瀬奈さんの愛犬
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ロブスター漁小屋風の飾り。ホント、外国にいるみたい~

瀬奈じゅんさんのエッセー集の表紙を見て思ったのですが・・・。
彼女の愛犬ブランシュさんは、きりやんの愛犬フィンチのお仲間ですか。
なんか、あさこさんとわんこさん良い雰囲気ですね!!
キャンペーンで頼んだから、まだ届かないけど、楽しみ~。

せっかくの土日、風邪ひいてほとんど寝て過ごしました。とほほ・・・


●ミニエッセー598「ミーアンドマイガールを観て①」
1度でもいいから生で観たい作品だった。外部ではなく、宝塚版を。天海祐希さんの退団公演はまったくチケットが取れずに、当時は泣く泣くビデオで我慢した。ビデオでも泣き笑いした。やはりハッピーエンドっていいと思った。またいつの日かふさわしいトップコンビが誕生したら月組でやってくれるだろうと信じていた。その時は何が何でも行くと決めていた。
まだ今回の上演が決まる前から、瀬奈さんと彩乃さんで、しかも残念だがどちらかの退団公演になるのではないかと勝手に思っていたが、前回公演のDVDの販売が始まり、やがてその鋭いヅカファン感は当たってしまった。
花・宙・月組と活躍されてきた彩乃さんの退団は寂しいが、心が温まる素敵な作品なので、良い花道になったと思う。
ところで、私はひいきの春野さんの現役時代から、花組以外の組は変な緊張感も先入観もなく、無心で楽しく観劇しており、それは春野さんの退団後の観劇第2弾となる今回もそうだった。だから、余計に作品を十分楽しめたという気がする。
ストーリーも、細かい演出も、笑いのツボも、歌もよく知り尽くしている。けれども、とても新鮮な気持ちで観ることができた。フィナーレを含めて一つ一つの場面に胸を打たれた。愛の強さ、尊さ、人心の優しさや温かさ、価値観、幸福観、人生の悲しみ、苦しみ、切なさ、面白さ・・・。普遍のテーマだが、そう、それは違う演じ手が新たに魅せてくれたから新たな感動になったのだ。
それに、春の初舞台生公演のため、本編が始まる前に、恒例の緑はかま姿の初舞台生たちによる「口上」があった。これから舞台人として歩き出すひな鳥たちを、観客1人ひとりが親心で見守る―その独特な雰囲気は、フレッシュで春の日差しのように温かいものだ。
私が観たのは大劇場初日からまだ3、4日目で、生徒はそれぞれがぎこちないところもあった。けれど、皆だんだんと自然に、もっといい意味で力を抜いてできるようになるだろうという見通しを感じた。だから、ちょっとした失敗なんか一向に気にならなかった。かえって、そんなハプニングがあったほうが、血が通っているステージに映って良い。
何より主要な役を演じる生徒たちの出来がいい。だからアンサンブルも懸命に盛り立てようとしている。もちろん、まだ完璧ではない。しかし、海外ものというのは悔しい気もするが、脚本がいい(芝居が面白い)というのは、素晴らしいことである。
細かくは明日、ヅカノートから振り返るが、なかなかそれぞれ適役であると感じた。配役がちぐはぐだと、せっかくの良い作品でもどうもしっくりこないということがあるが、今回は成功と言えるだろう。
さて、先に余談の部分を述べるが、「ミーマイありきだったんだな」という、ここ数年のほかの作品を思い出した。「エールの残照」の執事たち、「ラ・エスペランサ」のキッチンでの演奏、「落陽のパレルモ」の父君の若き日の恋、「君を愛してる」の結末など・・・。分かってはいたが、良い言葉で言えば、「ミーマイ」へのリスペクトあってこその場面だったのだと再確認してしまった。
(続く)
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【2008/03/31 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
彩音ちゃんが「すみれ色」
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昨日アップした看板の店。かわいい~

東京宝塚劇場の緞帳が新しくなったんですね。
式典に出た桜乃彩音ちゃん、報道陣に「すみれ色の緞帳になりました」と紹介。
うわぁ、新しいだんなさま(まとぶん)の前で・・・うふふ。
なんだかうれしかったです。


●ミニエッセー597「退団後の真琴つばささんのこと14・2007DS」
まだ、番組を観ていない方はネタバレにご注意いただきたい。
昨年欠席してしまった真琴(マミ)さんの恒例のクリスマスディナーショー(DS)・ホテル阪急インターナショナル編(東京編はダイジェスト放送)が先日CSで放送になり、その場にいたかったと思いつつ、しっかり番組を観た。
昨年のDSタイトルは「Princess Panther」―マミさんは、退団後から自分の単独イベントにAから順番に頭文字をすえて命名しており、もうPまで来たというわけだ。
毎回、何かと趣向を凝らしているDS。今回は、舞台セットは映像、衣装はDSの客席にいらしていたビーズ刺繍アーチストの田川啓二さんの高価な衣装とアクセサリー、そして男役風のダンスがあったことが特徴だった。
これから書くことは、熱いファンだからこその正直な思いである。
DSのショーは、歌を聞かせるというのがだいたいのアーチストがメーンにしていることと思うが、マミさんの場合、お世辞にも歌がうまい人ではないので、私がいつも楽しみにしているのは、ビジュアルとトーク、ダンスである。
マミさんの声は大好きだが、今回も歌はどれも音程が不安定で「あちゃー」の連続だった。トークもそんなに面白いことを話したわけではない。最も素敵だったのは、やっぱり男役風のダンスである。しかも、そのうち一つの場面では、衣装も男役風のスタンドカラーのエンビ型ジャケット(光沢のあるグレーで前側にビーズ刺繍)とパンツで、悪いがドレスよりかなり似合っていた。髪も地毛で、やっぱりかっこいいのだ。
また、男性ダンサー6人を従えて色とりどりの羽が付いた衣装で踊り歌った田原俊彦さんの「Jungle」は、とても良かった。
その曲の途中では、きっとやるのだろうなと思っていた「マミーズブートキャンプ―男役バージョン」をやり、しかも小島よしおさんの「そんなの関係ねぇ・・・おっぱっピー」を融合させるという技もやっていた。映像にも凝っていて、脱帽だ。
それから、マミさんは、自分が好きなのか、キーが合うのか、よく加藤登紀子さんの曲を選ぶが、映画「紅の豚」のエンディング曲「時には昔の話を」は、なかなか良かった。語り掛けるように歌う歌い方や声質は、そういえばマミさんは加藤登紀子さんに似ているかもしれない。だから、しっくりくるのだろう。
高価な衣装はレンタルなのか、男性ダンサーを6人もフューチャーして、人件費は大丈夫なのか・・・などと余計なことを考えてしまった。
ところで、男性ダンサーには、マミさんといえばこの人というほどマミさんファンにはおなじみのあごが特徴の伊藤明賢さんが久々に登場。長身でイケメンなので、マミさんの彼氏にいいのではないかと私が勝手に思っている方だが、今回、風花舞さんと同じ、吉本興業の俳優部門に所属したという報告があった。伊藤さんがテレビに出ているのを観たことがあるが、ますますご活躍いただきたい。
それから、マミさんは「2007年1月に逸翁デーで来た以来、久しぶりの大阪・・・」とトークで言っていたが・・・お忘れか!10月に曽我泰久さんとのトークショー「ソロッテ」でみんなの前に立ったではないか。心斎橋で―放送を観ながら、私は一人で突っ込みを入れていたのであった。
若干だが、このころマミさんは少し下半身の肉付きが良かった気がした。相変わらずウエストはない。しかし、自分のことを考えても43歳でまったくおなかが出ていないのはさすがである。DSでのマミさんを観ながら、自分の体型を反省した。
とにかくマミさんは、女らしい髪型やドレスよりやっぱりマニッシュな格好が似合うとあらためて感じた。今年のDSこそは、じかに観たい。今から、楽しみである。
【2008/03/30 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
声がセクシー?
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家庭用品などを中心にしたディズニーグッズ店の看板。しゃれてるねぇ。

夏に舞台「幕末純情伝」で主演する女優の石原さとみさんが坂本龍馬に扮するマミさんについて、「背が高く声がセクシー」とコメントしたのを聞いて、思わず吹き出しそうに・・・。
いやいやいやいや、良かったよぉ、マミさん、「声がおっさん」と言われなくて・・・。
はい、わっちはマミさんの声が大好きよん。
ラブシーンがあるとか・・・ぐふふ。


●ミニエッセー596「香寿たつきさんライブを観て①」
感動という言葉では薄っぺらい。たーたん(香寿さん)の声、歌、話、笑顔、そして何より魂に心が洗われたし、春野さんに会えなくなって何かしら寂しい毎日に対して、なにか勇気をいただいた気がする。
3月21日、たーたんは実験的里帰りライブ(主要都市何箇所かで実施の一つ)を札幌最大の繁華街・ススキノのライブハウス(パブ)で行った。ワンドリンク付きだった。
実験的というのは、私が勝手に名付けたのであるが、たーたんがこうしてディナーショー以外で歌だけのワンマンライブを決行するのは初めてで、今回の反応や評判次第で、きっとこれからも開催してくれるのではないかと思っている。
言うまでもないが、たーたんは札幌出身である。札幌どころか、北海道出身の宝塚のトップスター経験者は未だ、たーたんしかいない。道産子ヅカファンとしては、自慢の人である。私は特に職場のヅカファン仲間の方が現役時代大変なたーたんファンだったので、一緒に応援してきた。退団してからもすべて追いかけている―とはいかないが、私はかなり舞台を観ている。
たーたんの歌とダンスはただうまいだけでなく、心があり深みがあって大好きだ。
そして、たーたんのご両親はかつてススキノで音楽スナックを経営されていた。お父様は音楽家で、お店でもピアノなどを演奏されていた。
そういうわけで、札幌もススキノも彼女にはゆかりの地。MCや歌では、懐かしいふるさとのこと、家族や友人のこと、そして「何度帰りたかったか・・・」と涙ぐみながら、宝塚音楽学校予科時代のことなどをしんみり思い出していたようだ。それに共感して私も泣けた。よくトップスターになるまで頑張ってくれた。私たちに夢を見せてくれた。たーたんは、これまでディナーショーや舞台で来たことはあったもののふるさとで気さくなライブができてうれしいと繰り返していた。
あまり広くない店内だったが、2階席もあり、おそらく100人以上のぎっしりの観客。その中には、たーたんのお母様、ご親戚や実家の近所の方、同級生などもいて、まさにアットホームな雰囲気だった。
バックバンドはギター、キーボード&パーカッション、ドラム、ピアノという4人。とてもスマートなたーたんは、前髪なしのアップにした髪にカーリーのつけ毛というヘアースタイルに、ちょっとした黒いストーンやスパンコールの付いたポータルネックで袖なしのミディアム丈のドレスに黒いスパッツ。とても上品で、年相応の美しさ。さすがに道産子で、肌が白くてきれいだ。
歌によって、少女になったり色気のある大人の女性になったり、まさにミュージカルスターになったり、男役になったり、緩急自在。およそ1時間30分、1曲1曲がそれぞれスケールの大きいドラマや映画や舞台の一場面を観るようで、チケット代金以上の価値があった。
宝塚のトップスターだった人―その意味ではあこがれの遠いスターではあるが、ふるさとで一生懸命本音を語り、伸び伸びと自分の好きな曲を熱唱するたーたんは、かわいらしい妹のように、そして昔からよく知っている近所の女の子のように、とても身近な存在に感じ、うれしい気持になり、ますます応援したいという思いと同時に、ある寂しさも沸き起こってきた。
こんなに身近でなくてもいいから、春野さんの声も聞きたい―。しかし、たーたんの歌声は下を向きそうになる私に、「元気を出して」と言ってくれているように温かく優しく響き、最後は気持をとても神聖なところへ連れて行ってくれた。
(しばらくしてから続く)

【2008/03/29 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
CD「DORMI」に春野さん
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エレクトリックレイルウエイの駅から見た古き良きNYを再現した町並み。

3月12日に読売新聞に載ってしまった(同僚のKさんや後輩のA嬢に切り抜きをいただきました・・・感謝)ので、もうこの話、OKですよね。
私はかなり早くからNつんから聞いており、音源はCD-BOXと同じだけれど、記念に買おうと予約している4月2日EPICレコード発売のCD「DORMI(ドルミ)」。
投票で決まった「安らかな眠りを誘うクラシック曲」(偶然本日のミニエッセーの話題とだぶる)がいろいろなアーチストの歌や演奏で収められ、カッチー二の「アヴェ・マリア」―おさちゃんがCD-BOXに収録したものが入ります。
これからも、まずはCDだけの活動でもいいから、われわれに歌を聞かせてほしいです。


●ミニエッセー595「眠りにつく前のひととき」
翌日に何か問題を抱えていて、不安な夜・・・という時は別にして、1日の最後、ヅカルームで1人、眠りにつく前の静かなひとときは、私が好きな時間の一つである。特に、休みの前日は楽しくもある。
疲れ果てて、ふとんに入ったら即、眠りの世界へという日もあるが、私の場合、たいていは30分からひどい時は2時間も3時間もその「ひととき」が続くこともある。寝付きが悪い人だ。
その日の体調などによって、今日はどれくらいで眠りにつくかだいたい見当がつくので、30分くらいならばひたすら「ナンバープレイス(数独)」を解く。はまってしまって、1時間もたってしまったということもあるが、やり慣れている私は、中級以上の難しい問題に挑戦しているため、必ず「すらすら解ける時」と「うーん」とうなってばかりのスランプ期が訪れるので、スランプに入ったら「また明日考えよう」と、寝るようにしている。ナンプレをやる場合は、時々音楽CDをかけながらということもある。
1時間も2時間もなかなか寝付けないなと思う時は、読書か、創作だ。
読書は探偵ものが多く、好きな作品は何回も読んだりする。
創作は、これもまたはまってしまったら何時間でも続けて書いてしまうから、気を付けなくてはいけない。気付いたら朝だったということもある。創作と言っても、最近は、ドラマの脚本みたいなものを考えてプロットを書きなぐる感じだが・・・。
しかし、たまに、ナンプレもやりたくない、本も読みたくない、何も書きたくないという夜がある。そんな時、たまっている宝塚ビデオ・DVDを観るなり、グッズの片付けをするなりすればいいものを、そのボリュームがとてつもないからか、なかなかそういう気分にならず、結局だらだらとテレビを観るということが年に何回かある。
テレビといっても、深夜でのゴールデンタイム(人気のお笑い番組をやっているような時間)が終ると、どこのチャンネルでも通販番組ばかり、しかももう十分その商品のことは分かっていますと言いたくなるほど同じ物の繰り返しだ。しかし、それでもついつい観てしまうから、買いたいと思う人も出てくるというわけだ。
どちらかといえば寒がりな私は、暖房が必要な時期は、まず部屋が暖まらないと眠れない。そして、しっかり毛布やふとんがかかっていなければだめだ。なのに、寝相が最悪なので、朝は何もかぶっていないことで寒気で目が覚めるということも少なくない。
それから、寝てしまえば関係はないのだが、この世には部屋を真っ暗にして寝る人と、それではかえって眠れないから少し灯りをつけたまま寝る人がいると思うが、私はどこへ行っても後者なのである。真っ暗にしても慣性でだんだん周囲が見えてはくるが、ヅカルームではこだま、ホテルでは他人から見たら少し明るいんじゃないかという程度にしたまま眠る。
それで失敗するのは、翌朝の消し忘れだ。電気の無駄遣いを反省する。
かつては、枕元にアロマをたいたりもしたが、最近は枕元に好きな匂いのサシェを置いているので、それで十分である。
どこかのうたい文句ではないが、良い眠りが明日への活力なことは確かだ。ついつい睡眠が不足がちな毎日だが、短い時間でも深く眠れ、朝すっきり目覚められるよう心掛けたい。
【2008/03/28 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
歌劇からの詫び状
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恐怖のフリーフォール「タワーオブテラー」1階。古びたホテルのフロント風で、いい感じでした。

