

マーノエマーノの店前。後姿は友人Mちゃんの娘、小学校3年だけれど背の高いMちー。
本日はマミさんのFCイベントのため日帰りで東京へ。
土・日、ゆっくりしたいところなのですが、明日は札幌でEXILEのコンサートがあるし・・・うへっ、忙しい~。
マミさんイベントのご報告は明日にします。
楽しみだよーーーん。
先月、ミュージカルで1列目を経験したから、当日抽選の席は今回はぜいたくは言うまい・・・

●ミニエッセー323「Kおばさん一家の武勇伝3・神様かKおばさんか③」
「うちのお母ちゃん(Kおばさん)、“A、これ食べてから行きなさい”って、何出したと思う?・・・ねこまんまごはんと煮干だよ。皿にばっーと、煮干入れてしょうゆかけてさ・・・」―それを聞いたわれわれ一家はお腹がよじれるほど笑い転げた。
やっとひとり娘が週末実家に帰ってきて、日曜夕刻に送り出すという時の食事としては、なんとも質素だ。昭和最後のころではあるが、まるで戦後すぐの光景のようだ。
Aちゃんが、1時間半ほど運転して戻るため、暗くならないうちに出発すると言っていたのに、Kおばさんはまだのんびりしていたようで、あわててとりあえず身近にある物を食卓に出したようだが、みそ汁の残りをかけたごはんと煮干って・・・ネコのごはんのようでもある。断っておくが、Kおばさんは受け狙いで、ギャグでそうしたのではない。真剣だったのである。
Aちゃんのことを私は「A選手」(高校時代バドミントン選手だったので)と呼んでいるが、「それで選手、食べたの」と泣き笑いで聞いた。A選手は、仕方ないから少し食べてから戻ってきたという。
私は、まさに天然なKおばさんの行動がおかしくもあり、その裏には、何も用意していなかったけど、娘にせめてごはんを食べていってもらいたいという愛情が見えて感激し、笑い泣きが止まらなかった。そして、すぐに家族新聞のネタにした。
そのおばさんのとにかくある物すべてを出してきて「食べさせる」もてなしは、今も変わらない。時々行くと、決して特別なごちそうではない家庭料理から腕によりをかけて作ってくれた物までいろいろとテーブルに並べてくれる。
私が数年前、出張の途中に寄った時は、これから食事付きの温泉ホテルに泊まりに行くというのに「わっちさん、お腹が空いたら食べな」と、大きなおにぎりを三つと漬物を持たせてくれた。ありがたくて、休憩スポットで食べながら涙が出た。私のお腹と心はKおばさんの愛で十二分に満たされた。
母の所に遊びに来る時も、Kおばさんはとにかくなんだかんだと作ってきたり買ったりして持ってきては、必ず「わっちさんにも、A子やS子(私の妹たち)にもあげて」と言うのだ。
駅前のパン屋さんで買ったパン一つを私にあげてといったものだから、少し離れていて、車も運転しない母が後で「夫婦にパン一つ持っていくのもなんだから、もらったことにしておいてAちゃん通じて御礼のメールでもしておいて。私が食べておくから」ということもあった。ちょっと笑ってしまったが、その気持ちだけは私には何よりもうれしく、高価なお土産だ。(続く)
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