ヅカで締める1年
たらこ
たらこ~たらこ~・・・今年のヒット曲でしたね。写真は、ゲームセンターでゲットしたとっても小さいクリップです。ゲーセン、結構好きで、1人でも行くことがあります。この時は明日のミニエッセーに登場する友人Mちゃんとその娘さんでダジャレ好きな稀有な小学生の「Mちー」と行きました。

2006年最後の記事になりました。
本年8月からこのブログを開設以来、2万2,000件以上という実に多くのアクセスをいただき、コメントをいただき、本当にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

ネット通販で買ったゆみこちゃんのパーソナル本と、ヤングスター本を読んで締めるわっちさんの宝塚な1年。
ますますすてきになるゆみこちゃん、スターさんを目指す若手たち・・・そして、生徒さんたち全員に幸あれ!!

おーい・・・まだ大掃除してないけど・・・

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えくださいね


●ミニエッセー142「友人のこと4・職場での友情②」
私が宝塚ファンになってしばらくは、職場ではほかに宝塚ファンはいなかった。いや、正確には、かつて好きだった人や興味を持っている人はいたが、私のような熱烈ファンはいなかったのである。
けれども、私は自分がファンであることをあけっぴろげにしていたおかげで、ある部署に異動した時、先輩のSさんが「エリザベートの漫画を読んで、宝塚に興味を持っている」と話し掛けてくれた。いつしかSさんとはビデオを貸し借りしたり、情報交換したり、一緒に観劇したりする宝塚仲間になった。
それ以降、ベテランファンの私は「会長」と呼ばれるようになり、同期職員を含めて数人の間に愛好会的な輪が広がり、同じ職場の主人も含めて職場の宝塚ファン率が上がった。
直接付き合いはないが、職場は大学なので、売店の書籍コーナーの品ぞろえなどからも、教員や学生にもファンがいることも分かった。つまり、ある意味特殊な世界だった宝塚が、一般大衆化してきた現われでもある。
きっと現在は、かなり多くの知られざる「愛好会」メンバーがいるのだろう。けれども、私の観劇頻度、入れ込み度合いにはもちろん、追随できる人はいない。だから、会長というのは、確かに職場では正しい呼び名かもしれない。
ところで、私は絶対に周囲の人に無理に観劇を勧めたりすることはしない。やたらと感化しようと無理強いするある宗教の信者のようにはなりたくないのだ。あくまでも個人の趣味である。好きな人だけがその人なりに楽しめばいいのだ。
宝塚の情報やお土産も、心から喜んでくれる人だけに伝え、差し上げる。話も何か聞かれたら答えるが、自分からは余計なことは言わない。職場の宝塚仲間たちとも、同じ編集部のFさん以外とは皆居る場所が離れているのもあり、たまの交流しかないが、それくらいがちょうど良いのだと思う。(続く)



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【2006/12/31 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
クロニクル2006私
せっけん

これは食べられませんよ~。手作り洗顔せっけんです。天然素材とアロマオイルと紅茶の葉で作ったものです。(使用前の状態)今度日本茶でもやりたいなあ。

今日から正月休みです。
先日CS恒例の「クロニクル2006花組編」(一年間の花組公演やイベントのダイジェスト)を観て、つくづく今年も自分がよくおさちゃんを、またマミさんを追いかけたものだと思いました。

やらなければならないことがありすぎて・・・だめだこりゃぁ・・・正月中に終わりそうにない・・・


●ミニエッセー141「友人のこと3・職場での友情①」
職場で良き友人に出会えるとは、勤める前には期待していなかったことだ。
初めに配属された部署では、女性の正職員は私1人だったが、7年間に私より少し年上から少し年下までの4人の女性臨時職員(アルバイト)の方たちとの出会いと別れがあった。
そのうちの2人とは、長く一緒に仕事をし、プライベートでも何かとウマが合ったこともあり、今でも年賀状のやりとりをしている。
もちろん誰とでも、仕事中は仕事優先のドライな関係だが、休憩時間や一歩仕事を離れれば、女性同士で話が弾むのは、やっぱり楽しいものだ。
その後も現在に至るまで、異動の先々で臨時職員や派遣職員の方たちとは仲良くさせていただいてきた。既に退職した方の中でも、今も付き合いのある方もいる。
今まで、職場の女性の先輩などが、アルバイトや派遣職員の方たちに対し、正職員であることを傘にめいっぱい威張りちらし、嫌な思いをさせてきた例を見てきた。私は学生時代、自分がアルバイトととして、女性の世界の中で嫌な思いをした経験がある。その中で女神に感じた正職員の方もいた。それを考えれば、自分の取る態度は自ずと答えが出る。
正職員をサポートしてくれる立場の方たちには、本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。特に現在は、とてもぜいたくな環境で仕事に集中させてもらっている。
私の居る編集部では、仕事も気配りも抜群にできる私よりお姉さんのFさんと年下のKさんに公私共に支えてもらっている。というのも、Fさんは宝塚仲間でもあり、仕事を離れた部分でも縁が深く、Kさんとは体質が似ているため、持病やかかる病気が大部分同じで共通の話題が多いのだ。
心強い2人がいなければ、今の部署ではやっていけなかっただろうとさえ思う。ベテランの男性たちの中で、何とかプレッシャーに負けず立っていられるのは、2人の存在が精神的にも救いになっているからである。
今後、職場でのこんな素晴らしい出会いはないだろうと思っている。
ところで、職場には、ほかにも宝塚仲間がいる。
(続く)
【2006/12/30 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
仕事納め、でも本業は・・・
裏

昨日アップしたツリーの引き出しを一つずつ裏返して並び替えると・・・こんなん出ました~。Nつんは知らなかったそうです。ちなみにスターバックスさんの商品です。

昨日は久々に残業してしもうて、
ますます喘息系の咳がひどくなったっす。
本日で今年の仕事収め。
最後も残業だべか(北海道弁で失礼)・・・。
本業のヅカ関係では、正月の旅支度がまだありますねん。
それから、明日から少しずつでも、観てないDVDなどの消化、頑張りたいです。


●ミニエッセー140「友人のこと2・Nつん②」
Nつんと私は、不思議なことに下の名前がとても似ている。しかも、今では珍しく互いにきょうだいが多く、長女である。順番は違うが、男女の比率まで同じだ。ついでに、甥っ子(互いに妹の子供)の名前がまったく同じときている。
それから、お互い職場では、部署異動があり、泣き笑いストーリーがある。出会ってから私は1回、Nつんは数回異動している。お互い、ちょいとばかり事務能力があるばかりに、ついつい頼られて仕事をまかされがちなところも共通している。(ただし、現在私は事務系ではなくなった)
逆に違う所を挙げれば、舞台の観方かもしれない。私はあくまでも自分の世界の域を出ないが、彼女は私より早くから舞台を観ている人で、演劇全般についてプロに近い知識がある。同じ作品を観るのでも、まったく違う視点で観ていることがあり勉強になるし、洗練されていて鋭い彼女の感性は、刺激的な指針にもなる。
そんなこともあり、おさちゃんのことはもちろん、宝塚以外のことでも分かり合えることが多く、今ではメールの「調子」一つで、互いの心身や周辺がどんな状態なのかがだいたい推察できる。同時刻に互いを心配し、メールを送信していたということも何度もある。まさに以心伝心だ。
近くにいれば、彼女が何かと大変な時にもっと助けてあげたり、支えになれることもあるかもしれないのに、年上のこちらが世話になりっぱなしで、歯がゆく感じることもある。
けれども、遠く離れているからこそ、お互い周りには打ち明けられないことも聞く役目が果たせているのかもしれない。吐き出せるということだけでも、救いになることがある。
特に花組公演期間は、チャンスがあれば一緒に観たり出待ちしたりするが、彼女は付き合いが広い人だし、ファンクラブへのかかわり方も地方人の私とは違う。私も旅の日程を必死にこなす中、互いの無事を確認できたとしても、じっくり腰をすえて話ができる時間はなかなかない。が、そうであっても気持ちは通い合っていると私は信じている。
Nつんとは、おさちゃんが退団後も一生付き合っていきたいと思っている。そして絶対、Nつんには幸せになってもらいたい。彼女自信が望む道を健康で、きらきらと歩んでいってもらいたい。
大人になってから、固い友情を築けるというのは、大変貴重なことだ。「同期」と呼んでいるAさんも、家族のようなNつんも、またほかの宝塚仲間たちも、宝塚を愛したからこそ得られた心のともしびである。
私は本当に素晴らしい趣味を持った。(続く)
【2006/12/29 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
おさ手帳2007
表

誕生日に友人Nつん(ちょうど今回のミニエッセーに登場)にいただいた可愛いミニ引き出し付きカレンダーツリー。なんと、引き出し一つずつにおいしいチョコが入っていました。そして、この引き出しには贈り主も知らなかった仕掛けが・・・明日、写真をアップします。(まだクリスマス気分)

先週、FCからおさちゃんの写真満載の2007年手帳が到着。さらにおさちゃんやマミさんのシールを貼ったり、決まっているスケジュールなどを書き込んだところです。
慣れ親しんできたこのオリジナル手帳も最後なのかなと思うと、切ないです。
実は、前々からそれを覚悟して、今年は2冊購入したので、1冊は保存版に・・・なんて、再来年、日付書き換えて使っていたりして・・・そういうことするんですよねぇ、わっちさんは・・・ばか


●ミニエッセー130「友人のこと1・Nつん①」
すてきな友人がいる私は本当に幸せだと思う。
喜びをわかちあう。何かにつまづいて転んだ時、手を差し伸べてくれる。時には自分で起きなさいと叱咤激励してくれる。一歩踏み出せないでいる時に背中を押してくれる。あるいは元気でいてくれるだけで励みになる―友人は、大切な財産である。
今回から、年をまたいでしばらく友人について話したい。「友達」と呼んでもいいのだが、うんと年下から年上まで、いろいろな付き合い方があるという意味で、あえて友人と表現する。
なお、登場の順に意味はなく、宝塚仲間、職場仲間、子供のころから学生時代の友人との出会いを中心に進めたい。

たまにメールしたり、劇場で会えばあいさつしたり、話す程度の宝塚仲間は数人いるが、職場以外で付き合いが深い宝塚仲間は2人だけで、2001年に出会った大切な同期Aさんのことは以前述べた。
その前年に私は今回の主人公、Nつんに出会った。日記やエッセーにも時々登場する10歳以上年下だが、しっかり自分を持ち、頭が良く、礼儀正しく品格のある東京のOLである。
生きてきた日数だけいうと彼女は私にとって、妹であり、息子(私もおばさんというより気持ちがおじさんぎみで、彼女もかっこいい人なので、ファントムのキャリエールとエリック父子のような気がする)のような存在だが、彼女にはこの7年近くさまざまなことを学ばせてもらっている。
今では、おさちゃんファン同士だが、出会ったのは以前少しだけ触れたが、マミさんの「LUNA/ブルー・ムーン・ブルー」東京公演だった。インターネットのある宝塚ファンサイトを通じて、私が余ったチケットを彼女に譲ることになり、当日1000DAYS劇場(現東京宝塚劇場建設中の仮設劇場)前で待ち合わせた。
それまでも何度かいろいろな方と直接チケットのやりとりをしていたが、彼女は取引きが済むとさようならというほかの誰とも違っていた。人見知りの私の雰囲気をすぐに察知したのか、「本当に○○さん(私を見つける目安として告げていた似ている女優の名前)にそっくり!」と人懐っこい笑顔を向けて、明るく気さくに話し掛けてくれた。
さらに、劇場のロビーで、「久しぶりの宝塚を職場の先輩と観ようと思っていたのに、チケットがなかったので、本当に助かりました」と、先輩のKさん(のちにKさんとも知り合えた)と共にあいさつしてくれた。どんなにできた人であっても、通常はここまでである。
しかし、Nつんはその後、感想も含めたお礼メールをくれたので、それに返信、また返信とだんだん話が弾み、いつしか「メル友」になっていった。
そして数カ月後、マミさんの退団発表があり、すぐにメールがきた。「大丈夫ですか。マミさんといえば、わっちさんなので気になって」と。それはとてもさり気ない一文だったが、温かくて心にしみた。
たった1度だけ会い、離れた所に暮らすメル友に対し、ここまで心情を察してくれるとは・・・。その後、メールの頻度が増していったことは言うまでもない。
例えば、私が劇場のそばに住んでいる、人脈がある、宝塚に知り合いがいるなど、付き合って宝塚生活に利がある人物ならば付き合いを深めようというのは分かる。けれども、Nつんには計算などなく、ただ「わっちさんに興味があるし、楽しくて」と、宝塚以外のこともいろいろと話してくれるようになり、マミさんのラストスパートと共に走り出した私も心の扉を開いていった。
特別に宝塚仲間は作るつもりのなかった私だったが、いろいろと語れて分かり合えて、情報交換ができる仲間というものは良いものだと、彼女に気付かされたのである。
それから間もなく、彼女は数年ぶりだという「ひいきのスター」を見つけた。というか、恋に落ちた。それがおさちゃんこと花組の春野寿美礼さんだった。
マミさん退団後、私もNつんと花組を観るようになり、お茶会に行くようになったからこそ、おさちゃんにひかれたわけだが、それがなければ、それからの充実の時間はなかった。とにかく、感謝でいっぱいである。
おさちゃんと、そしてNつんと駆け続けている日々のことを、やがてゆっくり振り返ることができる日が来るだろう。(続く)