<ペットのいる方へお知らせ>
わっちの末妹である「わんこのきもち(訪問トータルドッグケア事業)」社長(ドッグメディカルアロマセラピスト・ドッグマッサージセラピスト)がネット販売しているわんこ用手作りおやつ・手作りごはん・手作りパンなど各種メニューの申込み受付を再開しています。→わんこのきもち手作りわんこ食事ネット販売
一つ一つ心を込めて手作りしています。ぜひ、一度のぞいてみてください。

さて、先日やんわりと「歌劇」3月号にご指摘をしました。
どうしても職業柄、編集者目線になっちゃうので・・・。
プレゼントコーナーの応募券と「宝塚本を集めよう」の券が裏表で印刷されていましたね。
つまり、両方とも本物を貼らないといけないから、両方必要な人は2冊買えということになります。
1冊でどちらかしか応募・参加できないって・・・不親切すぎる。間違ったにしても、イージーミスすぎる。
プロの編集者ならば、そのへんのチェックは当然しなくてはいけませんがな。
すると、宝塚コミュニケーションズさんからお詫び状が届きました。
ご指摘ありがとうございますと―。
「集めよう」の方は、歌劇3月号プレゼントに応募した人は一つ足りなくてOKだそうです。
ただし、照合が大変そう。
直接キャトルに持って行っても、すぐ確認できるようにしといてもらわないと
記念品もらえないんじゃないかと、また余計なことを考えるわっちさん。ふーむ。
でも、私はすでに「集めよう―」は早くに集まったから関係ないのですが・・・。


●ミニエッセー594「春野寿美礼さんのこと14・2003年春」
「2003年3月15・16日ドラマシティ総合―
2回目は特に、感情が入り、春野さんの涙はすごかった。
重い。連続で観ると疲れる。しかし、おさちゃんの格好良さですべてOKになる。
ふづきさんは、ちょっとスタイルが悪く見えるのが気になる。芝居的には、珍しく白い役のあすかちゃんがうまくてマルだ。
あさこちゃんは役不足に思えた。でも、すごく歌がうまくなったね。ゆみこちゃんは死なないルドルフという感じ。翔つかささんがおいしい役だ。
おさちゃんの女装(?)とソプラノが素晴らしい。
思ったより、笑いが多いから、助かる。
限りがあるから、人は頑張れる―しかし、348年生きて、宝塚の行く末を見てみたい気がする。
1回目の席では、何度もおさちゃんと目が合い、幸せだったぁ。
2回目は何があったのか、開演が10分遅れた。あせった。
3回目も熱い舞台で大満足。東京は行けないから、ビデオが楽しみだ。口紅を手でぬぐうのは、マミさんのラストショーESPの野獣の場面を思い出す。
直接、おさちゃんに手紙を渡せた!!優雅なホテル阪急インターナショナル生活、万歳!!」。
―そうだった。「不滅の棘」はふづきさんとの初コンビ作品だった。私はこの時はまだ、新しい相手役がなかなか良いのではないかと思っていた。
このほかに思い出すのは、セットも衣装もほとんどが白で、キーとなる小道具の椅子や封筒、血だけが黄色や赤だったという実験的な作品だったが、結構成功していたこと。そして、2幕の幕開きは、休憩時間にすでに幸美さんや高翔さんによる芝居が始まっていて、実はその時既に、黄色い椅子に後ろ向きに春野さんが座っているのだが、1回目はそれを知らなくて、びっくりしてしまい、2回目からはそこが気になってしかたなかったこと。それから、私が書いた春野さんへの手紙の内容だ。
春野さん演じる主人公が、会えなかった唯一の息子への思いを語り、歌い涙する場面があった。それを見て、ふと会えなくてもその子がきちんと人生をまっとうしたならそれでもいいではないか、私なんか思いをはせる子供さえいない。だからエロールが幸せに見えた。そう感じたことを書いた気がする。
この公演を観てから、珍しく後で原作を見てみたいと思い、ロビーで販売されていた原作の単行本を買って、すぐ読んだことも覚えている。
実は、原作では主人公は女性だ。そして、当然のことながら、もっとリアルでどろどろしていた。それを考えると、木村先生はよくぞ宝塚向けに整理したものである。アールデコが似合う退廃ムードが好きと見える木村先生。この公演のポスターはなかなか好きだ。
実は、この時、このあと2作品もドラマシティで春野さん主演の公演が観れるとは思ってもいなかった。私はどこから観ても観やすい、適度なキャパのこの劇場が好きである。マミさんの時は最後に1度しか観れなかったことを悔やみ、春野さんはなるべくたくさん観ると心に決めていた。
また、このころすでに次回の大劇場公演が専科の轟悠さんが花組に客演・主演と決まっており、正直そのことに対するテンションは低かった記憶がある。
(しばらくしてから続く)


【2008/03/27 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
赤黒DC千秋楽
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一見、人形?でも、パフォーマンスする人間なんです。

昨日、DC星組「赤と黒」千秋楽を観て帰って参りました。
ざっとご報告。
うーん、とうこちゃんは美しいです。そして、円熟の演技。
ジュリアン・ソレルはフレッシュですけどね。
あすかちゃんもうまいし、ねねちゃんには申し上げたいこともありますが
よく健闘していたと思います。
ほかの方は役不足な感もありましたが、星組には熱と勢いがあります。
演出の柴田先生・中村先生も見え、アンコールも3回、総立ちで盛り上がりました。
ミーマイは初見の方がより面白いですが、こちらは2回目観劇からが、がぜん面白いです。
星組赤黒班の皆さん、東京・名古屋もがんばってくださいね~。


●ミニエッセー593「春野寿美礼さんのこと13・2003年・2月~春」
そして、とうとうふんぱつした席で観たマイ楽となった。
「2月2日日曜日昼―頑張った甲斐のあった席。マイ楽であるということだけで、始まる前から涙が出た。同列にノルさん(稔幸さん)夫婦が!!だから、生徒たちの視線はすっかりノルさんに取られたが、最後の最後で閣下の視線をゲットし、また涙。
東京は11回の観劇となった。ずいぶんお金と体力と時間を消耗したが、それだけ思い出と幸せをいただいた。
おさちゃん、そして花組のみんな、本当に夢をありがとう。そして、私もよく頑張った。入りや出のガードも楽しかった。
ナイフを落としたあさこルキー二も初めて見れて貴重な経験だった」
自分にとって最後の公演で、この最後の一文はなんということかと思われるだろうが、「貴重」というのは皮肉とか嫌味ではなくて、実は私はあさこさんのその時の演技に非常に感動したのである。
ひょっとしたら稽古で、閣下からちょっと高さのあるところからナイフを平行に受け取る時、もし落としてしまった時はこんな感じで演技すれば良いということをあさこさんは演出の小池修一郎先生から指導されていて、練習やシュミレーションはできていたのかもしれない。
しかし、実際に起きたその時、まるでそれが予定通りであったかのように狂気に満ち、かつ自然に拾い上げ、ますます効果的で、クライマックスを盛り上げたのだ。ナイフは、トートやエリザの内心を象徴する大事な小道具で、「昇天」へつながるいわば黄泉の世界への扉を開ける鍵のような物である。
最後にして、物語のキーポインターであるルキー二に私の心に何かを芽生えさせられた―。実在の謎に満ちたルキー二には、本当にトート閣下が見えていたのではないか。そんな気がした。
だから、マイ楽でそれが観れたことが貴重だったという意味なのである。
ありがたいことに、この公演は、普通はない東京公演の公式販売DVDが存在するし、私が直接観ることがかなわなかった千秋楽もCSで放送されて、録画している。
しかし、両方ともまだ観れていない。いつ観れるだろうか。その時はまた、報告したい。
                            ◇
興奮冷めやらぬうち、次に迎えた公演は、ドラマシティ(DC)と日本青年館の「不滅の棘」である。
私は職場での異動が決まり、年度が変わると最初のころは自分の日程もよく分からないので、いたしかたなく3月のDCだけを、1泊で3回観た。
原作も読まず、まっさらな気持ちで観に行った。少し前まで若さを保つ黄泉の国の帝王だった春野さん、今度は、やはり死なないものの、あまりにも長く生きすぎて精神的にも肉体的にもぼろぼろになっているエロールという役で、「老人のように疲れ果てている」という場面が、前年から続く春野さん自身の疲れと重なるようで、ぐさっと胸を突かれたことを思い出す。
しかし、ナルシストなエロールは髪型もメイクもとても素敵で、私は当時100点を付けている。
「望もうと望むまいとスターと呼ばれる」―そういう歌詞があり、「春野さんそのものやん」と思った。
さて、例によって明日は当時のヅカノートをめくろう。
(続く)

【2008/03/26 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
念願の赤と黒観劇
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何度来てもやっぱりここで撮らないとね。天気も素晴らしいし、Mちゃん親子も滑り出しは上々だったのだが・・・。

昨日は「ミーマイ」のマイ楽、そして「赤と黒」マイ初日でした。
かなみちゃん、たきさんら月組退団者のみなさん、ありがとうございました。

ハッピーミュージカルから一転、前から観てみたかった「赤と黒」は、こういう話だったとは・・・うーん・・・なかなか簡単には語れないですね。
ただ、言えるのはとうこちゃんが素敵だったことです。
本日はDC千秋楽を観ますが、詳細はまた後日!


●ミニエッセー592「春野寿美礼さんのこと12・2003年1・2月」
この時の出待ちのことを鮮明に覚えている。残念ながら、春野さんのことよりも、品格のない会員がいたことをだ。
待っている間中、私の後列で数人で大声で、エリザの公演の歌の替え歌を歌ったり、出てくる生徒一人ひとりについて語り、そして、いちいちその生徒が出ている場面の曲を口づさんだり・・・。
はしゃぎたいほど楽しいのは分かる。退屈なのを紛らせたい気持も。しかし、大勢の人に不快感を与えていることはなんさも感じない。自分たちのことしか考えていない。
何度、振り向いてにらみつけても、一向に辞めなかった。あんな人たちははっきり言ってガードには不要であった。
だから、わざわざ「自分はどういう会員でいたいか」ということを書き残したのだと思う。
そして、翌日昼は瀬奈さんのFC総見日だった。
「1月26日昼―遅くなってしまったと思いきや、結果ベストポジションになった入り待ち。Nつんもいた。
おさちゃんの吹き出物はひどくなっている。なんとか良い薬はないのだろうか。
1階A席。FC席はマナーが良いし、幸運なことにセンター席だったから、良かった。
あさこさん、総見ではりきっていた。
が・・・うちの閣下はまた喉がつらそうだった。どうか、あと残り少し、復活しますように」―。
村からずっと、春野さんの体調を気にしての観劇だったことをあらためて感じる。
そうして、翌週の土日での3回の観劇をもって私はマイ楽を迎えることになる。実際にはもう1週公演は続いたのだが、都合で前楽も千秋楽も観れなかったのだ。
2003年2月1日土曜日・翌日2日のチケットを取るのに相当苦労した。春野さんの東京お披露目で人気の演目は、楽に近付くにつれ、連日立ち見もいっぱいの満員で、オークションやチケット売買サイトでも、容易にはチケットを入手できない状態が続いた。
FCでもお断りで、とりあえず席を選んでいられない、あったら買う、もし後に良い席が出たら、手持ちを交換、または売って、さらに良席を目指す・・・など、毎日毎日そんなことをやっていた。
特にマイ楽となる2日・日曜日の昼公演は、記念にふんぱつしたいという思いがあり、オークションでずいぶん頑張ってしまった。当時の私にはそぐわないものすごい金額で、SS席・1階2列センターブロックを競り落としたのだ。
実は、その私の「底値」は、その時飛行機がマイレージ特典で無料だったので、当たり前の値段で往復航空券を買っていたとして・・・という、つまりベースが5万円からのスタートだったのである。そこから幾らまで出せるかという気持で入札した。
そうまでしても後悔がないほど、私はエリザ自体が好きだったし、何より春野さんのお披露目をしっかり目に焼き付けたいという思いが強かった。
「2月1日土曜日昼―飛行機の遅れには焦った。やっと着いたら今度は団体客のうるささに参った。
しかし、閣下の調子が良い。感動した。花組総見なので、より一層盛り上がり、熱のこもった舞台であった。
同日午後VISA貸切公演―東京エリザ初のB席だったものの、センター寄りで、なかなか落ち着いて観れた。オペラで必死にのぞいても閣下は小さかったが―。
出待ちは寒かったが、直接手紙を渡すことができて幸せだった」
(続く)
【2008/03/25 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
念願のミーマイ観劇
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そうそう、これが行きの飛行機でMちゃんの娘さんにいただいた折り紙作品です。すごいですよね~

昨日、生で初めて観た「ミーアンドマイガール」。

切なくてじーんときたり、あさこさん(すぐそばに来たよん)やきりやん(めっちゃ渋くておちゃめで当たり役)がすてきできゅんときたり、成長に目を見張ったり、
そして笑い、楽しさ・・・

ミーマイ最高~!!

