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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

HIROさんへ

集合ほぼ
弟の資格試験合格とわっちの退職を祝ってのカラオケ会参加メンバー。しゃがんでいるのは弟と超変な顔のわっち。立っているのは左から父、近所のおじさん、弟のお嫁さん、すぐ下の妹、母、すぐ下の妹の二男(甥、身長184cm)、わんこ社長(末妹)、すぐ下の妹の長男(甥)。

EXILEのFCメンバー宛にHIROさんから税務申告に関する騒動のお詫び状(印刷)が届いたのですが、詫び状で「ビックリさせてごめんなさい」など、「びっくり」をいちいちカタカナで書くのは納得しかねます。元記者として。
こういうときは「驚かせてしまい申し訳ございません」でしょう。社長とはいえ、若いなぁ・・・。
ともあれ、EXILEのみんな大好き。信じているよ!


●ミニエッセー1368「25年を振り返って⑭」
編集部では、最初のころは、長年染み付いた事務屋の気質をなかなかうまくシフトさせることができずに、取材すべき内容にも興味がわかず、ポイントも分からず、結構苦しんだ。
最初の数年は学生のコーナーも全面的に担当しており、その部分については今までの経験も生きて、なんとかこなせた。
そのうち専門知識が増え、だんだん慣れてくると、余裕ができて、自分のペースで仕事ができた。
全国への取材出張も楽しく、休みも計画的に取れて、宝塚生活もばっちり楽しめた。
特に2007年末まで、大好きな春野寿美礼さんを心ゆくまで追い掛けることができたことは、ありがたかった。

だが、仕事へのモチベーションは正直なところ、春野さんの退団とともにぷっつり切れてしまった。
それをなんとか奮い立たせて毎月取材先を探し、月刊誌を発行することは、自分の中でちょっと苦しいことにも感じてきた。
私も春野さんのようにそろそろ新しい人生を生きたい。
人生は一生勉強だとしても、目や手を使うことは、年齢や体調を考えたら、もう今が最後のチャンスかもしれない・・・。

そして、「わっちさんの第2のステージへの道」が始まったのだが、葛藤もあった。
まずは、大事な相方である編集長をずっと支えていきたい気持もあったからだ。
編集長は、なかなか組織に合わないアウトローだとご自分を表現していたが、私も全く同じだから、二人は本当に「同志」だった。
私がいなくなれば、彼を理解し、助けていける人はいなくなるかもしれない。ますます孤独感に包まれるかもしれない。だから、編集長に言い出すには、最も勇気が要った。

もう一つは、現実的な話で、収入面だ。このご時勢にしては十分な給料、ボーナスや諸手当もあり、とにかく諸制度に守られていた。
それを一挙に失うのである。お金が掛かる私の観劇趣味を続けるためには、収入減は命取りとも言えた。

けれども・・・。私という人間は、何をもって私らしいと言うのか。何度も自分に聞いた。
夢というのは、ただいつまでも夢と言っているだけでいいのか。人はいつ死ぬか分からない。
「職人として、表現者として個人で勝負したい」―「なりたい自分」にちょっとも近付かないままで死んでいいのか、あなたは・・・。
それで、いい人生だったと胸を張って死んでいけるの?

(続く)

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