【2006/12/28 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
村花組チケットそろう
ココア

昨日アップした写真の喫茶店でよく頼むブランデー付きのココアです。お酒が飲めない私ですが、少し入れると最高ですね。“かっか”したまま観劇することもあります。笑。

昨日、乗り出す・・・とか言った先から、次々とゲットでき、一般発売前に村の花組チケットをそろえてしまいました。
友の会で当選した分や一部の貸切が2階なので、予定より観劇回数を減らした代わりに、1階の良席で観ることに。
これで、もう東京公演のことを集中して考えられます~。
順当?な配役発表が。でも、どんな演出か楽しみです。
退団者の発表も寂しい限りでしたが、心から今までの感謝と旅立ちへの祝福を贈りたいです。


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方11・宝塚以外のコンサート編」
若いころは、終始「総立ち状態」でも平気だったJ-ポップ系コンサート。今は時々しか立てない。すぐ疲れるからだ。特に子宮摘出手術を受けてからは、あまり暴れると傷に響く。
前の人が立てば、見えなくなるのがつらいが、歌さえ聞ければ良いと思うこともあるし、アリーナなどの会場ではモニターがあるので助かる。
しかし、年に数回、若者に混じって、好きなアーチストのコンサートに行き、宝塚とは違って発散できるのもまた楽しい。
私は1人でも平気だが、コンサートは誰かと一緒に、積極的に会場の雰囲気づくりに参加してこそかもしれない。
コンサートによっては、この曲では共に手の振りをやるとか、一緒に歌うとか、角松敏生さんのコンサートのようにある曲では必ずお客さんが紙飛行機を飛ばすなど、「お約束」を知っていたらなおさら楽しいし、知らなくても周囲に同調して乗ることが大事だ。
私はどちらかというとダンサブルな音楽が好きなので、できればノリノリに一緒に踊りたい方だ。バラードばかりが続くと飽きる。たまには優雅なクラシックやジャズもいいが、舞台と客席の一体感を味わえるという点でJ-ポップのソウル系コンサートは良い。
札幌で観ることが多いが、観劇の旅と日程が合えば東京や大阪で観るようにしている。
ところで、人気アーチストのコンサートは、これまたチケットが取り難い。オークションなどでえげつない高値になり、それしか入手方法がないことがあり、悲しい。
ファンクラブに入っていても先行予約が抽選だったりして、運任せだ。
それでも生でステージを観て、感動をもらうと、チケット代はどうでもよくなるものだ。
アーチストが、手抜きをせず、心を込めて務めてくれた時は、さすがにプロだなと思い、観客としても感謝を込めて、精一杯の声援や拍手を送りたくなる。
今度、初めて「お笑いライブ」を観る。何もかも忘れて、心から笑いたい。笑いは、免疫力アップにつながると信じている。笑う門には福が来ると思う。
いずれの舞台も、演者と客席の「思い」のキャッチボールがあって成り立つ。これからもそんな空間に有為な観客として存在し、楽しみたい。


【2006/12/27 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
チケットゲットに乗り出す
さてん

東京の宝塚ファンにはこの写真だけで、分かるかもしれませんが、友人のNつんに教えていただいて以来大好きな日比谷の喫茶店内です。大正ロマン風なんですよね。

まだ、一般発売前の高値時期ですが、村の黒蜥蜴チケットゲットに乗り出したとです。
ふいに、またまた別の貸切も当たったとです。
わっちさんです、わっちさんです、わっちさんです・・・(懐かしいヒロシさん風)

いよいよ黒蜥蜴、配役発表か?


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方10・外部ミュージカル等編」
劇団四季については既出なので、ここでは除く。
外部の舞台であっても基本的にチェックする部分は宝塚と同じだが、何せ本当の男性が出演しているわけで、時々はっとすることがある。ラブシーンなど、ああ、やっぱり男性がいると、舞台はリアルになるものだなと感じる。
しかし、それだからすべて良いということではなく、演目によっては、男性ではなく、女性が演じる「男役」だったらすてきだろうなと思わないこともない。常にもしこれが宝塚だったら・・・と、開演中ずっとではないが、想像している自分がいる。
「夢の配役」もやる。観ながらすべての組にあてはめているわけではないが、この役をおさちゃんがやったらどうかとは考える。
外部の舞台では、厳しいオーディションを勝ち抜いて役に就いている俳優、女優が多く、特に皆さん歌唱力が優れているので、安心できるし、初めて見る方のエネルギーに感動したりして楽しい。
時々、昔テレビでよく見た懐かしい方やあこがれていた役者さんが出演していることがあって、感無量になる。
また、宝塚OGの活躍もうれしい。OGの主演作品を観に行くことが多いのだが、アンサンブルとしても活躍している。どんなに端にいても生き生きと踊ったり、エキストラをしている。やっぱり舞台が好きなのだろうなと感心するし、より実力主義の世界で頑張ってほしいと願わずにいられない。
年に1度くらいだが、歌舞伎を観る。観る前は、難しいのではないだろうかと心配だった。しかし、音声ガイドで観ながら解説も聞けるし、ことのほか様式美や普遍的で分かりやすい展開が面白くて、これは決して古くならない素晴らしい日本文化だとひかれてしまった。
特に、学生時代国文学の中でも古典を専攻していたし、日本の歴史も好きなので、私にうってつけだった。
慣れない時は女形の化粧や声が気持ち悪いと映ったのだが、よく観察すると現代の日本女性が忘れてしまった何とも美しい所作をしている。究極の女性だ。宝塚の男役の魅力と同じである。
最初は札幌での地方公演を観たのだが、その後東京の歌舞伎座に行き、独特な雰囲気に触れることができた。プロマイドや記念グッズが宝塚以上に高値だったことには驚いたが、お弁当などもたくさんあって、リピーターのことが考えられている。
また、客席に熱心な外国人も多いのも特徴だ。
能(能面の奥深さに興味がある)や狂言の体験はあるが、いつか浄瑠璃も観たいと思っている。
ちなみにバレエ公演は苦手だ。どうも眠くなってしまう。道産子の熊川哲也さんのジャンプはすごかったが、いくら宝塚ファンでも、私の場合歌やセリフがないとどうもだめらしい。
とにかく宝塚な日々の中、たまに違う舞台を観るのは、良いスパイスになる。(続く)
【2006/12/26 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
余韻のクリスマス
銀座宿

私の銀座の定宿の部屋のうちの一室ですが、この部屋に当たると、すっごく上にテレビの画面があるんですよね・・・苦笑。

みなさま、メリークリスマス。
まだ旅の余韻に浸ってます。。。
本日は、わが職場ではほぼ仕事はなしで、礼拝とパーティーで、昼過ぎに業務終了。
旅帰りなのでありがたいのですが、こういう時に限って仕事が忙しいわっちさん。たまってる編集原稿どないすんねん・・・。

♪悲しみは~明日にしよう~(得意技)

さて、「ヘイズ・コード」ですが、実力派のとうこ・あすかコンビはすでに息が合い、素晴らかったです。本当に喜ばしかった。特に花組ファンとしては、あすかちゃんの生き生きした舞台姿に感動でした。
とうこちゃん、のどの調子が悪いながらも台詞を低く抑えてしゃべり、頑張っていました。歌は録音だったように感じましたが・・・。早く回復しますように。
作品は、面白かったといえば面白かったのですが、多い伏線や映画の規制にまつわる小難しい背景がちょっと抑えられていたら良かったなと感じました。それぞれの役を説明しようとするあまりなのか、時々何の話だったか混乱しました。もう少しだけポイントを絞っていたら、もっと主人公たちの恋やキスシーン3秒ルールのことが生きてくるのでは・・・。
立樹さん、涼さんは適役で魅力的でした。
若手では今まで美弥るりかさんが気になっていたのですが、まだ女の子っぽくてかわいいという感じ。そして、いつかすてきになるだろうと思っていた紅ゆずるさんがやばい出来でした。めちゃくちゃ舞台化粧が美しくて、わっちさんは参ってしまいました。
タップはなかなか良かったなぁ。

それから、息がつまりそうになった出来事その1。なんと22日夜の客席に、懐かしい、道産子のねったんこと退団した夢輝のあちゃんが!!短髪で、スタイルも昔のまま。ああ、道産子トップ二人目になってほしかったなぁ・・・。元気そうで良かった。どうか幸せにね。
そして、もう一つ。24日は出演者が客席降りの時、クリスマスプレゼントにキャンディーの入った袋を幾つか配布してくれたのですが、わっちさん、華美ゆうかちゃんから直接渡していただきました。通路席で良かった!!星組さんのドラマシティでクリスマスにキャンディをいただいたのは、これで2回目。星組さん、ありがとうございました。


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方9・ディナーショー編」
ディナーショー(DS)は、経験がない人の中には、ディナーを食べながらショーを観るものだと思っている方もいるようだが、1時間半くらいをかけてのフルコースのディナーを食べ終わった後、飲み物だけ残してテーブルが片付けられてからショーは始まる。ショー自体はたいてい、1時間くらいである。
1人ウン万円のひととき。DSは、テーブルマナーを心得ている人でなければふさわしい場とは言えないし、ほぼ客席が大人なのがいい。
1日2回ある場合、料理の内容が1回目と2回目では少し変わる。両方に出席する人のためへの配慮であろう。私はまだ1日2回という経験がないが、話を聞くとさすがに食べきれないので、料理を少しずつ残す、どちらかのデザートは食べないなど、調整しているようだ。
飲み物は、各種ソフトドリンクのほか、シャンパンやワイン、ショーにちなんだオリジナルカクテルなどが食事中何度でも頼める。給仕さんが、デザートの後、ショーを観ながら飲む物のラストオーダーを取りに来てくれる。
お酒の飲めない私だが、オリジナルカクテルは一度は記念に頼む。なるべく水も多く飲んで、酔わないようにしている。
ラストオーダーからショーが始まるまで少し休憩があるが、会場フロアの女性トイレは大変混み合う。私は、北海道以外ならばその会場のホテルに泊まるため、時間に余裕があれば一度自分の部屋に戻って化粧直ししてから席に戻る。
普段着で出席している人もいるが、やはりDSではドレスアップして気分を高めたい。客席も華やかで初めてDSらしいと言える。化粧も爪も気合を入れる。今度私は着物で出席したいと思っている。
ショーはもちろんだが、ホテルの腕のバロメータでもある食事も重要ポイントだ。プログラムのメニュー表なども見ながら目でも楽しむが、芸術的な盛り付けのデザートなどが出てきた時は、失礼して写真を撮っておくこともある。
連れがいれば、多少おしゃべりはするが、私は1人のことが多く、隣の知らない方とはあいさつはしても、あえてあまり話さない。「いつからファンなんですか」「何回目ですか」「どこからいらしたんですか」などという話が嫌だ。ホテルに入った時からもう夢の世界がスタートしているから、現実を忘れたいのだ。
DSでは、必ずスターの客席降り、客席回りがあるし、後方にお立ち台が設置されている場合もあるが、舞台を観やすい席を確保したいものだ。テーブルだけ指定されていて、その中のどの席に座ってもよいという場合は、なるべく早く行って、舞台の方を向いている椅子の席を取ることだ。ショーになれば皆、椅子を動かして舞台の方に向くが、飲み物やオペラグラスが取りやすいのがやっぱりいい。
スターが近づいてきたら、せっかくだから萎縮せずにわずかに微笑みながらじっとスターの目を見つめる。(実際は顔が引きつっていよう)
ちなみに、私のDS初体験は、20年前、22歳の時。子供のころから、社会人になったら絶対行くと決めていた、あこがれの西城秀樹さんの札幌のホテルでのDS。そのためのドレスも買った。
当日、ちょうど通路の切れ目の席で、秀樹さんが近づいてきた時、勇気を出して当時よく行なわれていた「スターに汗をふいてもらい返してもらう」ためのハンカチを差し出した。秀樹さんは、歌いながらふざけて体中をふく真似をした上に、2回も私と握手をしてくれた。中学や高校の時、コンサートに行ってレコードを購入して握手してもらって以来の大きくて温かい手だった。
「夢はかなうものだ」ということを教えてくれた至福の夜だった。(続く)



【2006/12/25 00:02】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
再び星組ドラマシティ
東宝雪

クリスマスイブの本日は東京の雪組さんが千秋楽ですね。これは、私が行った時の東京宝塚劇場。2階ロビーから1階を覗きました。あらためて、コムちゃん、まーちゃん、ほかの退団者の皆さん、そして、雪組ファンの皆さん、お疲れ様でした。

今日は再びドラマシティでとうこ&あすかちゃんを観て帰ります。明日付けで感想を書きます。

昨日のホテル阪急インターナショナルでのマミさんDSは、男役風の格好もあり、すぐ近くで目を合わせられ、またまた一生懸命な姿にうるうるで、本当に幸せでした。
なんと、食事のデザートに、マミさんがデザインしたチョコで書かれた絵のついたホワイトチョコがついていました!!うれしいよお。写真は来年1月のいつか(笑)公開します。
サイリューム(ぽきっと折って光る棒)が1人ずつに用意されていて、ショーで使った後持ち帰り、良い記念品になりました!!
わっちさんはトークが楽しみなんて言ってましたが、なかなか今回は歌も頑張ってました。声が出ていた~。ダンスもたくさんあって、うはうはでした。
マミさん、すてきなクリスマス(イブイブ)をありがとう!!
オリジナルカクテルもおいしかった~(少し酔ったねえ)


