べガス味岡さん
おいるかんせい
昨日の続きです。
(左)キューティクル部分にキューティクルオイルを塗り、指で伸ばします。(右)乾燥させて完成です。つやとともにかなり長持ちします。・・・ここまでを一人でやるのは大変ですよ~。ですから皆さん、ぜひ私のサロンでフットメニューを体験ください。ケア前には、アロマオイル入りバブルフットバスでリラックスしていただきます。

北海道のテレビでは見掛けないのですが、通販マンの「べガス味岡」さん(写真あり→ブログ)って、私の弟にそっくりなんですよ。つまり、どこか私にも似てる?・・・爆。

<サロンのブログ更新しました>
6~8月のおすすめカラーと6・7月のキャンペーンのお知らせを掲載→ネイルセラピーサロンStage

<イベントのお知らせ>
当社が加入している組合関連のイベントで下記の日時、わんこ社長とともにおります。
「わんこのきもち」のフィギィア事業PR(販売などはありません)が主ですが、お時間のある方はぜひ、ふらっとお越しいただき、のぞいてみてください。お気軽に声を掛けてくださいね!!
gわ
6月4日(金)14時~17時(予定)新さっぽろサンピアザ光の広場(詳しくは→こちら
※イベント中、当社が参加するのは上記時間のみです。


●ミニエッセー1389「ヅカノート2010春より11・虞美人(新たなる伝説―項羽と劉邦より)夢の配役」

※主な役のみ順不同。(  )は東京公演の本役。月・雪・星・宙の順。敬称略。

・項羽(真飛) 霧矢・水・柚希・大空

・虞美人(桜乃) 蒼乃・音月・夢咲・野々

・劉邦(壮)   明日海・緒月・凰稀・蘭寿

・韓信(愛音)  龍・早霧・涼・北翔

・王おう(梨花) 美鳳・麻樹・万里・美風

・はん増(夏美) 越乃・飛鳥・英真・寿

・張良(未涼)  青樹・彩那・夢乃・鳳翔

・紅林ほか(桜) 夏月・愛加・妃咲・すみれ乃

・衛布(華形)  星条・沙央・真風・十輝

・季布(真野)  桐生・大凪・紅・蓮水

・呂(花野)   憧花・愛原・白華・純矢

・子期(朝夏)  光月・蓮城・壱城・春風

・虞の母(絵莉) 花瀬・涼花・音花・鈴奈

・桃娘(望海)  瑞羽・凰華・美弥・愛花

・戚ほか(蘭乃) 妃鳳・舞羽・稀鳥・花影

・劉邦の父(月央) 研・祐輝・海・珠洲

・りんとうほか(扇)一色・香綾・水輝・天羽

・王陵ほか(彩城) 響・大湖・天寿・凪七

・懐王(眉月)  宇月・真波・鶴美・風莉

・宋義(悠真)  綾月・奏乃・にしき・悠未

・項伯ほか(煌雅) 沢希・紫友・如月・蒼羽

・はんかい、しょうか、そうさん(夕霧・瀬戸・鳳)美翔、千海、美泉・涼瀬、真那、久条
                        美城、美稀、大輝・七海、愛月、鳳樹        

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【2010/05/31 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
幹ちゃんファーストアルバム
ぷらすらめ修正とっぷこーと
昨日の続きです。
(左)先の方にシルバーのラメを2度塗りします。(中)薄くコットンを巻いたスティックにリムーバーを含ませ、はみ出した部分を修正します。(右)エッジからトップコートをぬります。もしはみ出したらスティックで拭い取ります。

一つ年下のわが心の王子様・エリザベートのチラシでもめっちゃ美系のトート・石丸幹二さんのファーストアルバム「Kanji Ishimaru」をゲット。お高いと思ったら2枚組でミニ写真集付き。
なんと、カッチー二のアヴェ・マリアや黒いワシ、そしてオペラ座の怪人(初ファントムの歌・ああ、傷のある幹ちゃんが観たい。ポイントオブノーリターンが聞きたかった)も入ってます。超スローな「恋の予感」もあったりして・・・。一路さんとのデュエットも!!
台詞もあって「きゃあ~」。幹ちゃん独特な「泣き歌い」健在。いや、全部それでした・・・ははは。

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<消臭サプリ>
20105264
モニプラで当選した消臭サプリ、にんにく料理を食べたときはすぐ効いていいですね。
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●ミニエッセー1388「アートセラピーを体験して」
絵を描くことで自分と向き合い、癒しにつなげる―絵は、心を映す。
先日、「パステル和(NAGOMI)アート」セミナーに参加した。セミナーというより、本格的なものよりも時間が短かったので、体験会といったところ。
講師は「癒し処スマイル」の中山早百合さん。中山さんは、私が取締役(副社長)を務める(株)ソウルビューティー&アニマルケア協会も加入している「北海道女性起業家有限責任事業組合rimrim」の仲間でもある。
アートで心を開く今回のパステルを使ったもののほか、その人の現在・過去・未来や潜在意識などが引き出されるアートセラピーの活動などをしていらっしゃる。
ネイリストやメイクアップアーチスト、あるいはカラーコーディネーターとして「アート」が欠かせない私は、パステル和アート体験だけでもとても楽しみにしていた。

ところが、その数日前、わんこ社長が個人的に中山さんのアートセラピーを受けた話を聞かせてくれた。
絵に本当にさまざまな心が表れ、より自分が分かり、自分と向き合えるもので、私も「どうしてもやりたい」と、予約。結局、アートセミナーに参加する前日に受けることができた。
私の結果がどんなものだったか、その詳しい内容は今回割愛するが、本当に現在抱えている内なる問題や過去がなにげなく描いた絵に出てきて、そのマイナス点をよい方向に変えていきましょうというもので、心が浄化されて涙が出るという重いものではなく、楽しいセラピーだった。
一つだけ披露すると、私の問題の一つは、重荷をなかなか手放していないこと―と出た。ここちよい空間を描くべきところに、一つだけ余計な実に現実的な「カバン」を描いたからだ。

いずれ写真を紹介するが、「パステル和(NAGOMI)アート」セミナーでは、最初はポストカードサイズの紙に好きな色のパステルを何色でもいいので削り粉にして、指でひたすらマルを描く「手慣らし」からスタート。デザインは自由で、参加者は思い思いの色で思い思いの数のマルを思い思いの配置で描くが、その時点でそれぞれの性格や傾向が出て面白かった。
出来た作品は、一つひとつ一度額に入れて一度みんなに披露されるが、その時、「かわいい」「かっこいい」「素敵」「渋い」「ロマンチック」などといろいろな声が上がるが、もちろんみんなが一生懸命描いたものに対して「変なの」「もっとこうすれば」というような声はない。それで、みんながちょっと自信を持てるのもセラピー効果だ。
それから、ポストカードより少し大きい紙に、今回のテーマ「バラ」を描く。ネイル技術に例えるとエアブラシアートのマスキングのネガ・ポジ効果も取り入れたり、ラメカラーで仕上げたり、それも自由に思い思いの「バラ」を描いて、みんな童心に還り、無心に、そして楽しく取り組む。また作品披露でさまざまな賛辞が起こる。それぞれに「個性」があることを認識し、盛り上がる。本当に楽しかった。それでいいのだ。

少し時間が余ったので、前日私が受けたアートセラピーの「未来」版の体験会も行っていただいた。初体験の人たちはみなとても喜んでいた。それぞれの未来が描かれた。
先生の言葉が心に残る。「過去は変えられないけれど、これからの人生は変えていける。絵が、書き直しがきくように・・・」

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【2010/05/30 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
私に会いにいらしてください
べーすぴんあかぴん
昨日の続きです。
(左)エッジ(爪先の上側)からベースコートをぬります。(中)少し時間を空けてからモニター品のピュアボンボンマニキュアのミルキーなピンクをエッジから全体に2度塗ります。(右)少し時間を空けてからエッジから半分くらいまで、赤に近いピンクを1度、さらにその半分にもう一度塗り、グラデーションにします。

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自分ネイル(蛍光入りきらきらオレンジ)掲載→ネイルセラピーサロンStage


●ミニエッセー1387「家族温泉会―わんこも②」
夕食後は、部屋で一同が集まって2次会の開始。
やがて、遊ぶ前にと再び温泉に行き、夕食前とは違い、がっちりゆっくり入った。
父はわんこたちをつれて、散歩に。わんこたちはとにかく父さえ一緒なら幸せそうだ。

上がって、スキンケア後は、おやつをつまみ、飲みながら(わっちはお茶だが)きょうだい対抗トランプ&花札大会の開始だ。
トランプはひたすら「大富豪」。その隙間にたまに花札をやるというなんとも変わった私たち。
義妹が早めに寝たため、きょうだい4人になってから、「なんか独自のルールをつくろう」と、普通は前のゲームで大富豪になった者は、大貧民から最も良いカードをもらいうけるのだが、すぐ下の妹の発案で「2番目に良いものを上納しよう」ということになった。
ゲームの性質上、嘘をついてもばれるので、正直にそれに従ってやることにした。なお、大貧民は大富豪からもらうカードはなんでも自由とした。
すると、毎回毎回いろんな波乱が起き、通常ルールよりも面白く、すっかり盛り上がり、この年になって親に「うるさい」と怒られるほど。
なお、わが家の花札には「○○(私の旧姓の苗字)ルール」というものが存在し、世間とは「やく」の数え方が違う。長年父とともにそうやって遊んできたため、われわれにはそれが普通なのであった。
この大会は午前2時30分まで続いた。
総合成績は弟・わんこ社長・すぐ下の妹・私の順。つまり、私がビリだった。

すっかり覚醒して私はまったく寝ないで朝になってしまった。夜じゅう、ナナのいびきがうるさかった(笑い)。
実は私は前日も1時間しか寝ていなかった。それでよく体がもつものである。
朝食もまたバイキングで、とてもおいしくいただいた。会場で弟に会い、「革命かっ」と突っ込んだ。「大富豪」で、すっかりわれわれのはやり言葉になったのだった。
年寄りはせっかちで困る。私もわんこ社長もチェックアウトぎりぎりまで部屋でくつろぎたいタイプだが、70を超えた両親は早寝・早起き・9時30分にはロビーに行ってる始末・・・。
チェックアウト後、ホテル前で記念写真を撮り、また高速で帰ってきた。
実家では、ランチ後、私と妹2人でまた「大富豪」の続きをした。なんぼ、元気やねん。
しかし、さすがに寝ていない私は家に帰ってから3時間くらい熟睡した。

この様子は後日写真でも紹介するが、たとえずっと一緒にいるわけでもないきょうだいでも、やっぱり集まれば仲良く楽しめるものだとあらためて実感。そして、高齢になった両親だが、いつまでも元気でいてほしいと願うばかりだ。

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【2010/05/29 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
銀ちゃん札幌チケット
ガーゼきりきりぷれぷらい
昨日の続きです。
(左)ガーゼで爪の表面をふきとりつつ・・・(中)キューティクルニッパーでまだ取りきれていないルースキューティクルやささくれを切り取ります。(右)ダストを払ってからプレプライマー(または小さくカットしたキッチンペーパーに消毒用エタノールを含ませて)で爪の油分を除去し、ペーハーバランスを整えます。この作業を怠ると次のベースコートをはじいたりして、結果きれいにマニキュアがオンできない要因になります。

9月の「銀ちゃんの恋」札幌公演チケットは、主催会員分と友会である程度確保。足りるかな・・・。

<拍手コメントお礼>
N様、ありがとうございます。うれしいです。私たちの出会いは・・・大切な大切な運命だったと思っています。死ぬまで、いや来世でも魂近くよろしくお願いいたします。


●ミニエッセー1386「家族温泉会―わんこも①」
先日、両親の古希、私の退職、弟の資格合格&再就職、父の退職(まだ非常勤では勤めている)などを記念して家族で札幌の定山渓の温泉に1泊旅行に出掛けた。
参加者は、両親、私、すぐ下の妹、弟夫婦、末妹(わんこ社長)、そしてわんこ社長の愛犬のコジローとナナ。7人と2ひき。小型犬OKのホテルなのだ。
同じペットでも・・・うちの主人は留守番。
わが一族は何かあるごとに温泉会をしてきたが、私が温泉に行くのはかなり久しぶりで、私は弟のお嫁さんと行くのは初めてだった。
私は退職してからやせたが、さらに温泉に行くまでにやせることを宣言していて、ゴールデンウィークの旅で外食してまた少し増えた体重をおよそ10日でさらに落として参加した。根性だ(笑い)。
みんなで費用を分担したが、私はおやつ係。温泉での夕食後、長い夜を過ごすには絶対おやつが必要とのことで、おつまみやら、お菓子やら・・・と、それくらいは事前に想像していた私にわんこ社長から驚きの言葉が。
「わっちさん、ケンタッキー買ってきて」
「え?温泉にフライドチキン?」―。
私はすっかり忘れていたのだが、以前一族で温泉に泊まった際、いとこが買ってきて最初は「それってどーなの」と思ったが、一同、夜中にお腹が空いて、それはそれはチキンがうまかったということだった。
というわけで、素直に出発前に調達してきたわっちであった。
それから、トランプを持って行った。私の自慢の「オペラ座の怪人トランプ」(劇団四季で購入)だ。笑い。

