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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

コーフンしてしもうた・・・。

すぬえこすだち岩塩むしよけ
懸賞生活戦利品のスヌーピーのエコバッグセットそのほか。

われを忘れて興奮・・・まあ、いろんな場面であるわっちさんですけど、先月、「HEY!HEY!HEY!」を観て、西城秀樹さんが出演してYMCAを歌ったのがあまりに素敵だったのと、彼のファンである高木美保さんの「秀樹ぃぃぃぃぃ」という黄色い声援が、昔、ファンの方はみんなああだったなと懐かしくて、その声にテレビの前で興奮(笑い)。
わっちは普段の声は普通の女性より1オクターブ低いので、秀樹さんのコンサートでもあんな風に叫んだことはないですけど・・・。

<サロンのブログ更新しました>
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●ミニエッセー1379「ヅカノート2010春より10・5月旅日記④」
今は東京宝塚は午後の部が4時公演になったから、終わったらもう午後7時過ぎ。立派な夕食どきである。
やっと私は泣きやんで、二人で銀座へ繰り出した。
ディナーの前にプランタンに寄り、それぞれ自分用に持ち帰りスイーツをゲットしてから、Nつんの提案でフレンチレストランへ。
主人に「二人でご飯を食べなさい」とおこづかいをもらってきていたので、それに見合うコース料理をいただくことにした。今年はショパン生誕200年ということで、その特別コース料理があった。
春野さんの好物にちなんでピーチジュースで乾杯した。カサブランカの「君の瞳に・・・」ではなく、「私たちの出会い10年と春野さんの20年とサロンオープンになどなど」だ。

Nつんとマミさんの公演チケットのやり取りでネットで知り合ったのがちょうど10年前、記念すべき2000年の5月。
直接会ったのが6月。その後、すっかり彼女の「罠」(笑い)にはまり、春野さんのファン同士になった。
北海道と関東、年も10歳以上違うというのに、きっと私が子供で年下の彼女に多くを学ぶからだろう、なんだか不思議と魂が引き合って、ファン同士だというだけでなく、それ以上の付き合いを続けさせていただいている。
この10年といえば、例の私の「25年―四半世紀」の中で、半分近くを彼女とともに歩いてきたことになる。
彼女の存在や言葉に救われてきた10年でもあった。
私が突然「転職する」と言ったとき、彼女がなんと言ったかというと、「えー、またまた、そんな、大丈夫ですか、ほんとですかぁ」ではない。「なんと素敵!自分のことのようにわくわくする」だ。
それは、私が前へ進む大きな一歩になった。
彼女は、前々から「チャンスがあればほかの仕事をしたい」と言っていた私のビジョンがはっきりしたことを喜んでくれたのである。

食事をしながら、いろいろな話をした。恋愛トークもした。
その中で、私に関して彼女が「本当に何事もあきらめないで頑張りますよね」とあらためて言ったこと、そして「(大失恋のあと)暴走しそうなのに、よくぞとどまって、まったく無関心でもないけれども自由にさせてくれるよい人と結婚してここまできましたね。・・・っていうか、ご主人がよくぞわっちさんについてきたというか(爆笑)・・・」と言ったのが印象深くて、ホテルに帰っても反すうしたほどだった。
「私が頑張ってこれた理由」は、「25年を振り返って」でも述べたとおり、変なプライドというか、意地ゆえ―にほかならない。と私は答えた。悔しさというものは人を強くするものだ。
今となっては、たとえ世界じゅうの人が、「もう十分でしょう、負けてないから、大丈夫だよ」と私を認めても、私は勝手な闘いをやめることはしないだろう。
私にとっては、あきらめず努力することは当たり前のことになっていて、特別なことではない。それをやめるときは、自分が死ぬ時だ。

(続く)

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