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方8・宝塚のコンサート、イベント編」
宝塚の通常公演の観劇に慣れてしまうと、参加型のコンサートに行っても、最初のうちは大人しく観てしまいがちである。
外部(宝塚以外の一般のという意味)のコンサートでの私の楽しみ方は、別章で述べるが、宝塚スターが行なうコンサート形式の公演は、やはり外部とは別物である。
特に決まりがあるわけでもないが、キャーキャーと騒いだり、立ち上がったりという場面は限られていて、客席の笑い一つとっても、節度と品があって宝塚らしくて良いなと私は思う。
普段は、トップスターのさよならショーや特別な公演の千秋楽などでしか登場しないペンライトなどのいわゆる光物の使用が許されるので、楽しい。
また、ファンクラブで作ったコンサートグッズなどに、それぞれのアレンジを加えたりして持参することもある。ジャニーズのコンサートの客席で見掛ける、うちわの周りに羽根やきらきらしたものがついている、あの雰囲気である。
スターの素顔が見えたり、客席降りが多かったり、観客が声を出す場面があったり、アンコールが多かったり、新鮮な感覚がする。
コンサートやイベントものについては点数を付けることもないので、とにかく楽しければいいと思って観る。ただ、リピートするものについては、やはり徐々に「マイ見所」をつかみ、自然とポイントを置いて観るようになるものである。
トークショー(OG含む)は、話を聞いて、あとはプレゼントの抽選があるというパターンが多いが、時に事前のアンケートにより客席から本人が直接スターに質問できるコーナーが設けられる場合もある。
私は、今まで参加したそのタイプのトークショーでは、光栄なことに100%選ばれている。つまり、名前を呼ばれ、マイクを持たされ、自分で書いた質問を読んだのだ。よほど変わった質問だったのかもしれないし、わざわざ北海道から来ているからというのもあった。
せっかくの機会。自分も思い出に、そしてスターや客席をも楽しませてなんぼだと思い、緊張しつつもただでもよく通る声をさらに張って質問した。
あるトップスターのトークショーの時、司会者がスターより派手なかっこうをしていた。私は、アドリブをかましてみた。
「あのう、今日は○○さんの方が派手でびっくりなんですけど、○○さんに普段のファッションについての質問です・・・」。
会場は沸いた。
「すいません、気合を入れすぎました」と司会者。スターもばか受けし、かなり盛り上がってしまった。
当てられても緊張から小声だったり、何もしゃべれない方もいるが、私は、場をしらけさせてはせっかくの楽しい雰囲気が台無し、客もこのかけがえのない時間を一緒に創出しているんだと意識し、当てられた時のことを考えて事前にシュミレーションして行く。
幸いにも、90周年の運動会も会場に居れた。とにかく、コンサートやイベントなどは、「特別」と心して、わくわく&勇気でのぞむ。(続く)



【2006/12/24 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
エリザと星組とマミDS
トークショー行列

数日前、本日泊まっているホテル阪急インターナショナルで、香寿たつきさんのディナーショーがあったんですが、都合がつけば行って、素晴らしい歌声に酔いしれたかったなぁ・・・。
写真は、そのたーたんと浅倉大介さんの札幌でのトークショーに雪の中入場する人たちの列でございます。(11月22日)

昨日は、梅田芸術劇場での「エリザベート来日記念コンサート」と星組ドラマシティ「ヘイズ・コード」を観てきました。
「ヘイズ・コード」はまた明日も観るので、後々感想を書きます。
「エリザコン」は、感激のあまり涙が出ました。
ウィーンからエリザ、トート、ルドルフが来日し、トークとまるで本編のような迫力のコンサートを展開。
宝塚OGからはトークでずんこ節が健在な姿月あさとさん、理知的な初風緑さん、退団が惜しまれる美々杏里さんがトークに出演。ずんこさんは、コンサートでもトートとして復活。1月のガラコン以来、すてきでした。
サンタのようなかわいいおじさん、作曲者のリーヴァイさんがトークと指揮で活躍。
終始拍手がものすごく、アンコールもなかなか止まりませんでした。まだまだ聞きたかった・・・。
奇跡のようなエリザのマヤさんの歌声、みなさんの迫力。宝塚版も東宝版良いけれど、本場もまたたまらんですね。やはり、魔法のような作品です。

そして、本日はマミさんのディナーショーオンリーでした。
と、言っても私は3時の部だったのでディナーというより遅いランチだったんですけどね。
ご報告は明日付けの記事で!!


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方7・ひいき組東京千秋楽前日と千秋楽編」
千秋楽の日曜と前日の土曜は、特別な貸切公演がある場合を除いてはフルに4回観るようにしている。やはり、どうしてもおさちゃんだけを見つめながら・・・。
土曜日、新千歳空港からの朝一便に乗れば、11時公演に間に合うのだが、交通機関には何が起こるか分からない。こればかりは遅れたくないため、金曜の夜、仕事が終ってからそのまま空港へ行き、東京入りすることにしている。
定宿のホテルでも「わっちさまは順調なら金曜の夜10時ころ着く」と心得ていて、エレベータから降りるやいなやフロント(2階にある)のデスクに宿泊者カードがサイン以外すべて記入された状態で、出ているから笑える。
やはり、千秋楽の前日と当日は、どの公演も盛り上がりを見せる。舞台にも客席にもみなぎる高揚感は、なんとも言えない。
また、入り待ちや出待ちも、どこのファンクラブも熱気がすごい。
この2日間は、なるべく良い席で観たいという気持ちがある。「良い」というのは、決して「前の方」という意味ではない。前方で、しかもセンターブロックが良いのは当然だが、その公演によって、舞台でのおさちゃんの居場所や目線の位置、客席降りの状況などが異なるので、自分なりのベスト席が上手寄りだったり、下手寄りだったりするのだ。
見易さの点からいうと、10列目くらいのセンターが良いような気がするのだが、東京の座席は狭いので、圧迫感や出入りしにくいというマイナス面もある。
ラスト4回に関しては、いつも以上に相当集中して観る。それでもまだ土曜は気が楽だが、日曜のいわゆる前楽と千秋楽は、また緊張も加わる。
千秋楽は、CSで撮影されているし、あまり激しいアドリブは禁止されているケースがあるようで、前楽にコアなファンにはかなり楽しい「お遊び」が見られることがある。それは見逃してはならない。
千秋楽は、いつもさまざまな思いがめぐる。
夢と感動をくれた生徒たちに対する感謝とねぎらいの気持ちはもちろんのこと、公演中にできたたくさんの思い出、お世話になった友人のこと、大劇場から数えれば北国から何往復もして、何十回と観劇した自分のこと、送り出してくれてた主人のことを思い浮かべる。
そして、1回1回でもそんな気持ちになるが、フィナーレが近づくほど楽しかった日々が終ってしまうという寂しさが襲ってくる。次に新たな公演が待っているとしても、その寂しさは不可避なものだ。
ところで、トップスターが退団する時は、日曜は1回公演となるため、2日でラスト3回ということになる。
おさちゃんのラスト3回を、泣かずに観るということはとても無理に思えるが、その一瞬一瞬をしっかりまぶたに焼き付けようと心に決めている。(続く)

【2006/12/23 21:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
今年最後の旅・大阪へ
ファクトリー

クリスマスシーズンに入ったばかりのころのサッポロファクトリーの一角。東京の恵比寿ガーデンプレイスの札幌版といったところ。今は札幌ももう少し雪景色ですが・・・。

本日は早朝の便で大阪へ飛び、まずはエリザ来日コンサートと「ヘイズ・コード」を観ます。
都合により、明日のご報告の記事はいつもと違い、夜の更新となりますので、よろしくお願いいたします。


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方6・ひいき組東京マイ初日から千秋楽の前週まで編」
もう十分大劇場でも観てきて、東京ではいくらマイ初日でも緊張はしないだろうと思うのだが、これはこれでドキドキするものである。
というのも、どの組もそうだと思うが、大劇場を経て、脚本に変更が生じたり、そうでなくても生徒の役への取り組み方、曲のテンポなどが変わるため、雰囲気の違いが楽しみなのである。
それが良い方向にいっていればうれしいものだし、「?」と感じることもある。
2回目以降の話だが、おさちゃんのファンクラブ(FC)員である私の場合は、東京ではFCに取り次ぎいただいた席で観る場合とそうでない場合で、観方が異なる。
FC席は、周囲も同じファン仲間であることが多く、おさちゃんもそこがファンクラブ席と分かっているから、やっぱり周囲に同調し、おさちゃんに大注目で観る。
自分で用意した席では、例によって自分なりのテーマ観劇をする。なるべく似通った場所でなく、いろいろな席で観るようにしているが、2階席の場合、なるべく全体を観ようと思う。だが、これもまた結局オペラグラスを向けた先には、おさちゃんしかいなかった・・・ということもなきにしもあらず。
東京では、生徒個人の細かい点数付けはしないし、「夢の配役」もあらためてはやらない。やっぱりおさちゃんを堪能したいという心が働くのだろう。
大劇場から通して、数回観ることになる貸切公演については、観劇慣れした宝塚ファンが多い場合は良いが、一般のお客さんが多い貸切では、マナーを知らない人がいてざわついていたり、拍手が少なかったりで盛り上がらないことがあるので、あまり集中できない。いずれにしても、何らかの貸切公演用のアドリブは楽しいものだ。
以前にも述べたが、FC総見では、拍手はしなければならないし、オペラグラスでおさちゃんをおっかけなければならないし、まったく忙しい。そして、楽しい。楽しすぎる。幸せでたまらない。必ずおさちゃんがわれわれに舞台から反応してくれるからだ。そりゃあ、2階の総見席は、大変な熱気に包まれる。
そして、観劇が終ったら「お茶会」という日は、朝から気もそぞろな感じである。
そして、観劇前後には入り待ちや出待ちもある。それなりに楽しいが、体力を消耗する。あまり無理せず、可能な時に参加するスタンスの私だが、あくまでも楽しく観劇することを優先したい。行事ごとに疲れて観劇中ついつい居眠りしないように気を付けている。
そうこうしているうちにあっという間に千秋楽が近づく。大劇場のマイ初日には、まだまだ先があると思っていても、振り返ればとにかく数カ月が早い。最終的な旅へ向けて気合も入るが、一方でだんだんと寂しさが押し寄せてくる。(続く)
【2006/12/22 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
明日を思えば
市川

先月初めて行った千葉県の市川市文化会館です。ここではよく全国ツアー公演が行われますが、都心からそんなに離れていなくて、ほんと、羨ましい・・・。

今日は道内ですが、1日中取材出張で、出掛けます。
明日からの大阪への旅のことを思うと頑張れる自分がいます。
いつも1人で行く取材ですが、今回は妹を助手兼モデルとして連れて行きます。


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方5・ひいき組大劇場等2回目から編」
動揺ぎみのマイ初日から少しは成長する2回目、そしてそれ以降。
少しずつ慣れてきて冷静になり、すでに3回くらいで、だいたい全体のセリフや歌詞や所作も頭に入って、見逃しなどもなくなる。つい、おさちゃん登場の少し前からオペラグラスを構えてしまう。ほんのわずかでも見つめていたいファン心だ。
そこまでくると、後はリピートする中で「今日は全体を観よう」「今日はこの生徒に注目しよう」「点数をかためよう」「今日は席が近いから、細かいところまで観よう」「オペラグラスなしデーにしよう」などと、自分なりのテーマを決めて観るようになる。
毎回の舞台上の変化やオーケストラが交替した時も分かる。アドリブなどがあると、それが楽しみになり、心待ちにすることもある。
しかし、テーマを決めても、やっぱりおさちゃんばかりを追い掛けてしまい、終ると「全体など全然観ていなかった」ということもしばしばだ。
すっかり馴染んでしまうと、ファン仲間同士とのメールや会話も公演になぞらえたものが多くなり、弾む。あそこは良くないなどと、評論家にもなってしまう。
CSの座談会やダイジェストもより楽しめる。
そして、大劇場公演の場合は、よほどの事情がない限り駆けつけて、千秋楽を観るのだが、これまた劇場に緊張感が漂うし、いやがおうでも自分も気構えるものだ。それは、初日とはまた別の心境である。
たいてい公演中から退団者や異動者に対する組の粋な計らいがあり、ショーの後には、セレモニーがある。花組の生徒はみんなかわいいので、いつも胸がいっぱいになる。そして、おさちゃんにもこの日が来るのだと、どうしても考えてしまうのだ。
また、毎度のことなのに緊張するのか、ついついあいさつを噛んでしまう何ともかわいらしい夏美よう組長にも違う意味で緊張してしまうし、素顔が垣間見えるおさちゃんの最後のあいさつやアンコールも一瞬一瞬目に焼き付けようと逃さず見守る。
舞台に立っているわけでもないのに、劇場を出る時にはくたくたになる。
その上に出待ちをするファンは大変だなと思う。飛行機の時間の関係で、私は花組の大劇場千秋楽の出待ちは未経験だが、「その時」はするだろう。
でも、大劇場の場合はまだ少し気持ちに余裕があるというのが、真実だ。「まだこれから東京公演がある」―その思いからだ。(続く)
【2006/12/21 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
ディナーショーの練習?
横浜アメニティ

ホテルのアメニティ好きなわっちさんとしては、このショットは押さえましたね~笑。(ホテルモントレ横浜)

本日は、仕事が終ったら札幌ススキノへ行き、忘年会でございます。私はひたすら食べるの専門ですが・・・。

あさっては、大阪へ出発ですが、23日マミさんのディナーショーで、自分がするヘアースタイルがとっても複雑なため、日夜練習に励んできました。笑。
着る服も何度もチェック。今までカクテルドレスやチャイナドレスやスーツやら・・・いろいろ着て、もうあとは着物か?とも思ったのですが、着付けが面倒でお金も掛かるので、インナーとパンツとアクセサリー、リーズナブルなのを新調して、あとは持ってる派手目なジャケットを着ます。