桜が満開の晴天の日、2台の車に分乗して岩見沢から高速に乗り約2時間弱でホテルに到着。
弟夫婦は狭い和室、そのほかは隣の和洋室(ベッドの部分と和室部分がある)。
少し休んでから早速お風呂へ。大笑いしたのが、その日「姫」のほうは総御影石の「ベルサイユ浴場」。
それから、わっちには欠かせない売店でのお土産の買い物とゲームコーナー。
ゲームは、UFOキャッチャーが不調で、ほかの機械で部屋でペット番をしてくれた義妹のために好きなキャラクターのグッズをゲットした。

夕食は席指定のバイキングで、味としてはずば抜けておいしいという感じではなかったものの、安いプランだったので、文句は言えないよねというのが一同の共通した意見。
日・月というのに、結構混んでいたことにびっくりした。

(続く)

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【2010/05/28 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
おいしいローズヒップティーでこんなことにチャレンジ
だすとふやかすおす
昨日の続きです。
(左)削りのダストをはらいます。(中)キューティクル(甘皮)リムーバー(いろいろなタイプがありますが、これは水・お湯での洗い流し不要な便利なタイプ。コットンに含ませて多めにつける)でキューティクルを柔らかくします。(右)ぬらしたメタルプッシャーでキューティクルを優しく押し上げ、ルーススキン(爪の角質)をこすり取ります。

<本日はモニプラで当選した焙煎ローズヒップティーを使ったレシピなどを紹介します>
2010526320105265
2010526120105262
写真は(上段左)届いた焙煎ローズヒップティー(右)、(上段右)そのまま食べれるということでまずは食べてみました。香ばしくてほのかにローズのにおいがしておいしかったです。(下段左)左は素直にお茶、右はヨーグルトにトッピング。ブルーベリー、はちみつとともに。(下段右)今回作ってみたもの(レシピは下記のとおり)。
「焙煎ローズヒップティー入り万能アボカドチーズソース」・・・材料・焙煎ローズヒップティーそのまま2分の1袋、お茶として使用済みのぬれた焙煎ローズヒップティー中身1袋、アボカドの実1個、レモン汁おおさじ2、粉チーズおおさじ山盛り3、牛乳おおさじ2、塩とブラックペッパー好みの量―をフードプロセッサなどでペースト状にするだけ。パスタ、サラダ、肉・魚・ソーセージ、パン、冷奴、ハンバーグなど何にでも合いますよ!!
彼も驚くときめきボディ ファンサイトファンサイト応援中

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お客様ネイル(5月の花嫁さん)を掲載→ネイルセラピーサロンStage


●ミニエッセー1385「ヅカノート2010春より10・5月旅日記⑩」
飛行機は、かなり揺れた。
私の「ゴールデンウィーク・関東の旅」としては、晴れ女の本領を発揮し、暑いくらいに天気に恵まれたが、北の大地は激しい雨模様で、降り立つ30分以上前からもうベルト着用サインは消えなかった。
私はお弁当を食べ終わるところで揺れ始めたので、あわてて食べて、あわてて飲み物を飲んで、あとは寝ていた。
でも、揺れは分かった。ただ、気持ちの悪い縦揺れではなく、横に振られる揺れだったので、まだましだった。
東京の気温は20度以上だったのに、千歳は10度。半分以下。お客さんの中には、半袖や、薄いカーデガンという人も。ゴールデンウィークをずらして来た観光客としか思えない。
道産子は、まだ桜も咲いておらず、北海道に春が来ていないことを知っているから、みんなちゃんとジャケットやコートを持ってきている。
私もババシャツこそ着ていなかったが、Gジャンとストールでガードしていた。傘も持っていた。

休みのど真ん中に出発したので、行きは空港の駐車場の空きも少なく、車を空港出入り口から遠くに止めていた。だが、帰りは平日なので、わっちの愛車だけがぽつんと一人で待っていた。ごめんね、4日間も寂しかったしょ。
Mちゃんのこともあり、帰りもまた慎重に運転してきた。
その日買った『レベッカ』のCDをかけながら帰ったが、なんとまあ、出発に掛け初めて、家に着いたらジャストで1枚終わったからびっくりだった。
ドイツ語が少しだけ分かるので、また日本とは違うニュアンスで感動した。

ところで、Mちゃん親子は旅先で少し具合が悪かったりしたものの、無事に4日の夜に帰宅したという報告を受けてとりあえず安心した。
しかし、示談が終わるまではいろいろあるから、特に人身事故は大変だ。
他人ごとではない。免許を持ち、運転する者はいつでもそれを心しなければならない。
それでまた思い出したが、自動車学校に入ったとき、「あなたはなぜ運転免許を取りたいのか、取ったらどう気をつけてどう活用するか」という作文を書かされた。
私は、こう書いた。
「私は昨年、デートでは運転してくれていた恋人とお別れしました。それまでは、不器用で運動も苦手な自分が免許を取ろうとは考えていませんでしたが、一人になった今、自立の一環として、取ろうと決意しました。交通法規を守り、安全運転し、自分の視野を広げるための行動に、また出張でも活用したいと思います」

新生活になって初めての観劇の旅。ぜいたくかつ涙・涙・涙・涙の4日間だった。

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【2010/05/27 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
登坂アナが・・・
おふさらにふぁいる
本日から当選したモニター品のマニキュアを自分のペディキュアとして自宅で使った様子をケアから順を追って紹介します。外反母趾の上、乾燥ぎみのモデルですいません。
(左)手と足を消毒後、リムーバーを含ませたコットンで今までのペディキュアをオフ。(中)さらに細かい部分や落ちにくいラメをコットンを巻きつけたスティックにリムーバーを含ませてオフ。(右)ファイルで指と同じくらいの長さに爪を削ります(今回は爪先はスクエアぎみに)。あまり長くキープすると靴のサイズに影響するので、私は手と違い足の爪はあまり伸ばしません。

現在NHK札幌で活躍中の奥様のアイドル(?)、微笑がなんとも素敵な登坂淳一アナウンサー。
わっちと若白髪仲間ですが、わっちより7歳も年下と知り、軽いショック。お兄様と思っていたんです。


●ミニエッセー1384「ヅカノート2010春より10・5月旅日記⑨」
『ローマの休日』に関しても後日書くが、実は、私は概要しかこの作品を知らなかった。断片的にはオードリー・ヘップバーンの映画を観た気がするが、ちゃんとしたストーリーは知らなかった。ちょっと「おとぎ話」的なものと考えて、時代背景や深く切ない、これまた「愛の物語」とは思っていなかった。
たった3人しか出ない芝居。しかも、舞台人・コムちゃんに対して、テレビドラマ・マネーの虎のイメージしかない吉田栄作さんは大丈夫なのだろうかという不安もあった。
なのに、感動のあまり、また涙だ。どんなけ泣かせるねん。4日間、泣きすぎた。
思わず記念グッズのクリアファイルを買ってしまった(主人がコムちゃんをかわいいと絶賛していた)。

ほとんどのお客さんが浜松町方面へ帰る中、私一人が空港方面へ。ホームに向かい合っていると何百対1人という図。なんとも言えない雰囲気だ。考えてみたら、平日だもんな・・・地方人は少ないよな。

空港で時間があったので、読みたいなと思った本を探して、何軒か本屋を回った。
最近、宝塚関係以外の本をあまり読まなくなった私だが、ふと道産子精神科医の香山リカ先生の本を読んでみたいと思い、いくつかあることはあったのだが、どうも内容的に「それは私が求めているものじゃないな」というものばかりで、結局は買わずに保安検査を通った。

お弁当を買って、ゲート前で搭乗を待っていると、隣のゲートの前に次々と報道陣が集まり始めた。テレビカメラもあれば、スチールカメラマンも、インタビュアーもスタンバイ。
要人でも着くのか。でも、それならば、警備体制がものすごいはずだ。私はかつて、首相が羽田に着く日に浜松町からしてすごい警備で、チケットのない人は通れないというのを経験したことがある。
一体誰が来るのか。タレントではないような雰囲気があった。なぜなら、レポーターが真面目なニュースに出てくるような人たちばかりだったからだ。
空港の出発案内板では、どこから来る便かまでは書いていない。
タイムリーなところでは、普天間基地の移設問題かな・・・と思っていると、残念ながら、私の乗る便の搭乗が始まってしまったが、なんとその夜家に着いたときにやっていたニュースで、まさしく「さきほどの映像です」と、隣のゲートが映し出されていて、やはり鹿児島からの便で徳之島の町長さんらが上京した様子だった。

ところで、記者たちの姿は、かっこうや持ち物が少し前までの自分を見るようで懐かしかった。
脚立、カメラ、腕章、社員証、メモとペン、ボイスレコーダー・・・結構力仕事だった。
こんなに力がなく、小さなわっちさんが、よくやっていたよ・・・。

(続く)

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【2010/05/26 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
赤プリがなくなる
どんぐり
近くに行くと必ず寄る札幌の有名なパン屋さん。

毎年のようにディナーショーに行ったり、泊まったりしていた元赤坂プリンスホテル(現グランドプリンスホテル)が来年3月で閉館とは・・・なんか寂しい。

<サロンのブログ更新しました>
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●ミニエッセー1383「ヅカノート2010春より10・5月旅日記⑧」

<5月6日>
そんなわけで、なんと、予定より1時間半も早く、出掛ける準備を開始。このことが、この日本当の「早起きは三文の得」につながった。まあ、「早起き」というか、寝なかったのであるが・・・。
チェックアウトも1時間半早くして、日比谷まで歩いて行き、まずは何はともあれ友人が泊まるホテルにチケットを預けた。
それから、シャンテでランチ。平日の昼どきで混んでいたが、中華料理の「チャイナ・ドール」ですぐ座れて、すぐ食べることができた。普段はザ―サイが得意ではないのだが、ここの無料サービスのザーサイは、超おいしいのでおすすめだ。
飽きがちな牛肉あんかけ焼きそばを私なりに工夫して3回味を変えての完食。3分の1はそのまま食べ、残りのうち半分をねりがらし味に。そして最後は、大好きな酢をかけて、酸味で締めた。

劇場へ向かうにはまだ時間があった。そこで、わんこ社長に頼まれたお土産を探しに、交通会館へ。あったではないか!
そして、交通会館をぶらっとしてみると、ヅカグッズ・海外ミュージカルCDの店「宝塚アン」があるではないか!
東京宝塚劇場横からどこかに移転したとは聞いていたが、交通会館だったとは知らず、移転して初めて入った。
そこで、探していたものが見つかった。『レベッカ』オリジナルキャスト(ウィーン・ドイツ語版)CDだ。帝劇で見てくるのをすっかり忘れていた。
それから、そこに素晴らしいポスターが貼ってあった。マミさんのCD予告ポスター、そして石丸幹二さんのファーストアルバムがもうすぐ発売というもの。トートが待ち遠しい幹ちゃん。まさか、アルバムが出るなんて・・・感涙。早起きは三文の得だった。

そして、やっと、JRで浜松町へ行き、飛行機のチケットを打ち出して先にチェックインしてから、モノレールで天王洲アイルに。銀河劇場、久しぶりだ。
前に来たのはマミさんのイベントだったろうか。そして、かなり前には今は亡き大浦みずきさんが出た「銀河鉄道999」を弟と、また涼風さんのコンサートを妹と観た思い出もある。ほかにも一人でいろいろ観た。
そういえば、以前アートスフィアとかだったのに「銀河」になったのは、なぜなのだろう。
以前はフランフランがあったりしたホテルと直結したそのビルはなんだかさびれていて、その代わり、セブンイレブンができていた。
良い演目をしなければ人も来ないだろうし、もったいない。

