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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

宝塚おとめ2010

ファイターズ
本日からしばらく、先月初体験した札幌ドームでのファイターズ応援関係の写真スタートです。妹に借りて持って行った物。このカチューシャ、子供用なので、いくら頭が小さいわっちでも、長い間は痛くてしていられず後半は白い毛だけ頭にのっけてました。

待ちきれずに、通販で買った今年の「おとめ」。当たり前のことですが、下級生たちがだんだん写真が大きくなっていくのが感慨深いです。今年の研1さんに道産子が。五條まりなさん、頑張れ。

<サロンのブログ更新しました>
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●ミニエッセー1369「25年を振り返って⑮」
失敗してもいいから、挑戦してみるのが私ではないか。
以前も述べたが、私は今までに3度ほど、精神的に死んでなんとか生き返ってきた身と言える。
今ある命はもうけものの命。多少の失敗なんて怖くはないはず。とっくにものすごい挫折をしたじゃないか。

最初は小学5年生。リウマチ熱で全身を病み、悪くなった心臓に負担が掛かるから、一生運動ができないかもしれないから覚悟しなさいと宣告された。
それまでの私の夢は陸上選手だった。少女の夢は死んだ。
その後、なんとか持ちこたえて、通常の運動ができるまでになったが、あんなに得意だった短距離走も長距離走も走り高跳びも、もう二度と記録を出すことはできなくなってしまった。

次の私の心の死は、このシリーズの最初に述べた、大失恋のときである。心の死だった。

そして3度目は大きな交通事故のときで、一瞬本当に死んだらしいことだ。激しく顔と胸や背中を打ち、一瞬息が止まり、記憶を失くした。どうやら私は一瞬、魂を自宅に飛ばしたらしい。
その同じ時刻、自宅の呼び鈴が激しく鳴ったという。
たまたま休みで寝ていた主人が「こんな朝早く誰だろう」とびっくりして飛び起きて、玄関に出たが、誰もいなくて不思議だなと思っていると、やがて電話が鳴り、消防署の救急隊員が、「奥さんが事故で大怪我をしたので、至急病院に来てくれ」と告げたという。

このほかにも危険があるたびに、いつも自分の「生への根性」とともに、何か見えない力によって「生かされた」という感覚がある。何か意味があって死なないで来た。
それならば―せっかくの命、限りがあるのだから、自分の思うように生きてなんぼだ。
いろいろなリスクはなんとかなる。いや、なんとかしてでもそうすべきだろう。

そうやって決心した。
もちろん、一人ではなしえないことで、たくさんの方の協力、支え、励ましがあって1年半前に、前職場退職の意志をはっきりさせたのだった。

今あらためて、25年の勤め人としての日々を振り返ると、自分なりに社会貢献と思い、懸命に与えられた仕事を全うしてきた一方、長い時間を掛けての「学びの日々」だったなと感じる。
20歳だった一人の人間が、さまざまな経験を経て45歳になった。まさに、子供から大人への成長の記録だ。
いや、本当の意味でまだ大人ではないかもしれないが・・・。

(続く・次回で最終回)

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