本日もミーマイを観てから、「赤黒」DC前楽に向かいます。

しかし・・・今朝、急遽春のかっこうをしてきて良かった・・・雪が残る北海道とは別世界・・・あったけ~


●ミニエッセー591「春野寿美礼さんのこと11・2003年1月③」
新人公演でエリザを演じた遠野さんが、本公演で代役を務めたその最後の舞台・18日午後のVISA貸し切り公演は―。
「ビジュアルは完璧ではなかったが、歌える。ちとキンキン声だけれど。抑え気味な演技はなかなか。
ヴィンテッシュは一花ちゃんが。可愛い。
フィナーレはどうなるのかと思ったが、閣下に少しからむという感じに。
さて、閣下は声が少しあやしい。クリアじゃなかった。
きっとみどりちゃんが戻ってきたらみんなまた盛り上がるだろう。樹里さん、あさこさん、ゆみこちゃんがレベル保持に貢献している。神よ、花組を守りたまえ」。
なお、この日の夜は、春野さんのお茶会だった(後述)。このヅカノートには記していないが、立ち位置などが、新公仕様になっていて、遠野さんに合わせたのだろうなという印象も受けたことを覚えている。
そして、翌日19日昼OMC貸し切りは―。
「本調子じゃないかもしれないが、またやせたみどりちゃんが復活し、私は隣の席の方に抽選で当たったトート色紙を譲っていただくわ、Kさんがサイン入りポスターを下さるわ、すごい日になった。
閣下は喉の調子が悪いが、みどりシシィに対する感情がこもっていて、やはり熱かった。のっけからうるうるしていた。
あさこさんはちょっと芝居が走りぎみかな。樹里さん、ゆみこさんは落ち着いている。みどりちゃん、無理しないで頑張って。しかし、音響が悪いな・・・」。
前夜のお茶会では、喉の調子・肌の調子が悪く、一生懸命みんなの期待に応えようとしつつも、神経質になっていた春野さんが痛々しかった。
「あんなにもしゃべってくれるとは・・・。とにかく喉が心配になった。
席は上手だったが、すぐ前が通路で、おさちんが通り、とても目の前で2度も見れて幸せだった。インタビュー、されたかったな・・・なんで隣の人なの・・・笑。
ゲストは、ゆみこルドルフ!!
おさちゃんのあごや首にできているものは薬では治らないのだろうか・・・。
DSのリハ映像が楽しかった。過去の舞台映像にホルニヒがなかったのが少し残念だった。
ああ、すごい人。これ以上ファンが増えたらどうするのだろう。
抽選で何も当たらなくて残念だったけれど、おさちゃん、スタッフさん、本当にお疲れ様。ありがとうございました」―。
そして、その翌週の土・日も私は一人で行った。阪急交通社貸切公演とヤンさんことOGの安寿ミラさんを迎えての逸翁デーのイベントがあった。
「1月25日土曜昼阪急交通社貸切―閣下、喉の調子が戻ってうれしい。そして、2階1列のほぼどセンターで、ホテルも便利でお得だった。やはり、センターは良い。やっと全体を観た。闇が広がるの男役群舞は2階で観るとより素敵だ。
おさに反して、樹里ちゃんの喉は調子が今ひとつだった。あさこさんは余裕が見え、みどりちゃんが頑張っているのがうれしい。この調子であと2週間、頑張ってもらいたい。
同日夜(終了後、逸翁デーイベントあり)―超高額だったが、席をゲット。隣がうるさくて恵まれなかったが、ヤンさんのダンスやおさあさトークは、値打ちもので素晴らしかった。
ただでさえ大変なのに、この稽古は大変だったことだろう。
今回初の出待ちガードでは、寒い中、おささんゆっくり歩いてくれて報われた。ファンってなんてばかでかわいいのかしらん。私の膝はいつまで持つのか・・・。
だんだん寿美礼組のスタッフさんたちのことも覚えてきた。私はいつまでも品のある会員でいたい。
25日は昼夜ともおさちゃんの喉が調子良かったことが何よりうれしかった」。
(続く)

【2008/03/24 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
本日村月&DC星へ
バス
シーに向かうバス内のビデオで、この日の夜に観た「ビッグバンドビート」の予告編を観ました。

本日から25日夜まで村と梅田ドラマシティです。
月組の「ミーマイ」2回と星組「赤と黒」(略して赤黒でいいのかな)2回。
PC持参でHHIでぜいたくに。
概要だけは、都度報告しますが、詳細は後日ゆっくり書きます。

るる~♪


●ミニエッセー590「春野寿美礼さんのこと10・2003年1月②」
さて、「エリザベート」の東京公演についてヅカノートをたどってみよう。
「1月9日昼・1列目こその死角はあったものの、やはり幸せだった。おさちゃんともあさこちゃんとも目も合うし、樹里ぴょんの笑顔は最高。
今回は顔ではなく、全身で情感を表現するトート閣下。喉は絶好調で素晴らしかった。
夏美さんやみんな歌が進歩した。アンサンブルが素晴らしかった。
フィナーレのおさちゃんの悩殺ウィンクはなくなったけれど、エロい目が素敵。あと1カ月、おさちゃんの体調が持つことを祈りたい。
入り待ちはあっという間だったが、幸せだった」
「同日夜・閣下の目に涙がたまる“愛と死のロンド”。あそこはなぜか力が入るらしい。私としては、昇天の時がやはりぐっとくる。昼も今回も上手だったため、ずっと同じ方向に首を向け、痛くなって限界になり、出待ちができなかった」
「1月10日・おさちゃんもさることながら、樹里さんの巧みさに思わず拍手。
今日は1回公演なので、皆気合が入っていたように思う。
村から変更になった立ち位置など、不満がなくもないが、進化するエリザ―やはり、素晴らしい。あさこちゃんもめちゃくちゃうまくなった。
今回は前方席ばかりだったので、早く全体を観たい。センターブロックで観たい」
そして、帰って来てからNつんに私はこうメールしている。
「風邪気味だったのに、不思議に治りました。気合・愛ですね!!
3回観て感じたのは、おさちゃんはじめ生徒一人ひとりの気迫でした。
閣下が妖艶さが足りないという意見もありましたが、顔の表情でやっていた村前半と異なり、体全体で力強く、あるいは繊細に表現していて、私はとても良かったと思います。心がこもっているから。
トートとしての切ない場面は目をうるうるさせて、全体にほめてあげたいです。
みどりちゃん、ゆみこちゃんは相変わらず素晴らしい出来。
そして、樹里ぴょんは周囲のおさちゃんファンも大絶賛。さらに良くなりました。演技が深い。
私の樹里ツボは、最終答弁の後、閣下がナイフを出す前に生きた人間から霊廟の一人に変化していく時の動きです。うますぎる。そして、パレードでのおじぎ。毎回の拍手がすごいですね。
あさこちゃんは成長した。うれしい。頼もしい。実は、村の最初のころはなんではじけないのかともどかしかった。でも、余裕も出て、色気もあり、歌も進歩して偉いっ。フランツとルキー二のレベルが上がらないと、全体も良くならないと思うから、ありがとうという感じです。
アンサンブルでは、鈴懸さんと華耀きらりちゃんがいい。あすかちゃんはもっとやれると思います。
オーケストラは下手すぎる」―。
2回目の上京は、お茶会を兼ねて、VISAカード貸切と前回書いた2度目のOMC貸切があった18日~19日だったが、タイトルロール・エリザの大鳥さんが病気休演した期間だった。
が、これも神様のおぼし召しか、18日は代役の遠野さんの舞台を、そして19日に大鳥さんの復活を見届けることができたのである。
19日の朝、春野さんの入りガードをしている時に、大鳥さんが楽屋に入るのを観て、周辺もざわついた。その時のことを覚えている。冬の寒いさ中のことだが、もう寒さは覚えていない。とにかく、退団公演で入院し、休演した大鳥さんの復帰がうれしかったことをよく覚えている。
(続く)
【2008/03/23 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
雪全ツベルばら配役決定
おとこ
本日から先月のTDRの旅からの写真が2カ月ほど続きます。って・・・いきなり、これかい。羽田に着いて買ったわっちの昼食。決して男性の味がするのではなく、男性向きにボリュームがあるということです!!

先日発表された雪組全ツの「ベルばらジェローデル編」の配役。
予想どおり、ゆみこフェルゼンときむオスカルが誕生!!
大好きなアンドレが出ないのは寂しいけれど・・・。
どういうストーリーになるのやら・・・楽しみです。

昨日はたーたんのライブ、最高でした!!(詳しくは3月29日と4月10日に書く予定です)
会場でこんな声を聞きました。
「今日、これにわっちさんが来てるんですってね。どこにいるのかしら・・・」
わーわーわー・・・恥ずかしかったです。・・・すぐそばにおりました・・・
たいてい、みなさんが「わっちさん」とおっしゃってくださる発音が、私自身の使っている(亡くなった祖母が自分を呼んでいた)ものと違うんですね。
たいていみなさん、愛音羽麗さんの愛称「みわっちさん」と言う時の「み」を取った形で「わ」にアクセントを置いて呼んでくださるのですが、実は異なっておりまして、変なたとえですが、ふいに熱いものを触って「おお、あっちぃ~」という時の「あっち」の部分に近いです。笑。
ともあれ、いつもブログを見ていただいて、うれしいです。
本当にありがとうございます。


●ミニエッセー589「春野寿美礼さんのこと9・2003年1月①」
2003年の1~2月は「エリザベート」東京公演。真冬というのに、当時から4往復していたことを思い出し、自分に苦笑である。
まず、公演自体の話の前に、ある友人との縁について紹介したい。
東京のマイ初日は1月9日だった。平日の木曜日である。木・金と仕事を休んで上京したのには、事情があった。
木曜の昼公演はOMCカード貸切公演だったのだが、私は当初、OMCの貸切のこの日と、もう一つのOMC貸切公演日である同月19日の日曜昼公演に申し込んでおり、人気公演なので、平日はなんとか当たっても、日曜は当たらないかもしれないと見込んでいた。初めから、9日を確実な旅の基点とし、翌日の金曜も休みを取り、9日木曜日の夜公演と10日金曜日はFC席を申し込んでいたのだ。
当時、私は職場で学生の単位・成績を管理する教務課に所属していたので、まだ冬休みであるこの時期、休暇が取りやすかった。
ところが、予期せぬことが起きた。なんとOMCは、19日の日曜昼S席4枚が当たり、9日の木曜がまったくはずれてしまったのである。9・10日はもうすでに一人旅の手配が整っていた。だから、どうしても9日昼のチケットが欲しかった。
そこで、うまい具合に19日は私と主人と職場の先輩と3枚あればチケットが足りたので、19日の余った1枚を席未定(チケットは公演10日前に届く)で9日の分1枚と交換してくれる人をサイトで探したのである。
すると、Kさんという今では友人になった関東の女性と交換が成立した。
そして結果的に、私はそんなに良席を譲れなかったというのに、Kさんが譲ってくれたのは1階1列目の上手ブロックのセンター寄りだったのである。なんということだろう。しかも、私が譲った19日については、後日談もある。
さて、9日はそのKさんと隣同士で1列目で観たのだが、私は「当時独身で私より年下のKさん」とすっかり仲良くなってしまった。Kさんはその時、特にひいきがいなくて、まんべんなくすべての組を観るというスタンスで、特にこの時1列目だったと言っても、自分自身がうれしいというより、熱心な春野さんファンの私に1列目を譲れて安心したという感じだった。そして、今後も互いに助け合って、楽しく観ましょうという話になった。助け合うというより、私はその後、Kさんに世話になりっぱなしということになるのだが・・・。
前述の「後日談」というのは、19日私がKさんに譲った席がなんと、幕間の抽選で主要スターの直筆サイン入り特大ポスターが当たったのだ。Kさんは「私は花組フリークではないし、もともとわっちさんの持っていた席なのだから・・・」と、当たったポスターを私にくれたのである。
私は、その貴重なポスターを大事に大事に持ち帰った。帰りの飛行機内でも、つぶさないようにずっと注意していた。もちろん、そのポスターも宝物だが、Kさんという友人も宝物になった。
彼女はその後すぐ、当時雪組・現花組の壮一帆さんのファンになった。だから、共に花組に縁ができたというわけである。
(続く)
【2008/03/22 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
たーたんのススキノライブへ
まか
わが町のスイーツ店でマカロンかと思って買ったら、このほかに買ったものと左の方は、それに近かったしおいしかったのですが、右のほうは「ヌアージュ」というお菓子で、口に入れたら溶けるのですが、歯につくし、味も今一でちょっとがっかり。でも、この店にはほかにも話題のスイーツがあるので、また挑戦しようと思っています。

<おしらせ>
明日からしばらくTDRの写真が続きます。ご了承ください。

<予告>
明日からミニエッセーで「春野寿美礼さんのこと」シリーズを再開します。

本日は仕事が終ったら札幌・ススキノへ直行し、ライブハウスでの
香寿たつきさんのライブに行ってまいります。
詳細は後日、ミニエッセーで!!


●ミニエッセー588「懸賞生活の復活」
かつて日本テレビ系「進め!(後に進ぬ!)電波少年」という、タレントらがとんでもない挑戦をする番組のシリーズで、なすびさんというタレントが、裸でアパート暮らしをし、雑誌などの懸賞にひたすら葉書を書いて応募し、当てた品物だけで生活するというものがあった。もう10年くらい前だろうか。
当時、仕事を辞め専業主婦になった私の友人が、なすびさんのように葉書に夢を託して、いろいろ応募してみようと挑戦し、ちょこちょこと何かかにか当てていたことに触発され、それから私も真似してマメに応募するようになったものだ。
こまめに出していると、何度かに1度は当たる。それは、たった1名様や3名様という当たる人数が少ない物、多い物にかかわらず挑戦しても当たる時は当たるものだということを経験上知った。
しかし、ここ数年はネットや携帯サイトからの応募に限られていて、昨日のミニエッセーではないが、セキリュティーで不安があったり、旅が続いて忙しいとつい締切りまでに葉書を書いて出すのを忘れるということが多かった。
ところが、この年末、多めに年賀状を買ったので、それを買い換えることもせず、余った年賀状を利用して、指定の葉書でなければだめというもの以外の可能なものに、せっせと応募してみることにした。「懸賞生活」の復活である。
意識して探してみると、ここかしこにまだまだ「メールでもいいが、葉書でもOK」というものが結構ある。
ただし、本当に欲しい物で、もし当たっても邪魔にならない消耗品など、または私は年末に家族新聞「愛の翼」で家族親戚に賞を授与して品物も付けているので、それに使用できる物に限っている。
プレゼントは、「商品の発送をもってかえさせていただく」というケースが多いので、突然送られてくることがある。「何か届いてる・・・なんだろう・・・」。応募したことは忘れるようにする。そうすると当たった時は喜びも大きく、楽しいのだ。
今まで、当たって最もうれしかったものは、やはり私の場合は好きな宝塚スターのサイン色紙やサイン入りグッズなどだ。それから、バッグ、化粧品、日用品など実際に使える物もいい。モップの先の部分を使い捨てできるワイパーのセットが当たり、今でもちょっとした掃除に重宝しているということもある。
昔、数万円の旅行券が当たったこともある。もちろん、金券類は大変うれしい。
編集者である私もアンケート懸賞などを授与する担当だ。幾ら公平な抽選でも、やはり、あまりにも乱暴な読めないような文字で書いてきて、感想なども納得できるお叱りならともかく、あまりにも勝手な文句ばかりだと、今度応募してきてもその人には当てたくないという気分になる。
だから、葉書を書く時は、適当になぐり書きをしたりせず、なるべくていねいに書くようにしている。困るのは、感想などを書かなければならない時、なかなかほめるところがない場合だ。その時は「こういうものも期待しています」などと、とにかく少しでも前向きなことを書いて出している。
宝くじも、買わないと当たらない。プレゼントも応募しないと当たらない。とにかく筆まめな人が勝利なのである。
懸賞生活で、もしすてきな物が当たったらぜひ報告したい。


【2008/03/21 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
タニちゃんが心配
ななち冬
コジさんを撮っていたら「あたちも撮って」とテーブルの下からちょっこり現われたななちさん。近すぎてぼけた。

先日たまたまCSでスカイステージトークスペシャル「杜けあきさんVS大和悠河さん」を観て、タニちゃんのやせぶりにびっくりしてしまいました。
体は大丈夫なのかしら。ハードな舞台、これからも続くのに・・・と。
来月、実際に舞台を観ますが、がんばれ、タニちゃん!!