さて、久しぶりにコムちゃんこと朝海ひかるさんに会いに行くという軽い気持ちだった『ローマの休日』にも泣かされることになった。これはミュージカルではなく、完全な芝居だ。ストレートプレイが苦手な私としては、楽しめるか心配もあったが、そんな心配は始まって5分で消えていた。

(続く)

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【2010/05/25 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
坊主クイ?
井井2
わっちが愛用しているお気に入りのデジカメケース。京都の井和井さん製。

わっち「最近、お笑い芸人で好きなのは、我が家の坪倉さんでしょ、ハイキングウォーキングの松田さんでしょ、博多大吉さんでしょ、ピースの綾部さんでしょ・・・」
わんこ社長「メンクイだね」
わっち「それから、タカ&トシのトシくん(追記・ご結婚おめでとう。初恋を貫くなんて素敵!!)でしょ、U字工事の益子くんでしょ、ハライチの澤部くんでしょ・・・」
わんこ社長「あらら、急に坊主クイになっちゃったよ~」・・・爆。


●ミニエッセー1382「ヅカノート2010春より10・5月旅日記⑦」
だが、荷物整理をしていて、わっちは、大変なことに気付いた!!
翌日、最後の日は、ゆっくりチェックアウトしてホテル周辺でランチして、モノレール・天王洲アイル駅の銀河劇場に行けばいいや・・・と考えていたのだが、そうはいかない、その夜手元にあってはいけないものが出てきたのである。
海外から観劇に来る友人のために観劇チケットを手配し、いつもは彼女が泊まるホテルへ郵送していたのだが、今回はたまたま日程が合わないものの、数日後なので、その彼女が泊まるホテルのフロントにこの5月5日のうちに、預けておくから受け取ってねと約束していたことをすっかり忘れていたのである。
この日の朝は、マッサージの帰りに寄ると決めていたのに、結局マッサージの後半寝ていたために、半分寝ぼけた状態で、そのまま新橋に歩いて帰ってしまった。
私は、もともと夢遊病ぎみなである。半分寝て半分起きている状態では、まったくわけのわからないことをしたり叫んだり、本音を言ったり、記憶が飛んだり・・・。
もしも私が、宿泊最後の夜は、ほとんどの荷物をカバンなどからいったん出してベッドの上に並べ、「スーツケースで送るもの」「サブバックに入れて持ち帰るもの」「普段バックに入れて持ち帰るもの」「捨てるもの」「朝までに飲み食い・消耗してしまうもの」に「事業仕分け」ならぬ「荷物仕分け」をする習慣がなかったら、そのまま北海道へ持ち帰り、彼女に大迷惑を掛けるところであった。ああ恐ろしや。
彼女は7日に来日するため、私が帰る日、翌日の6日までに預ければセーフであり、翌日の行動を変更することにした。

この夜、ほとんど寝られなかった。
揉み返しで全身が痛いこと、ホテル周囲でお祭りの余波か、大騒ぎが続いてうるさいことに加えて、部屋の灯りにトラブルが発生したのだ。
よりによって深夜に、ベッドに組み込まれているものすごい明るいヘッドランプのスイッチが壊れて消えなくなり、こうこうと明るいままだったため、いたしかたなくベッドを力づくでずらして、底にあるだろうコンセントを探して元を切るという作業をするはめに(さすがにもう係の人を呼ぶのが面倒だった―部屋に来るのは男性だろうから、準備している翌日用の下着をしまわなくてはいけないし、本人も着替えないとならないのが困る。今までも部屋のトラブルで、この手の苦労をしている)。
かといって、私は真っ暗では眠れないため、フットランプをつけようとしたら、今度は電球のたまが切れていて、全くつかず、結局、部屋の灯りを消して、バスルームの照明をつけて、ロール式のカーテンを上げて・・・。
そして、予約更新式にしてある当ブログがちゃんとアップされているか、携帯でチェック―と、そんなことをしていたら結局また新橋の町に朝のカラスの鳴く声が聞こえてきた。

(続く)

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【2010/05/24 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
メンクイじゃないってかい?
ますゆうしょくちゅうかれいめんだいすきー
左からわっちさん流マスのムニエル、ある日の夕食、大好物の冷麺。もちろん、それぞれ別の日に作ったもの。ホイコーロー的なものは、例の桃ラーと豆板醤、ソースで仕上げました。

うちのペット(主人)は美人韓国女優のハン・へジンさん(写真)のファン。
わっち「あなたって、やっぱ面食いなんだね」。ペット、私の顔を見て「いいや、全然違うし」・・・どういう意味じゃ!!

<サロンのブログ更新しました>
お客様ネイル(恋する夏を夢見て)を掲載→ネイルセラピーサロンStage

<ヒマラヤ岩塩味くらべ>
塩3
岩塩のサンプルが当選。ピンクの細かいパウダーは優しくてゆでたまごに最適、白は通常のお料理に合い、粗いピンクのはインパクトが強い味なので、ちょっぴりをごはんにかけても良いとそれぞれ感じました。
アースコンシャスさんはいつも対応が早くて気持ちがいいです。アースコンシャスファンサイト応援中


●ミニエッセー1381「ヅカノート2010春より10・5月旅日記⑥」
物語のカギを握るダンヴァース夫人をわが心のオスカル・涼風真世さんがやる回を選んだ。
2年前のシアタークリエでのシルピア・グラフさん版はもう堪能していたので、帝劇という大きな舞台になって、どんな雰囲気になるのか楽しみにしていた。
これについても後日、詳しく書くが、涼風さんの変わらぬ歌唱力やシルピアさんとは違う狂気の演技に感激し、そして、初演ではただ話の面白さに感動したものだが、歌詞の意味の深さに思うところがあり、胸に響いてまたもやぽろぽろと涙がこぼれ落ちて参った。これは、ただの心理ミステリーではなかったのだ。いろいろな形の愛の物語だった。
演出的には、前回のほうがよかったと思う部分もあったが、やはり大劇場サイズになっていた。
またシルピアさんの回も観たかった。何度でも観たいと思ってしまった。また再演していただきたい。
東宝の会員でよかった。良席でありがたかった。

帝劇のあと、またまたキャトルに寄って、お土産を買い足し、予約していたリフレマッサージへ。
いつも全身が張って、こって、こわばっているが、今回は特に上半身の右と下半身の左がひどく、それを90分と、目が疲れていたので、アイセラピーを30分―2時間いたきもちいい世界に。後半はほとんど眠っていた。
担当の方が、あまりにも右首と左足・股関節を伸び広げられずに「これほどひどい人もなかなかいない」と嘆いていた。私も、自分で分かった。どんなに必死にぐいぐいされても全然、動かないのである。
特に左足は股関節が固いだけではなく、リウマチもあり膝の曲げ伸ばしも自由にならないことを自覚。

ホテルに帰ってから、コンビニめし後、なんだか悔しくて、足を動かせるようストレッチをした。
そうするうちにだんだん、全身の揉み返しが来て、2時間のリフレはやりすぎかと反省。
いつもわが社長に揉み返しのない素晴らしいリンパ流しをしてもらっているのとはわけが違うなと感じた。

そうしながら観ていたテレビで「天才でなくても成功する方法」というのをやっていて、脳科学研究者が「脳の発達上、20歳前後に受けた悔しさが、その人のその後の人生に大きく影響する。そのころ挫折すると、そのときは悩んでもそれがあとで前向きになれる原動力になる」と断言していた。「まさにそのとおりだよ!」とひとりで叫んだわっちさん。
テレビでは、フィギアの高橋大輔選手の例をあげていたが、私の大失恋はまさにそれではないか。前夜Nつんと話したことを思い出した。なぜ、わっちは頑張ってきたのか―。

翌日も観劇が続くもののあっという間に最後の夜になり、荷物整理をしたらいつものとおり寂しくなった。

(続く)

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【2010/05/23 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
今度は寺田先生コンサート
なかみ
当選したエリザベス社のピュアボンボンマニキュア。

マミさん・・・今度は寺田先生のメモリアルコンサートにご出演。無理ぃ~(フルポン村上さん風)7月はライブだけで。

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●ミニエッセー1380「ヅカノート2010春より10・5月旅日記⑤」
そして、「暴走しそうなのに・・・」というのが、Nつんはよく私を分かっているなと笑えてしかたなかった。さすがに10年の付き合いである。
実際にもいつもよく「走っている」私―人生の歩みにおいても「暴走・爆走」が得意なことをNつんは見抜いていた。
実は「精神的男前」の私に、甘えっ子の主人がただ付いてきているという真実まで言い当てて、絶妙すぎて参った。
「自由にさせてくれている」イコール「そうじゃないと、今のわっちさんのだんなさんではいられない」ということなのである。
それから、ある話題から「わっちさんのそういうところが好き。偽善者じゃないから」と言われて、大変光栄だった。きれいごとばかりを言わず、本音を隠さないところが気持ちいいらしい。
正直すぎて失敗することもあるが、生まれついての性格なので、直せないのである。

お互いに仕事も恋もいろいろな経験をしているが、結論として「どんな経験も今後の糧にしなければいけない」とまとまった。
Nつんは聡明だ。それを30代で既に悟っている。私はどうだろう・・・。やっとこのごろ分かりかけているといったところかもしれない。
いつもそうなのだが、彼女と過ごす時間は今回もとても有意義で、幸せだった。

Nつんを駅で見送り、有楽町から新橋までカロリー消費のため、歩いて帰った。たったひと駅だが、いいウォーキングになった。まだ春が来ない北海道に比べたら、もう東京は初夏であった。

私はロールケーキひときれを夜食に買ってきていたが、さすがにディナーでがっつりデザートが出て、完食していたのでさすがに食べられず、それは翌朝の朝食になった。
この日の夜は入浴後、「虞美人」についてヅカノートを書いて過ごしていたら、あっという間に朝になった。
それでも、3日目は出発が11時30分でよかったのであせらず、ぎりぎりまで寝ていた。

<5月5日>
朝から外が騒がしかった。烏森神社のお祭りということで、新橋は1日じゅうお神輿が出て、にぎわいがすごかった。
それを縫うように新橋駅まで行き、まずは有楽町・キャトルレ―ヴへ。宝塚検定合格特典の商品券を使ってしまおうと、舞台写真などをゲット。
それから帝劇へ向かい、『レベッカ』再演を観劇。まさか、また泣くことになろうとは思わなかった。

(続く)

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【2010/05/22 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
コーフンしてしもうた・・・。
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懸賞生活戦利品のスヌーピーのエコバッグセットそのほか。

われを忘れて興奮・・・まあ、いろんな場面であるわっちさんですけど、先月、「HEY!HEY!HEY!」を観て、西城秀樹さんが出演してYMCAを歌ったのがあまりに素敵だったのと、彼のファンである高木美保さんの「秀樹ぃぃぃぃぃ」という黄色い声援が、昔、ファンの方はみんなああだったなと懐かしくて、その声にテレビの前で興奮(笑い)。
わっちは普段の声は普通の女性より1オクターブ低いので、秀樹さんのコンサートでもあんな風に叫んだことはないですけど・・・。

<サロンのブログ更新しました>
ネイルでご来店されるお客様へのお願い(つめを切らずにいらしてくださいね)を掲載→ネイルセラピーサロンStage


●ミニエッセー1379「ヅカノート2010春より10・5月旅日記④」
今は東京宝塚は午後の部が4時公演になったから、終わったらもう午後7時過ぎ。立派な夕食どきである。
やっと私は泣きやんで、二人で銀座へ繰り出した。
ディナーの前にプランタンに寄り、それぞれ自分用に持ち帰りスイーツをゲットしてから、Nつんの提案でフレンチレストランへ。
主人に「二人でご飯を食べなさい」とおこづかいをもらってきていたので、それに見合うコース料理をいただくことにした。今年はショパン生誕200年ということで、その特別コース料理があった。
春野さんの好物にちなんでピーチジュースで乾杯した。カサブランカの「君の瞳に・・・」ではなく、「私たちの出会い10年と春野さんの20年とサロンオープンになどなど」だ。

