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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

花組虞美人デー

かえしまえ
宝塚検定開始前の机。チラシの下には特典のファイルが置いてありました。

本日は虞美人を観劇します。

<おしらせ>
姉妹店わんこのきもちで「わんにゃんそっくりフィギア」「動物用プリザーブドフラワー」の販売を開始いたしました。
プレゼントにも最適です。ぜひ、のぞいてみてください。
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●ミニエッセー1362「25年を振り返って⑧」
8年目に入るとき、初めて異動ということになり、最も希望していなかった管理中枢部門へというのがちょっとショックだった。
7年間、入試課で割とクリエイティブかつアクティブな仕事をしてきて慣れたし、自分にとても合っていると感じていた。また、次は教務課か就職課に行きたかったのだが、規範に従い、決まりきったことを冷静にこなしていかなければならないイメージの「要の総務課」が、随分堅苦しく感じられたのだ。
しかも人事・給与担当という。責任が重い。自分にやれるのか不安だった。
が、異動してみると、今まで一緒にやってきた課長も一緒に異動だったし、かつて入試課で最初に仕事を教えてくれた先輩もおり、何より今では親友と言える仲良しの4歳年下のMちゃんが新人として入ってきて、それなりに楽しく過ごせた。
仕事内容は、やはりクリエイティブではなかったものの、自分なりにツボを見つけて頑張った。

ただ、総務課1年目の夏の終わりに、長い間の母の看病生活から解放され、緊張の糸が切れたせいか、日々非常に疲れがたまるようになり、注意力もなくなり、ある晴天の朝、太陽光に目がくらんで信号を見間違え、通勤途中に相手の車の側面と自分の車の正面の衝突の交通事故を起こしたことは、職場へも家族へも迷惑を掛け、大きな汚点になった。
相手もけが(その後完治)でしばらく入院し、私も右足靭帯損傷と顔面、背中などの強打で1カ月近く自宅療養した。
だが、それだけに、以後は「絶対に失敗は許されない」と、必死に頑張ったという部分もある。

この総務時代には、入試から一緒だった明るくて頼りにしていた課長のお父様が亡くなり、会社社長であったため、その長男である課長が退職して会社を継ぐことになったという出来事もあった。
信頼していた課長との別れは寂しくて、Mちゃんと一緒に泣いたことを思い出す。

総務課では、学園全体の行事を取り仕切る役目や何かと接待業務も多かったため、スーツ姿をすることが多く、人生で最も多くスーツを買い、着た時期でもあった。最初は、現在より10キロ以上やせていたため、どんなスーツでも着こなせていたが、次第に太りだしたのもこのころだ。
実は、あまり相性が合わない先輩がいて、ストレスだった。だから、事故の怪我が治ってからは、やたらと食べることでストレスを解消していたのだ。
自分でもやばいなと思ったし、当時一緒に旅行するほどすっかり仲良しになっていたMちゃんにも指摘されていた。
そこで、ギムネマ茶ダイエットを始めたら成功し、総務4年の終わりころから次の異動のころには一挙にまた元のスリムさに戻った。まだ20代の終わりから30歳になったばかりだったので、新陳代謝がまだましだったのだろう。

(続く)

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