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方4・ひいき組大劇場等マイ初日編」
事前に、先に行って観た友人から話を聞いていても、CSでダイジェストを観ていたとしても、おさちゃんに会える喜びはあるが、とにかく緊張する花組の大劇場やドラマシティなど先行する関西でのマイ初日(自分がその公演を初めて観る日)。
実際の公演の初日だと、劇場全体もいつもと空気が違うので、さらに緊張する。おさちゃんのあいさつもある。
作品自体の出来やおさちゃん、組子たちの調子もさることながら、自分がリピートして楽しめるかどうかが気になる。その時は、東京が終るまで、まだまだ先が長い。
今まで、どんなに春野ファンであっても、全部が全部手放しで絶賛というわけではなかった。1日に2回観るのはつらいと感じたこともある。けれども、多少好みでない作品でも、毎回自分なりの見所を作って、結局はリピートする結果にはなるのだが・・・。
逆に、その時々の思い入れや、自分の精神状態も関係すると思うが、やけに心の琴線をかきならされて、感動のあまりかたまってしまうこともある。もちろん、それは、花組に限ったことではないが、おさちゃんの場合は、歌声でやられてしまうことがある。
ほかの組を観る時のように、芝居もショーもまずは作品の意図や流れなどをつかもうと努力するのだが、どうしてもおさちゃんに注目し、どこの場面にどこからどのように登場するのか、つまりオペラグラスの向け方や拍手のポイント、客席降りの有無、座席はどちらかというと上手・下手どちらが良いか、どの辺におさちゃんの視線がくるかなどに気を取られててしまい、1回ではすべてを把握できないことが多い。
衣装やほかの生徒を細かく観察するということも無理になる。でも、やっぱり自然に「夢の配役」は考えている。今度は月組からだ。
それから、使われる曲の雰囲気くらいはつかめる。その時、私がちょっと残念に感じるのが、「以前のあの作品のあの曲に似ている」という場合だ。同じ作曲者が作っている時は似るのは仕方がないのだが、そうなると、それ以降あまり曲を楽しむことはしなくなる。
こんな調子だから、マイ初日後は、ぼんやりした第一印象だけは言えるのだが、特に初めて目にするオリジナル作品の場合、作品のことを冷静に語れるようになるのは、数回観てからになる。
ヅカノートもさらさらとは書けない。
こういう少しパニックぎみになる自分を、遠い昔も見たことがあるような気がする。そうだ、普段は男の子と話すのも平気なのに、あこがれの男の子や先輩の前で、ついつい照れくさくて、口ごもったりしていた少女のころの私である。(続く)





【2006/12/20 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
3月第三弾ホテル手配完了
横浜部屋

先月「ホテルモントレ横浜」で泊まった部屋。ツインの部屋のシングルユースでぜいたくしちゃいました~。ミニバーコーナーもとてもきれいでした。もしもお酒が飲めたら、眺めているだけでなく楽しめたのに・・・。

3月の第三弾目のホテルも手配完了でございます。
当初3泊の予定を、チケットが当たらなかったので、無理せず1泊にしました。

さあ、そろそろチケット物色に入らなければ・・・今回は作品への期待が大きく大劇でも土日は人気が高いと予想されるので、どういう戦法でゲットするか、いまだ悩んでいます。

先週のアデュー事件以来、少し持っているぜんそく系の症状が出ているわっちさんですが、気合で頑張るぞー!!


●ミニエッセー130「私の観方と楽しみ方3・ひいき組以外数回観劇編」
私の場合、例えばひいき以外の組の公演を大劇場で一度観て、気に入った、良かったからと東京公演も観ようと旅を計画し直すことはなかなかない。かなり早くからひいきの組を中心としたおおまかな旅の計画を立てているため、休みの調整や経済的に厳しいのである。
従って、ひいきの組以外を数回観るという場合は、あらかじめ何回と決まっているから、気構えも決まってくるわけだ。今までの例だと、多くても3回なので、今回はそれを前提としたい。
その場合、芝居もショーも初回は、あまり細かいところまで気にせずに全体の雰囲気や流れを観る。どちらかというと、個々の生徒についてはそんなにじっくりは観察せず、どこの場面に誰と誰が出てきて、誰が歌い、だれが踊るのかといったことだけをつかむ。
ただ、やっぱり最初から「夢の配役」のことは考えている。ヅカノートには、3回総合しての評なり点数なりを書くが、「夢の配役」だけは割と早くから書き込む。それも、やっぱり花組からだ。
2回目になると、今度は細かいところまで観るし、初回との微妙な違いなども感じ取る。また、初回で見逃したところがあれば、そこにも集中する。勝手ながら個々の生徒の点数付けのためにも、なるべく1人ひとりをチェックする。そして、最後の3回目には特に何に注目して観るか、何を楽しみにするかについても考える。気になる生徒になることもあれば、退団となる生徒、好きな場面、歌、振り付けなど、自分なりのポイントを押えるのだ。
そして、3回目は「生ではこの公演はこれで最後。堪能しよう」と心して決めたポイントを中心に観る。3回目ともなると、だいたい作品の良し悪しも把握し、拍手のポイントやセリフや動きなども覚えているから、オペラグラスでの追い忘れもなく、気持ちに余裕を持って落ち着いて観れるものである。
観劇前後も入り待ちや出待ちをしないので焦ることもない。花組以外を観る時は本当に「宝塚ファン」として楽しくてたまらない。
しかし、この上にどうしても変な期待とときめきと興奮という高揚感が加わってしまう花組の観劇は、全然違う感覚になるから困ったものである。(続く)


【2006/12/19 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
早くも東京かっ
みなとみらい昼

昼間の横浜山下公演からみなとみらい方面を。港町生まれ&育ちのわっちさん、今は海のない町に住んでいますが、海を見たら落ち着くし、海が恋しいです。

そういえば、某カード会社では、もう4月の花組東京貸切公演の先行販売を先日終了したのですが、わっちさん、元からあきらめて滅多にやらないのにネットで挑戦。
結果は、やっとB席が取れただけ。まあ、リピート人にとっては、1度くらいBでも仕方ないかな。目が悪いので、Bだとオペラでも見えにくいんですけどね・・・


●ミニエッセー129「私の観方と楽しみ方2・ひいき組以外1回観劇/ショー編」
ショーは単純にただるんるんと楽しみたいという気持ちがあるのだが、1回しか観れない時は、やはり自然と構成、衣装、装置、照明、曲や振り付け、フォーメーション、銀橋や大階段の使い方などを観察し、例えば「前に観た作品に似ているな」とか「斬新だな」などと感じていることが多い。
生徒に関して言えば、芝居の時と同じように成長具合なども楽しみだが、衣装をじっくり観てしまう。「あ、さすがに新調だな」「似合ってるな」「きれいだな」のほかに、私の頭によく渦巻くのは「あ、あれは昔マミさんが着ていた物だ」という一文。
宝塚では、衣装の再利用ということがよく行なわれている。特にかつて好きだった作品で登場したり、好きだったスターが着ていた衣装は鮮やかに記憶に残っているものなので、多少リメイクされていたとしてもすぐ発見してしまうのである。
最近観た公演では、湖月わたるさんの退団公演だった星組「ネオ・ダンディズム!」で、柚希礼音さんがマミさんの着た青い衣装を着ていて、感慨深かった。個人的に思い入れのある月組のショー「ル・ボレロ・ルージュ」のモスクの場面がよみがえった。期待のダンサー、柚希さんに着てもらってうれしいなと思いながら観ていた。
ちなみに、ひいきの春野寿美礼さんが着た衣装がほかの組のショーで使われていても、目ざとく見つけてしまう。
さらに余談だが、瀬奈じゅんさんはマミさんが着ていた衣装を着て登場することが多い。一つひとつの衣装には、誰がいつ着たか記録が残っているそうなので、マミさんが好きだったあさこさん、きっと喜んでいるだろうなと思う。しかし、何しろそのスターのための新調衣装が一番気持ち良いことだろう。
ほかに気になるのは、グループでのダンスの時のメンバー構成だ。いわゆる「7人口」とか「5人口」というもの。劇団の生徒への期待度が一目で分かることがある。生徒にしたらその何人口かが少ないほど、入れてもらった時はうれしいと聞く。さらに、核となるスターのそばで踊れるのは、特に若手には夢のポジションだという。
ほとんどの下級生がそろうロケットでは、生き生きしている、ダンスがうまい、足がよく上がる、スタイルが良い、かわいらしいなど、将来有望な生徒を探すのも楽しい。
そして、公演の最後、パレードで階段を降りてくる順番、単独で降りるスター以外ならば、誰と並んでいるかには注目せざるを得ない。ひいきの組でも同じだが、最新のその組でのポジション(スター度)が一目瞭然だからである。それは衣装の色や豪華さでも判断できる。
「これぞ宝塚」という羽・羽・羽の華やかなフィナーレ。しかし、考えてみれば、何と厳しい世界なのだろう。そういうところが、私を魅了してやまないのである。
もし退団する生徒がいる場合は、客席から拝見するのは最後になるわけなので、幕が降りる前には、その生徒さんたちを目に焼き付けて心で「夢をありがとう」とつぶやいている。(続く)
【2006/12/18 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
デスクトップカレンダー入替え
みなとみらい夜

横浜の山下公園からのみなとみらい方面の夜景。やっぱり、ここはカップルでこないとね・・・。みなとみらいには一度主人と行ったことがあります。

おさちゃんのデスクトップカレンダー2007をPCに入れました。
にやけたり、これが最後になるのかとためいきついたり・・・(あやすぃー人)
ちなみにデスクトップカレンダーとは、おさちゃん写真の壁紙、スクリーンセーバー、宝塚関連のスケジュール表をデスクトップ上で見れるソフトのことです。
誕生日には、先日も記事にしましたが、おさちゃんからのメッセージムービーが見れます。
各トップスターと轟さん版があります。宣伝かっ(タカトシ)

昨日はカラオケで歌って、座浴をやって少し気持ちを切り替えることができました~
来週の旅の荷物も送りました。

タカ&トシのDVDでも観て元気だすとするか・・・


●ミニエッセー128「私の観方と楽しみ方1・ひいき組以外1回観劇/芝居編」
このテーマで書こうと思い、章だてを考えた時、自分はずいぶん、観劇(あるいは参加)対象によって違う観方や楽しみ方をしているなと気付いた。だからこそ、観劇生活は面白くてやめられないなと思う。
よって、それぞれ別なパターンについて11回という長い連載になるが、ご容赦願いたい。
宝塚でのひいきの組、花組以外の公演はそんなに多くリピートはしない。1回だけの時は、作品自体や全体、そして個々の生徒をなるべく観ようとして目はとても忙しくなる。ただ、過度な緊張感がない分、精神的にはとても楽で、ヅカノートでの採点のためにじっくり観ることは観るが、純粋に楽しめるという面がある。
芝居もショーも、ひいきの有無にかかわらずあまり予習はしない方だ。
観終わるまではCSでの座談会やPR番組も観ないことが多い。時代や国の設定があまりにも馴染みのない時だけ、さらっと調べたりするくらいで、劇団のホームページや雑誌に書かれる演出家による簡単なプロットも詳しい配役も、そんなに頭に入れずに観る。おそらく経験上、変に知って既成概念を持ち、観る前から期待してしまったり、逆にあまり好みではないと感じてしまったら、面白さが半減するということからだろう。
さて、特別ひいきのスターがいない場合の芝居は、まずは始まって早い時間に演出、セリフ、歌など、作品全体の雰囲気をつかむようにする。進行とともに衣装や装置、照明などもチェック。中盤以降は主役級の生徒を中心に、なるべくエキストラ的な役をやっている下級生に至るまで一人ひとり注目するように心掛ける。ひいきでない組については、名前と顔が一致しない生徒もいるが、その場合、良くも悪くも気になった生徒は、後でプログラムを確認する。
ほかの作品で何度も見ているスターたちならば、だいたい持ち味や癖などを把握しているので、特に見るのは、メークやヘアースタイルが作品の雰囲気と合っているかどうか、健康状態や前作との変化や成長具合だろうか。特に、そのスターの弱点にどう取り組み、カバーしているかが気になってしまう。みんな毎回努力しているから、後退したなと感じるスターはあまりいないが、頑張っているなという部分を少しでも感じた時は、とてもうれしい。
トップ就任や、新コンビお披露目、ポジションアップ、若手の大抜擢などがあった場合だと、いろいろとキャッチしようとしてなおさら目が忙しくなる。
それから、心に余裕がある時にどうしても浮かぶのが、「この役をほかの組が演じたら・・・」―つまり「夢の配役」である。特に花組に置き換えて観てしまうことが多い。
たった1回の観劇で、もちろんすべてをとらえきれないこともあるし、反対に作品によっては、十分細かいところまで理解できたり、だいたいセリフや歌を覚えてしまったりすることもある。
ただ、生では1回の観劇でも本当にそれっきりということは私にはない。特別に意識しなくてもCSでのダイジェスト映像が目に入るし、前述の座談会番組やPR番組も繰り返し放送される。
気に入れば販売DVDを購入するし、そうでなくてものちのち放送されたら必ず録画して、忘れたころに見直したりする。そうすると、また初回とは違った視点で観れるのも、舞台の楽しさである。(続く)






【2006/12/17 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
アデューって文字読みたくなかった
氷川よる


