れてくれたのだと思い、号泣してしまった。通常より長くマミさんを見せてくれたのだから。照明さんにしても、暗転にすることもできたはずだ。マミさんにしても、そのまま格好良く袖に引っ込んでいくこともできたはずだが、スポットは消えず、マミさんも客席からの温かい拍手の中、もう一度決めのポーズをやり直した。退団まで1週間。ファンの熱い思いがさらに大きな拍手になった。そして、やっとのれん幕が降り、暗転になった。
偶然ではなく、きっと念が届いたのだと私は今も思い込んでいる。
そして、人生で一番泣いた日が来た。これも愛の因果なのか、生中継のホールでの私の席は1列目のセンターだった。望んだわけではない。チケット取得代行業者に取ってもらったら、たまたまそうだったのだ。大スクリーンを観るのだから、席は関係なかったが、私は「ル・ボレロ・ルージュ」での出来事を思い出し、最初から涙だった。隣の若い女性2人連れの1人も声を上げて泣いていた。言葉にはしなかったが、お互いを見合い、思いを共有していた。
ショーが終わり、さよならショー、退団セレモニー、そして何度も何度もアンコールがあった。最も心に残っているマミさんの言葉は、声を震わせながら言った「私は皆さんが喜んでくれることが生きがいでした」。実生活ではひとりっ子で、自由が、孤独が好きというが、本当は誰よりも寂しがり屋で、本当に客席やファンとの交流が大好きなマミさんにとって、その言葉が単なる建て前ではなく、本音だと分かったからだ。なかなかそこまで言い切れるスターはいない。
それから、シーンとして一つには、マミさんが劇場スタッフ、オーケストラ、仲間、客席(中継先も含めて)に対し、「何でもいいから心に留めたいからみなさんそれぞれ何か音で反応してください」とお願いし、それぞれの対応に明るく喜んでいたことだ。大劇場も札幌もみんな、なおのこと涙・涙・涙だった。こんなことをしたトップスターはいない。哀愁の二枚目、カリスマと言われた反面、人情味にあふれ、お茶目で庶民的。ファンは今でもそこが好きなのだ。
それから、アンコールで目頭を押さえ、涙を必死にこらえて上を向いた姿は、ファンには伝説の瞬間になった。客席から「マミさん、泣いてもいいよ!」という声が飛んだ。私はその瞬間の写真をある人にいただき、家に大事に飾ってある。
中継が終わっても、私はあまりに泣きすぎて憔悴し、力が抜けてしまい、席から立てなかった。宝塚ファンにとって、ひいきの退団は、恋人の死と同じ出来事だ。たとえ、すぐに芸能界に行く場合であれ、心から愛した宝塚の公演での姿はもう二度と見ることはできないのだから。
北海道のファンがみんな、涙を拭きながら何も語らずに静かに会場を後にしたことを思い出す。マミさんとの別れをそれぞれにかみしめていたのだろう。
同じ劇場には居られなかったが、長年のねぎらいと、数々の夢を見せてくれたことへの感謝、今後の人生へのエールはきっとマミさんに届いた。そう思わせてくれたマミさんの宝塚最後の舞台だった。
番外編として、私はある懸賞で、マミさんの退団記念写真集と退団公演のプログラムがいずれも直筆サイン入りで当選している。この強運はちょっと自慢で、いずれも一生の宝物である。





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コメントコメント


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恋人の死と同じ・・・

それでも人は懲りずにまた恋をしてしまうのよねv-22

SAKICO | URL | 2006/08/28 (Mon) 09:32 [編集]


そうそう。マミさんの場合は、男らしさをそのままに退団後芸能生活をスタートさせたけど、またそれからのファン生活は意味が違うんですよね。
トップスターだった男役のマミさんは宝塚に行ってももういない。
本当に死と同じ。ヅカファンにはそれくらいの覚悟が必要なのです。
宝塚の舞台は、そうやってまた新たな恋をするファンがいるからこそ長く続くんですわな。

わっちさん | URL | 2006/08/28 (Mon) 21:57 [編集]


 
 

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