●ミニエッセー587「セキュリティー・着信用電話サービス」
先月、わが家が加入しているプロバイダーの一つから、あるサービスに加入しないかと営業の電話が来た。
物や保険の押し売りなどの場合は、話も聞かずに「失礼します」と切るところだったが、興味深い話だったので、最後まで聞き、手続き担当の人からも詳しく話を聞き、主人とも相談してとりあえずお試し期間の加入を了承した。
すでにご存知であったり、利用している方もいることだろう。直接出ることのできない電話番号付与サービスである。
その番号に電話すると、常時留守番電話で、センターにかかる。番号非通知の人はかけられない。かけた先の記録が残る。本当に用事のある人は、そこにメッセージを残す。そうすると、こちらが指定したメールアドレス(複数可能)に「今、こういう番号から電話が来ました」とメールが来る。
設定次第では、相手の残したッセージの内容も送られてくる。それを見て、当方に心当たりがあり、本当に必要な場合だけ、折り返し電話なり、連絡なりをすればいい―というシステムで、今のところ、番号非通知拒否サービスも含めると月々500円を切る利用料である。
メールアドレスのない人は、家や指定の電話につなげることもできるし、自分で直接センターに電話してメッセージの声を確かめることもできる。留守番電話のメッセージは、こちらから折り返すので待っていてくれとか、ほかの居場所につなぐから待っていてくれとか、いろいろなパターンを設定することもできるのである。
要するに、不用意に家電話の番号を公開しての迷惑・詐欺・セールス電話を防止するための隠し番号とも言え、例えば、一時的な何かの予約、ネット上のショップ、プレゼント応募、むき出しの葉書利用などでセキュリティー上役立つのではないかということで、試み的に始められたシステムなのだ。
申し込むと、付与電話番号と転送手続き(ネット上で自分で行う)に必要なパスワードなどの書類が送られてきたので、早速設定して、ためしに自分で携帯からその番号に電話して、どれくらいの速さでメールが来るのかやってみた。
そうすると、即座に自分で設定したとおり、自宅と携帯にメールが来た。表示されていた電話番号は間違いなく、自分の携帯番号だった。
セキュリティーと言っても、プロバイダーにはすべてばれているわけなのだが、それでも、ネット上に家電話番号を記入しなくていいのは良い気がする。
先日、早速プレゼントの応募にその番号を記入してみた。やはり、家電話よりも安心である。
これが普及して、この番号を書いても受け付けないというサイトなどが出てくるかもしれないが、今のところ、今後も続けて使おうと思っている。
わが家では、今年末に作成するであろう年賀状もこの番号を印刷しようと主人と話している。
今や、携帯電話もあり、複数のメールアドレスもあるのが普通になってきている。こういうサービスも登場すると、ますます家電話の利用は少なくなるだろう。
しかし、これでわずらわしいセールス電話などが減るといいのだが・・・。



【2008/03/20 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ミーマイ前夜祭再放送
舌
舌出しコジさん、お父ちゃんの食べている物を狙っています・・・。

<ブログ拍手コメントお礼>
3/18午前0時26分にブログ拍手コメントいただいたC様、ありがとうございます。
あはは・・・こんなんするのが大好きなんです。
こんなアホなわっちさんを今後ともよろしくお願いいたします

CSの生放送での音声ずれが激しく、残念な限りだった「ミーアンドマイガール」前夜祭があさって再放送されることになりましたね。
言ってみるものだわん。
でも、有料の顧客なんだから、当然ですよね~。
本日のミニエッセーも偶然、そんな話ですし・・・


●ミニエッセー586「企業の態度と責任」
本年1月18日、誰もが知っているある日本の大企業が発行している小冊子に対して、私の仕事に関係することで、どうしても疑問な点、お願いしたい点があったので、問い合わせ先になっていたメールアドレスへメールをした。
本当はたくさんの怒りをぶつけたかったくらいの内容だったのだが、極力冷静に丁寧に書いた。
ところが、2カ月たった今でも、まったくなしのつぶてである。
もしかしたら、この冊子の発行はその企業の子会社か契約している別会社が担当しているのかもしれない。その担当者の怠慢かもしれない。それにしても、もし回答が遅くなるのであれば、少し待ってください、ご意見承りました、努力しますの一言でも良いから、何らかの返信をしてくるのが、大人の常識ではないだろうか。
普段われわれだって、返事が要らないただの報告やあいさつなどのメールならばまだしも、答え、対応を要するメールならば、気になるし、何らかの反応をするだろう。
ましてや、多くの若者が常に就職したい企業の上位に挙げる所である。しかも、その企業が扱うのは、第一に人の命なのだ。
そんな企業がこんなふうでは、日本も先行き不安だと思わざるを得ない。
規模が小さい、大きいの問題ではないが、大企業ほど多くの関連企業があり、そして多くの顧客を抱えていることは間違いない。たくさんお客さんがいるから、1人ひとりの声を聞いていられないというのでは、社会的には失格ではないだろうか。
信頼していただけに、その態度、責任を持たない加減にがっかりしてしまい、再度尋ねる気も起こらない。
この一件から、ますますせめて自分たちだけでも、世間に対して丁寧に対応していきたいなと感じた次第である。どんな小さなことでも、それが企業(私の場合は大学)全体のイメージにつながる。われわれも一顧客、消費者の立場になったら、最初に対応する担当者がイコールその企業の顔と同じことだ。
大学の一部署にも、さまざまな電話や問い合わせがくる。直接窓口にもいろいろな方が現れる。その内容は、良いこともあれば、関係のない理不尽な文句であることもある。見当違いの問い合わせもある。しかし、例えば担当部署ではないからとむげにしたり、電話をたらいまわしにしたりということはしては絶対してはならない。自分がされたら腹だたしいからだ。
どんなつまらないことでも、相手に納得してもらえるよう、誠意を持って対応しなければならない。時間がかかるのであれば、とりあえず調べてから、分かった時点で電話すればいい。親切にしてもらったと感じてもらえたら、それだけでイメージアップということもある。
私はいつもそう心掛けている。
先日は通称JALの悪天候による便の乱れの時の対応もずいぶん不親切で立腹した。どうにもならないことであっても、誠意を見せてくれたら、顧客は納得するものである。不測の事態の時にこそ企業の真価が問われるのだと肝に銘じてもらいたい。

【2008/03/19 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
芸名で呼ばれる
ほわいと
札幌プリンスホテルが、札幌駅構内に出しているセルフ式パン&軽食の店で初めて食べたホワイトカレー。おいしかったです。

先日、私をP(ローマ字での頭文字で言うと)という、短大時代の音楽サークルで名乗っていた芸名(先輩から命名されて決まる)で呼び掛ける方からメールが来ました。そのサークルの先輩からです。
今年の年賀状でご病気と知り(年賀状について)、あせらないでくださいねと、私が仕事で作っている雑誌や宝塚のチラシや名刺とともにお手紙を差し上げたところ、わざわざお礼のメールをいただいたのだ。
懐かしさと共に、大変な中お返事を下さったことに胸がいっぱいになりました。
A先輩、本当に無理しないでくださいね!


●ミニエッセー585「ヅカノート2008春より1・研一生夢の配役」

※あくまでも写真のイメージだけで決めたものなのでご容赦願いたい。敬称略。

「ベルサイユのばら」(劇画編)

・オスカル     春瀬央季
・アンドレ     美泉 儷
・アントワネット  早乙女わかば
・フェルゼン    煌羽レオ
・ロザリー     華雅りりか
・ベルナール   久城あす
・アラン       冴華りおな
・ディアンヌ    紗愛せいら
・ジェローデル  和海しょう
・ばあや      夢花らん
・ジャルジェ将軍 飛河 蘭
・オスカル母    咲花莉帆
・オルタンス    愛咲まりあ
・ル・ルー      芽華らら
・ルイ15世     輝海せいや
・ルイ16世     悠斗イリヤ
・ブイエ将軍    風馬  翔
・ダグー大佐    煌海ルイセ
・ポリニャック伯夫人 桜音 れい
・シャルロット      天舞音さら
・ロザリーの母   毬愛まゆ
・ジャンヌ      杏野このみ
・ニコラス      貴穂しゅう
・ロベスピエール   美月  悠
・サンジュスト     天翔りいら
・ナポレオン     朝陽みらい
・ルイシャルル   舞月なぎさ
・ルイジョセフ    大樹りょう
・マリーテレーズ  花咲あいり
・アランの母    紫乃加りあ
・ノアイユ伯夫人  寿春花果
・ブーゲンビリア伯夫人 仙名彩世
・アリアテレジア   新菜かほ
・メルシー伯     星月梨旺
・オルレアン候    漣 レイラ
・ソフィア        愛風ゆめ
・衛兵隊員      珠城りょう  隼海 惶  麻央侑希
・画家         羽立光来
・ローアン司教    翔馬樹音
・市民         香咲 蘭  ひなたの花梨  夢羽美友  




【2008/03/18 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
返ってきたHearts
はんばーぐ
わっちさん手作りハンバーグ。しかし、あるものを入れ忘れ、ちと不本意な味に・・・。

春野さんのCD-BOX「Hearts」が届き、おまけについていたおささんの字が印刷されたきれいな鐘の音がする銀の置物を見て、それこそ心臓が止まりそうになりました。
若干形は違いますが、音のなる銀のハートの文鎮・・・私が初めて春野さんにプレゼントした品だったからです。(差し上げた同じ物を私も持っています)
最後に、同じ「心」をお返しをいただいた・・・そんな気がしてうれしかった半面、またまたまた・・・寂しくなりました


●ミニエッセー584「WOWOW春野さん特集を観て」
WOWOWの「宝塚プルミエール」で先日、スペシャルコーナーで春野寿美礼特集が放送された。
内容は、今までこの番組(宝塚スターの小部屋時代から)の出演時のダイジェストや舞台映像、昨年12月24日のラストデーのダイジェストなどで、20分くらいのものだったが、貴重な映像もあり、ファンにはうれしいものだった。
しかし、観るのには勇気がいた。本日の記事にあるように、まだまだ言い知れない喪失感と闘っている最中で、たくさんたまっている映像類も、観たら今以上に寂しさが募るのではないかと、ある種の怖さばかりが先に立つからだ。
しかし、少しずつでも前に進まなければと、やっと録画したDVDを再生した。
まず、驚いたのは、ナレーターがかしげさんこと元宙組トップスターの貴城けいさんだったことだ。実は、CSに加入してから、WOWOWまでチェックに手が回らず、花組や春野さんが出ていると分かっていても、録画もするひまもないといった感じで、ついつい逃していたので、今、「宝塚プルミエール」がどんな感じになっているか、まったく知らなかったのである。
やっぱり涙が出てしまった。寂しさもあるが、感謝もある。特に、「アデューマルセイユ」のラストやさよならショーを観てしまうと、「最後まで本当に良い夢を見せてもらった」と思うのだ。
今回、私が初めて観た春野さんの下級生時代の舞台映像があった。「失われた楽園」新人公演のあいさつや「チャンピオン」「ハリケーン」「悲しみのコルドバ(新人公演)」「冬の嵐ペテルブルクに死す(新人公演)」の一部など、生では見れなかった作品群だ。
今までCSでの別のショットばかり観ていたので、WOWOWでの映像はとても新鮮で、まだ八重歯があって若々しい春野さんがほほえましかった。
台詞の言い方も幼く、「女の子」が残っていた。それに比べると、磨かれ、洗練された最後のほうの公演の色香ただよう男役ぶりといったら・・・。
インタビューでもだんだんと顔が引き締まり、受け答えの雰囲気も、やはりだんだん大人へと変化している。
番組はとても駆け足で、まだまだたくさんをゆっくり観たかった思いも残るが、心のリハビリ中の私には、この20分が良い時間だったのではないかと思われた。
少し勇気をもらった。ほかの映像も少しずつひも解いていこうと思うことができた。
ところで、このスペシャルコーナーのあと、ちょこちょこといろいろな組のいろいろなスターや舞台映像が登場したが、正直、今まで正視できないでいた真飛さん主演のプレお披露目であった中日公演「メランコリックジゴロ/ラブ・シンフォニーⅡ」のダイジェストなども放送された。
決して、春野さんの後を継いで花組を背負ってくれる真飛さんや桜乃さんを見たくないということではない。とにかく、春野さんの出ない「ラブ・シンフォニー」を観るのが寂しいだけなのである。
今回、すでに懐かしくもある春野さんの着ていた衣装を着て、真ん中に立つ真飛さんの姿をきちんと見た。もともと美しい人だが、ますます輝いていた。ファンの皆さんもうれしいだろう。しかし、その裏には、たくさんのプレッシャー、不安があるに違いない。今度は先輩の大空さんも来る。
その私の推測を裏付けるかのように、初日あいさつでは、それでも花組のメンバーが温かく支えてくれるから不安も消えましたと、涙ながらに言っていた真飛さん。本拠地お披露目はまだ少し先だが、本当におめでとうございます。そして、春野さんの愛した、私や仲間たちが愛した花組をよろしくお願いします―心からエールを送りたい。
【2008/03/17 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
届いてしまった春野さんラストデー
ふかひれ
わっち作、ふかひれラーメン。ふかひれは具の下になっちゃってますが。このあと、海苔も入れました。

昨日は、ちょうど本日ラストとなったTDR旅行記に登場してきた友人のMちゃんと二人で、札幌で行われた「キリンビバレッジTDRドリームパーティー」というイベントに参加してきました。
詳細は、後日ミニエッセーで書きます。
またまた旅の続きという感じで、楽しかったです!!

