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北海道発・わっちさんの宝塚な日々

ライブにエプロン?

もうすぐ恒例のマミさんの夏のライブがあります。今日は事前にファンクラブに注文していたマミさんのライブグッズがそろいました。今回は、パンフレットをはじめ、ハンドタオル、マグカップ、トートバッグ、そしてカフェエプロン(丈が短く腰に巻くタイプ)。イタリアンレストランを舞台にした芝居仕立てなので、それにちなんでということですが・・・。(Tシャツは会場で販売・・・買えるのかなぁ)えっ・・・。考えてみれば、実際にライブに持って行けそうな物はタオルとバッグくらいよね。まさか、客席にエプロンをしてくる人はいないべなあ・・・。私は浴衣で行ったことがあります。てへっ。
マミさんのライブでは「おもしろトーク」が目玉なのに、今回は少なそうだなと思ってますが・・・どうなんでしょう。


●ミニエッセー13「現役時代の真琴つばささんのこと・エピソード1」
今回から3回にわたり、マミさんについて私に起こった出来事を披露したい。
一目惚れのお披露目公演の次のマミさんの作品は、また1本物の「ウエストサイドストーリー」だったが、諸事情で観に行くことができなかった。よって、次に観た作品は「黒い瞳/ル・ボレロ・ルージュ」東京公演。この公演のショー「ル・ボレロ・・・」では、マミさんが作詞したラテンの曲「情熱の翼」がファンの間で大ヒットした。今も時々マミさんが歌ってくれるし、最初の相手役だった風花舞さんの退団公演で、ファンにとっては印象的な作品なのだが、私にとって、特別なショーになった。
新東宝劇場ができる間の仮設だった有楽町の1000days劇場で何度か観たうちの1回が、宝塚友の会貸切公演で当選した1列目のセンターブロックだった。しかし、どセンターからは何席か上手側だった。それでも私は、初めて宝塚を観た時以来の1列目センターブロックに緊張していた。主人と妹と観に来たが、2人は中列くらいにいた。ふと、開演前に女性が話し掛けてきた。「友達と席が離れたので、変わっていただけませんか」と。それは、どセンターのすぐ右横の席だった。ラッキーなチェンジを承諾したものの、緊張が増し、ますます硬くなった。
 そして、芝居が終わり、まだまだ緊張状態のままショーへ。オープニング間もなく、真っ赤な衣装のマミさんが1人、主題歌(「情熱の翼」とは別)を歌いながら銀橋に来て、どセンターでストップし、客席の正面に向かって両手を差し出す場面があるのだが、その時どセンターでも正面でもなく、なんと、私1人を選んでくれたのだ。しかも、なぜか私の全身を上から下までマミさんはチェックしていた。マミさんデザインのペンダントを着けていた上に、超派手なパンツをはいていたからだろうか?
「ボレロ、お前に心届く~おおお~」という歌詞。両隣の人が、あまりにも固まって、顔がひきつったままの私が、ニヒルな感じのマミさんと見詰め合っていたのがよほどおかしかったらしく、その後に小声で「いいなぁ」「良かったですね」と、めちゃくちゃ笑いをこらえていた。恥ずかしかった。
お前に心届く―いいえ、もう届いてますから・・・。
実は、突然舞い降りた幸せに、それから数分間舞台の記憶がない。すっかり舞い上がってしまい、しばらくハクハクしていたからだ。今も時々、その公演の映像を目にし、その場面に来るたび興奮してしまう。下から見上げた愛するマミさんのどアップの顔は忘れられない。付けまつ毛が落ちてきそうで、手を伸ばせば触れられそうだった。確か1000days劇場は、今より銀橋と客席が近かったのだ。
仲間内でこの話は有名で、いつもは喜怒哀楽がそんなに激しく顔に出ない私が、どんな風になっていたか見たかったと言われている。
次の私の武勇伝(緊張伝か)は、札幌で行われたマミさんと写真家の篠山紀信さんとのトークショーでのこと。昼と夜2回観たが、それも偶然にもいずれの回も前方席で、夜は1列目のテーブル。センターから少し下手側だった。
トークの冒頭でマミさんが「北海道の人、手を挙げて」と言ったので、一緒に行った職場のヅカ仲間と共に張り切って挙げた。前方の上手の方にはあまり道産子はいなかった。その後、マミさんは「北海道では雪の夜でも月が見えるの?」と、何と下手の私の顔を見て聞いたのだ。そう、マミさんは手を挙げた人をちゃんと覚えていた。「おーい、マミさん、雪の夜って雪雲が掛かり、天気の悪い日ってこと。月はそうそう見えないよ」と答えたかったが、客席の道産子がマミさんの疑問に笑い始め、マミさんはそれに満足げだった。マミさんはみんながウケるととても喜ぶのだ。私は、マミさんがこっちを見ただけでもまたまた緊張でハクハクだった。
そのトークショーの最後に、客席に幾つかのバラの花を投げ歩いたマミさん。篠山先生にも一輪渡したが、篠山先生もマミさんの真似をして客席にそれを投げた。それをキャッチしたのは、そう、私だった。マミさんの手から篠山先生を経由した貴重な(ちょと複雑)そのバラは、永久に枯れないドライフラワーとなって、今でも私のヅカ部屋に飾ってある。(続く)

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コメントコメント


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しかしそのときの状況や感情をよく細かく覚えてるもんだと
関心します!
私もこの頃はまだその迫力と華やかさに圧倒されて
どきどきしていました。
(マミさんの細さにも驚き!!)
今は脇役などもチェックし、楽しめるようになりました。
このバラのエピソードは私もよく覚えています。
よほどうれしかったんだろうことがわっちさんの様子から
よく伝わってきました。
こういうのってそうあることじゃないしね。
私が忘れられないのは、わっちさんと席が離れ、席が近かった
知らないに「○○さんは演技がよくなりなしたよね~」と
話しかけられ、困ったことです(爆笑)

SAKICO | URL | 2006/08/24 (Thu) 10:03 [編集]


うはははは。そんなこともあったよねー。
まだまだエッセーでは「奇跡のわっちさん伝説」は続きます。スターでなくて私が奇跡って・・・e-271

わっちさん | URL | 2006/08/24 (Thu) 10:46 [編集]


 
 

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