おかげさまでアクセス数が2万を超えました。
皆さまいつも本当にありがとうございます。

かつて母と中を見学したことがある横浜「氷川丸」の夜の顔です。マリンタワー同様、もう営業を終るとのこと。最後にあえて良かったです。

今日はお休みです。妹と久々のカラオケ&座浴の会です。

私の誕生日の5日後に届いたマミさんFCからのバースデーカード。(おさちゃんFCからは12日後に届きました。苦笑)
毎年、裏面はマミさんの写真(おそらく季節ごとに違う)、そして表面下部は、印刷ながらマミさんお得意の手書きのイラストと直筆のメッセージ&サインです。
今年は、「あなたのラッキーアイテム」として、いろいろなイラストが書かれてありました。
中に「使っていなかったこぶりのバッグ」というのがあり、素直に探して、ほんとに使ってました。
さて、ラッキーって、いつあるのかなぁ~♪
と思っていたら昨日、あきらめていた3月花組のある貸切公演のチケットをゲットすることができました。
(おい、マミさんに言われて、おさちゃんのチケットかいな、わっちさん。爆)
しかし・・・
ついに宝塚の来年後半のスケジュールが発表され、おさちゃんは夏に光源氏を演じたあと、「アデュー・マルセイユ」という芝居に主演。

アデューって・・・
アデューって・・・
アデューって・・・やだ

どんなに覚悟していても
やっぱりその文字は目にしたくなかったな・・・

本日の写真がマルセイユの港に見えて来たし・・・

泣かないぞ
泣くもんか
泣いたらだめだよね
だって、仕事帰りの車の中で一人でいっぱい泣いたもん・・・


●ミニエッセー127「パープル・ムーン4」
※拙作ですが、無断転載はご遠慮くださるようお願い申し上げます。

第3章 「夢のはばたき」より

天国のハムちゃんたち

性別は男
趣味は家出
特技はモモンガのものまね
苦手はお風呂
やってきた時は
ぶーたれてたくせに
お別れの時 コニシキさんのようだった
ハムスターのジルバ

個性的なボアボアの毛
ジルバの長女
一番食べて
一番くさかったけど
一番美人だったボアちゃん

そして小さなブイちゃん
ひっくりかえって
ブイブイないた
人見知り

彼らが
何でも食べて
よく動き よく眠るので
私にそっくりだと
みんな言ってたっけ
呼んだら寝ぼけ顔で
ハムゲージから
ちょこんと鼻を出すとこ
確かに他人じゃなかったね

いつも自由の旅を夢みて
妹と私の夢でもあった
ハムちゃんたち
私の恋 悲しみ
見守りながら
結婚が決まると
安心したように
逝ってしまった

長生きして 偉かったよ

ありがとう

紫陽花

花嫁衣裳を着る前に
庭先で息を吸った 花泥棒
愛犬ジローと
秘密で手折った
大きな大きな
紫陽花 一輪
さくらんぼの樹の下の
涙の色は
鮮やかでした

無題

私はとても
あせっています
夢に届かなくて
だけど私は
のんびりしています
あなたがいてくれるから



【2006/12/16 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
祝・おさちゃんバースデー
マリンタワー夜


お知らせ
12/14夜~15早朝にかけて、FC2のコメント欄等メンテナンスのためご迷惑をおかけしたようです。
その間は過去のコメントも一部表示されていませんでした。
また、新たなコメントへの返事も送信できない状態でしたので、大変申し訳ございませんでした。
(12/15 8:45)

「うたかたの恋」横浜公演終了後の夜の横浜マリンタワー。雨上がりで、とってもきれいでした。

本日はおさちゃんこと春野寿美礼さんのお誕生日です。
おめでとうございます。
とにかく健康でいてほしいなと願っています。
FCの継続手続きも完了しました。
今年は生では会えないけれど、FCお茶会DVDで、思い出で会いましょう。


●ミニエッセー126「パープル・ムーン3」

※拙作ですが、無断転載はご遠慮くださるようお願い申し上げます。

第2章 「ハイヒールのためいき」より

火傷

紙ナプキンに
そっと書いて
笑顔とうらはらな
危険な恋の会話
愛されても 愛されても
凍った心 戻るわけはない

こうなると知りつつ
仕掛けた罠に
仕掛けた自分が
堕ちていく

今ならば
火は消せる
火傷しないうちに

エピローグ

一緒に歩いては行けない
運命(さだめ)が降って
車の中で止むのを待ってた
それが積もれば
解けることはないと
気づかぬ若さが悲しくて

たったひとつの恋文は
ワープロで打ち出した
倍角文字の「好きだよ」
そんな純愛も
優しい思い出

なくしたことなど
何もないと思う
あなたも私も
そしてあの女性(ひと)も
しあわせに向かって
生きている限り

無題

「おかえり」って
ただ そのひとことが
私には嬉しかったの
とてもとても嬉しかったの

(続く)
【2006/12/15 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(8)
3月第二弾ホテル手配
雨の山下公園

残念ながら間もなく営業を停止するという横浜マリンタワーから撮った雨にけむる山下公園です。高所恐怖症のわっちさんですが、頑張って撮りました~。

チケットもないのに、明智ツアー(?)第二弾のホテルも手配完了しました。
やっぱり連泊が楽かなと思い、宝塚市の近郊に。
市内は、土曜がなかなか取れないっす・・・


●ミニエッセー125「パープル・ムーン2」
章ごとに3回にわたり、詩の一部を公開したい。

※拙作ですが、無断転載はご遠慮くださるようお願い申し上げます。

第1章「紫のときめき」より

ダイヤ改正

バイバイ
16:44
7番ホーム
おもいでを乗せて
どこへ行くの


はたちの四季

何もない人生より
しあわせと誰かがつぶやく
傷を深くひどくして
たやすく楽になる方法
気づいてしまった
はたちの四季

おもいでの毛糸玉は
きりがなくほつれてく
三年の日々よ ストップして!
ギターを教えてくれたね
優しさもときめきも愛も
誰よりも輝いた青春
終曲があることを
信じずにいたけれど

もうあなたはいない
感謝の言葉いえるほど
大人になったのだから
前を向こうと思います
とても遅くなったけれど
やっとできるでしょう
別れを

無題

そうね あなたは
横顔の魔術師
そして あたしは
愁眉のペテン師

(続く)
【2006/12/14 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
観れないけれどマミさん大劇再び
横浜ランチ

出ました、食べ物シリーズ。横浜でのランチ。五穀米ライスのクリームソースがけとサラダとマンゴージュースです。

小林一三没後50年追悼スペシャル『清く正しく美しく』-この教え護り続けて-(長いタイトルや)におさちゃんも、そしてマミさんも出るんですよね・・・いいなぁ。地元だったら・・・。
行くためには平日2日休むことになるし、経済的にもあきらめたわっちさん。しゅん・・・。
いつの日かマミさんが三度(みたび)大劇に立つ時は、絶対駆けつけたいです。


●ミニ・エッセー124「パープル・ムーン1」
わっちさんは17年前、仕事で付き合いのあった印刷会社の協力を得て、詩集を自費出版した。タイトルは「パープル・ムーン」。高校時代後半から結婚するまでに書いた詩みたいなものをまとめたものだ。
絵を描く父が表紙のイラストを描いてくれ、あとがきは本格的な詩作活動をしている母が書いてくれた。そして、元写真部の主人が著者近影写真を撮影してくれた。
予算の関係で、作ったのは120部。一応、1部800円だが、販売したのはほんのわずか。ほとんど家族・親戚・知人・友人に贈呈してしまい、今手元に数冊しか残っていない。当時は新聞に載ったりして、巷ではまあまあ話題になった。
真剣に恋をするようになった中学時代から歌の歌詞以外の詩みたいなものも書くようになった。しかし、どうしてなのか忘れてしまったが、中学時代のものと高校時代前半のものはすべて捨ててしまった。時をさかのぼるほど、作品はみずみずしかったはずなので、今考えるともったいないことをしたものだ。
結婚して落ち着いた時、ちょっとまとめて自費出版でもしてみようかなと書きためたものを整理した時、残っていたのは高校の後半のものからだった。
そこから抽出して、時代ごとに大きく3部構成にした。章タイトルは違うが、高校時代・短大時代・OLになってから。つまり、行間というか詩と詩の間の出来事に読む人の想像をはさんでいくと、私の青春時代が映し出されるという、なんとも恥ずかしい代物なのである。
年に一回くらい、見直すことがある。今はすっかり詩を書かなくなったので、へえ、こんなこと書いてる人がいたんだと、他人事のように読み返してみる。かつて好きだった物、風景、街、人・・・感性を洗い直す気分になれるので、捨てたものでもない。
ところで、タイトルの「パープル・ムーン」は、掲載した詩の一篇のタイトルだ。今もだが、昔から紫色と黄昏と夜景が好きで、ぼんやりしたイメージの中から出たものである。父はそれをモチーフにして、モノクロのイラストながら、私が生まれた極寒の網走の流氷の海に映る月を描いてくれた。本のカバーは、ピンク系の薄紫だ。
月といえば、私もその詩で、母もあとがきで書いているのだが、私は小さいころ自分が見えている月は自分だけに見えるもので、違う場所から誰かが見る分はその人のもの、つまりたくさん月があるというような感覚を持っていた。それを母は、子供の独立心とか個の人格の表れと感じていたようだ。
出版の数年後、宝塚に出会い、初めに好きになったのが月組だった時、月に縁があるなと感じたものだ。(続く)
【2006/12/13 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(5)
明智・・・の結果
なぜか宝塚

横浜の「人形の家」のカフェC's Garden宝塚。本店が宝塚市の中山寺にあるそうですが、それを全く知らずに利用したんです。なぜに宝塚なのかと。食べたメニューは明日アップします。
さて、昨日照会した次回花組公演の宝塚友の会先行販売抽選の結果は・・・近年になく悪くて、当選したのは8本中1本だけ。予想外だなぁ・・・。土日ばっかしだし、仕方ないか・・・。
さて、今後が忙しいぞ・・・ぎょええええ。←と、結構席が選べて楽しかったりする・・・でも、お金が・・・どよーん。


●ミニ・エッセー123「2006年末ヅカノートより13」
第14回・2006宝塚観劇作品愛の翼大賞
※観劇対象2005.12~2006.11
大賞=ファントム(花組)
準大賞=うたかたの恋(花組)、アジアンウィンズ(花組)
メモリー賞=ベルサイユのばら(雪組)、レ・ビジュー・ブリアン(月組全ツ)、エンター・ザ・レビュー(花組全ツ)
衣装賞=あかねさす紫の花(月組全ツ)
ソング賞=アパルトマン・シネマ(花組)
美術賞=落陽のパレルモ(花組)
演出家賞=中村一徳氏、岡田敬二氏
特別賞=ベルサイユのばら(星組)、ネオ・ダンディズム!(星組)、維新回天・竜馬伝(宙組)、ザ・クラシック(宙組)、堕天使の涙(雪組)
【2006/12/12 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(5)
歌劇誌に泣けた
神奈川ホール

初めて行った横浜の神奈川県民ホールです。そう、雨の中入り待ちしたんですよね・・・。
先日届いた(定期購読)「歌劇」のコムちゃん、まーちゃんのさよなら特集を読んでいるうちに泣けてきました。
おさちゃん、今は送る言葉を書いているけれど、あなたにもこんな日がくるのねと・・・。
いかん、いかん、まずは明智のことだけを考えよう。
さて、今日は友の会結果照会・・・どうかなぁ。
♪悲しみは明日にしよう~(「風と共に去りぬ」より)


●ミニエッセー122「私の先生6」
小学校から高校までに出会った私の担任の先生を振り返ってみて、ほとんどの先生が、単に教師であることを職業としてとらえていたのではなく、「教師という生き方をしていた」のだと気付いた。
もちろん、家に帰れば先生であってもただの人間なのだが、教師であるという自覚を脱がなかった先生が多かったのではないだろうか。
もしかしたら、私の場合ほぼ田舎の学校ばかりだったので、同じ昭和40年代後半~50年代中盤までであっても、都会であれば、地域(または町全体)と家庭と学校の密接な関係性(それも大切だと感じる)が違い、先生の雰囲気も異なっていたかもしれないが、総じて児童・生徒を自分の子供のように理解し、愛し、信じてくれていた。大人しい子、元気な子、優等生から問題児までみんなを、である。
また、子供たちも自己中心的な考えや態度はいけないことで、相手の立場になって思いやることが大切だと知っていた。
クラスに起きる問題一つひとつに対して、共に悩み考え、真摯に取り組んでいた。子供の感性はナイーブで鋭い。先生や周りの大人がそれを理解してくれていて、身を委ねられるか否か肌で感じるのである。
今もそうだろう。信用できないと感じたら、子供は先生に対して心を開かない。そうなれば本音を話さなくなるから、本当にその子の中で起きていることも理解できなくなる。どの子とどの子が友達だとか、表面は友達でも心を許し合ってないなとか、グループの対立とか、孤立しているとかも把握できなくなる。そのことによって、いじめ問題を深くすることもあり得るのではないだろうか。
いじめや未履修問題などの対応で、先生方は奔走し、心労も募っていよう。それを承知で、あえて言わせていただく。
不幸にも起きる生徒の自殺も、信頼関係を築けない心のつながりの薄さの延長線にあるのではないだろうか。もしも、私が出会った数々の尊敬する先生たちのように、思いやりや命の尊さを子供たちの心の奥深くまで浸透させられたら、そして、普段から「先生が守ってやるから、味方だから死ぬなよ」と口を酸っぱくして言っていたら、救えたかもしれないとふと思うのだ。
生きたくても生きられない者もいる。せっかくの美しく輝かしい命の花であるのに、残される者の悲しみや苦しみも考えず、安易に死ねばいいと思う弱さは嘆かわしい。けれども、逃げ場を失い、恐ろしいはずの死に立ち向かえるくらいの勇気を自殺者は持つのである。なんとかしなければならない。
あろうことか、問題解決に真っ向から当たらなければならない先生が自殺するケースもある。いくら追い込まれても、そんな責任の取り方などない。それは、「逃げた」と呼ぶのである。
子供たちの信頼を得るには、子供たちに対する心意気をバンバン表現し、見せていくことではないだろうか。というよりも、それしかないのではないだろうか。つまり、先生はエンターティナーでなければならないと私は思う。実際に踊って歌って演技するということではないが、気持ちはまったく同じで、「話す」という技も要るだろう。どんな方法でもいい。もしパフォーマンスが苦手なら書いて示してもいいから、心にまで届くような表現力が大切なのである。授業も、クラス運営も、行事などでも、普段でも。
前にも述べたが、私は子供のころ先生になりたかった。それは、子供が好きとか勉強が好きとか、教えるのが好きとかではなく、出会った先生たちが魅力的だったから影響されたのである。あんなふうに信頼を得て、きらきらした若い命にたくさん出会えて過ごせるならすてきだなと感じたからである。
今、先生としてではないが、若い人たちの息吹を感じながら、幸いにも私が居場所として望んでいた教育現場に毎日いる。現在は直接学生の教育や生活にかかわる部署ではないが、多くの「先生」と呼ばれる人たちと接し、支える立場にいる。大学・大学院では、先生は教育者でもあり研究者でもあるから、ますますエンターティナーとして、学生たちを牽引し、社会貢献していただきたいと感じている。
先生とは、「先」に立って「生」き方を示す人。私には、そう思える。