さて、一方・・・東京での最後の日のドキュメントDVD「春野寿美礼ラストデー」が、通販で注文していたので郵送されて参りました。
あーあ・・・届いてしまったか・・・というのが正直な気持で、例によってまだ観ていません。
ぐすん・・・いつまで泣いてるかなぁ、自分。


●ミニエッセー583「TDR2008旅行記10」
つるつる路面の中を主人が車で迎えに来てくれたのは午前1時30分。本当に申し訳なかった。家に着いたのは午前3時。途中、除雪で背中を痛めていた主人は運転が困難になり、半分は私が運転して帰ってきた。
最初から車で行けば良かったとも思うが、この時期、今回のように連日吹雪ということになると、途中の田舎道が吹き溜まりで通行止めになるということもある。また、そのことをその場に行かなければ分からない時もある。
もし、周りに何もない場所で立ち往生でもすれば、もっともっと大変な事態になる。実際、今回そのような被害に遭い、車中で温まろうとして一酸化炭素中毒になり、亡くなられた方もいる。幾ら携帯電話があって連絡がつくようになったとは言え、その現場に行くことすらできない事態があり得る。
北海道の冬は、自然との闘いを視野に入れて行動しなければならない。そして、自然にはとうてい勝てないことを自覚していなければならない。
閑散期を狙って今回TDRにわざわざ冬に行ったが、今回の反省を踏まえて、今後はなるべく冬の旅は避けたいねとMちゃんとも話していたが、ただこれが観劇の旅となると話しは違う。相手先があることなので、冬を避けられない。そういうふうに今までも旅してきた。
大事なことは、日程に余裕を持つことだ。
Mちゃん親子はさすがに疲れ切って、月曜日は仕事も学校も休んだそうで、その後もなかなか疲れが取れなかったようだが、私は朝から大事な仕事があったので、ほとんど寝ずに通常通り出勤した。寝不足は続いたが、旅慣れているせいか、特に体調は崩れずに1週間もった。
空港での待ち時間は長かったものの、私は飛行機が3時間半遅れただけの結果となり、やっぱり「どうしたって帰れるわっちさん伝説」は健在となった。
Mちゃんは2度欠航の上、3度目の正直でやっと帰ってきたことが、周囲を和ませる良いネタになったということだが、自分1人じゃなく、子供を連れてのことでさぞかし大変だったことだろう。
しかし、私もMちゃんもトラブル、そしてその対処を経験し、ますます旅の達人になったようだ。
今回、例えば私で言えば舞浜やバス車中や空港などで旅慣れていない人が、何をどうすれば良いか分からず、右往左往している姿が見られた。
最も参ったなと思ったのは、ディズニーランドから私と同じようにとりあえず羽田空港まで来た親子が、欠航なので、都内のホテルを取って泊まるということになり、初めてモノレールやJRに乗るということで、バスを降りる時にチケットを受け取る地上係員がまだほかのお客さんが降りている最中に、根堀葉堀、モノレール乗り場までの行き方などを聞いていたことだ。
そこは第2ターミナル前だ。ANA便の人用の乗り場であり、私のように次の降り場、第1ターミナルに1秒でも早く急ぎたい人たちがまだ中に残っているのだ。
もし、第1ターミナルのことを知らなかったとしても、すべての人が降り、バスが出発してから、尋ねればいい。幾ら初めてのことでパニックになっているからといって、周囲をよく見ず、他人を思いやらないのは、親という立場からも問題がある。
また、空席待ちカウンターでは順番を抜かされたと言ってけんかをしていたいい大人がいた。待っている間に酒を飲んだのかもしれない。
緊急の事態にこそ、みんなが不安で急ぎたい気持ちを互いに理解し、譲り合い、思いやる心を持ちたいものだ。
不満をぶつけるおじさんを思えば、「コンセントを一つ使ってもいいですか」と丁寧に訪ねてきたスノーボーダーの若者が、とても立派に見えた。世の中の若者を批判するばかりの大人がいるが、人の振り見てわが振りを正してもらいたいものである。
波乱だったが、トラブルも含めて、楽しく、思い出とプラスになった旅だった。

【2008/03/16 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
やっぱり楽しい旅支度
きしゃ中
仙台から新千歳空港に着き、久しぶりにJRの指定席でわが町の駅まで帰りました。写真は乗り換え駅の札幌までの指定席券。4号車4番A・・・このあと、札幌からわが町までの特急電車の指定席も同じ4号車4番Aだったんですよ。両方、超混んでいたのに、よく同番号が取れたものです。

来週行く、村&梅田の旅の荷物を造りました。
この時が、やっぱり楽しいんですよねぇ。
完全な1人旅は3カ月ぶり。
わくわくわくわくわく・・・


●ミニエッセー582「TDR2008旅行記9」
それからは、自分の便の心配である。
とにかく手続き中止のために中に入れない事態はしばらく続いた。やっと手続きが再開され、Mちゃん親子に会えたのは、Mちゃんたちが出発することになったおよそ1時間前である。
結局、朝から待ち続けたMちゃん親子は午後7時45分の臨時便で、そして私は予定より3時間遅れの午後9時に羽田の地を離れることになった。Mちゃんたちがわずかでも私より早く帰ることができたのは、本当に良かった。
しかし、予想通り、実際には両便とももっと出発が遅れた。搭乗に際しては、人々が大混乱しているので無理もない。JALの対応も親切さに欠け、あまり良いとは言えなかった。
心配してくれた人たちに、報告をして一段落したはいいが、私には問題が残っていた。
Mちゃん親子は新千歳空港からほど遠くない町に住んでおり、時間もなんとか間に合いそうなJRで帰ることができるが、車で1時間半の町に住む私は、千歳に到着しても公共交通機関がない。
かつて経験があるタクシーで帰るしかない。相当の出費である。もう一泊できた。場合によっては、なんとかMちゃんの住む町まで行き、泊めてもらって翌朝直接職場へ行くということも視野に入れて、Mちゃんたちとは前日から3度目のお別れを迎えた。
ジュニアは最後まで「わっちさん、うちに泊まって!」と、言ってくれた。その気持ちは心からうれしかったが、相当深夜になるし、Mちゃんのご主人にも迷惑がかかるし、現実を考えるとまずはなんとしてでもわが家に帰る道を最優先に考えなければと思いつつ、私もやっと飛行機に乗った。
いつもに増して爆睡した。降りるころになって目覚める時には、コンタクトもつけまつげも取った。さすがに目がつらかった。午後11時15分を回っていた。
私は一目散にタクシー乗り場に走った。ところが、すでに長蛇の列。私の後ろにもものすごい数の人が並んだ。雪は降っていなかったがマイナス14度の中、1時間待っても、タクシーの列はなかなか短くならなかった。お金を出してもいいから、あちこち行きの臨時のバスを出してほしかった。
JALの係員からは「すべてのタクシー会社に来てほしいと要請していますが、近郊すべてが公共も含めて交通マヒしており、なかなか足りない状態。本日は24時間空港を解放しますので、ご家族の迎えが無理で、もし朝の始発まで電車やバスを待てる方は、空港内でお休みください」と無情なアナウンス。
Mちゃんや主人からも心配の電話が来て、私は体の冷えも限界に来て、ついに主人が来てくれると言ってくれたので、甘えることに決めた。
温かい空港内。通路やトイレ内に掃除機用のコンセント口もあるから携帯電話の充電もできる。一時、主人の携帯がつながらなくなり、妹(わんこのきもち社長)にも電話していたので、状況説明の電話をしたり、また宝塚の本を見ながら、ニセコに行くはずだったという青年と2人でコンセント口を分け合って充電しながら主人を待った。
(続く)
【2008/03/15 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
財政危機少~し救われる?
わふう
仙台空港で食べた和風パフェ。実はきなこが苦手なのですが、抹茶アイスを溶かしてきなこをからませて、味をミックスして食べました。

<ブログ拍手コメントへのお礼>
3/13午前8:30ころコメントいただいたYさま。ありがとうございました。
年末から別れが続いている私も、寂しいですが、彼女の人生の良い選択なのだと納得することにして、ひたすら幸せを祈っています。
Yさんも、時節柄ご自愛くださいね。


ここだけの話、年末の「退団散財」のつけが今年に入ってカードの分割払いという形でまわってきていて、かなり逼迫していたのですが、今年、灯油が値上がりしたことにより、わが職場から支給される寒冷地手当の加給分が今になって支給されることに。
ありがたや~。
って・・・本当は灯油代にまわすべきなんですけどね・・・むふふ


●ミニエッセー581「TDR2008旅行記8」
羽田空港に着いたは良いが、最大の誤算が待ち受けていた。
Mちゃんはキャンセル待ちの呼び出し待ちをしているため、いつどうなるか分からないので、席を離れられずに検査場内におり、私もさっさとそこへ行きたかったが、札幌(新千歳空港)行きの人のうち、これから検査場内へという人たちは、中が混むし、搭乗口も決まっていないため、一切止められて中へ入れないという状態になったのだ。
それが4時間も続いた。だから、私が中に入ることができるようになるまで、Mちゃんとはメールか電話するしかなかったのである。私は、JAL北ウイングの大きな掲示板が見える場所に座り込んだ。なかなか椅子が空かなかった。遅延や欠航が相次ぎ、そこはだんだんと混んできた。
最初は、手続きが再開されたら、すぐに動けるよう、ただただアナウンスや掲示に注目していたのだが、ある便は3時間以上遅れ、ある便は1時間遅れ、私の便はまったく不明・・・など、数時間しても事態が好転せず、Mちゃんからも「今の所、臨時便の予定はなし。あきらめて出て行く人も出始めた。もう少しねばってみる」と連絡があり、こりゃあ長期線だなと覚悟。
今観てきた公演のプログラムを見たり、音楽学校の発表会のプログラムで新研1生をチェックしたりして、とにかく、私もMちゃん親子も飛べることを信じて待つことにした。
後でMちゃんは、度重なる欠航に泣きたくなったが、緊急事態を察していつもより良い子でいてくれた娘が心の支えだったと言っていた。小学3年のジュニアは、いつもおとなしくて私にはとても良い子なのだが、親に対しては反抗期盛りである。私も自分がその時分には親に理不尽なことでたてついて困らせていた。自我が目覚めていく第一歩にきている。そんなジュニアが、母親が困っている様子を見て、状況を飲み込んだことはたいしたものである。血筋にはかなわない。つくづく私などはまったく無力だなと実感した。
さすがの私のほうも、あまりにも動かない状況に疲れてきて、編集長に「ひょっとしたら明日出勤できないかもしれません」と電話し、次に宝塚仲間のNつんに報告メールをして初欠航かもしれないことを笑ってもらおうか・・・と思ったら、そのNつんから「天気が荒れて空の便が混乱しているとか。大丈夫ですか」とメールが来た。なんというタイミングだろう。Nつんは、ネットで状況を確認してくれて、「何かあったら手伝うから連絡して」と言ってくれた。
こういう時は、そういう「気持ち」だけでも、どんな励ましでもかなりうれしいものだ。いつもは自分でなんとかしろという厳しい態度が多い主人もさすがに、今シーズン最悪の天候にかなり心配してくれた。
それでも、前日から見ると、徐々に回復していると聞き、次第に「どんなに遅くなっても何とか飛べるのではないか」という気がしてきた。
しかし、私が一番望んでいたことは、私だけが飛べて、Mちゃん親子がまた宿泊という事態を避けたいということだった。Mちゃんたちは予定より1日多く無駄にしている。本来なら、日曜日はゆっくり休み、月曜から楽しい思い出とともに職場へ、学校へと行くはずだったのだ。心身の疲労は、私の比ではない。私だけが帰るわけにはいかない。
空はだんだん回復してきたのだから、なんとか臨時便を飛ばしてほしい。いざとなったら、カウンターに訴えにいこうかと思っていた。検査場内では、前日から乗れなかった人々が何百人も待っているのだ。
そんな願いがやっと届くことになった。キャンセル待ちの人を優先に500人乗りジャンボの臨時便が飛ぶことになったとMちゃんから電話が来たのだ。
良かった―安心したら急にお腹が空いて、私はやっと椅子を見つけてお弁当を買って食べた。
(続く)

【2008/03/14 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
悪夢にあせる
くうこう
仙台空港にJRが乗り入れたのでアクセスが便利になりましたね。

今年に入って何回か、私にとっては「最悪の夢」を見てるんですよ。
それは、せっかくチケットを取ったのに、観劇に行くのを忘れて
過ぎてから「しまった~」と、悔しくてたまらいという・・・。
現実には、旅計画万全の私には、ありえないことなのですが、
一体、どういう潜在意識、心理状態なのでしょうか・・・。


●ミニエッセー580「TDR2008旅行記7」
Mちゃんが航空券の予約し直しの列に並んでいる間、私は銀座の定宿に電話をし、Mちゃん親子の部屋を確保した。本当はツインに3人(子供の分は大目に見てもらって)で泊まり、私が当初の予定分の宿泊費を負担したら少しは良いかと考えたが、残念ながらツインが空いておらず、シングルが1部屋だけあった。ぜいたくは言えない。Mちゃん親子にはそれで我慢してもらうことにした。
また、心配してくれた私の主人へ状況を電話で伝えた。
Mちゃん親子はとりあえず翌日の午前10時の便の予約が取れた。
こういう時はあわてても仕方ない、せっかくだから少し空港で遊ぼうか―と、3人でまずはゲームコーナーに行った。そこでは、珍しく私はUFOキャッチーに早い段階で成功し、なんと大好きなディズニーのミス・バニーのぬいぐるみをゲットしたのである。「良い判断で空港に来たから、神様がほめてくれた」ということにした。
それからご飯を食べて、少しよれよれぎみの3人はモノレールとJR山手線で有楽町へ行った。私には超慣れた道のりでも、Mちゃん親子には初めての道だ。翌日は、親子だけで早くに発たなくてはならないので、しっかり道を覚えてねと話しながらホテルへ向かった。
ホテルに荷物を置いてから、3人で近くのコンビニへ行った。なにせ、Mちゃんは念のため親子の下着は持っていたが、基礎化粧品を荷物に入れて送ってしまったし、ジュニア用の歯ブラシなどもない。
その時、私もいつか急に増泊しなければならない時、コンビニで買えるもの、買えないものについて考える良い機会になった。トラブルは大変だが、何かと勉強になる。
ホテルに戻り、互いの部屋を見学した。同じシングルでも形が違った。困ったのは、臨時だったから仕方ないが、Mちゃんの部屋が喫煙ルームで、部屋がひどくタバコくさいことだった。しかし、心配するなかれ―私はそのホテルに事前に1泊の荷物を送っており、その中にスプレー式瞬間消臭剤も入れていた。それで、Mちゃんの泊まる部屋のにおいを消し、翌朝一緒にロビーで朝食を取るために待ち合わせをする約束をして、それぞれ休むことにした。
日曜の24日。本来いるはずのなかったMちゃん親子とロビーで落ち合った。が、相変わらず全国的に天気が悪いということで、「また飛べなくて、結局わっちさんとまた会えるかも・・・」とMちゃん。私は午後6時の便で帰ることになっていた。
朝食が終わると、2度目のお別れの時である。Mちゃん親子にしてみたら、もうそれで本当にしばらくわっちさんとさよならが理想的だ。しかし、お互い、内心ではかなり高い確率で「また羽田で会う」という予感が消えなかった。
私はのんびり10時にチェックアウトして「何がなんでも帰る」と信じて荷物を送り出し、宝塚雪組東京公演の開演までコンビニやキャトルレーブにいた。昨年まで、楽しかったキャトルは、すっかり寂しい場所になっていた。もう春野さんのグッズなどはないのだ・・・。
そうして、2カ月ぶりの観劇となった。前方センター席だったこともあり、芝居の間は帰りの飛行機のことも忘れ、集中して観ていたが、休憩になりすぐ携帯のメールを見ると、「欠航」の文字が。トイレの列に並びつつ、すぐに落ち込むMちゃんに電話した。キャンセル待ちをしながら、様子を見る。最悪の場合はまた銀座のホテルに泊まるとのことだった。
私の便もどうなるか分からない。ショーが終わったら日比谷シャンテでゆっくり買い物をする予定をとりやめ、速攻で空港に行くことにした。
私はきっと何とかなる。これだけ旅していても今まで、帰れなかったことは新婚旅行の時以外はない。私は大丈夫だろう。しかし、疲れきっているMちゃん親子が心配だ。2泊も伸ばすのはあまりにも酷だった。
(続く)