Nつんとマミさんの公演チケットのやり取りでネットで知り合ったのがちょうど10年前、記念すべき2000年の5月。
直接会ったのが6月。その後、すっかり彼女の「罠」(笑い)にはまり、春野さんのファン同士になった。
北海道と関東、年も10歳以上違うというのに、きっと私が子供で年下の彼女に多くを学ぶからだろう、なんだか不思議と魂が引き合って、ファン同士だというだけでなく、それ以上の付き合いを続けさせていただいている。
この10年といえば、例の私の「25年―四半世紀」の中で、半分近くを彼女とともに歩いてきたことになる。
彼女の存在や言葉に救われてきた10年でもあった。
私が突然「転職する」と言ったとき、彼女がなんと言ったかというと、「えー、またまた、そんな、大丈夫ですか、ほんとですかぁ」ではない。「なんと素敵!自分のことのようにわくわくする」だ。
それは、私が前へ進む大きな一歩になった。
彼女は、前々から「チャンスがあればほかの仕事をしたい」と言っていた私のビジョンがはっきりしたことを喜んでくれたのである。

食事をしながら、いろいろな話をした。恋愛トークもした。
その中で、私に関して彼女が「本当に何事もあきらめないで頑張りますよね」とあらためて言ったこと、そして「(大失恋のあと)暴走しそうなのに、よくぞとどまって、まったく無関心でもないけれども自由にさせてくれるよい人と結婚してここまできましたね。・・・っていうか、ご主人がよくぞわっちさんについてきたというか(爆笑)・・・」と言ったのが印象深くて、ホテルに帰っても反すうしたほどだった。
「私が頑張ってこれた理由」は、「25年を振り返って」でも述べたとおり、変なプライドというか、意地ゆえ―にほかならない。と私は答えた。悔しさというものは人を強くするものだ。
今となっては、たとえ世界じゅうの人が、「もう十分でしょう、負けてないから、大丈夫だよ」と私を認めても、私は勝手な闘いをやめることはしないだろう。
私にとっては、あきらめず努力することは当たり前のことになっていて、特別なことではない。それをやめるときは、自分が死ぬ時だ。

(続く)

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【2010/05/21 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
Office2007との攻防戦
別ネイル
サロンのブログに掲載したものと別角度の自分ネイル。左手はリウマチさんが強いため特に第一関節のふしが太いのが悩み。

「今ごろかよっ」と突っ込まれそうですが、わが家では先月やっとPC、Office2007に入れ替え。
すると・・・ワードもエクセルもずいぶん今までと違って・・・慣れない~!

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約1週間使い続け、モイストというよりさっぱりした洗い上がりでした。ネーミングにインパクトがない気がします。
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とにかく届くのが遅かったのに何も連絡もお詫びもなかったのが残念。売れているからといって企業としての誠意を欠いてはいけないと思います。白くならないのはいいけれど、使い心地はいたって普通でした。
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●ミニエッセー1378「ヅカノート2010春より10・5月旅日記③」
私が食べたのは、「アスパラとチーズチキンのタルタルドリア」と「キャラメルハニーパンケーキ」。
量もちょうどよくて最高においしかった。
大満足で、新橋のホテルにチェックイン。
フロントで「女性だけに・・・」と新製品シャンプー・リンス(もちろん部屋にもあるが)のミニサイズセットをいただき、「あ、中身はおやじでもわっちも女性だった」とふと思った。
途中で買ったピンクのばら一輪(よいミニ花束がなかった)をコップに生けて、着替えもせずにベッドに横になった。
さすがに寝ていないので、ちょっと疲れが襲ってきて、完全には寝ていないのだが、うとうとし、気付いたら夜10時だった。
それから、あわてて先送りしていたスーツケースや買ってきたものの荷解きをしたら、それだけでまた疲れ、なんとお風呂にも入らずに、翌日まで本格的に寝てしまった。

<5月4日>
本当はこの日の11時から、友人と待ち合わせる14時まで、たっぷり買い物とひとりランチをする予定だった。
ところが、起きたらもう11時前で、お風呂に入り、支度をしていたらあっという間に12時過ぎ。
いつまでも「起こさないでください」プレートが出ていて心配したのか、掃除の人が困ったのかフロントから電話が来て「わっちさま、お部屋の清掃はいかがいたしましょう」。「あ、すいません。あと10分で、夜まで出掛けます」
たぶん・・・自殺してないか確認だよな。ゴールデンウィークに女一人で3泊だもの。

有楽町イトシアでわんこ社長のリクエストのお土産を探したが見つからず、別の物をちょこちょこ買い、次に日比谷シャンテで夜使う入浴剤などを買って、あまりにお腹が空いて少し早めに友人Nつんと待ち合わせた喫茶店へ行き、我慢しきれずに軽食をオーダーした。
間もなく、今年初めて顔を合わせるNつんがやってきて、ありがたいことにサロンオープンのお祝いをいただき、互いの近況報告や昨日の春野さんの話に花が咲いた。

それから、久々に一緒に花組「虞美人」を観劇。
これについても後日詳しく書くが、Nつんが当ててくれた素晴らしい席で観劇させていただいたこと、また春野さんを支えてくれた彩音ちゃんを見るのが最後ということで、「ファントム」や「黒とかげ」などいろいろと思い出したこと、いつも彩音ちゃんの舞台での娘役としての姿勢が尊敬できるものだったこと、まとぶんとのコンビが素晴らしかったこと、まとぶん自身や花組のみんなが素敵だったこと、衣装もセットも色づかいも素晴らしかったこと、ストーリーに感動したこと・・・そのほかいろいろな思いが込み上げてきて、恥ずかしながらNつんの横で号泣。
Nつんも驚いていたが、自分も驚いた。

(続く)

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【2010/05/20 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ハチとの攻防戦
ここす
初めてCOCO’sというファミレスに。社長に「初めてかいっ」と驚かれましたが、何せ今まで地元で外食の機会がそんなになかったし・・・というか、地元のこと、世の中のことをまだよく知らない・・・爆。

一度ハチに刺されてえらい目にあっており、もし2回目刺されたら致死率が高いと言われているわっちさん。
先月、玄関フードの花のためか、ありえないくらい大きなハチがどこからかやってきて、ずっとブンブンと居座られ、なかなか外に出られない事態に。
めっちゃこわくて、それ以降も一歩外に出たらハチがいないか確認しています。

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●ミニエッセー1377「ヅカノート2010春より10・5月旅日記②」
お台場のホテルでのイベント開始まで時間があったので、羽田空港で少し買い物し、初めて「よーじやカフェ」でランチを。そうして新橋まで行って、ゆりかもめでお台場のホテルへ向かった。
懐かしい顔がちらほら。春野さんファン、健在なり。
その途中、車窓から「ひみつの嵐ちゃん」で話題になったいけてない松潤ファッションがメインの嵐の写真で飾られたPRバスを見掛け、一人で大興奮。周りの女の子たちも大騒ぎしていた。
「上京中、一度街中で見たい」と思っていたのだが、いきなり見てしまうとは。

懐かしいお台場のホテル。マミさんと山咲トオルちゃんのサンケイイベント以来だ。
まずは、パンフレットとグッズを買うために並んだが、結局、今回グッズは買わなかった。
その後、開始前の集合時間まで時間があったので、豪華なホテルのロビーで、パンフレットを読んでいたら・・・やっぱり、眠気が襲ってきた。
いかん、いかん、ここで寝てしまって集合に遅れたら大変と、なんとか気合いを入れて乗り切った。
トイレの列に並んでいると、久しぶりに会う春野さんファン仲間とばったり会い、「わっちさん、ますます若くなったねー」と言われた。やったね。

席に着いてちょっとショックだった。1月末のトークイベントで見づらくて参ったときと同じ、前方の横端という席だったからだ。FCさーん・・・。しかし、前回よりはまだステージが見えた方だ。

なお、みどりちゃんこと大鳥さんや田代さんがゲストだったこのイベント(春野さん20周年ライブ)については、後日詳しく書きたいが、みんなが歌で春野さんを驚かせようというサプライズのために、開始前に歌練習があったのが楽しかった。
歌といえばわっちさん。実は、風邪が100%治っていなかったので、喉・声の調子は完璧ではなかったが、思いっきり歌った。

結局、この日から4日間、泣いてばかりの日々になった。
この日は感動というより、春野さんやみどりちゃんがあまりに泣くのでもらい泣きした感じだった。

「なま春野さん」の余韻を胸に私が次に向かったのは、ファミレスのデニーズ。北海道にはないのである。
テレビ朝日の「かえれま10」を見ていたら「食べてみたい」メニューが出てきて、この機会に行ってみようと、泊まる新橋のホテルへ歩いて行ける距離の東銀座店を目指した。
一瞬迷いそうになったが、そこは人間ナビのわっちさん。ばっちり行けた。
私のようにおひとりさま女子(女子と名乗っていいのか・・・)も多くて安心した。

(続く)

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【2010/05/19 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
トイレの神様、あかん
龍馬
飲み物のおまけにしてはかなり凝ったフィギィア。世は龍馬ブーム。宝塚ファンも「維新回伝・竜馬伝!」「Ryoma-硬派・坂本龍馬」あるいは「誠の群像」「星影の人」などを観てるから、知らず知らずのうちにこの時代のこと、結構詳しくなっちゃいますよね。

植村花菜さんの曲『トイレの神様』、フルに聞いてしまうと涙が止まらなくなるから聞けんですわ。
祖母と暮らしたことはないけれど、子供のころ、一時母の入院時に家に来ていて、どうしてもっと優しくできなかったのか、後悔しています。

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ナチュラルだけに香りがちょっとよくないながら、べたつかないのがよかったです。もう少し潤い感がほしいところ。
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●ミニエッセー1376「ヅカノート2010春より10・5月旅日記①」

<5月3日>
ほぼ寝ないでの出発となった。
前日、大変な事が起きた。夕刻、私の親友のMちゃん親子が交通事故に遭いけがをし、連絡を受けて毛布やジャケットを持って現場へ車で駆けつけたのだ。
私は加害者にも被害者にもなったことがある経験者だから、できることは何でもするつもりで行った。
運転していたMちゃんには全く落ち度がなく、赤信号で止まっていての100%相手が悪い追突事故。
車の破損具合の割には、Mちゃんもジュニアも重症じゃなかったことがせめてもの救いだったが、動揺していたとはいえ、60歳くらいの相手が保身ばかりして誠意が見られなかったのが残念で、ジュニアも相当精神的なショックを受けていた。
大人だったら、真摯に受け止め、謙虚に、反省を態度で示すべき。自分のことよりまずはMちゃんたちの体を第一に心配してほしかった。

警察による現場検証のあと、私はすぐさま当番病院に電話し、Mちゃん親子を病院に誘導、診断書や湿布などを受け取り、その後診断書提出と事情聴取のために警察署にお連れした。
Mちゃんのご主人に事故車レッカーの付き添いをお任せした。
Mちゃんは特に足をやられていた。
警察署で待っているときにレッカー処理を見送ったご主人が来てくれて、今後の対策などを少し話した。

実は、Mちゃん一家3人は、ゴールデンウィークの旅行で私と同じ3日の朝から1泊、東北へ飛ぶ予定だった。
翌朝までけがの状況を見て、最終的に旅行をどうするか決めるということになった。
何しろ、祝日が続くため、次回病院へ行くとしても休みが明けなければどうしようもない。せっかく楽しみにしていた家族旅行なのにけがを負って楽しみが半減するものの、なるべく行きたいと話していた。

私はMちゃん一家を見送って、自宅に帰ってきてから主人へ報告し、それから夕食を取り、旅支度に入ったが、とにかくいろいろと心配で、眠れたものじゃなかった。
忙しいMちゃんのご主人がせっかく休みが取れて、とても良い時期の旅なので、旅好きのMちゃん親子ができる限り思い出づくりに行けるようにと祈った。私だけがぜいたくに旅しては申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

出発の朝、早めに支度をしている時、Mちゃんから「体は痛いものの、悪化していないようなので、旅行に行く」とメールが入った。少しだけ安心した。
既にMちゃんたちは飛んでいたが、あとを追うように私も予定どおり新千歳空港に到着。Mちゃんのおかげで、超安全運転を心掛けた。
どんなに気を付けても不運にも被害者になることもあるが、絶対に加害者にならないようにと、ほぼ徹夜でもしっかり目を開けて行った。
機内でも眠れなかった。やばい、これでは、春野さんのイベントで寝てしまうのでは・・・と心配になった。

(続く)

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【2010/05/18 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ロミジュリポスター
ド6
帰りのタクシーで運転手さんが「去年のだけどあげるね」とくださったシール。

観に行けませんが、星組の「ロミオとジュリエット」のポスター、きれいですね。

<潤い燦々ゼリー>
ぜりい
ブルーベリーとプルーン味が当選。おいしかったです。へたなデザートを食べるより、美容にもいい一石二鳥のおやつになりますね。
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●ミニエッセー1375「新生活1カ月」
がらりと変わった私の毎日。サラリーマン生活でなくなって1カ月の感想みたいなものを述べたい。