【2006/12/11 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(8)
忘れてたマミさんコラム
皿

今年の誕生日に、絵心のある友人Mちゃん(焼き鳥会の)からプレゼントしていただいた「たち吉」の素敵な皿に、手作りの「まいたけ入り牛肉じゃが」を盛ってみました。材料はすべて北海道産です。写真では茶色に見える陶器皿、実は私の好きな色・紫がかっています。直火やオーブンもOKで取っ手のデザインもGOOD。センスの良いMちゃんに感謝です。
毎月1日にタカラヅカ・スカイステージのHPに掲載されるマミさんのコラムを読むのをすっかり忘れておりました。
いかん、いかん。テレビ出演やディナーショーの稽古に忙しいだろうに、よくネタを集めるなぁと感心。番組アイディアにはいつも「それ、実現してほしい」と思ってしまいます。
皆さんもぜひ読んでみてください。↓
http://www.skystage.net/supervicer/


●ミニエッセー121「私の先生5」
高校に入って思わず「当たりだ」と喜んだ。サッカー部だったから常にジャージ。見た目はさわやかで中身も熱血漢の独身男性の20代のF先生が担任だった。しかし、たった2カ月でそのすてきな先生と別れることに・・・。また、父の転勤だ。
高校での生徒の転校は、教員になってまだ間もないF先生にとっても初めてのことだった。本来は編入試験が必要なのだが、受験から2カ月以内ということで、免除され転校先が決まったのだが、F先生はそこに至るまで私のために奔走してくれた。その時わが家がその高校の敷地内にあったため、先生はしょっちゅう家にきてくれた。相談や転校の手続きなどで、私もよく職員室に行った。本当は転校したくない、私だけ残る道はないかと言ってみたこともあったが、生活費が掛かるから親御さんのことを考えようなと優しく言ってくれた。
今考えると、「お兄さん」にあこがれていた長女の私は、F先生のことが好きだったのかもしれない。
転校先ではなぜか縁のある音楽のF(偶然こちらも同じ)先生。歌う時のオペラ調が面白かった。次第に校内暴力などが言われ始めた時代だったので、先生は不良っぽい生徒を怖がっていた。結局最後まであまり自ら、みんなの心に迫ろうとしなかった気がする。
そして、高校2・3年の担任は、失礼ながらあまり英語が上手ではなかったところが面白かった英語のI先生で、かなり個性的なお顔と話し方の40代の男性の先生だった。みんなは先生のことを親しみを込めて、下の名前の別の読み方「Kちゃん」と呼んでいた。最初に先生自身が「本名はI・Sだが、I・Kでもいい」と言ったからだ。
Kちゃん先生は、とことんマイペースだった。生徒にばかにされても、あまり動じなかった。かといってひどい時は、結構根性を見せて問題児の生徒と対立したりもしていた。けれども、何となく情けない感じがして、「Kちゃん、しょうがないな。折れてやるか」と、生徒たちの方が大人だった気がする。1年の時のF先生のように、面倒なことにはかかわりたくないスタンスとは違って、担任としての責務は果たしてくれたような気がする。
私が驚いたのは、普段は何も知らないような素振りだったが、クラスの生徒一人ひとりの学習習熟度や得意分野をしっかり把握していたことだ。3年になってすぐあった進学についての親と先生との相談日に、母が「娘は第一志望の短大はかなりレベルが高くて難しいだろうから、推薦入試で入学できる所で妥協する道も考えているようだ」と言うと、無口なはずの先生が「とんでもない、お母さん。わっちさんはクラスで成績がナンバーワンです。試験に強いんです。(そう、その通り。テスト勉強がうまく、要領が良かっただけ。普段、音楽を聞き、ものを書いたりばかりで勉強はまるでしていなかった)どこを受けても受かります。間違いない。目標を下げるなんてだめ。そのためにも私はわっちさんには推薦状は書きません」と、断言したという。
それから、冬になって小説を書いて北海道では有名な賞を取った時、先生は「国語や古典の理解能力抜群のわっちさんなら当然と思った」と、誰よりも誇らしげで、とても喜んでくれた。ほかの先生から、私が古典の訳などが得意だということを聞いていたらしい。
実はこのKちゃん先生、全く高校も年代も違うのだが、主人の高校時代の別のクラスの英語の担当で、臨時の時主人も習った先生でもあった。私の修学旅行の写真を見ていた主人が、「うちの高校にいた英語のI・Kちゃんに似てるなあ」と一言。「・・・I・Kちゃんですけど・・・」と私。縁とは不思議なものである。(続く)
【2006/12/10 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
CSで全ツ楽を観て
うなぎ

浜松と言えば、おさちゃんが食べられないうなぎ!!出来たてのうなぎ弁当・・・おいしいのにねえ。
遅くなりましたが、全ツの千秋楽の様子をCSで観ました。ああ、あの場にいたかったな・・・。
ショーではおさちゃんが「あやぶきまお」連発で、ふたり抱き合ってくるくる回っていたのがぐっときました。
最後にスタッフさんが舞台に風船と紙吹雪を舞わせましたが、おさちゃんが持っていた微妙に似ていないミッキーマウスの風船が気になって仕方がないわっちさんでした。笑。

昨日の女3人焼き鳥を食べる会?おいしくって、楽しかったです!!友人は4歳年下で、娘さんは小学校2年生ですが、精神年齢はどうも私が一番下なような気がしてなりません・・・


●ミニエッセー120「私の先生4」
W先生は、その女子生徒の不安が、思春期のみんなも持つ命題だと感じ、じっくり話したいと思ったようだ。自分も昔そう考えたことがあると言っていた。いろいろと話してくれたので、今はところどころしか覚えていないが、概ねこんな内容だった。
「人間は誰が作ったのか、どうしてたくさんの命が生まれては消え、歴史が続いていくのかは誰にも分からない。でも、先生がみんなより少し長く生きていて思うことは、みんなは間違いなく両親の愛の結晶であり、大切な宝物であるということ。みんなを預かる先生にとっても。その両親もそれぞれの両親が愛し合って生まれた。おじいちゃん、おばあちゃんも、その両親もそう。
もしも永遠に生きられるとしたら、みんなはどんな毎日になったと思う?勉強やクラブを今みたいに頑張れただろうか。永遠に時間があるなら、いつまでも若いなら、別に今日でなくてもいいやと思うよね。人は限られた時間だからこそ、その時その時を生きられるんじゃないだろうか。
長生きできる人もいるかもしれないけれど、突然明日死ぬかもしれない。どうせだったらその時、後悔しない方がいい。そのためには今この時を精一杯生きることしか手がない。時間は戻せないから。たとえ失敗したり、うまくいかないことがあっても、自分が納得できるまで一生懸命やった結果なら、それでいいと思う。
死ぬのは確かに怖いね。でも、心配することない。だってみんなが一生懸命生きたことは、将来きっと誰かが受け継いでくれるから。その時この世では肉体は終わりでも、愛した誰かや、それによって生まれる子供がちゃんと思いをつなげていってくれる。みんな平等に一度は死ぬんだしね。
みんなは何億という命の種の中からせっかく選ばれてきた素晴らしい命。その命を粗末にしたら悲しむ人がいることを忘れてはならない。人生にはつらいこともたくさんあるけれど、絶対楽しいこと、生まれてきて良かったなーと思うことがある。考えすぎず、自信を持って、悔いなく最期を迎えられるよう、今をみんなで助け合って共に生きよう」。
先生は、ぽつり、ぽつり静かに語った。その日からなおさら、私たちB組のまとまりのある雰囲気は強まった。
それから思い出すのは、担任が音楽教師だけに合唱がうまく、優勝の本命だと言われていた3年生の学校祭での合唱コンクール本番でみんな気負いすぎて固くなり、隣のA組に負けた時のこと。クラスは暗くなり、人一倍責任感の強いクラス代表のT君が自分の指揮が良くなかったせいだと泣いた。W先生は「Tもみんなも良かった、すごく頑張った。だけどそれ以上にA組が頑張った、それだけのことだ」と言った。
また、西城秀樹さんの熱狂的ファンだった私が、どうしても数時間掛かる大きな町でのコンサートに行きたいから1日だけ休ませてほしいと母とともに相談すると、「みんなには風邪と言っておくから、行って楽しんでおいで」と言ってくれた。ずる休みすれば済むのに、相談する真面目なわっちさん親子もどうかと思うが、先生の心意気には今も感謝でいっぱいだ。
W先生は、卒業前のお別れ会でギターの弾き語りを披露してくれた。緊張で少し震えながら歌っていた加山雄三さんの「旅人よ」。とても胸にしみる歌声だった。
W先生とはその後も年賀状のやりとりをし、クラス会で2度ほど会って懐かしい思い出話をした。そして一時期、先生が現場を離れ、別の職に就いていた時、偶然にもその職場が私の働いている大学のそばだった。ある日先生から職場に電話があり、わざわざ会いに来てくれたのだ。先生は私の先輩たちに丁寧にあいさつし、名刺を配ってくれた。ちょうど同じ職場の主人と婚約中で、先生に紹介することができた。その後、先生は教頭になり、数年前からある学校の校長をされている。(続く)



【2006/12/09 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
3月第一弾ホテル手配
影

浜松城本丸跡に荷物を抱えながら撮っているあやしいわっちさんの影あり・・・。

本日は夜に友人とその娘さんと3人で一足早いクリスマス&忘年会です。おっさんみたいですが、焼き鳥屋へGO!!

3月の旅、第一弾目のホテル手配完了!!
(公演チケットはまだ全部はないけれど・・・)
2泊なのですが、連泊ができず宝塚市内と少し離れた所で。
ホテル好きのわっちさんとしては、それもまた楽しいにゃあ~


●ミニエッセー119「私の先生3」
紺のスリーピースに水色のスカーフという制服が好きだった港町の中学校に入学。担任は、それこそスリーピースのスーツが似合うニヒルでダンディなN先生。私が市の節水標語コンクールで優勝したり、合唱部で楽しく練習していたことを喜んでくれていた。
しかし、たった半年でまたもややってきた転校の運命。先生は、私が父の転勤のことを告げるといつになく表情を変え、びっくりした様子だった。しかし、幼稚園の途中から小学校3年までいた町へ帰るという事実を知ると、「君なら大丈夫。またそこが一番になるよ」と言って送り出してくれた。
駅まで来てくれた先生が、最後までダンディですてきだったことを昨日のことのように思い出す。
ちなみに、その時合唱部の顧問で音楽担当の男性K先生は、私たちと一緒に小学校勤務を卒業し、その中学へ赴任された方だった。私は小学校でもK先生に音楽を習っていた。その先生が声が低いと思っていた私に合唱部で「わっちさんは、実は声がとっても響いて通るからソプラノ向き。練習してごらん。出るようになるから」と言い、指導してくれた。おかげで私はすぐにソプラノパートの音が軽く出せるようになった。
転校先には合唱部がなかったため、高音で歌わなくなるとまた声は低くなっていったが、訓練というものは偉大である。
転校先で担任となった男性のA先生とは半年のお付き合いだったが、後期に生活(風紀)委員になった私の相談事をよく聞いてくれた。本来は人前に出るのが苦手な私が、大事な委員をやっていることの葛藤を告げると「大丈夫。人には役割というものがあって、お前は適任者だから選ばれた。誰かがやらなければならないのだから、頑張ろうよ」と先生は背中を押してくれた。
中学2・3年の2年間は、それまで別の町で小学校の先生だった若く、まじめで何事も熱心で涙もろい男性、W先生が担任だった。W先生とは出会った先生の中で最も縁が深くなることに・・・。
音楽と数学担当のW先生が中学教員になって初めて受け持った私たちB組は、どんぴしゃり、3年になってから大ヒットドラマ「3年B組金八先生」と同時進行だった。ドラマさながら、まさに思春期真っ只中。どこか内気で不器用なW先生と半ば共に成長するように過ごした田舎のクラスメートのわれわれは、とても結束が堅かった。卒業までに語りつくせないほどいろいろなことがあった。その中で、印象的な幾つかのエピソードを書きたい。
まず、先生が提案し、ずっと続けてきた班ごとのノートでの「リレー日記」のことだ。他人の誹謗中傷以外何を書いても良いルールで、私はよく詩を書いたりしていた。男女7、8人の班だったから、先生の返事記入も含めて10日に1回くらい回ってきた。先生は一人ひとりの日々のつぶやきや出来事、悩み事に一生懸命返事を書いていた。今思えば、大変なことだったろう。その返事を読むのも楽しかった。
ある日、同班のMちゃんが班ノート当番の時、彼女の愛猫が交通事故死した。Mちゃんはノートに大きく哀悼の意を書いていた。先生は次の家庭訪問で猫の好物を持って行くと約束していたことが果たせなかったのが悲しいと書いていた。天国からMちゃんを見ているから頑張れとの励ましもあった。私もそのページに泣いた。
ある日、W先生は数学の時間をつぶして「みんなに話したいことがある」と言った。実は、クラスのある女の子が班ノートで「死への不安」を切々とつづっていたのだ。“一字一句正確”ではないが、内容はこうだった。
「人はなぜ死んでしまうのに生まれてくるの。私の家族も友達も私もいつかは死ぬなんて嫌。つらすぎる。勉強したり、楽しいことをするのは何の意味があるの。死んでしまったら終わりなのに。死ぬ時ってどんな感じなのかな。怖いです」。(続く)