【2008/03/13 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
一つの別れ
えき
仙台といえば伊達政宗。「野風の笛」の立さんを思い出す私であった・・・。

私が東京の観劇の旅のたびに寄っている美容整体「銀座 マナ」の店長だったKさんが、ご家庭の事情で退職されたことを先日知り、とてもショックでした。
いつもその技術だけではなく、明るい笑顔やおしゃべりで体だけではなく心も癒してもらっていたので、来月行くのですが、もう会えないのはとても寂しいです。
ただ、昨年の4月「明智」公演の時からおよそ1年、いろいろな話をさせてもらう中で、Kさんのご家庭のご事情が察せられるので、しかたないという思いもあります。

<美容整体 銀座 マナの元店長 Kさんへ>
もし、これをご覧になっていたら・・・
Kさん、どうか体に気を付けて、幸せになってください。あなたならば、どんなことも乗り越えていけるでしょう。ただ、頑張りすぎないようにね。
私にとってとても大事な1年、癒していただいたことへの感謝は、これからも時々サロンに行かせていただくことで、表したいと思います。
「わんこのきもち」社長もよろしくとのことでした。


●ミニエッセー579「TDR2008旅行記6」
そこまで順調だった旅に、次第に暗雲がたれこめてきた。
午後から、船・トランジットスチーマーラインに乗ってシー内の海を半周したあたりから、相当風が強くなってきた。
その次はアラビアンコーストエリアでメリーゴーランドに乗り、移動しながら買い物をし、1日目にも乗ったアクアトピアでまた遊んだ。その後、別エリアまで電車で行こうと思ったのだが、強風のために運転がストップしてしまい、歩いてアメリカンウォーターフロントエリアまでたどり着いた。
そこで乗ったのは、「ビッグシティ・ヴィークル」というエリアをゆっくり周遊する古き良き時代のクラッシックカーや動物運搬車などの車である。われわれは運良く屋根付き車に乗れた。
しかし、その直前に「春一番」が吹き荒れ、だまって立っているのも大変な状態になった。ハードコンタクトのMちゃんは目にゴミが入り、クラッシックカーの中でコンタクトをはずし、メガネにした。
水上ショーは中止になり、次々と外でのアトラクションが中止になり、室内もののアトラクションやショップやレストランが混む事態になった。われわれも同様に、そばのショップに入ったり、入場の時に撮った写真を受け取りに行ったり、買い物したりして強風をやり過ごした。
そうこうしているうちに、Mちゃん親子とお別れの時間が近付いた。Mちゃん親子は夕方のJALのリムジンバスで羽田へ行き、北海道に帰ることになっていた。一方私は、もう少し買い物をしてから東京・銀座へ移動し、翌日宝塚を観てから帰るという日程だった。
Mちゃんのご主人や私の主人から次々とメールが届いた。「北海道は吹雪で大荒れ。新千歳空港も混乱しているとニュースでやっている。Mちゃんは大丈夫か」というものだった。
しかし、その時点ではMちゃんたちの乗る飛行機がどうなるか分からないし、「欠航して銀座に一緒に泊まるのかもね・・・」と、あくまでもそれは冗談の世界だった。
ツアー集合場所までMちゃんたちを見送り、あいさつして別れた後、私は一度乗りたかったシー・舞浜駅・ランドをつなぐ有料の「ディズニーリゾートライン」というモノレールに乗って、まずは舞浜駅まで行った。ちょっとイクスピアリをのぞこうかと思ったのだ。
しかし、私の耳に「強風のため、JR京葉線・武蔵野線すべて運休しております」というアナウンスが聞こえ、舞浜駅前にはタクシーや市内バスを待つものすごい人の行列ができていた。
さてどうしようかと考えながら、イクスピアリのぶらつきを取りやめ、とりあえずランドの入り口方面にあるショップ「ボン・ヴォヤージュ」で、不足分のお土産などを買い、急いで店を出て、私はランドのバス停に向かった。JRがだめならば、とにかく東京方面へバスで出ようと考えたのだ。
店にいる時、Mちゃんから飛行機が欠航しそうだから一応私の泊まるホテルを教えてとメールが来た。
たくさんあるバス停を一つひとつ看板に書いてある行き場を確かめながら進んでいると、ちょうど目の前に「羽田空港行き」と書かれたバスが来た。そこは羽田・成田空港行きのバス停だったのだ。
ああ、羽田まで行けば、Mちゃんの対策を手伝って、あとはモノレールか京急と山手線で有楽町へ行ける―私は810円のバスの切符を買って乗り込んだ。なんと、もう補助席以外の席は最後の1席だった。
そこに、Mちゃんから「欠航が決まった。今日は飛ぶ可能性なし」のメールが来たので、私は一旦出発前のバスを降りてMちゃんに、「もうすぐ駆けつけるからそこで待ってて」と電話した。
バスはあっという間に空港に着いた。われながらランドのバス停に走ったことは好判断だったと思った。また再会した3人。笑うしかなかった。
けれども、Mちゃん親子は不安がいっぱいだったことだろう。
(続く)
【2008/03/12 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
CS生放送の音声ずれ
モス
仙台では久しぶりに大好きなモスバーガーを食べました。ブランチなのでたくさん注文してしまいましたが、さすがに全部は食べ切れなかった・・・。

せっかく楽しみにしていた3/3の「ミーマイ」の前夜祭の生放送。
内容はとても良かったものの、終始音声が遅れて放送され、観ていて
酔って気持が悪くなり、残念。
音量も小さくて、一体何なんだ~。
すぐにCSにメールして抗議しましたよ。
音声がなおるんであれば、再放送してもらわなければと。
原因調査中と返事が来ましたが、どうなったんだよ。
有料放送なのだから・・・頼むよ~


●ミニエッセー578「学習机は私の世界だった」
4月から小学校に上がるという子供たちは、真新しいランドセルや靴、道具などに胸を躍らせているだろう。ここ北国は、まだまだ雪がたくさん残っているが、春が近付くとランドセルの皮のにおいや私の「基地」であった学習机のことを思い出す。
確か、父の弟である叔父が出資してくれたと思う。キャラクターがついてもいなく、今ほどおしゃれなタイプではなかったが、なんと社会人になるまで使っていた、高さ調節機能付きのスチール製の頑丈なものだった。
クラスでいつもベスト3に入るくらい体が小さかったので、ちょっこり椅子に座っていた私は最初は机に負けていた。
私が気に入っていたのが、前面の本棚の下段部分だ。時間割ミニボード・時計・鉛筆削り器(電動)・赤、青、黄色の小物入れ(全辺10センチくらいの正方形の箱型)、フリースペースが付いていた。特に、三つのカラー小物入れを思い起こすと、そこにはその時々のさまざまな「宝物」が詰まっていた。
小学校低学年の時から、キャラメルのおまけを集めていて、そこに収納していた。だんだん増えてくると、種類ごとに仕分けして遊んでいた。思えば今、カラーコーディネーターになったのも、そのころの色と収納が身近だった環境に原点があるのかもしれない。
それから、高学年になると、キャラメルのおまけを別に移し、そこにはサンリオで買い物をすると包装の時に付いてくるおまけを入れるようになった。そのころはキティちゃんやパティ&ジミーなどのキャラクターの物が多かったが、小さなオーナメントや、ミニステーショナリーが少しずつ増えていくのがうれしくてうれしくてたまらなかった。
中学生・高校生になると、キーホルダーやいろいろながたくた、小物も入れていたような気もするし、その宝箱は常に自分の成長と共にあった。
そのうち、あまりに使い込みすぎて、その箱がかなり汚れ、しょっちゅう拭いていた記憶もある。
また、その机上では、いろいろな物を描き、作ってきた。宿題、まんが、デザイン画、絵、ぬり絵、版画、工作、受験勉強、詩、小説、脚本、志願書、履歴書、日記・・・。
振り返ると、もちろん「現実」も形成してきたが、たくさんの夢を産出する工場みたいな場所だったなと感じる。どちらかというとインドア人生の私にとって、一見無機質な学習机こそ、自分の基地、世界そのものだったのである。
社会人になり、天板と棚を組み合わせて自由にレイアウトできる黒い木製の机を自分で買い、10年以上付き合ってくれた学習机とさよならをした。もう前面のいろいろなものはなくなった。やっと少し、大人になったのだ。
スチール机はその後、少し下のきょうだいたちが使い、その後廃棄したが、あの箱だけは捨てられず、私がもらった。いまだに長年集めたキャラメルやサンリオのおまけのうち、特に気に入ったものだけを入れ、いまだ残してある。
これを書いていると、押し入れの奥に眠っている宝物を出して久しぶりに見たくなった。

【2008/03/11 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
ルドルフとレベッカゲット
ぎゅうたん
フランス料理風に牛たんを食べることができる仙台のお店にて。

5月は東宝ミュージカルざんまいに決定。
帝劇「ルドルフ」とクリエ「レベッカ」のチケットをゲット。
シアタークリエでは初めて観ます。
ルドはたーたんが、レベッカは音楽が楽しみなわっちさんでした。


●ミニエッセー577「反省―無駄にしてしまう食品」
夫婦2人だけの世帯、共働き、毎日きっちり料理ができるわけでなし、料理担当は出張や旅行で不在も多い―言い訳するわけではないが、しかたなく少量買いできない食品を買い、ついつい腐らせたり、賞味・消費期限をはるかに超えたりして、自分たちの経済的にも、世界で食べられない人たちに対してももったいないと思いつつ、「ごめんなさい」と反省しながら、捨ててしまうことが多々ある。
普段、生鮮食料品ですぐに冷凍できない物については、なるべく少量に切り売りされている物、個売りされている物を選ぶようにしている。この際、割高なんて言っていられない。
大きなスーパーに行けば、野菜は大根やキャベツ、白菜、パプリカなど、2分の1、3分の1、4分の1というのが売っているので便利だ。
ところが、いわゆる安売り系の店ではそうはいかないので、なるべく小さい物を買う。それでも、なかなか使い切るのは難しい。リンゴやみかんなども4~10個入りの袋で買うと必ず余らせてだめにしてしまう。ぜいたくだが、毎日同じ物を連続して食べることをあまりしないので特にだ。
冷蔵庫の中でよく賞味・消費期限までに使い切れない物のナンバーワンは、チューブのしょうが・わさび・からし類だ。気付いたら、もうだめだ。1回も使わずに・・・ということも多い。でも、それらこそ買い置きが必要な物なので、困る。
それから、常温保存できる物では、少し賞味・消費期限の長い乾物類なども、油断していると消費期限から半年、1年、ひどい場合は2年以上も過ぎていてびっくりすることがある。
その一番は、小麦粉やパン粉だ。次に、干ししいたけ、スパゲティ、うどんなどの麺類だ。保存食として買い置きする袋ラーメン、カップめん、レトルトカレー類もあまりに大事にしておくと、あっという間にゴミ箱行きになる。使い切る努力をしなければならない。
ただ、ひとところ前も問題になったが、記載してある賞味・消費期限をそのまま信じることだけはせず、自分たちの感覚で判断し、責任を持つことを心掛けている。
例えば、納豆、ヨーグルト、チーズ、みそ、しょうゆなどの発酵食品、ケチャップ・ソース・ドレッシング類、菓子類は、少しくらい過ぎても大丈夫なので、味やにおいの状況を見て利用するし、卵・牛乳・豆腐(扱いによって期限より早くだめになりやすい)・肉・魚類は絶対に記載の日付けを守る。パンはカビが生えない場合は、焼いたり、温めたりして食べるなどだ。
食品ではないが、薬は絶対に守るが、携帯カイロなどは少しくらいなら過ぎても使う。
要するに、記載してある賞味・消費期限はあくまでも「目安」ととらえ、最終奉行は自分であるという意識だ。
だから、捨てるといっても、のべつまくなし捨てるわけではない。
それにしても、核家族化の世の中、お2人様、お一人様用の売り方は、販売側としてはコストの問題があるかもしれないが、消費者側は助かる。都合の良い話だが、余剰買いを防ぐためにも、ぜひ、いろいろな物で増えてほしいと願っている。

【2008/03/10 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ありがたいマミさんFCとCS
ずんだ
仙台で、はまったずんだ餅とずんだぷりん。BY菓匠 三全さん。

先日、マミさんのFC恒例のイベント写真販売があり、年末いけなかったDS(ディナーショー)の分を全部注文しました。
そして、期待どおりCSではDSを放送してくれるので、本当にありがたい話です。
感想は後日書きます。
今年こそは、マミさんのDSに行くぞー!!