とにかく、まだ生活リズムに慣れない。というか、リズムと言えるようなものがない生活だ。
もともと環境適応能力がない私。努力して乗り越えなければ適応できないタイプだ。
子供のころの転校生活も、恋人とお別れしても(苦笑)、結婚しても、職場で部署が変わっても、とにかく慣れるまでに時間がかかってきた。
やっぱり仕事・生活が変わっても1カ月くらいでは慣れず、自由な時間も多いのになかなか「あれもやりたい」「これもやりたい」というものに着手できずにいる。
ただ、今まではそれができないからと、ものすごくあせる傾向にあった。どうしても目標を達成しなければ気が済まず、達成しなかったら激しい自己嫌悪に陥っていた。
しかし、そんなんじゃ精神的にも肉体的にも参ってしまうと気付き、思い通りにいかないときも自分に「あせるな、あせるな」と言い聞かせている。
重い風邪やリウマチで長く臥せたこともあり、いつもは「限りある時間がもったいない」と、何かしら「行動」ばかりしていた私が、動いては治らないなと、1日じゅう体の要求に応じて寝ていたり、ただ考え事にふけるといった、今まではなかった「自分と向き合う長い時間」が、このひと月多かった。

「明るく前向きに」が信条の私だが、さすがに後ろ向きにもなる。
ちょうど、「25年を振り返って」シリーズをアップしたこともあり、あらためて自分で読んで後悔や反省や昔の痛みを思い出して「あのときこうすればよかった」「ああ言えばよかった」と沈んだり、「仕方ないよな・・・」とあきらめたり、心はずいぶん忙しかった。
だが、振り返っていろいろなことを感じられる日々―さまざまな経験を持っているということは、幸せなことだなとあらためて感じた。
そこからまた新たに発見することもあるし、反面教師として勉強になることもあるし、サロンの特に若いお客様と恋や仕事の話をするときに、アドバイスもできる。

それから、自分にはまだまだかなえたい夢がたくさんあるなとあらためて夢にどん欲な自分に気付いた。仕事上のことはもちろん、趣味の上でも、日常生活でも・・・。
夢はかなえるためにあるとは思いつつも、私が夢見ることの中には、自分の努力次第でどうにかなるというものではないものもあり、「どう考えても到底無理だろうな・・・」というのも含まれている。
だが、人生は分からない。明日は分からない。雲をつかむような話でも、かなわないとも限らない。そんな夢でも捨てないでいたいなと思っている。

次はそろそろ新しい生活に慣れ、面白い毎日と言えるようになったころ、また報告したい。

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【2010/05/17 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
ボディケア・バストアップ
ど5
思わず買ったファイターズグッズ。ほんとは、違う模様の黒いトートバッグが欲しかったのに、品切れでした・・・ううっ。

やせたのはいいのですが、年齢的にも今まで気にならなかったバストアップに気遣うようになった今日このごろ(笑い)。
実は私、自分が本当は何カップなのか知りません。自分で計ってこうだろうと思っても、買った下着が合わないこともしばしば。専門家に正確に測っていただかないとだめですね。

<サロンのブログ更新しました>
自分ネイル(オリジナルカラーグラデーション)を掲載→ネイルセラピーサロンStage


●ミニエッセー1374「気象と体調②」
ところが、この3・4月に襲われた痛みは、なんだか質が違っていた。
当コーナーの3月の旅日記のときに、東京に旅行中、観劇時に手の関節の痛みに参ったことを書いたが、4月にも手と足(膝)が今までになく痛み、起き上がるのも階段の上り下りもつらく、明らかにずっとよこばい状態だった持病レベルが悪化。
これも恐らく、気象と大きく関係しているとドクターわっちさん(笑い)は思うのだ。
現在の仕事柄、足腰や手の不調は致命傷だ。特に、ネイル施術では、手が命である。
幸い、不調なときも左手の方が悪く、左手は主にお客さまの手を支えるだけの役目なのでまだ助かっているが、右手が悪くならないことを自分自身祈るばかりである。
毎日指のリハビリは欠かせない。左手は、左でしか携帯メールを打てないので、それが良いリハビリになる。

これを書いている時点では、まだゴールデンウィークの旅の前だが、旅で体調が保てるかも懸念している。当然、体調が良くないと何もかも楽しめない。
間もなく、5月の旅日記シリーズが始まるので、自分の無事を祈るばかりだが・・・。

それから、もう一つ手ごわいのが、アレルギー性慢性鼻炎と蕁麻疹だ。
これは今まで、気象とは関係ない、ストレスなどもあるのだろうと思っていたが、どうやらこの春の状態を見ると、しっかり関係がありそうだ。
私は花粉症ではないし、鼻炎も軽い方なので、この時期にくしゃみやせきや涙に悩まされている方々からするとまだよい方なのだが、蕁麻疹はなかなかどうして、やってくれる。
わんこ社長の言うとおり、気象が直接神経やホルモンバランスを乱れさせるという面もある半面、ドクターわっちさんとしては、こう気象の変化が激しいと気分・気持ち・心の持ち方も乱れて免疫力を下げ、体調に影響を及ぼすということもある気がしてならない。
曇り空、雨模様、寒いと気分も晴れないし、やっとちょっと晴れたと思うとまた天気が悪くなれば、またか・・・とがっかりする。
そんなに天気には左右さないぞと意識しても、やはり「気持の良い春」を実感できなければ、体も喜ばない。
そんなとき、自分自身で心をコントロールする力、自分なりにリフレッシュしてス少しでも前向きになることがいかに大切かをあらためて思う。
私は、その力がある方なのだが、新しい生活になって、今は何かをがむしゃらにやって無理に楽しく過ごして気を紛らわせることより、25年間走りすぎた傾向にあるので、少し心身を休めた方がいいのかなと少し「何でも計画主義」を抑えている。
なかなか来ないな・・・わっちの春。

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【2010/05/16 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
雅ちゃん、寂しいぜよ
ド4
日ハムファンの応援は素晴らしいっ!!

大好きな雅ちゃん・・・次、いつ会えるのかなぁ。連絡がないととっても寂しいよぉ・・・。
プライベート携帯メール音が鳴っても関係ないメルマガばかり・・・しょぼん。


●ミニエッセー1373「気象と体調①」
先月、わんこ社長がブログで「寒暖の差が激しいと神経も乱れて体調を崩しやすい」という記事を書いていたが、持病や手術の傷痕がある私は、今年の春ほど気象と体調の因果関係を実感したことはない。
先月、あるテレビで気象の専門家が「滅多なことで本当に異常気象とは発言しないが・・・」と前置きして「今年の春は異常気象」と断言していた。
私が住んでいる北海道央北寄りの空知管内・岩見沢市は、山脈の豪雪地帯で、「どか雪」(一度に降る雪の量が半端ではない)が名物なのだが、ここ数年は明らかに雪が少なく、特に1年前の冬はとても早く雪解けした。
この冬も雪は少なめではあったが、何しろ3、4月に気温が上がらず、畑の芽吹きも遅く、とにかく連日「寒い」としか口から出てこなくて、いつまでもストーブのスイッチを切れない状態が続いた。
私はいろいろな持病はあるものの、だからこそ免疫力を上げることに気を遣っていたので、今までは、季節の変わり目であっても「風邪」と言えるような風邪にかかったことがなかった。
毎日、栄養バランスを考えて食事をし、ビタミン不足にならないようにし、苦手な乳製品もとり、手洗い・うがいは欠かしたことがない。
扁桃腺が大きいため、何かにつけて喉に来てしまうので、ケアは充分していたはずだった。
ところが、勤め人をやめて、少し気が緩んだせいなのか、本格的な風邪をひいてなかなか治らずに、ショックを受けた。
写真でも紹介しているが野球観戦前、寒い中、長時間外の人ごみに居たのが原因かもしれないが、今まではそんなことくらいで体は悲鳴を上げなかった。出待ち、入り待ち慣れもしていたはずだ。
この3月からストレスが解消されたせいか、新たな悩みが増えたせいか食事量が激減し、なぜか超頑固だった便秘も治って、体重と体脂肪が落ちたので免疫力も落ちたせいなのか・・・とも思っていたが、さすがに日本縦断移動慣れしているわっちさんもこの春の激しい寒暖の差に体がついていかなかったということだろう。
しかも、持病も暴れ出した。
今までも、日常から容赦なくリウマチによる体のあちこちの関節の痛みはあったし、特に冬から春にかけて、また秋から冬にかけての季節の変わり目は発作的な症状が多いのだが、自分にとっては35年も続く日常茶飯事で、必要なら冷やしたり温めたりと、やりすごす術は心得ていた。
雨が降る前は、必ず関節や手術痕からの「お知らせ」があり、ズキズキ・ニヤニヤとした嫌な痛みがあるのも慣れっこだった。

(続く)

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【2010/05/15 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
「ちょうどええ」おみくじ
ド3
芝の美しさに目がくらくら。しかし、試合についてはテレビみたいに解説がないとよく分からないわっちさん。弟にいちいち「ねえ、今、どうなった?」―やな客。
これでも軟式野球部のマネージャーだったんだからね・・・。

先月、神社に行っておみくじを引いたら、「小吉」・・・ちょうどええか・・・。
以前札幌よしもとにいたお笑いコンビ2丁拳銃さんのネタ「ちょうどええ」、結構好きです。

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●ミニエッセー1372「1000回記念27・百年への道を観て②」
そして、初風さんがホスト役でトークコーナーに出ていらした「白ばらの君」春日野先生。
もちろん、ずっと座っていらしたが、白い衣装でサングラスをおかけになり、男役らしくりんとしたただずまいは相変わらず。しっかりした口調で感動した。
しかも、ユーモアがおありになる。タカラジェンヌは、頭の回転が速い人が多いが、ご高齢にもかかわらず、返しもうまくてなんだか涙が出そうに。往年のファンはさぞかしうれしかったことだろう。
特に、スミレコード無視の「(娘役をストーリー上)犯しちゃって・・・」「10代からタバコを吸っていた」発言には大爆笑した。先生がおっしゃると、少しもいやらしくないのがすごい。
初風さんがしきりに「先生すてき」と言っていたが、本当に素敵だ。
先生がおっしゃっていた今の生徒に言いたいこと「品格を忘れるな」は、タカラジェンヌだけではなく、われわれにも大事なことだ。
その後のコーナーでもみんなが「品格」を連呼していたが、何につけても必要だ。

宝塚の最古参現役生徒であり、理事であり、たくさんの勲章を持ち、宝塚市の名誉市民でもある春日野先生。独身しかいられない宝塚では、結婚もされず、人生を宝塚に捧げていて、敬服するばかりだ。
もし、もう舞台でお目にかかれなくても、どうか健康に留意されて、ずっとずっと長生きしていただきたい。

さて、あと4年したら、宝塚は100周年となる。ものすごい記念イヤー。きっと、記念公演、イベントが目白押しだろう。
われわれファンも「100年貯金」が必要だ。
そのころはもう、現在活躍しているトップスターたちも全員が残っているということはありえなく、次の世代の生徒たちが牽引役になっているはず。
ひょっとしたら大抜擢もあるかもしれないが、順当なら今の各組の2、あるいは3番手当たりかと思う。
しかし・・・どうだろう。
今回、OGゲストに来た方々だけを見ても分かるように、その生徒の持つ雰囲気、人となりが時代によってだんだんと小粒化していることは明らかである。
今のスターたちは、姿かたちはしゅっとしていて、それなりに実力も人気もあるが、春日野先生をはじめ、汀さんや鳳さん、榛名さんのような「どうだ」というような迫力、スケールの大きさ、大らかさがなかなかない。
この不景気の世の中で、スターシステムを取っている限りは宝塚の顔となる魅力的なスターの存在、そして、ヒット作の誕生こそが観客動員につながる確かな百年への道であろう。

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【2010/05/14 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
骨盤ベルト
ド2
せっかく早く着いたのに発券機械故障でこのありさま・・・。私は2回表に入れましたが、最後のお客さんは果たして・・・。引き換え式はあかんですね。
この1週間後からわっちは長い間、重い風邪に苦しむことに。熱にうなされ寝言ばかり言ってました・・・。

