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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

「龍馬伝」のみどりちゃん

正面はかま2
よい正面写真がなくてすいません。左は着付けの先生のご自宅で着物・袴だけ。右はサロンにて3月31日当日朝の私の後ろ姿。かなり腰で折ってもらったのですが、どうしてもタカラジェンヌよりも袴の丈が長い・・・。

福山さんが好演しているNHK『龍馬伝』、先日お会いしたみどりちゃん・大鳥れいさんの最初のほうの出番は見逃しました。が、6月にも出るそう!!

<サロンのブログ更新しました>
お客様ネイル(小学生のお休み中のおしゃれネイル)を掲載→ネイルセラピーサロンStage


●ミニエッセー1366「25年を振り返って⑫」
考えてみたら、彼は特別に用事がないときも一人で窓口に来ていた。
それはSOSのサインだったのかもしれない。
「何か御用でしたか」と聞くと「あ、ぼく、今回は呼び出されていませんでしたね・・・」―呼び出してほしかったほど、孤独だったのかもしれない。結局、何もしてあげられはしなかった。

遺体を確認した学生課長さんから、「遺書があった」と聞かされた。
そこには、叶わぬ恋に苦しんでいた様子が切々と書かれていたという。それ以上詳しいことは教えてもらえなかったが、彼の苦悩の要因が恋だと知って、ショックを受けた。
かつての自分を思い出してしまったのだ。
私は本気で死のうとは思わなかったものの、自暴自棄になっていたころ、ぼんやりと「彼と結ばれないのなら、もういつ死んでもいいや」と考えていた。
死の誘惑から逃れられなかった気持ちを私は弱虫と、なんてばかなことを・・・とは、言えなかった。
せっかく内地から遠い北海道に入学してきた学生。確か、浪人生だった。ご家族の悲しみははかりしれない。
ひょっとしたら、初めから死に場所を探してわざわざ北の大地までやってきたのかもしれないし、恋が本当に死にたい理由だったかは分からないが、どれほどつらかったのだろう。どれほど孤独だったのだろう。

彼の死後、ある日、窓口に背中を向けて立っている学生がいて、声を掛けようと立ち上がったら、しゃがんだように見えたのたが、カウンターの向こうには誰もいなかったということがあった。
その背中は、彼が最後に窓口に来た時に着ていたチェックのシャツだった。
かすかだが顔が見え、初めて見た笑顔だったように感じた。どうか、彼の魂が安らかでありますように・・・。

それもまたドラマではなく、現実なのだった。

それから、Mちゃんの同期の一人で、当時弟のお嫁さんにしたいほどかわいかった女の子で一緒に宝塚を観たこともある後輩も、同じ職員の男性と結婚し、去って行った。
のちに私が入院したとき、駆けつけてくれて、再会できうれしかった。
彼女が送別会の挨拶で涙で言葉につまり、ずっと立ち尽くしていたことが昨日のことのように思い出される。

そうして出会いと別れの教務での7年が過ぎ、私は2003年4月に最後の部署にやってきたのだった。

(続く)

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