●ミニエッセー576「最近テレビで気になる人たち」
今年に入り、今までよりも旅が減ったこと、週末も家にいることもあり、もともとのテレビっ子に拍車がかかり、今まで観なかった番組などをちらちら観るようになった。
そこで今回は、興味を持った俳優やお笑い芸人さんたちをピックアップしたい。
まず、主人が連日観ているので、嫌でも目に入る韓国・中国の歴史ドラマの数々の中で、素敵だなと思った韓国の人気俳優、チェ・スジョンさん。2004~05年に韓国でヒットした「海神―へシン」の主役で、このドラマの中の演技だけでのことで申し訳ないが、見た目はクールだが、心には熱いものを秘めているといった演技がうまいなと感じる。
ドラマは3~4年前、彼が41、2歳の時の作品だが、若々しく映っている。私より2歳年上で、韓国のタレントさんを妻に持ち、1男1女の父という。「チャングムの誓い」のチ・ジニさんもそうだが、独身でないのはちょっと寂しい。ドラマでの顔つきはとても好みだが、インチーネット上でいろいろと出ている現代ドラマでの写真などはイメージが違う。やはり、ドラマの役柄が魅力的に感じるのだろう。
そして、日本では女優さんになるが、渋谷亜希さん。数年前の映画「およう」(熊川哲也さんが竹久夢二。たまたまテレビで観た)のタイトルロールなどをやり、その名は前から知っていた。
ただ、私が興味を持ったのは、日本テレビ系列で北海道では深夜に放送されている東京プリンの伊藤洋介さんとの音楽番組「プリン・ス」のMCぶりがツボにはまった。実に進行がうまく、まるでベテランのアナウンサーのようだ。発言もとても面白く、感性がユニークなのである。プロフィールを見ると、英語もできる才女のようで、ラジオのDJなども務めており、なるほどと納得した。
私は彼女は女優よりトーク中心のマルチタレントが合っている気がする。
それから、今さらと言われそうだが、お笑い芸人のなだぎ武さんだ。先月、「R‐1グランプリ」というピン芸人の王座を決めるコンテストで2回目の優勝をした。
今まで、ディランという外国ドラマに出てくる俳優の日本語声優風しゃべりのキャラで、私生活でも恋人である後輩芸人のキャサリンこと友近さんと何かにつけてコンビのように出演しているイメージがあったが、最近は一人で別のキャラクターでもよく考えられたコントなどをやり、そのセンスや器用さがいいなと思う。
コントではかつらをかぶり、特徴であるえらの張った顔が強調されてしまうが、普段は好青年だ。友近さんはなかなか見る目がある。何しろ「声がいい」という武器がある。私は声の素敵な男性に弱いのだ。
それから、テレビではなくインターネットで見て、負の意味で気になって仕方ないのが、私が小学生のころ西城秀樹さんの次に好きだった、当時は歌手の草川祐馬さんだ。
実は、草川さんはある時期から体を壊してテレビに出なくなったので、芸能界を引退したと思っていた。
先日、たまたま別の項目で検索をしていたら名前を発見し、今も俳優として、時代劇ドラマや舞台などで活躍されていることを知り、そして現在の写真を拝見して、失礼ながらやせていたアイドルのころの面影がないので、びっくりしてしまった。
けれども、考えてみたら、今48歳。おじさまになっているのは当たり前で、太られたことは私も人のことが言えない。お元気で芸能活動をしていることは喜ばしい限りだ。
今回挙げた皆さんが、これからも活躍し、もっと楽しませてくれることを心から願っている。



【2008/03/09 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
連続はずれOMC
ささかま
これ全部、笹かまを買った仙台の2軒のお店でサービスにいただいたもの。

ここ最近OMC貸切公演にはずれまくっています。
ううう・・・なんでや~大お得意様なのにぃ。
でも、かえって良席を探せますけどね・・・。


●ミニエッセー575「ヘアースタイルの話2」
普段は時間がないこともあり、旅などでも面倒なので、あまり凝ったヘアースタイル、髪飾りなどもしないのだが、ディナーショーなどでは、パーティー向きにアレンジする。
今は、おしゃれな部分かつらやエクステンションが簡単に手に入るので、便利だ。着物でもドレスでも使えるタイプのものを持っていると非常に便利である。おだんごを作ってそれにかぶせつつ、くし状の留め金で止めるだけなので簡単だ。
ただ私の場合、パチンと止めるタイプのエクステンションは、薄い自分の髪に固定するのが難しく、いろいろ持っているのに「宝の持ち腐れ」状態になっている。
トータルファッションで考えると、短めの髪型の場合はどちらかというとパンツルック、帽子が似合い、長くて女性らしい髪型の場合はスカートのほうが似合う。それを考えると、スカートをはかない私がいかにも女性らしいヘアースタイルにすると、ちょっと違和感かもしれないが、とにかく長い髪が恋しいのである。
最近の髪の悩みは、小学生のころからある白髪の横行である。染めなければ、6割くらいは真っ白なのではないだろうか。
この白髪は、太くて立派なので、ほかの髪とのバランスが悪く、場合によってはぴんぴんはねて困る。ただ、白髪が増えたおかげで薄かった髪がそう感じなくなってきているのはありがたいことなのだが、白髪染めでもなかなか染まりにくいのが嫌だ。
50代後半になったら上品に真っ白にするのもいいなとは思うのだが、43歳という大変半端な年齢では、さすがに髪が白いと老けて見える気がする。
1カ月に1回のペースで、茶髪に染めているが、なかなかきれいにはいかない。プロにやってもらっても同じで、すぐに元気な白髪が伸びてくるので、根元はすぐに「見なかったことにしたい」状態になる。
中年以降になっても全然白髪ではなく、ボリュームも保っている人が実にうらやましい。
当面の目標のロングヘアーに達成し、納得いくまで楽しんだら、きっとまた飽きて、まったく違うヘアースタイル―きっと短くしたくなるのではないかと思う。
どんなヘアースタイルであれ、観劇時に後ろの人の迷惑になるようにはしないように気を付けたい。
成人男性は、ホルモンの関係や体質で薄毛・抜け毛に悩んでいる人は多い。若いうちから、病気でそうなってしまう場合もある。
ほとんど白髪がなく、若い時はかなりボリュームのあった夫も、年齢と共に髪がやせてきて、地肌も目立つようになり、頭皮ケアに必死になっている。
しかし、世の男性も含めて、少ない毛をなんとかしよう、かつらにしようとするよりも、堂々ときれいさっぱり坊主風の頭でもいいではないかと思うのだが、男心は複雑なようだ。
笑い話で済むような薄毛のネタを話せる気心の知れた相手ならばよいが、真剣に悩んでいる男性をからかったりしないように注意したい。

【2008/03/08 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
見えてきた08年度
つまみ
新千歳空港JALサクララウンジのおつまみ。これ、仙台では袋が黄色でした。

実はわっちさんは年度変わりの異動がなく、4月からも同じ仕事に決定。
というわけで、08年度の観劇計画も立てやすくなったわけです。
ぼんやりと、月1回フライト(それですむのかね)をめどに
旅の予定も見えて参りました・・・懲りないやつ。


●ミニエッセー574「ヘアースタイルの話1」
女性でよくヘアースタイルを変える人、ずっと同じという人、もしかしたら子供のころからずっと同じという人など、いろいろなタイプがいると思う。
ここ数年、ミディアムか少し短めが多かった私は今、久しぶりに必死に伸ばしている。伸ばしている途中の中途半端さが嫌で、我慢しきれずちょこちょこと切ったりしたため、予定より遅くなり、目標の、上はボリュームを持たせ、下の方を薄めにして巻き髪ができるようになるまであと2カ月かかるか3カ月かかるか・・・というところだ。
私は自分の髪型に飽きやすい。というよりも、生きている間いろんなスタイルを経験してみたいのだ。
私はものこごろが付いてから中学に入るまではほとんどロングヘアー(前髪なし)だった。
中学に入ると前髪は眉毛の上まで、肩につく場合はしばるという校則があり、伸ばして二つに縛っていた時期が多く、たまにおかっぱ風に切っていた。
小学校のころからおしゃれ好きだったので、休みの日は母にカーラーを借りて髪を巻いたり、いとこのA選手の家に行った時は、当時わが家にはなかったホットカーラーで髪を巻いたりしてもらっていた。
最初に入学した高校では、髪型が自由だったため、中学を卒業するとすぐにミディアム丈の髪にパーマをかけたのだが、2カ月もしないで転校した先の高校は、パーマ禁止でがっかりしたものだ。
しかし、そのころいわゆる「聖子ちゃんカット(段付きパーマヘアー)」がはやり出し、大半の女子は校則を破っており、検査日だけは必死に伸ばしてきていた。もちろん、私もそのようにやっていた。
当時は市内に1,980円でカット・パーマ・セットをやってくれる美容室があり、頑張ってお小遣いをためては、にわか「聖子ちゃん」になっていた。
私は猫っ毛というのか、毛量も少なくボリュームもなく、若干うねりがあるという実におしゃれなセットがしにくい髪質だったので、聖子ちゃんほどはきれいな流れではなかったが、毎朝ブロウするのを楽しんでいた。
短大から就職したてまでくらいの時代は、サーファーカットが多かった。途中、ソバージュもやった。顔の周辺だけ細かくくるくると巻くのがはやれば、それもやった。とにかく流行に乗っていたので、決して個性的ではなかった。
ところが、前に述べたが自分でカット・パーマ・セット・染髪なんでもやるようになってからは、流行にこだわらず、自分がしたいようにするようになり、ベリーショートにもストレートにも挑戦した。頭が小さいので、ショートカットも似合うと言われるが、実は夫が私のショートカットがあまり好きではないらしく、ここ数年はかなり短いヘアースタイルというのはしていない。
夫は、芸能人などはボーイッシュな女性が好きなのに、私があまりに男役風にするのには賛成しないのだから矛盾している。
(続く)


【2008/03/07 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
陽月さんゆっくり治してね
じはん
おお、さすが、仙台!!

<お知らせ>
リンク先を増やしました。
瀬奈じゅんさんの話題が中心のCーBANG様の「TAKARAZUKA◆付箋紙」です。
よろしくお願いいたします。


東京公演も残念ながら怪我で治療中の陽月華さんが休演なのですね。
でも、この際本当に無理せずゆっくり治していただきたいです。
ご本人、そしてファンの皆さんの心中を察すると心苦しいですが、来月宙組さんを応援してきます。


●ミニエッセー573「TDR2008旅行記5」
帰りの時間が近付き、Mちゃんの希望をかなえるべく、再び「カリブの海賊」に乗った。これでリアルなジャックスパロウともしばらくお別れである。
それから少しだけ買い物をして、最後に乗ったのは夜の「ジャングルクルーズ」。つまり、私とジュニアはこの日「ジャングルクルーズ」に始まり、「ジャングルクルーズ」に終ったことになる。
出口へ向かう途中、かなり遠かったもののシンデレラの戴冠式が見えたので、終るまで見た。しかも、王子様とシンデレラが馬車に乗って退場するのを目の前で見ることができた。しかし、残念なことが起きた。デジカメの電池が切れかかり、フラッシュがたけず、せっかくのシンデレラを写せなかったのだ。
まだあと1日あるというのに、昨年充電器が要らなかったので油断して持ってこなかったことを反省した。しかし、その後翌日までなんとかだましだまし最後まで使うことができた。Mちゃんにもフォロー撮影をしてもらった。なにせ、2人とも職業は一応記者なのだ。
ジュニアは帰りにビニール風船を買って、ホテルに戻った。ゴム風船ではないので、この風船を北海道まで持ち帰るためには口を切ってヘリウムガスを抜き、しぼめるしかないのだが、そこに再びヘリウムガスを注入して口をふさがない限り、二度と膨らまないので、平らにして壁に貼ることくらいしかできない。そのためにヘリウムガスを買うか・・・。この風船、地方人のためになんとかできる工夫がほしい。
思い出に、自然にしぼむまで家の中でゆらゆらさせられるのならば、私も買って帰りたい。柄や形がかわいいからだ。ぜひ、これを一考してもらいたいとは、Mちゃんとも共通の意見である。
夜、ホテルで荷造りしていて、買ったお土産類があまりにも最初から買っていたダンボールにぴったりだったので、私は自分に感心した。
23日土曜日の朝、荷物を送ってリムジンバスに乗り、シーに到着。空は晴れてとても青かった。その時までは・・・。
JALのツアーでは1,500円のプロの撮った台紙付き記念写真が無料でもらえるのだが昨年、カメラマンを見つけられずに撮ることができなかったため、ゲートの地球儀のところで見つけて「今度こそ」と並んで撮影した。
そして、地底探検から噴火口に吹き上げられ、最後は落下する「センター・オブ・ジ・アース」へ。落ちる系の中では、そんなに激しくないので、なかなか面白いアトラクションである。そして、私が好きな「海底2万マイル」のファストパスを取った。それまでの間は、子供向けのヤドカリに乗ってふあふあと上下してくるくると回る「スカットルのスクーター」やトリトンズ・キングダムという室内施設で「ジャンピン・ジェリー・フィッシュ」というくらげ型の乗り物でまったりと過ごした。
そして、自分でライトを調節しながら海底を探検する風な「海底2万マイル」へ。この隊長役の声は俳優の江守徹さんである。子供だましではあるのだが、私はこれが大好きなのだ。
そして、昨年もそのおいしさに感動した中華レストランでランチにした。この時点で、すでに予定していた「最低でも制覇する」というものを終えていた。われわれは相当優秀なTDR探検隊だ。
(しばらくしてから続く)
【2008/03/06 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
宙・月08後半ラインアップ
らくてん
先月出張で行った仙台空港はさすがに楽天イーグルスとベガルタ仙台色でした。

先日、今年後半の宙組・月組さんの演目が発表になりました。
まだ分かりませんが、宙は退団公演の匂いがする気がしています。
あさこさん主演の「夢の浮橋」・・・学生時代、夢中になっていた宇治十帖・・・やられたっ。こりゃあ、絶対観なければ!!