元の職場では席で足を組んでいたこともあり、整体に行くと毎回骨盤のゆがみを指摘されていました。左右の足の長さに差ができ、腰痛や背痛や肩こりの要因に。今年2月~3月はぎっくり腰でも悩みました。
そこで試しに、先月から「骨盤ベルト」をして生活しています。なんとなく調子がいいような・・・。

<Na・de・te>
なでて
ヘアトリートメントのサンプルが到着。特別な時に使いたいです。きっと素敵な香りでしょう。
LCラブコスメティック★ファンサイトファンサイト応援中


●ミニエッセー1370「1000回記念27・百年への道を観て①」
この章の冒頭を借りて、今月1日に逝去された小林公平元宝塚歌劇団理事長に哀悼の意を表します。笑顔が印象的でした。何度か劇場でお見掛けしたこと、ホテル阪急インターナショナルのレストランで席が隣だったことを思い出します。宝塚の百年、二百年への道を見守って下さることでしょう。

スカステで、昨年上演された特別イベント『百年への道』を観た。
宝塚は昨年95周年で、また専門雑誌『歌劇』が1000号になったことを記念した現役生・OGによる歌とトークの催し。
生では観れなかったので、スカステでの放送を楽しみにしていた。
近年にはまれなことに、轟さんと5組のトップスターがそろうということ、そして、もちろんOGゲストに愛してやまないマミさんこと真琴つばささんが出演したこと、それから私が注目したことは、ご高齢の春日野八千代先生のご様子だった。
私が春日野先生を生の舞台で拝見してからしばらく経つので、お元気なのかどうか気になった。
これはもう1年近く前の舞台だが・・・。

現役生徒のコーナーは、いつもどおりのオーソドックスな構成。
だが、組を超えてここまでそろうとやっぱり圧巻で、どこを見てもスターだらけでわくわくした。
まだ大和さんや瀬奈さんがいるというのが、なんとも「胸キュン」だった。
瀬奈さんのビルとまとぶんビルの登場も面白かった。

もう何度もこういう場に呼ばれているマミさん。全部ではないが、やはり仕切り役もやって、わが同期はさすがだった。
昨年、マミさんのFCイベントで、このときの楽屋での写真を見せてもらったり、裏話を聞かせてもらっていたので、実際に舞台を観て、なんだか思い出してほほえましかった。
それにしても、音楽学校の講師であるシメさんこと紫苑さんは、なんで退団してこんなにたってもスタイル維持で、歳も感じず、かっこいいのだろう。
現役中はマミさんと話したことがないというのは意外だった。まあ、考えてみると一世代違うし、シメさんはかなり上級生なので、当然なのだが・・・。

それから、いつものことながら鳳蘭さんも太陽のようで素敵だ。昨年、マミさんと共演したことが思い出される。
また、初代マリーアントワネット・初風諄さんの歌声も素晴らしかった。

姿月あさとさん、湖月わたるさん、朝海ひかるさん―いずれも今歌手・女優として頑張っている面々で喜ばしい。
ああ、この場に春野さんもいたらな・・・とぜいたくなことを想像した。

(続く)

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【2010/05/13 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
だっこされたい!
ド1
札幌ドームにはタクシーで行きました。

先月、嵐の大野君が「世界一受けたい授業」で私のマミさんにお姫様だっこされていたんですよね!いやーん、ずるいっ。
マミさんは80キロちょっとまでだったら抱けるそう。わっち、全然大丈夫(爆)。お姫様だっこされたいよ~!

<おしらせ>
姉妹店「わんこのきもち」では、わんこのご病気などで孤独な飼い主様、ペットロスに悩む方の電話カウンセリングを1時間3,000円で行っております。詳しくは→わんこのきもち社長日記


●ミニエッセー1370「25年を振り返って⑯最終回」
プライベートでの悲しみを乗り越えようとしていたこともあり、最初はちょっととんがっていて、生意気だった。
それが、角のある岩が波に洗われてだんだん丸い石になるように、さまざまな仕事、人との出会い、そして別れによって、変な力が抜け、人当たりの面でもソフトになってきたと自覚している。
たくさん失敗もした。理不尽なことに怒ったり、耐えたりもした。たくさんの壁にぶち当たった。
しかし、乗り越えられなかった壁はなかった。そのたびに誰かに助けられたり、自分で勉強したり、人として、社会人としてちょっとずつ階段を上がってこれた。

学園には心から感謝しているし、職員だったことを誇りに思う。
だからこそ、願いがある。これからもずっと、続いてほしいということだ。
公立の学校でさえ、統合、廃校となくなっていく。私の母校である「あの彼」と出会った思い出の高校も記念碑しかない。短大もない。とても寂しいことだ。もし、元の職場までなくなっては、つらすぎる。
どんなに時代が変わっても、ちょっと泥臭くても、垢抜けなくてもいいから、受験生や学生や親御さんたちだけではなく、世間から「愛される高校・大学」であってほしい。
教育・研究という基本はもちろん、社会、産業への貢献を続けてほしい。
北海道らしさ、個性をなくさないでほしい。ブランド力を信じ、それを発展させてほしい。
創設者の思いを忘れないでほしい。
何よりも「人」を大切にしてほしい。土地も建物も動物もお金も大切だが、人材は宝だ。
その中でも一番生徒・学生を大事にしてほしい。
だから教員だけではなく、その彼らや教員の生活をサポートする事務・技術系職員(正職員や非正職員にかかわらず)の能力がいかに大切かを常に考えてほしい。
能力とは、単に仕事ができることだけを差すのではない。訓練し、慣れれば、仕事はできるようになる。
だが、仕事をする上でのマインドが問題だと私は思う。
何を念頭に仕事をするのか。何のために、何に役立つように意識しながら仕事の一翼を担うのか、きちんとした考えを持つ人たちを雇ってもらいたい。マインドのない人ばかりの集団になるなら、学園の存続は危ういと思う。
                         ◇
四季折々の景色が素晴らしかった学園。
愛する人と別れ、声が出なくなった私を、桜やいろいろな木々が、肥沃な土が、芝生のグリーンが、動物たちが癒してくれた。もう涙を拭きなさいと語りかけてくれた。
広いキャンパスにはいつも強めの風が吹いていた。冬は学園内で何度も遭難しそうになった。世の中甘いことばかりあるわけはない、倒れるな、頑張れと励ましてくれた。
学生たちがかわいかった。伴侶動物(?)との出会いがあった。
職場内外の仲間、そして家族の存在が支えだった。子宮を失い、親不孝だなと病院のベッドで泣いたときも、お見舞いにかけつけてくれ、待ってくれていたみんながいたから、涙を止められた。

多々迷惑を掛けたことも、私の「卒業」に免じてお許しいただきたい。切なく、そして感謝の四半世紀だった。

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【2010/05/12 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
宝塚おとめ2010
ファイターズ
本日からしばらく、先月初体験した札幌ドームでのファイターズ応援関係の写真スタートです。妹に借りて持って行った物。このカチューシャ、子供用なので、いくら頭が小さいわっちでも、長い間は痛くてしていられず後半は白い毛だけ頭にのっけてました。

待ちきれずに、通販で買った今年の「おとめ」。当たり前のことですが、下級生たちがだんだん写真が大きくなっていくのが感慨深いです。今年の研1さんに道産子が。五條まりなさん、頑張れ。

<サロンのブログ更新しました>
社長ネイル(おすすめカラー「紫」例)を掲載→ネイルセラピーサロンStage


●ミニエッセー1369「25年を振り返って⑮」
失敗してもいいから、挑戦してみるのが私ではないか。
以前も述べたが、私は今までに3度ほど、精神的に死んでなんとか生き返ってきた身と言える。
今ある命はもうけものの命。多少の失敗なんて怖くはないはず。とっくにものすごい挫折をしたじゃないか。

最初は小学5年生。リウマチ熱で全身を病み、悪くなった心臓に負担が掛かるから、一生運動ができないかもしれないから覚悟しなさいと宣告された。
それまでの私の夢は陸上選手だった。少女の夢は死んだ。
その後、なんとか持ちこたえて、通常の運動ができるまでになったが、あんなに得意だった短距離走も長距離走も走り高跳びも、もう二度と記録を出すことはできなくなってしまった。

次の私の心の死は、このシリーズの最初に述べた、大失恋のときである。心の死だった。

そして3度目は大きな交通事故のときで、一瞬本当に死んだらしいことだ。激しく顔と胸や背中を打ち、一瞬息が止まり、記憶を失くした。どうやら私は一瞬、魂を自宅に飛ばしたらしい。
その同じ時刻、自宅の呼び鈴が激しく鳴ったという。
たまたま休みで寝ていた主人が「こんな朝早く誰だろう」とびっくりして飛び起きて、玄関に出たが、誰もいなくて不思議だなと思っていると、やがて電話が鳴り、消防署の救急隊員が、「奥さんが事故で大怪我をしたので、至急病院に来てくれ」と告げたという。

このほかにも危険があるたびに、いつも自分の「生への根性」とともに、何か見えない力によって「生かされた」という感覚がある。何か意味があって死なないで来た。
それならば―せっかくの命、限りがあるのだから、自分の思うように生きてなんぼだ。
いろいろなリスクはなんとかなる。いや、なんとかしてでもそうすべきだろう。

そうやって決心した。
もちろん、一人ではなしえないことで、たくさんの方の協力、支え、励ましがあって1年半前に、前職場退職の意志をはっきりさせたのだった。

今あらためて、25年の勤め人としての日々を振り返ると、自分なりに社会貢献と思い、懸命に与えられた仕事を全うしてきた一方、長い時間を掛けての「学びの日々」だったなと感じる。
20歳だった一人の人間が、さまざまな経験を経て45歳になった。まさに、子供から大人への成長の記録だ。
いや、本当の意味でまだ大人ではないかもしれないが・・・。

(続く・次回で最終回)

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【2010/05/11 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
HIROさんへ
集合ほぼ
弟の資格試験合格とわっちの退職を祝ってのカラオケ会参加メンバー。しゃがんでいるのは弟と超変な顔のわっち。立っているのは左から父、近所のおじさん、弟のお嫁さん、すぐ下の妹、母、すぐ下の妹の二男(甥、身長184cm)、わんこ社長(末妹)、すぐ下の妹の長男(甥)。

EXILEのFCメンバー宛にHIROさんから税務申告に関する騒動のお詫び状(印刷)が届いたのですが、詫び状で「ビックリさせてごめんなさい」など、「びっくり」をいちいちカタカナで書くのは納得しかねます。元記者として。
こういうときは「驚かせてしまい申し訳ございません」でしょう。社長とはいえ、若いなぁ・・・。
ともあれ、EXILEのみんな大好き。信じているよ!


●ミニエッセー1368「25年を振り返って⑭」
編集部では、最初のころは、長年染み付いた事務屋の気質をなかなかうまくシフトさせることができずに、取材すべき内容にも興味がわかず、ポイントも分からず、結構苦しんだ。
最初の数年は学生のコーナーも全面的に担当しており、その部分については今までの経験も生きて、なんとかこなせた。
そのうち専門知識が増え、だんだん慣れてくると、余裕ができて、自分のペースで仕事ができた。
全国への取材出張も楽しく、休みも計画的に取れて、宝塚生活もばっちり楽しめた。
特に2007年末まで、大好きな春野寿美礼さんを心ゆくまで追い掛けることができたことは、ありがたかった。

だが、仕事へのモチベーションは正直なところ、春野さんの退団とともにぷっつり切れてしまった。
それをなんとか奮い立たせて毎月取材先を探し、月刊誌を発行することは、自分の中でちょっと苦しいことにも感じてきた。
私も春野さんのようにそろそろ新しい人生を生きたい。
人生は一生勉強だとしても、目や手を使うことは、年齢や体調を考えたら、もう今が最後のチャンスかもしれない・・・。

そして、「わっちさんの第2のステージへの道」が始まったのだが、葛藤もあった。
まずは、大事な相方である編集長をずっと支えていきたい気持もあったからだ。
編集長は、なかなか組織に合わないアウトローだとご自分を表現していたが、私も全く同じだから、二人は本当に「同志」だった。
私がいなくなれば、彼を理解し、助けていける人はいなくなるかもしれない。ますます孤独感に包まれるかもしれない。だから、編集長に言い出すには、最も勇気が要った。

もう一つは、現実的な話で、収入面だ。このご時勢にしては十分な給料、ボーナスや諸手当もあり、とにかく諸制度に守られていた。
それを一挙に失うのである。お金が掛かる私の観劇趣味を続けるためには、収入減は命取りとも言えた。

けれども・・・。私という人間は、何をもって私らしいと言うのか。何度も自分に聞いた。
夢というのは、ただいつまでも夢と言っているだけでいいのか。人はいつ死ぬか分からない。
「職人として、表現者として個人で勝負したい」―「なりたい自分」にちょっとも近付かないままで死んでいいのか、あなたは・・・。
それで、いい人生だったと胸を張って死んでいけるの?