【2006/12/08 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
おさちゃんからのプレゼント
城

本日は、最初に皆様にお礼申し上げます。多くの方がFC2ブログランキング(右側の青いバナー)に投票(クリック)いただいているおかげで、毎日多少の変動はありますが、ミュージカル部門で2位に位置させていただき、身に余る光栄に存じます。
また、アクセスいただいている方、コメントをくださる方にも心から感謝申し上げます。

写真は、浜松城です。北海道央では、当然ながら江戸時代の歴史は感じられないので、お城はとても新鮮なんです。

昨日はトーク王(女王じゃないしぃ・・・)マミさんの「笑っていいとも」出演に、うはうはでした。
相変わらずマミさんらしかった~。まだしゃべり足りなさそうで・・・。ブラウン管でですが、ディナーショー前に会えてうれしかったです。次は「増刊号」みたいの?ありますよね。

おっとーーーー忘れてました~
タカラヅカスターのデスクトップカレンダー!!誕生日から1週間後までおさちゃんからのメッセージムービーが見れるんだったぁ。
危ない、危ない。マミさんに集中してばかりいると・・・。
きゃああああああ。
けっして、私一人のためではないけれども嬉しいよぉぉぉ。
たまらん

ところで、昨日出勤途中、目の前でとある「庁」の車が事故(怪我人はないようでした)を起こし、危なく巻き込まれるところでした。つるつる路面での急ブレーキでしたが、なんとか斜めになって止まって大丈夫だったわっちさん。おかげで5分遅刻したし・・・○○庁の方、頼むよ~


●ミニエッセー118「私の先生2」
小学3年の時はベテランの男性教師、O先生だった。だが、6月に私は転校することになった。すると、私をかわいがってくれていた先生は、とても悲しんで、真剣に「わっちさん、うちの子供にならないか。親御さんが養子縁組してくれればなあ・・・」と、泣いた。別れの日は、駅まで来てくれて、また泣いていた。私は先生の顔を見れなかった。
そして、一転して転校先では生涯で最も厳しかった定年間近の女性のT先生が担任で、あまりの厳しさに大人しくてなかなか自分の意見を言えなかった私は何度か泣いた。
でも振り返ると、ごちゃごちゃしたことが嫌いで、なんでもすっぱりと切っていたT先生こそ先生らしかったかもしれない。定年後、先生が何度か小学校に来て、グラウンドの片隅で、子供たちが走り回る姿を懐かしそうに見ていたことを私は知っている。
4年生の担任だった、でっぷり太っていた50歳くらいの男性のS先生も忘れがたい。ちょっと気分屋で、みんなの態度が気に入らないと一切口をきかなくなったり、教室を出て行ってしまったり・・・。しかし、先生は人間にとって何が大切なのかを示してくれた人だった。
ある日、図画工作の時間にスケッチに行くことになり、みんなは市販の木製の画板を持ってきた。しかし、私は転勤族で家にダンボールがたくさんあったので、父がダンボールと荷造りひもで丈夫な画板を手作りしてくれており、それを持って行った。それもまた今ならいじめの対象だろう。でも、S先生はそれをみんなの前で、ほめてくれたのだ。物を大切にしていて素晴らしいと。みんなと同じ買った物でなくても、駄目だとは言わなかった。私は父が誇らしかった。中学卒業までずっとその画板を使っていた。ちなみに裁縫箱もダンボール製(表面も中もきれいな包装紙が貼ってある)の父の手作りで、30年たった今も使っている。
また、冬に私とは10歳離れた末の妹が生まれた時、先生はわざわざわが家までお祝いにきてくれた。赤ちゃんが大好きという先生は、いつまでもいつまでも生まれたばかりの妹を穏やかな顔で見つめていた。私も母と先生の家に遊びに行ったことがある。先生はみんなに、どんどん遊びに来いと言っていた。私は4年生の時、一度も学校を休まなかった。
5・6年生の担任は、野球の指導者だった30歳台の男性T先生で、いつもダジャレを言っていたユニークな方だった。その先生が、私の詩や作文をいつもベタぼめしてくれたおかげで、私は国文学を学ぶことになり、そして今の職業に結びついていると思っている。
先生は、野球が大好きな私の父と気が合い、飲み仲間になっていた。その席で先生は父に「優しいわっちさんちゃんのおかげで、クラスのいじめられっ子が助けられている」といつも話していたそうだ。別に私は特別優しかったのではない。生まれた時から社会福祉の専門家だった父に、人を平等に扱うことの大切さ、助け合いや思いやりを教えられていたから、自然に実践していただけのことだ。先生はそんな私に「いつもH(いじめられていた女の子)を守ってもらって悪いな」と、言っていた。そんな私は、先生に守られていたのだ。
T先生は私たちが卒業する時、誰よりもおいおいと泣いていた。いつまでも泣いていた。先生との別れは、本当につらかった。(続く)
【2006/12/07 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
マミさん笑っていいとも
おさいるホテル

11月8日、浜松城に上り、泊まったホテルを撮りました。この時、このホテルには生徒たちがおります・・・
おさちゃーーーーん。ははは。
もしや・・・と思っていましたが、今日は「笑っていいとも」テレホンショッキングに、檀ちゃんから紹介のマミさんが登場です。昨日、職場で女性陣みんなで観ていて、マミさんだった時のわっちさんの喜びようったら・・・笑。
もちろん、しっかり留守録もしてと、・・・楽しみ~


●ミニエッセー117「私の先生1」
宝塚のスタッフの先生の話ではなく、しばらく学校の先生の話をしたいと思う。なお、目上の方に対して、敬語が通例だが、このシリーズでは、省略させていただく。
いじめ問題が噴出している。私が子供のころにも、クラスに必ず一人はいじめられっ子がいて、意地悪な子たちがからかったり、いたずらしたりして泣かせては問題になり、ホームルームの時間に先生から説教があり・・・ということはあった。しかし、ニュースを見たり、教育現場であるわが職場での実態などを見ていると、いじめの「程度」や「質」がずいぶん違うことに悲しい気持ちになる。
昔は、いじめていた側の子たちは限度というものを知っていて、命にかかわるようなことまではしなかったし、傷付く相手の気持ちも心の奥では分かっていたと思う。私の周りでは、陰湿ないじめはほとんどなかった。
そして、そのころは子供たち一人ひとりのことをよく理解している「24時間先生」だった先生が多く、何か問題があった時は両方に解決が付くような方法で場をいさめ、思いやりの大切さを教え諭してくれていたように思う。
今のいじめ問題は、誰が悪いという単純な構造ではなく、物と情報が氾濫して価値観が揺らいでいる社会にあって、行政や家庭や学校のあり方、家庭や学校での道徳教育など、複合的な要因の上に発生していると思うが、ここでは私が今まで出会った小学1年(昭和46年)から高校2・3年(昭和56・57年)までの担任の先生を振り返ることで、何かヒントが見えてくるのではないかと願いつつ進めたい。
小学1年生の担任は、独身の女性Ⅰ先生だった。きゃしゃで、黒縁メガネの真面目で優しい人だった。一番の思い出は、冬の歩くスキー大会だ。学年で二番目に小さかった私は、学年ビリになり、みんなからかなり遅れ、泣きそうになっていた。すると、Ⅰ先生が「わっちさんちゃん、頑張れ。先生も一緒に行くからね」と、スキーでゴールまで私と併走してくれたのだ。
しかも、ほかの男性の先生も「Ⅰ先生、僕がつきましょうか。わっちさんちゃんは体が小さいから、スキーが重いんだよね」となぐさめてくれた。陸上では足の早かったわっちさんちゃん(笑)は、スキーだとからっきし駄目なことにかなり傷付いていたのだが、悲壮かつ必死な形相のおチビさんを先生たちが励ましてくれたことは、とても心強かった。
今の時代なら、一人だけ遅れた私はいじめの対象だったかもしれない。でも、その時ゴールにはクラスのみんなが寒い中、教室に入らずに待っていた。それもほかの先生の指示だったようだ。
小学2年生の担任は、若い男性のK先生。真面目なタイプだった。K先生とは35年近くたった今も年賀状のやりとりが続いている。K先生と言えば、クリスマス会のことが浮かぶ。朝から授業はなくて、午前のレクレーションと手作り品のプレゼント交換とケーキの出る給食という日。こともあろうか、私は前日から風邪で高熱を出し、その朝も下がらず意識がもうろうとしていた。
しかし、入学からそれまで一度も学校を休んだことがない私は、親が「もう少し熱が下がらないと駄目」というのに、学校に行くと頑張っていた。親は学校に「もしも行けるようだったら連れて行くけれど、かなりひどいから無理かもしれない」と近所の家に電話を借りてかけていた。
始業時間から1時間近くたって、なんとか立ち上がれるようになった私は、父に送ってもらい、プレゼントを持って学校に行った。教室に入ったとたん、K先生がみんなに言った。「ほら、先生の言った通りだ。わっちさんは必ず来ると。だからみんなでゲームするのを待っていて正解だったろう」と。ほかのクラスではそれぞれ楽しいゲームなどが始まっていたというのに、来るかどうかも分からない私のために、K先生は「お話」で場をつないでいた。クラス全員で「フルーツバスケット」をするために机は後に下げられ、椅子が大きな円に並べられていた。そこには、ただ一つ空いた椅子があった。
顔を真っ赤にしてふらふらしながらみんなと過ごしたクリスマスを私は忘れない。帰ってから両親に先生の言葉を伝えると、大変感動していたのを覚えている。両親は後日、先生にお礼を述べていた。人に信頼されるということは、プレッシャーでもあるが、子供でもうれしいことなのだ。(続く)


【2006/12/06 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(8)
気合で申し込み
海

オークラアクトシティホテル浜松45階の「展望回廊」からの朝の眺めです。
気合を入れても当落には関係ないかもしれませんが、花組大劇公演友の会の申し込み電話掛けが完了。
わっちさんは後半戦に通う予定です。
今日は母と地元の教育大学の管弦楽団の演奏会に行きます。上司のお嬢さんが出演されるのです。寝ないようにしないと・・・こら、こら


●ミニエッセー116「うたかたの恋5」
先月、勝手に想像した花組以外の「うたかたの恋」の「夢の配役」を公開したが、その中では特にとうこちゃんこと安蘭さんのルドルフが観たいと思っている。
最近は、色で言えば白い役や青い役は少ない気がするが、かつて「エリザベート」で少年ルドルフを演じたとうこちゃんならば、どんな青年ルドルフ像を造形するだろう。
相手役に、密かに期待を寄せている若手娘役の妃咲さんを挙げたのは、あすかちゃんがマリーでは、大人の女性すぎるだろうかと懸念した結果なのだが、「ザ・女優」のあすかちゃんのことだから、マリーもいいかもしれない。
トップスター以外では、やはり「エリザベート」で経験者の大空ルドルフや彩吹ルドルフの軍服姿も良いな、などと夢を描いている。
そう、宝塚の軍服は素敵だ。色も豊富で、シンプルな物から豪華な物までいろいろあり、マントがあるとまた印象も変わる。
「うたかたの恋」では、今回の花組のルドルフを例に取ると、多少クリームがかった白、赤、紺、水色、黄土色系のベージュ、そして真っ白な軍服が登場するが、何と言っても飾りも白やシルバーで統一した最後の真っ白な軍服にはしびれる。何度観ても「わあ、きれい」と声にしたくなる。
実際のマリーの弔いの衣装ともなった純白のウエディングドレスも素敵だ(余談だが、近所に拒食症で亡くなった若いお嬢さんがいたが、死に衣装は両親が用意したウエディングドレスだった。どうしても毎回それを思い出して涙せずにいられなかった。生きてドレスが着れた自分を幸せに感じる次第である)。
ドライアイスとあいまって、天上の雲、最期の地となったマイヤーリンクの雪、すべてのしがらみや苦しみから解放された、よどみのない2人の純粋な気持ちを表現しているのだろう。「エリザベート」でのトートとシシィの昇天も白だった。白の効果は大きい。
真っ白な衣装のルドルフとマリーが、踊りながら見せる笑顔やお互いが愛おしすぎて浮かぶ切ない表情。そしてすがすがしく晴れ晴れとしたルドルフと実に幸せそうなマリー・・・。
何気なくフェードアウトしていくラストシーンもあるが、私は決めポーズの上に幕が降りるパターンが宝塚らしくて好きだ。
最初に述べたように、実際のルドルフには、そしてマリーとの間にはドラマチックという形容では片付けられないどろどろしたものがあったかもしれない。しかし、宝塚の「うたかたの恋」は、私に「うたかたの夢、けれども永遠に続く夢」を見せてくれた。
最後に、ルドルフとマリーが、そして当時のオーストリア皇室、関係者の皆さん一人ひとりの魂が安らかなことを願ってやまない。