●ミニエッセー572「TDR2008旅行記4」
その次は、ますます童心にかえる「イッツアスモールワールド」へ。すぐ乗れるかと思ったが、15分くらい待った。乗ってMちゃんは少し寝てしまったと言っていたが、私とジュニアは精神レベルが同じくらいなのか、結構楽しんだ。
それから、銃器で点数を競いながら進む「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」のファストパスを取って、昼食となった。ミッキー型の入れ物に入った鶏そぼろごはんとプリンを食べた。
その次に挑戦したのが夜のライトアップされたシンデレラ城前で行われるシンデレラの戴冠式を前の方で座って見られるかどうかの機械での抽選だ。抽選をするまでも少し並んだ。とにかく人気なのだ。くじ運がいい私とMちゃんがそろっていたのに、見事にはずれてしまった。
気を取り直して向かったのは、トゥーンタウンだ。ここは相当子供向けだが、なかなか楽しいエリアだ。最初に乗ったのは「ロジャーラビットのカートゥーンスピン」。その名の通り、どんぐりをくり抜いた車型の乗り物に乗り、あらゆる方向にスピンしながら進む。これはかつてMちゃんと2人でトゥーンタウンができたころに来て乗った時以来で、非常に懐かしかった。
次に、私にはスリリング加減がちょうど良いジェットコースター「カジェットのゴーコースター」。これはやっと乗り込んだと思ったら一瞬で終ってしまった。
パレードの時間になった。しかし、パレードは昨年きっちり見たため、午前はあまりに待ち時間が長くてあきらめた「ピーターパン空の旅」が30分待ちになったのでそれに並びながらちらちらと見た。
夜の街中を気球に乗って進むだけだが、これはなんだか楽しい。だから子供にも大人にも大変人気がある。
それからランチショーが始まる夕方まで、その店のそばのエリアで大型蒸気船・マークトウェイン号に乗ったり、いかだでトムソーヤ島に渡って島を一周した。実は、私はトムソーヤ島に行くのは初めてだった。つり橋や樽橋など、なかなかおもしろかった。
そして夕方、ついにMちゃんが苦労して取ってくれたランチショーだ。食事をしながらハワイアン歌手のおじさん、リロ、スティッチ、ミッキー、ミニー、チップ&デールのショーを観て、そして客席の各テーブルに全キャラクターが回って一緒に写真を撮ることができる。最後は、小さい子供はステージに上がって、客席も一体となってハワイアンダンスを踊る。
ここでアセロラとマンゴーのジュースが出たのだが、それがあまりにもおいしくて3杯もお代わりしてしまった。フリードリンクなのである。
出演全キャラクターとの写真撮影はなかなか忙しかったものの、やはり楽しかった。
それが終了すると、ちょうど「バズ」の時間になったので、移動した。乗り物に乗ってレーザー光線で的を撃ちながら進むが、私はセンスがなさすぎだ。Mちゃん親子はめちゃくちゃ上手だった。
その後、今まで何度も乗って慣れたが、なかなか恐怖感でいっぱいの「スペースマウンテン」の列に加わる。暗闇の中、きらきらの銀河の中をコースターで進むのはきれいで良かったが、やはり先が見えないので、突然うわーと落ちたりして、思わず「ギャー」と、声をあげてしまった。
何よりそれが面白かったとMちゃん。見えないのはやっぱり怖いものだ。
(続く)
【2008/03/05 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
雪全ツメンバー決定
ちょこ
バレンタインにかわいい後輩にいただいためっちゃおいしかったクッキー・・・やっぱ、わっちは男役!!。ちなみに私も家族にこれと同じシリーズをあげました。イチゴの陶器の入れ物は、枕もとのメガネ入れにしています。

雪組全ツメンバーが決定しましたね。
わーいわーいわーい。ゆみこちゃんが来るよ~涙。うれぴーーー

<3日CS生放送「ミーマイ前夜祭」をご覧になった皆様へ>
完全に音声がずれての放映で、終始とても不快でしたよね!!
音も幾ら音量を上げても小さかったですし。
スカイステージのホームページトップページの下にメールアドレスがあるので、
公式に何も発表がない場合は、ぜひ、抗議のメールをいたしましょう。


●ミニエッセー571「TDR2008旅行記3」
22日金曜日の2日目は朝、ホテルの部屋で前夜にホテル内のローソンで買った朝食を取ってからリムジンバスで開演のかなり前からランドに並んだ。
この日はまず、Mちゃんがランチショー「リロのルアウ&ファン」の予約に走り、私とジュニアは「ジャングルクルーズ」へ。船長と称したお兄さんが寒いギャグを言いながら、クルーズ船に乗ってガイドするのだが、朝一番というのは、みんな人気のアトラクションに並ぶかファストパス(時間予約整理券)を取りに行くので、定番のクルーズは、まったく混んでおらず、私たちの乗った船は2人のほかは、5、6人の韓国人の大人2人と子供たちだった。つまり、お兄さんのギャグは、私たち2人しか分からないのである。
私とジュニアは、お兄さんがかわいそうなので、いちいち反応してあげなければならなかった。
われわれが終っても、Mちゃんがまだ予約の列に並んでいたので、また2人で急流すべり「スプラッシュマウンテン」のファストパスを取りに向かった。そこで、事件が起きた。
ファストパス発行の機械が6台くらいあり、なぜか向かって右側の方には全然人が並んでおらず、「あら、空いてるね」などと言いながら、3人分の10:15から乗れるパスをゲットした。さあ、Mちゃんの元へ戻ろうとして、ふとパスを見ると「時間を作ってカントリーベアシアターへ」と書いてあった。
私はそれですっかり、これはスプラッシュマウンテンのファストパスではなく、ただ機械仕掛けのクマの人形が演奏する風のあまり面白くない、寝るには最適なショーのものだと決め付けたのである。次のファストパスは、10:15を過ぎないともらえない。テンションが一気に落ちた。すぐにMちゃんに電話をして謝り、まだランチショーの予約に時間がかかるというので、とりあえずジュニアと周辺の店に買い物に行くことにした。
電話でMちゃんは「あんなに人気のないショーにファストパスがある。しかもエリアがちょっと違うのに・・・」と不思議がったのたが、私ははっきり書いてある文字を信じていたのだ。
その後Mちゃんと落ち合い、結局ランチショーとは言っても夕方の時間の予約が取れたので、今日は早めに昼食を取ろうね、仕方ないからスプラッシュはまた様子を見て行こうなどと話しながら、リニューアルした「カリブの海賊」に向かうことにした。
その列に進みながらいた時のことである。何気なく先ほど取ったファストパス(ブログの写真ネタにしようと取っておいた)をポケットから出した私はそれの上の方に薄いピンクで示されているロゴを見た。「あっ、スプラッシュマウンテンって書いてある!」―よく見ると、「カントリーベアシアターへ」というのは、ただの宣伝であり、そのファストパスは正しかったのである。
私は自分のあわてんぼうぶりに、お腹がよじれるほど笑った。Mちゃんもだ。冷静だったのは、ジュニアだけだった。
それからまたテンションが上がり、映画「パイレーツオブカリビアン」でジョニーデップさんが演じたジャックスパロウのリアル人形が何体か登場するという「カリブの海賊」の船に乗った。実はMちゃんはジョニー氏の大ファンで、これを一番の楽しみにしていた。
ジャックスパロウを見つけてMちゃんは喜んだが、3回のうち2回私の乗っていた右側に登場することを知り、また夜にでも席を替えて乗ろうということになった。
カリブグッズを買った後、いよいよ本当にすったもんだした「スプラッシュマウンテン」に乗った。いつも写真を撮られるタイミングに合わせてポーズを取ろうとするのだが、なかなかうまくいかず、今回も3人とも少しずれてしまった。
(続く)

【2008/03/04 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
今度はグラフに春野さんさよならショー
ぶりくら
久しぶりにプリクラを撮りました。大階段の狭いのみたいな背景があって、なんかポーズをしようと思って、定位置に座ったらシャッターがおりてしまい、残念。ポーズ指導みたいのがあって、ちょっと従ってアイドル風なポーズをしちゃったよん。

ああ、とうとう「宝塚グラフ」3月号にもおさちゃん東京さよならショーが載ってしまった・・・。
うれしいような寂しいような・・・。
まだまだ何を見ても探してしまいます。


●ミニエッセー570「TDR2008旅行記2」
「レイジング」は意外にスピード感はなかったのだが、くるりと1回転するのは初めてなので、なかなか楽しかった。
そして、隣のエリア―アラビアンコーストに移り、Mちゃん親子は再びゲームをし、その間私は1回目の本格的買い物をした。
次に向かったのは「ミスティックリズム」というTDSのキャラクターとは関係ないショーである。昨年はショーを見れなかったので、今回はなるべくショーを見ようという計画になっていた。
ワイヤーを使ったアクションやダンスで、空と大地、水―自然の素晴らしさを土や鳥や動物に扮したダンサーたちが表現する。宝塚や演劇ファンにはなかなか興味深いアトラクションで、何より生演奏なのが素晴らしかった。
次は、ジュニアが大好きで私も気に入っている水上の回るティーカップといった「アクアトピア」である。最初は3人で乗り、空いていたのですぐにまた並び、2回目はジュニアと私が乗った。Mちゃんは三半規管が弱いため、酔うような動きの物が苦手なのだ。
それから、景色を楽しみながら歩いて元のアメリカンウォーターフロントエリアに来て、それぞれ別れ、しばらく買い物タイムにした。
そして、すっかり暗くなった午後6時に待ち合わせたのが1日目のメーンイベント「ビッグバンドビート」という30分ほどのジャズショーの会場前。
本格的なジャズ演奏をするバンドに、外国人や日本人のダンサーや歌手、そしてミッキーとミニー、マリー、デイジーが登場。広い劇場に座る。こうなると、ヅカファンの「いつものわくわくする光景」である。
普段から多くのうまい歌い手やダンサー、演奏者を目にしている私にとっては、びっくりするくらい上手ということはなかったが、それでもそんな私をうならせたのが、ミッキー(役の方)の芸達者ぶりである。
ミッキーは、バンドのドラマー(人間)とドラム対決をするのだが、とてもうまい。一流である。しかし、私はその時点でこう思っていた。このミッキー役の方は、ドラマー専門で、この後踊る時、ミッキーは一旦引っ込んで、別のダンス専門の人と替わるのだろうと。
しかし、違った。ドラムから降りたミッキーは、前に出てきてタップやらダンスやら、軽快な動きで踊るではないか。よくぞあんな着ぐるみ姿で、ドラムもダンスもやるものである。
キャストはみんな、それぞれレッスンが大変だろう。中でもこのミッキーは、相当厳しいことだろう。この役をつかむオーディションは競争が激しそうだ。そして、給与はどうなっているのだろう・・・。ミッキー役の人は高いなど、格差があるのだろうか・・・。
夢の世界で現実的な話ではあるが、ショーを楽しみながら、裏舞台のことをつい考えてしまった。終ってから、Mちゃんともそんな話をした。
ものすごい拍手の中、フィナーレを迎えた。これはぜひまた観たい。デイジーは宝塚の羽根みたいなものを背負う。宝塚ファンにとってもたまらないひとときだった。
それから、出口付近へ行ってイタリアンの店で夕食にした。外では夜の水上ショーが始まっていた。
TDRではどこの食べ物もおいしい。私が食べたパスタのセットも最高においしかった。
その後、また少し買い物をして、ぎゅうぎゅう詰めのリムジンバスでホテルに向かった。
なぜかこの日、園内にもホテルにも「ギャル系」のお客さんが多かった。卒業旅行なのだろうか。
(続く)


【2008/03/03 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
祐飛ちゃんにエール
デザート
昨日の続きで、デザート。手前がクレームブリュレ(わっちさん)で、奥がアイス付きパンナコッタ(Mちゃん)。

<ブログ拍手コメントへのお礼>
3/1の11時ころブログ拍手に2度にわたってコメントいただいたM様。
私の方からは某イベントなどで一方的にお見かけしたことがありますが、
貴殿からコメントいただけるとは、心から光栄に思います。
いろいろお教えいただき、うれしくてたまりません。
これからも応援し続けます。
どうか、あの方によろしくお伝えください。
本当にありがとうございました。


さて、先日、大空祐飛さんが体調を崩したと風の便りに聞き、心配しておりました。
その後調子はどうでしょうか。
今月はディナーショーがあるんですよね。
行きたかったけれど、北国の空で応援しています。
祐飛ちゃん、無理しないでね。

そして、秋の「銀ちゃんの恋」、絶対観たいです!!



●ミニエッセー569「TDR2008旅行記1」
TDRとは、東京ディズニーリゾートである。1年前、久しぶりに「夢と魔法の王国」に行き、初めてシーを体験してすっかり気に入ってしまった私は、先日またまた友人のMちゃん親子とJALのマジカルツアーで2泊3日(私だけはその後東京に1泊予定で・・・)の旅に出掛けた。
今回も昨年と同じパーム&ファウンテンテラスホテルに泊まったが、昨年は英国庭園風のファウンテンテラス側だったので、今回は別棟の南国リゾート風のバームテラス側を選んだ。部屋の窓からは海が見えた。
2月21日木曜日、空港でMちゃん親子と待ち合わせた。実は、私はたびたび申し上げているが晴れ女で、Mちゃんは雨・雪女である。そんな2人が共に行動する時、「だいたい良い」か「曇り」が多い。出発も飛行機が少し遅れた。ただ、時期的なこともあり、ツアーコンダクター役のMちゃんは旅の計画を時間に余裕を持って組んだので、多少の飛行機の遅れは想定内だった。
だが、羽田に着いて、ツアーの手続き(記念品などの受け取り)をし、ホテルへ届けてもらう荷物を預け、昼食用の軽食を買い込んで専用バスに乗り込むまで、ゆとりなくスタートした。それでも「行き」はわくわくで、胸が躍った。
ところで、機内では、Mちゃんの1人娘・Mちゃん(こちらもイニシャルMちゃんなので、以下、ジュニア)が持って来ていた千代紙で、3人で折り紙をしながら過ごした。その時、ジュニアからわっちさんにプレゼントがあった。そのうち写真で紹介するが、とても素晴らしいカラフルな「花」作品のセットだ。少女時代、いや、今も折り紙や千代紙が好きな私はテンションが上がった。
ジュニアは昨年に引き続き、静かなペット・・・ゴクラクチョウのぬいぐるみ「モモコ」を連れてきていた。昔を思い起こせば、私も小さいころ、旅にお気に入りの人形などを持参していた。特にジュニアはひとりっ子なので、「相棒」がいると安心なのだろう。
3デーパスポートでの日程は、シー・ランド・シー。昨年と逆のパターンである。
午後1時ころまずシーに着いたわれわれは、昨年乗れなかった人気の新アトラクション「タワーオブテラー」を目指した。80分待ちと出ていたので、少し様子を見る間、Mちゃん親子はぬいぐるみが当たるゲームに挑戦。見事、デイジーをゲット。いきなり旅のお供が増えた。
心臓に悪い系の乗り物が苦手でフリーフォールが初めての私は内心どきどきだったが、せっかくのチャンスなので、70分待ちになった時点で頑張って並んだ。ジュニアは、乗るまでの物語がホラーっぽいというのが怖いと言って、怖いアナウンスには耳をふさいでいた。
平日のせいか、順調に進み、1時間も待たずに乗ることができた。かなり高いタワーの最上階まで、20人乗りの椅子式エレベーターで同じ方向を向いて昇る。もちろん、しっかりとシートベルトをする。そして、一気に落ちるのかと恐怖が募る中、3段階で落ち、途中2回ほど外が見えて高さを認識できる所で止まる。最初のポイントでは写真撮影があったのだが、そんなことは知らない私たち3人の写真の出来は、それぞれ大笑いだった。
すごく面白かった。また乗りたい―それが初フリーフォール経験の感想である。これが一番人気なのはうなづける。
それから記念に写真とグッズを買い、次に別エリアへ行くモノレール式電車に乗って、これまた昨年ジュニアの背が足りずに乗れなかった1回転するジェットコースター「レイジング・スピリッツ」へ。昨年、背が伸びたら優先で乗れるというチケットをもらっていたので、みんなが必死に並んでいる中、優越感にひたりながら乗り場まで優先レーン「ファストパスゲート」を進んだ。
(続く)

【2008/03/02 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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北海道発・わっちさんの宝塚な日々


北海道の宝塚・ミュージカルフリーク。 特に宝塚OG真琴つばささんと春野寿美礼さんが好きです。 北海道日本ハムファイターズも応援しています。 毎日更新しています。

プロフィール

わっちさん

Author:わっちさん
1964年生まれ。北海道在住。
1991年から宝塚ファンに。
大学職員・雑誌記者から
転身し、2010年4月より
美容アーチストとして
サロン経営をスタート。
ネイリスト・メイクアップ
アーチスト、カラーコーディネーター、
ライターです。

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