(続く)

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【2010/05/10 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
やっぱり獅子座!
オープン朝
オープン日のサロン玄関前。感謝の一言です。

バイオリニストのNAOTOさん(スープカレー協会理事なので北海道に縁が。理事会発足ニュースに映っていました)って、8月15日生まれで、幹ちゃんこと石丸幹二さんと同じ!!やっぱり獅子座なんだ~。
私の好きな人って私のいて座と相性ぴったりの獅子座・牡羊座・いて座が多いんです。

<キングアガリクス100>
あが
サンプルが当選して母にプレゼント。すぐ効果が表れるものではないとは思いますので、とりあえず商品到着をお知らせします。
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●ミニエッセー1367「25年を振り返って⑬」
私は中学生くらいのとき、「将来はジャーナリストになりたい」と作文に書いていた。
それがまさか大学職員になってからかなうことになろうとは、思いも寄らなかった。
それを思うと、ジャンルは全くやりたかったものとは違うものの、「表現」が仕事で、幸せな7年だった。
記者業だけではなく、校正を含む編集、好きなカラーコーディネートも生きた誌面デザイン、イラスト描き、カメラマンも経験し、本当に勉強になった。
そして一番幸せだったことは、取材や原稿依頼などを通して多くの人と接したことで、本当の自分に気付くことができたことである。

私は、自分の人見知りなところが大嫌いだった。
すぐに誰とでも心に垣根を作らずに仲良くできる人がうらやましかった。
どうしても照れくさくて誰ともまずは距離を置く自分が、なんだか気取っているようで嫌だった。
常に心によろいを着ている。同時に人に干渉されることも嫌。土足で心に入ってくる人は特に嫌。親友でもないのに打ち解けられない。だから、他人に対しても、簡単には心の垣根を越えない。
できるだけ自分ひとりでする仕事のほうがいい・・・。
とにかく、知らない人とかかわるのはあまり好きではなかった。

ところが、周囲からは、一度も私がそんな人物だととらえられたことはない。
確かに、わーわーとすぐに打ち解けることはないかもしれないが、それは人見知りなわけでも、人嫌いなわけでもなく、ちょっとだけ様子を見てからドアを開け、ちょっとたってから中に入っているだけで、本当の人見知りではない。
第一、本当に人見知りの人が、インタビューしてうまく話を引き出し、最後には取材先の人と友達になって帰ってくる、お土産をいただいてくる、記事にしたことを喜んでくれる・・・なんて、ありえないから。と、笑われた。

そうか、私は「関係がうまくいくか」と怖がりなだけで、決して人見知りではないんだ。
そういうばいつしか私は、行った先々での出会いすべてが、いい出会いと感じていたし、会えて良かったと最後には皆さんと堅く握手して帰ってきていたではないか。

そのことに気付いたとき、私は人を相手にした仕事ができる人間と自分を位置付けられた。
それまでは、そんな仕事は絶対無理と決め付けていた。
新しい道へ踏み出すべくして行った運命の部署だったと思っている。

(続く)

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【2010/05/09 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
「龍馬伝」のみどりちゃん
正面はかま2
よい正面写真がなくてすいません。左は着付けの先生のご自宅で着物・袴だけ。右はサロンにて3月31日当日朝の私の後ろ姿。かなり腰で折ってもらったのですが、どうしてもタカラジェンヌよりも袴の丈が長い・・・。

福山さんが好演しているNHK『龍馬伝』、先日お会いしたみどりちゃん・大鳥れいさんの最初のほうの出番は見逃しました。が、6月にも出るそう!!

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●ミニエッセー1366「25年を振り返って⑫」
考えてみたら、彼は特別に用事がないときも一人で窓口に来ていた。
それはSOSのサインだったのかもしれない。
「何か御用でしたか」と聞くと「あ、ぼく、今回は呼び出されていませんでしたね・・・」―呼び出してほしかったほど、孤独だったのかもしれない。結局、何もしてあげられはしなかった。

遺体を確認した学生課長さんから、「遺書があった」と聞かされた。
そこには、叶わぬ恋に苦しんでいた様子が切々と書かれていたという。それ以上詳しいことは教えてもらえなかったが、彼の苦悩の要因が恋だと知って、ショックを受けた。
かつての自分を思い出してしまったのだ。
私は本気で死のうとは思わなかったものの、自暴自棄になっていたころ、ぼんやりと「彼と結ばれないのなら、もういつ死んでもいいや」と考えていた。
死の誘惑から逃れられなかった気持ちを私は弱虫と、なんてばかなことを・・・とは、言えなかった。
せっかく内地から遠い北海道に入学してきた学生。確か、浪人生だった。ご家族の悲しみははかりしれない。
ひょっとしたら、初めから死に場所を探してわざわざ北の大地までやってきたのかもしれないし、恋が本当に死にたい理由だったかは分からないが、どれほどつらかったのだろう。どれほど孤独だったのだろう。

彼の死後、ある日、窓口に背中を向けて立っている学生がいて、声を掛けようと立ち上がったら、しゃがんだように見えたのたが、カウンターの向こうには誰もいなかったということがあった。
その背中は、彼が最後に窓口に来た時に着ていたチェックのシャツだった。
かすかだが顔が見え、初めて見た笑顔だったように感じた。どうか、彼の魂が安らかでありますように・・・。

それもまたドラマではなく、現実なのだった。

それから、Mちゃんの同期の一人で、当時弟のお嫁さんにしたいほどかわいかった女の子で一緒に宝塚を観たこともある後輩も、同じ職員の男性と結婚し、去って行った。
のちに私が入院したとき、駆けつけてくれて、再会できうれしかった。
彼女が送別会の挨拶で涙で言葉につまり、ずっと立ち尽くしていたことが昨日のことのように思い出される。

そうして出会いと別れの教務での7年が過ぎ、私は2003年4月に最後の部署にやってきたのだった。

(続く)

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【2010/05/08 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
1000回記念26・ゆみこさん特番
ハーブてあらいなるびそると
モニター当選していただいたオーガニックハーブティー、洗い流さないトリートメント、インディアンルビーソルト(入浴剤)。

先月スカステでゆみこさんの特番「七彩の軌跡」を見て、またまた涙したわっちでした。
番組には出なかったですが、「ラ・エスペランサ」もよかったですよね。

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わんこのきもちHP

●ミニエッセー1365「25年を振り返って⑪」
実は、そのころから、役員たちの学園の運営方針に何となく疑問を抱くようになった。

私が就職したころとは違い、18歳人口が減少し始め、大学は学生を選ぶ時代から「学生に選ばれる時代」になっていた。どんなに大規模な大学であれ、生き残り作戦が必要になっていた。
どれほど愛される大学になれるか。そのために何をすべきなのか。
私は、人を大切にすることが一番大切ではないかと思い、機会があるたびにそのことを訴えていた。
人とは、まずは学生。そして、教職員だ。
人は大切にされていると感じれば、そのもの、その場所に感謝し、愛し、より良くしようと頑張るはずだ。
この学園の環境だからこそできる教育を社会や学生のニーズに合わせて行い、社会に送り出すことが一番ではないか・・・と。

話は前後するが、教務課では、人を送り出してばかりいた。

親友のMちゃんに続いては、入試課時代も長く一緒で、まるできょうだいのように名コンビ・くされ縁と言われた男性の先輩が、ご実家の都合やいろいろなことがあり、故郷に帰ることになり、退職された。
家族ぐるみで付き合っていたので、本当に寂しかった。忙しい時期でも、時にはばか話をして笑い飛ばしてやってきた。今で言うお笑いコンビの相方のような存在だった。何しろそれまでの時間、絶対的に主人より一緒に過ごした時間が長い人だった。

それから、担当していた学生がとうとう授業についていけず、退学したこともあったし、行方不明になった学生もいて、車で市内じゅうを探しに行ったこともあった。
心の病を抱える学生や親(親の対応のほうが大変だった)も多く、電話で何時間も相談を受け、耳がはれ上がったこともある。

最後まで復学を夢見ながら、とうとう病気で亡くなった学生もいたし、衝撃的な理由で自殺してしまった学生もいた。
その自殺した学生については、今も時々幻を見る。
入学当時から、一人で熱心に窓口に来て、いろいろな資格に挑戦する真面目な子だった。ただ、入学の時からとにかく目がとても暗く、あまり多くをしゃべらない子だった。

入学して数カ月のころ、一度自殺未遂をし、全く元どおりに元気になったように「定期試験を受けたい」と窓口に来たため、「体調はいかがですか。何かあったらいつでも、何でも相談してね。遠慮なく」と話し掛けた。
―それが最後になった。彼は、数日後やっぱり死を選んだ。再び大量に睡眠薬などを飲んで、一人で逝った。

(続く)

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【2010/05/07 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
ローマの休日デー
300
3月に社長とのわっちの退職記念会で思わず400グラムのびっくりドンキー・チーズバーグディッシュを食べてしまったギャル・・・いや、おば曽根のわっちでした。

本日コムちゃん、吉田栄作さん、小倉久寛さんの舞台を観て北海道へ帰ります。

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●ミニエッセー1364「25年を振り返って⑩」
7年間のうちの後半は、パートナーを組む新人後輩職員も入り、担当学科だけではなく、大学院生全体や資格取得のための放送大学受講生なども担当することになったため、今までの学科以外の学生ともたくさん接することになった。

そして、ここでは、宝塚仲間となるE先輩との出会いもあったため、休みには一緒に観劇の旅に出掛けたりして、宝塚生活も大変充実していた。
ただ、総務課時代に学生時代からの彼氏と結婚したMちゃんが、病気治療と出産準備に入るために退職することになったときは、寂しくて何度か職場でも泣いたものだ。毎日顔を合わせていた妹のような・時には姉のような存在だった。
Mちゃんには「もう、すぐ泣くもねー」とよく言われた。
だが、Mちゃんとは彼女が退職してからより一層仲良くなり、彼女に子供ができてだんだん成長してからは、3人で遊ぶことも増えた。
私も退職した今、なおのことつるみそうな気配がしている。笑い。

Mちゃんが退職後、大学を卒業したての純朴でかわいらしい男性職員二人が入ってきたが、前述のようにその一人が私のもとで同じ学科を担当することになったため、一から仕事を教えることになった。
常に一生懸命なのだが、空回りしてしまうこともあり、やきもきしたこともあったが、弟、いや息子のように懐いてくれて、だんだん成長していく姿を見るのはうれしいことだった。
彼に赤ちゃんが生まれたときは、孫を見るような気持ちがした。
当時私も30代中盤~後半、「人を育てる」という任務にやりがいを感じていた。

そんな矢先、広報室兼務を命じられた。やれるだけやったのだが、性格上、「中途半端」な状態が苦手で、どちらの仕事も集中することができず、なおかつ、当時の広報室の担当役職者にいいように振り回され、普段「怒る」ということがなかなかない仏様のようなわっちさんも、ついにはそのパワハラぎみの上司にキレてしまい、職員組合と相談して、兼務の取り消しを求めるというちょっとした騒動をわざと起こした。
申し訳なかったが、一緒に兼務になり、数年後、再びパートナーになることになった編集長より少し前に私は広報室兼務から足を洗うことになった。
それは、学内の職員が兼務でやっているような広報室がよいものになるはずがないという意思表示であり、そうでもしなければ、上層部が本気で新設部署について本気で考えないと読んだからだ。
広報室と言えば、企業の顔である。それを兼務で済ませようという考えにどうしても納得がいかなかったのである。

当時、職員組合の長だった教授は「これほどNOと言える職員がいたとは・・・」と感心し、のちに他部署で私の上司となることになったときも、そのころのことを覚えていて、「わっちさんほど勇気のある人はいない」とよく言っていた。

私は勇気という意識はなく、学園がよくなるためにその方向へ動くのが職員であるから、そんなことは当然のことと思っていた。きちんとした自分の考えを持ち、いつでも発せられなくてどうすると。

私は、大失恋以上にこわいものがなかったのである。

(続く)

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【2010/05/06 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
帝劇レベッカデー
どら
3月の旅の帰りはJALのドラえもんジェットで帰ってきました。