【2006/12/05 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
貴重なチラシ
浜松浴衣

オークラアクトシティホテル浜松の浴衣は五線譜模様でした。楽器の町らしい!!泊まっていたおさちゃんたちも、着なかったにしても見たよね~。
誕生日におさらぶ仲間の友人Nつんに、次回花組の貴重な先行予告用チラシを送っていただき、感激のわっちさん。全ツ後半の会場で出回ったそうですが、行けなかったので、本当にうれしい・・・。
まだ本物のチラシではありませんが、おさちゃん・彩音ちゃん・まとぶんの雰囲気が分かります。実際の舞台ではまた変わると思いますが・・・想像が膨らんでます。原作よりさわやかっぽいなぁ。
さて、友会申し込みだ~えいえいおー


●ミニエッセー115「うたかたの恋4」
おさちゃんの時とは違い、「マミさんが皇太子か・・・うーむ、果たして似合うのかなあ」と、マミファンはちょっと心配した。檀ちゃんの見た目はマリーそのものだけれど・・・と。
マミさんが「うたかたの恋」とショー「ブラボー!タカラヅカ」(中国公演凱旋)を引っさげて、東北や信州などを回ったのは1999年の秋から冬のちょうど今くらいの時期のことだった。
実は、同年春にもマミさんたちは西日本を若干出演者が違うが、同じ「うたかたの恋」と天海さん時代およびロンドン公演のショーのリメイク「ミリオン・ドリームズ」で回ったが、そちらは雑誌の写真などだけで雰囲気を知っていただけで、観ていない。
北海道から行くのは大変不便だったが、私は母と伯母を連れて、東北の秋田まで飛んで2回観た。
その時、マミさんが風邪をひいてしまい、大変ハスキーなルドルフだったことを思い出す。ショーでも声が出ない場面があり、観客が手拍子でそれをフォローして、それはそれで温かいひとときだった。
現代物が似合う月組、都会的な雰囲気のトップスター・真琴つばさに宝塚の古典がマッチするのだろうか。その年の春からのそんな心配は、幕が開くと無用だったと分かった。
オールバックで、少し野生的。実際のルドルフ像には近くはないが、こんな皇太子がいてもいい。少し任ではないところが、かえって保守的な皇室に辟易していたルドルフを顕著にしている気がしたし、何より、マミさんの背中の演技が、ルドルフの苦悩そのものだったのである。
背中の演技―それは、演出家の意図なのか、マリーを撃つ時に下手から右手を出すので、観客に背中を向けることになったのだ。やはり、一度ためらう。花組版ではベッドに駆け寄り、神に祈る(実際はルドルフは無神論者だったらしい)おさルドルフだったが、マミさんはがっくりと腰を折って、ホリゾント方向に嘆きを表すのだ。私は、それにやられてしまった。
さらに、暗転になってから2回目の銃声がするが、一応マリーを撃った後、自分のこめかみを撃ったということだ。暗転なので、少し遠くの観客からはもう舞台は見えない。しかし、マミさんはその中で自分を撃ち抜き、スローモーションで倒れる仕草をちゃんとしていたのだ。生の舞台をオペラグラスで確認した。私はさらにやられてしまった。
おさルドルフも暗転の中でちゃんと自分のことも撃っていた。しかし、時間の関係もあって倒れるような仕草まではしていなかった。
実はマミさんは、その時だけではなく、どんな舞台でも、幾ら暗転になっていても袖に完全に引っ込むまで、完全に幕が降りるまで油断せず、きっちり演技をする人だった。私はそんなところが、好きだった。
ただ残念なのは、この時の月組販売ビデオが、観客のいないバウホールで収録されたことだ。どうしても舞台稽古に見えるのである。やはり、客席の雰囲気があってこそ舞台作品は完成すると感じた。
マミさんとは逆に、実に普段の雰囲気が似合っていると思ったのは、和央ようかさんのルドルフだった。確かトップお披露目の全国ツアーで、札幌公演を観た。
宝塚初演の雪組「エリザベート」の東京公演でもルドルフを演じていたたかこさんは、ひょろっとした感じがまさに実在の皇太子のようだった。軍服もよく似合っていたし、名パートナーの花總マリーとの相性も抜群。あまりにもしっくりいきすぎて、どこがどうだったという印象が残っていないほどだ。
そして、アキレス腱を切った紫苑ゆうさんの代役として大劇場で演じたマリコさんこと麻路さきさんのルドルフは大人っぽかったが、包容力があり、魅力的だった。白城あやかさんのマリーも素敵だった。
麻実さんについては、さらに大人で皇太子というより皇帝っぽい印象だった。
スターそれぞれのルドルフ像が出来上がり、どれも楽しめるものだと感心してしまう。やはりそれだけ「うたかたの恋」は、本が良い作品と言えるのではないだろうか。(続く)

【2006/12/04 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
マミDSチケット到着
浜松ディナー

主人に餞別をもらったので、浜松の夜は得意のルームサービスで一人ディナー・・・わっちさんの主食はオニオングラタンスープでした。
マミさんのディナーショーのチケットが到着。るるぅ~楽しみだよーん。特にトーク
本日はきょうだいの一人の誕生日。つまり、自分の誕生日の翌日に生まれたもんで、以来、2人はいつも一緒に誕生日を祝ってもらっていました。しばらく会っていないけど、元気なのかしら。
昨日は妹とエステ&グルメ三昧。贅沢な誕生日でした。


●ミニエッセー114「うたかたの恋3」
出番は決して多くないが、狂言回し役でもあるジャン・サルバドルの彩吹さん、ミリーの桜さんをはじめ、脇役陣も相当的を得ていた。
中でも、的確なテンションを保ったフランツの夏美さん、見事な老け役とアドリブで笑いを誘ったロシェックの悠真さん、地味な役ながらまた成長を見せたゼップスの愛音さん、まさに適役となったツェヴッカ伯爵夫人の花野さん、代役ながら非常にはまっていたラリッシュ夫人の初姫さん、若々しさが生きたブラッドフィッシュの華形さんを挙げたい。
それから、私がもし一つだけ好きな場面を挙げろと言われたら、おさちゃんは出ていないのだが、後半の舞踏会で、マリーの元へ向かおうとしていた皇太子妃ステファニーを止めるためにジャンがダンスの相手をし、とうとう妃がマリーの前に出るという緊張の場面を挙げるかもしれない。あれはきっと作家創作の場面だろう。しかし、舞城ステファニーの素晴らしかったことと言ったらない。歴代のステファニー中、文句なく一番だ。良きダンサーは、良き役者でもあった。また、彩吹ジャンも日増しにその場面での演技が良くなっていった。
女性なら、特に既婚者ならば、正妻の心情が痛いほど分かると思う。政略結婚ながら、子供をもうけている夫婦である。正妻としての意地と誇りはどれほど強かったことだろう。後で心中と聞き、どれほど悲しく、悔しかっただろう。
実は、史実を紹介した本によれば、ステファニーは大変ルドルフを愛していたという。ルドルフもそれを分かっており、妻宛の遺書では、自分がだめな夫であったことを心から詫びている。
それを知っていただけに、最初から思わずステファニーに同情してしまう自分がいた。とにかく、あの名場面で、作品自体がとても引き締まったものになった気がする。
花組は本当によくやってくれた。もしも今まで宝塚を知らなかった人が興味を持ち、ファンになってくれたらうれしいことだ。
ところで、「うたかたの恋」の演出手法は、心中の結論を最初に明かした上で回想形式になっている。「エリザベート」も同じである。それをつまらないと感じるか、巧みだと感じるかは人それぞれだろう。私は後者だ。
オーストリアのハプスブルク家に起こった数々の事件は、いずれも有名な事実である。その場合、物語で大事なのは結果だけということではないわけだ。てん末に至る経緯の中から、観客に伝えたいものをレリーフしていかなければならない。それでもって、心を打つ作品に仕上がれば、本物だ。「分かっているけど、泣けるのよね」―今回、各会場ではそんな声がよく聞かれた。
次回は、マミさんをはじめ、ほかのルドルフ話に移ろう。(続く)
【2006/12/03 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
宙娘役トップさん
浜松夜景

浜松のホテルの部屋から撮った夜景です。。。思い出すなあ。
タニちゃんの相手役、宙娘役トップにうめちゃんが決まったんですね。やっぱり、歌、課題ですね。うめちゃんはやせすぎていて心配なので、体に気を付けてほしいです。がんばれ~
本日は恥ずかしながらわっちさんのバースデーです。
休みなので、末の妹と札幌のホテルのスパでのエステへ。
どうやら妹がごちそうしてくれるらしい。
食事もおいしい所なので、楽しみ~
昨日は前祝い?で主人と外食。。。っても、超リーズナブルなハンバーグレストラン「びっくりドンキー」でしたが・・・あははは。外食をするという気持ちの問題なので、安くてもおいしいから、それでいいんですけどね。


●ミニエッセー113「うたかたの恋2」
今回の花組全国ツアーの話から進める。
実は、私もおさちゃんファンの友人も申し合わせたわけではないが、かなり前から今年の花組の全国ツアーの芝居は「うたかたの恋」ではないかと読んでいた。きっと、生徒たちよりが知らされる前に当てていただろう。
それは、前回述べたように演目が万人向けであることや、「そろそろ来るでしょ」という予感と共に、品のあるおさちゃんと彩音ちゃんコンビにどう考えても似合うと思ったからだ。
演目が決まって以来、真っ白い軍服のおさちゃんと真っ白いドレスの彩音ちゃんを想像して、それはそれは楽しみにしていた。
ただ、その前の「ファントム」を十二分に満喫していた私は、全国ツアーなので客席の落ち着きのなさがあるだろうし、マリーを熱望していた彩音ちゃんと対照的におさちゃん自身が特に思い入れのない作品だということもあり、舞台の出来については、そんなに大きな期待を持っていたわけではなかった。
ところが、梅田芸術劇場の初日から若干の固さはあったものの「またやられたよ。どうしてくれよう」と、どこか悔しい気持ちになるほど、充実した「うたかた」に仕上がっていた。初日は、もっとばたつくような所もあるのではないかと思っていたが、生徒たちの緊張が良い方向に出た気がする。
演じる生徒によってパターンの違う「かくれんぼ」の場面は、まだそのぬくもりが冷めていない「ファントム」と来たではないか。初日の客席の大歓声をよく覚えている。私自身も、隣の主人と顔を見合わせて声を出して笑ってしまった。
そして、その笑いが大きかったゆえになおさら、次の「(死が)本当に怖くないのか」「ええ、少しも・・・」というシリアスな場面が悲しく浮き出て、切なさが倍増したのである。9回観た中で、そこが一番つらく映ったのは、初日だった。
決定的に観客の心を掴んだな、ショーも楽しいし、これはどの会場でも評判が良いだろうと感じて、ファンとしては安心もした。
おさルドルフは、よく物語の芯をとらえていた。寂しかった幼少時代、父親との確執、母親との関係、皇太子としての気詰まりと行き詰まり、半ばわざとしているような自堕落な女遊び、その中で純粋に抱いている恋へのあこがれ、そして机の骸骨の置物やピストルに象徴される死(トートだろうか)の誘惑。セリフの一つひとつ、表情の一つひとつにそれらをすべてにじませていた。
劇中劇のハムレットのまたうまいこと。あそこは、誰が見ても劇と分からなければならない。さらっとやってはいけないのだ。大仰だが笑いまでにはならないシェイクスピア劇らしさをよく表現していた。
歌は文句がない。強いて指摘するならば、実際ルドルフにはもっと弱々しい部分があったことだろう。おさちゃんは、最期までちょっとしっかりしすぎた皇太子という気がしないでもなかった。
マリーを撃つ前のためらいの演技は、日増しに苦悩の色が濃くなっていった気がする。
彩音マリーは、一生懸命すぎてセリフが上ずり不明瞭な部分があったり、音程が不安定だったり、背が高く見えるなど、気になる部分は幾つかあったものの、とにかくルドルフを、いや春野さんに心からあこがれ、慕い、愛しているという気持ちを全身からあふれさせていた。
また、好きな作品と言うだけあって、初日から最初の出会いから死後の幻想まで「よくこなしている」感があった。おさルドルフも彩音マリーが可愛くてしかたなさそうだった。おさファンとしては、またまた嫉妬がわいたのだが、それで正解なのだと思う。
これで、結ばれてからの後半に若干の色気が加われば完璧と思うが、まだ実年齢が若い人なので、合格としたい。(続く)

【2006/12/02 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(8)
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北海道発・わっちさんの宝塚な日々


北海道の宝塚・ミュージカルフリーク。 現在は特に宝塚OG真琴つばささんが好きです。 北海道日本ハムファイターズも応援しています。 毎日更新しています。

プロフィール

わっちさん

Author:わっちさん
1964年生まれ。北海道在住。
1991年から宝塚ファンに。
大学職員・雑誌記者から
転身し、2010年4月より
美容アーチストとして
サロン経営をスタート。
ネイリスト・メイクアップ
アーチスト、カラーコーディネーター、
ライターです。

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