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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

ローマの休日デー

300
3月に社長とのわっちの退職記念会で思わず400グラムのびっくりドンキー・チーズバーグディッシュを食べてしまったギャル・・・いや、おば曽根のわっちでした。

本日コムちゃん、吉田栄作さん、小倉久寛さんの舞台を観て北海道へ帰ります。

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●ミニエッセー1364「25年を振り返って⑩」
7年間のうちの後半は、パートナーを組む新人後輩職員も入り、担当学科だけではなく、大学院生全体や資格取得のための放送大学受講生なども担当することになったため、今までの学科以外の学生ともたくさん接することになった。

そして、ここでは、宝塚仲間となるE先輩との出会いもあったため、休みには一緒に観劇の旅に出掛けたりして、宝塚生活も大変充実していた。
ただ、総務課時代に学生時代からの彼氏と結婚したMちゃんが、病気治療と出産準備に入るために退職することになったときは、寂しくて何度か職場でも泣いたものだ。毎日顔を合わせていた妹のような・時には姉のような存在だった。
Mちゃんには「もう、すぐ泣くもねー」とよく言われた。
だが、Mちゃんとは彼女が退職してからより一層仲良くなり、彼女に子供ができてだんだん成長してからは、3人で遊ぶことも増えた。
私も退職した今、なおのことつるみそうな気配がしている。笑い。

Mちゃんが退職後、大学を卒業したての純朴でかわいらしい男性職員二人が入ってきたが、前述のようにその一人が私のもとで同じ学科を担当することになったため、一から仕事を教えることになった。
常に一生懸命なのだが、空回りしてしまうこともあり、やきもきしたこともあったが、弟、いや息子のように懐いてくれて、だんだん成長していく姿を見るのはうれしいことだった。
彼に赤ちゃんが生まれたときは、孫を見るような気持ちがした。
当時私も30代中盤~後半、「人を育てる」という任務にやりがいを感じていた。

そんな矢先、広報室兼務を命じられた。やれるだけやったのだが、性格上、「中途半端」な状態が苦手で、どちらの仕事も集中することができず、なおかつ、当時の広報室の担当役職者にいいように振り回され、普段「怒る」ということがなかなかない仏様のようなわっちさんも、ついにはそのパワハラぎみの上司にキレてしまい、職員組合と相談して、兼務の取り消しを求めるというちょっとした騒動をわざと起こした。
申し訳なかったが、一緒に兼務になり、数年後、再びパートナーになることになった編集長より少し前に私は広報室兼務から足を洗うことになった。
それは、学内の職員が兼務でやっているような広報室がよいものになるはずがないという意思表示であり、そうでもしなければ、上層部が本気で新設部署について本気で考えないと読んだからだ。
広報室と言えば、企業の顔である。それを兼務で済ませようという考えにどうしても納得がいかなかったのである。

当時、職員組合の長だった教授は「これほどNOと言える職員がいたとは・・・」と感心し、のちに他部署で私の上司となることになったときも、そのころのことを覚えていて、「わっちさんほど勇気のある人はいない」とよく言っていた。

私は勇気という意識はなく、学園がよくなるためにその方向へ動くのが職員であるから、そんなことは当然のことと思っていた。きちんとした自分の考えを持ち、いつでも発せられなくてどうすると。

私は、大失恋以上にこわいものがなかったのである。

(続く)

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