本日は帝劇で涼風さんご出演版のレベッカを観劇します。

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●ミニエッセー1363「25年を振り返って⑨」
異動の時期の前には毎年、事務職員は調書というものを書いて提出していたが、そのころはやってみたい仕事や部署を書く欄があり、私は昔からずっと「一度は必ず教務課を経験したい」と書いていた。
その教務課には、入ってたった3年で異動になってしまったMちゃんが先に行っていた。

決して総務課の仕事が嫌だったわけではない。給与や税務に関するさまざなことを覚えることができ、エクセルもできるようになり、計算機使いもブロになり、収穫はあった。
が、どうしても一般企業の仕事に近いため、せっかく大好きな学校で働いているという実感が得られないというストレスもあったのは確かだ。
要するに、高校生や大学生と接する機会がほとんどない4年だったのである。
教職員とばかり接することになり、それはそれで今振り返ると大変よいことだったのだが、知りたくもないプライバシーにも触れなければならないし、早く次のところへ異動になりたいと思っていた。

就職して12年目にそれがかなうことになった。ついにやりたかった教務課へ行けという命令。
Mちゃんがいたし、かつて入試課で一緒だった、気心の知れた男性の先輩もいた。
それはそれは張り切って行った。
いきなり一人で1学科・およそ840人の学生と研究生全体を担当するという責任はずっしりとのしかかったが、自ら望んで来たこともあり、仕事がどんどん楽しくなっていった。

試験時期、単位認定時期、年度末・年度初めの忙しさは叫び出したいほどだったが、「学生のため」というのがはっきりと意識できた仕事でもあったし、やりがいがあった。
学生のためならば、先生とけんかしたり、意見し合ったりすることも苦ではなかった。今思えば、生意気な職員と映ったかもしれないが、とにかく学生の味方をしたい一心だった。
ちょうどカリキュラムが変革する時期にも当たり、上司の先生と試行錯誤して新しい授業体制づくりも出掛けた。

優秀な学生は、なんとなく名前を覚えても顔は記憶からどんどん消えていく。
何しろ、窓口に来て顔なじみになるのは、何かと問題があった学生ばかり。
その問題児の学生がみんなかわいかった。手が掛かる学生ほど、「どうしようもないなあ」と嘆きながらも、器用に生きられないところは、自分にも共通する部分だし、自分の子供のように思えた。

(続く)

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花組虞美人デー
かえしまえ
宝塚検定開始前の机。チラシの下には特典のファイルが置いてありました。

本日は虞美人を観劇します。

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●ミニエッセー1362「25年を振り返って⑧」
8年目に入るとき、初めて異動ということになり、最も希望していなかった管理中枢部門へというのがちょっとショックだった。
7年間、入試課で割とクリエイティブかつアクティブな仕事をしてきて慣れたし、自分にとても合っていると感じていた。また、次は教務課か就職課に行きたかったのだが、規範に従い、決まりきったことを冷静にこなしていかなければならないイメージの「要の総務課」が、随分堅苦しく感じられたのだ。
しかも人事・給与担当という。責任が重い。自分にやれるのか不安だった。
が、異動してみると、今まで一緒にやってきた課長も一緒に異動だったし、かつて入試課で最初に仕事を教えてくれた先輩もおり、何より今では親友と言える仲良しの4歳年下のMちゃんが新人として入ってきて、それなりに楽しく過ごせた。
仕事内容は、やはりクリエイティブではなかったものの、自分なりにツボを見つけて頑張った。

ただ、総務課1年目の夏の終わりに、長い間の母の看病生活から解放され、緊張の糸が切れたせいか、日々非常に疲れがたまるようになり、注意力もなくなり、ある晴天の朝、太陽光に目がくらんで信号を見間違え、通勤途中に相手の車の側面と自分の車の正面の衝突の交通事故を起こしたことは、職場へも家族へも迷惑を掛け、大きな汚点になった。
相手もけが(その後完治)でしばらく入院し、私も右足靭帯損傷と顔面、背中などの強打で1カ月近く自宅療養した。
だが、それだけに、以後は「絶対に失敗は許されない」と、必死に頑張ったという部分もある。

この総務時代には、入試から一緒だった明るくて頼りにしていた課長のお父様が亡くなり、会社社長であったため、その長男である課長が退職して会社を継ぐことになったという出来事もあった。
信頼していた課長との別れは寂しくて、Mちゃんと一緒に泣いたことを思い出す。

総務課では、学園全体の行事を取り仕切る役目や何かと接待業務も多かったため、スーツ姿をすることが多く、人生で最も多くスーツを買い、着た時期でもあった。最初は、現在より10キロ以上やせていたため、どんなスーツでも着こなせていたが、次第に太りだしたのもこのころだ。
実は、あまり相性が合わない先輩がいて、ストレスだった。だから、事故の怪我が治ってからは、やたらと食べることでストレスを解消していたのだ。
自分でもやばいなと思ったし、当時一緒に旅行するほどすっかり仲良しになっていたMちゃんにも指摘されていた。
そこで、ギムネマ茶ダイエットを始めたら成功し、総務4年の終わりころから次の異動のころには一挙にまた元のスリムさに戻った。まだ20代の終わりから30歳になったばかりだったので、新陳代謝がまだましだったのだろう。

(続く)

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【2010/05/04 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
春野さんサンケイイベントデー
ひとみ
思い出の人見記念講堂。

本日はお台場での春野さんイベント。久々のおさちゃん、ドキドキです。

<おしらせ>
姉妹店わんこのきもちで「わんにゃんそっくりフィギア」「動物用プリザーブドフラワー」の販売を開始いたしました。
プレゼントにも最適です。ぜひ、のぞいてみてください。
わんこのきもちHP


●ミニエッセー1361「25年を振り返って⑦」
25年の間、さまざまなことがあったが、私はいつでも、第一に「学生のために」ということを念頭にやってきた。
結婚後、また文学を勉強したいと慶應大学(通信制)に編入してからも、宝塚に出合って、それが生活の中心になってからも、その思いだけは忘れなかった。
大学からお給料をいただけるのは、学生が来てくれて、その親御さんが汗水して働き、子供のために懸命にためたお金を払っていただいているからであり、1円も無駄にできなかった。
その思いに応えることが、学生生活のサポート役である職員の本分であり、大学を向上させることにもつながり、社会貢献になると意識してきた。

私が25年の中で経験した部署は、サロンのブログの「店長プロフィール」にもあるが、おさらいすると、大学・短大の入学についての一切と入試に関わる広報を担当する入試課に7年、学園全体の総務課に4年、大学・短大の授業運営、単位取得をお世話する教務課に7年、さまざまな営業部門を担当するエクステンションセンターの雑誌編集部に7年だ。
また、教務時代には、1年に満たなかったが、専任職員がいなかった新設の広報室の職員を兼務していた。
なぜ兼務者に抜擢されたかというと、かつて入試広報も経験し、さらに趣味で小説などを書いていたから「わっちさんならばなんか書けそうだ」ということからだ。

時間的な忙しさで言えば、自分で仕事を組み立てる最後の編集部生活7年を除いてはすべて、時期的な波がある部署だったので、業務が立て込むときは夜中までの残業もあった。

入試課では、秋から春までの入試シーズンはもちろん、年中広報活動のために全国各地に出張して高校生を相手に相談を受けていた。また、パンフレットや要項・書類づくり、願書処理などがあったが、何しろ、当時はまだパソコンが完全には普及しておらず、独自のプログラムでやっと少しずつ機械化が始まったころ。多くの作業が手作業で、ついには手首がガングリオンという病気になり、その後も病院通いをしたほどのハードさだった。
年を追うごとに次第に機械化が進んでいったが、まだ18歳人口が多いころで、志願者がものすごい数だったため、とにかく事務処理量が半端ではなかった。
それだけにやりがいもあったし、課として独立したばかりだったので、自由にシステムを確立していく面白さも味わった。失敗も多かったが、事務屋としての基礎を体で覚えた7年だった。

この初めの7年の間に、最初に述べた大失恋、結婚、通教スタート、そして入試課最後の1年は宝塚に出合ったことに加え、重度のぜんそくから母が危篤になり、長い期間生死をさまよい、かなり休みをいただいて家族で交代して看病に明け暮れたことも忘れられない。
それから、多くの臨時職員の方々と出会い、仲良くなって、今でもお付き合いがある。

(続く)

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【2010/05/03 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
明日からマイGW(東京)
もんまえ
おー、ほんと、うかってよかったです・・・。

ゴールデンウィークの営業は本日で終わらせていただき、ぜいたくながら明日からしばらく東京へ一人旅です。

<サロンのブログ更新しました>
社長ネイル(初夏さきどり)を掲載→ネイルセラピーサロンStage

<おしらせ>
姉妹店わんこのきもちで「わんにゃんそっくりフィギア」「動物用プリザーブドフラワー」の販売を開始いたしました。
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●ミニエッセー1360「25年を振り返って⑥」
私がただの自信家で嫌な人間にならず、より人の痛みを理解できる人間になれたことも、また、どんなつらいことも「あのときのつらさに比べたらへっちゃらだよな」と思って乗り越えてこれたのも、別れの経験があったからだし、お別れした彼に大事なことをたくさんたくさん教えてもらったので、感謝の気持でいっぱいということだ。

そして、彼と出会った高校3年の春から今まで28年間、1日も彼の幸せと健康を願わない日はない。
何よりも、人を愛すること、愛されることの素晴らしさを知った3年間、さまざまな出来事が宝石以上にきらきら輝いていて、それは披露することがもったいなくて、このブログでも具体的には一切書いていないくらい、運命の出会いからすべての日々がかけがえのない宝物になっている。自慢の青春である。

「君は大丈夫」と言われたことも、自立のきっかけになり、結果的にはよかったなと思っている。
もし、いつか彼に会うことがあったら、「やっぱり○子は素敵だな」と思われるようにと、頑張ってこれた。見た目も中身も、経済力もだ。彼がいつも気に掛けてくれていた持病とも真っ向から闘ってきた。
かつての恋人が、色気のないどうしようもないおばさんになっていたら、彼もさぞかしがっかりするだろうし、元気でいなければ心配するだろうし・・・。前述したように、常に「絶対にあの彼女に負けない」と意識してきた。ともすれば、彼を口惜しがらせたいと、努力してこれた。

「君は大丈夫ばなし」(苦笑)について、別れの数カ月後に、彼と私のこと、そして恋愛とは何かをよく知る短大時代の素敵な先輩に音楽クラブのOG会で会ったとき、手紙に書いて渡したら、その宴会の席で走り書きした返事を渡され、号泣したものだ。
「苦しかったね。本当に彼を愛していたから、自分を許せなかったんだね。
あなたは自分が優しくない人間だからきっと彼が早くから、優しい彼女へ心が移ってしまったんだと思うなんて言うけど、そんなことないよ。あなたは優しい子だよ。何事にも一生懸命だから、気が強く見えるだけ。私がよく知ってる。彼に対して、彼女と幸せになってもらいたいと思ってるなんて、優しくなかったら言えないしょ。
そして、彼の気持も分かる。君は大丈夫って思い込まなかったら、そしてあなたに思い込ませなかったら、あなたを置いては行けなかったんだと思う。彼も優しい人だね。
でも、それ以上にあなたは優しいよ。だって、彼の決断を受け入れたんだから。
失語症が治ってよかったね。大好きな歌、歌えなくなっちゃうじゃん。いつか笑える日が来るまで耐えるんだよ。それから、もうそれ以上自分を責めないこと」

確かに、「君は大丈夫」は彼の精一杯の優しさだったのかもしれない。
先輩は自分を責めるなと言ってくれたが、その後もそうしないわけにはいかなかった。
だが、仕事があったことで耐えてこれたし、よき仲間にも会えて、思い切りたたかれ、やっと顔をあげることができた。
その感謝も込めて、職場・仕事を愛し続けてきたつもりだ。

(続く)

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【2010/05/02 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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北海道発・わっちさんの宝塚な日々


北海道の宝塚・ミュージカルフリーク。 特に宝塚OG真琴つばささんと春野寿美礼さんが好きです。 北海道日本ハムファイターズも応援しています。 毎日更新しています。

プロフィール

わっちさん

Author:わっちさん
1964年生まれ。北海道在住。
1991年から宝塚ファンに。
大学職員・雑誌記者から
転身し、2010年4月より
美容アーチストとして
サロン経営をスタート。
ネイリスト・メイクアップ
アーチスト、カラーコーディネーター、
ライターです。

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