プレゼント
渡すのはまだ先ですが、おさちゃんにプレゼントを用意
公演ごとにお茶会の時と千秋楽前に、「夢をありがとう」という気持ちを込めて贈っています。
大スターだし、いろいろたくさんもらうだろうし、高価じゃない物は使わないかもしれない。でも、気持ちだからいいんです。
手紙と違い、プレゼントは基本的に直接渡すことはできません。
手紙に入るような薄い物でしたらいいですけどね。
お茶会ではファンクラブのスタッフに頼み、ほかは楽屋口に差し入れします。何度か行って慣れましたが、最初は楽屋口に入るのは緊張したものです。


●ミニエッセー20「“ベルサイユのばら”の魅力2」
登場する男性の中では、やっぱりアンドレが理想の男性だ。明るくて優しくて、おっちょこいちょいな面もあり、オスカルだけを一途に愛し、命を賭けて守り抜く。ちょっと長髪のビジュアルも好きだ。まあ、こんな男性は現実にはなかなかいない。
まったく偶然なのだが、私の好きなスター軸4はみんな、アンドレ経験者である。
アマミーは前述の通りで、まだ若い感じだったが、最初は「私のアンドレ」だった。それに対して、さきやんも年齢的には若いころに演じていたのに、ずいぶん大人のアンドレという印象だった。
新人公演でやったマミさんに関しては、フルでは観たことがなく、ダイジェスト映像だけだが、なかなかどうして、似合っていた。マミさんは間違いなくアンドレ役者だ。貴族のフェルゼンやジェローデルのタイプでもないし、男気のある衛兵隊士のアランともまた違うし、オスカルに理解を示す革命派の新聞記者ベルナールはできると思うが、途中で命を散らすといのがいいではないか。
そして、ついに夢がかなう時が今年の2月に訪れた。まだ「ベルばら」の再演さえ決まっていないころから、私はおさちゃんこと春野さんのアンドレが見たかったのだ。
上品で、どちらかというとソフトなおさちゃん。本人も言っていたが、フェルゼンタイプで、TCAスペシャルや「ベルばら」上演30周年記念イベントでは、フェルゼンに扮した。生では観れなかったが、フェルゼン姿にはもう満足した。
それから、オスカルも似合いそうだが、2年前のショー「TAKARAZUKA舞夢」でゼウスをやった時、オスカル風のカツラと衣装だったため、すっかりオスカルを見たような気がしてしまったのだ。
だから、イベントでも扮装写真でもいいから、アンドレになってほしいという願いをおさちゃんへの手紙にも書いたことがある。黒髪のアンドレもなかなか良いのではないか、何でもなりきれるおさちゃんだから、かっこいいアンドレになるのではないかと。
そして、ついに同期の朝海オスカル率いる雪組にアンドレ役で特別出演することになったおさちゃん。本当にうれしかった。たった3日間の出演だったが、前日のアンドレ交替式と、公演は2回観ることができた。超ハードスケジュールの中、稽古期間が短く、ファンも心配だった。
しかし、どうだろう。涙を禁じえないくらい出色の出来だった。
まず何より、漫画からそのまま飛び出してきたと思うほど、原作のイメージ通りのビジュアルのアンドレがそこにいた。わざとオーソドックスなブルーアイラインの化粧方法だった。平民にしては、少し物腰は品が良すぎたが、疲れも見せず、無邪気な面も出し、実に生き生きと演じていて、朝海オスカルとのバランスも抜群だった。そして、歌はもちろん言う事がなかった。
じっくり漫画を読んだのだそうだ。そして、歴代の諸先輩たちのアンドレ像にとらわれず、思うままに演じたという。その的確さには、さすがプロだと感動してしまった。アマミーには申し訳ないが、「私のアンドレ」はおさちゃんにその座を譲った。
おさちゃんが出演したことで、一層楽しめた新しい「ベルばら・オスカル編」を私は一生忘れないだろう。(続く)

スポンサーサイト
【2006/08/31 13:53】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
荷解き
昨日、先日東京から送ったスーツケースが届き、いつもならその日のうちに片付けるか、次すぐ行く時は荷造りし直すのですが、疲れが出て早く寝てしまい、そのまんまに・・・。
今日頑張ってやりましたが、ファントムのプログラムを見ただけで思い出(って、まだ数日しか経っていないけど)に浸ってしまいました
次、泊りでは9月中旬まで行かないのですが、その先は行きまくるので、今から、荷造りが大変だなぁと・・・。


●ミニエッセー19「“ベルサイユのばら”の魅力1」
「ベルばら」について語ると止まらなくなるので、ポイントを「魅力」に絞ろうと思う。
宝塚を知らない人は、「ベルばら」といえば宝塚だし、宝塚といえば「ベルばら」というイメージだろう。豪華な衣装やセット、やや大仰なセリフ回し、愛・愛・愛という歌。とても一般の演劇界ではできない、宝塚だから似合う世界で、代表作品の一つであることは確かだ。
けれどもさすがに、初演から30年以上経ち、幾度かさまざまなバージョンで繰り返し再演されてきたし、幾ら好きな私でも「また上演する」となるとちょっと簡便してほしいなと思ってしまう。昨年後半から今年に掛けてもあり、観劇前には「どうなのかな。さすがに飽きを感じてしまうのでは」と心配していた。
ところが実際に観ると、演出がところどころ変わっていること、演じるスターが違う、衣装が違うことなどがあって、「やっぱり何度再演されてもいいものだなあ」という結果に。
私をひきつけてやまない「ベルばら」の魅力は、「原作の魅力」だ。私は「ベルばら」の原作を人生のバイブルだと思っている。登場人物それぞれに教えられることが多い。特に、白いばらにたとえられるオスカルは、性別を超えて清くりりしく生きた点で共感する。そのほかにもいろいろな「ばら」たち、そしてその人たちを取り巻くツル、草葉、枝、土、水、種になる人たちが時代を守りながら、あるいは時代を変えようと必死に生きる。「ベルばら」の「ばら」とは、実際に咲く花のことではなく、花のように健気に、懸命に、情熱的に生きた人たちのことなのである。つまり、「ベルサイユのばらたち」なのだ。
もしも、フランス革命の史実をそのまま漫画にしたものであったなら、それは単なる歴史絵巻にすぎないが、史実に、魅力的な架空の人物であるオスカルやアンドレを巧く絡めたところに原作者・池田理代子先生の「勝ち」がある。何より脱帽なのは、先生が20代前半で描いたということである。
宝塚の「ベルばら」には大きく分けて、王妃マリー・アントワネットとフェルゼンの許されぬ恋を軸にしたバージョンと、貴族でありながら正義と市民のために闘うオスカルを主人公とするバージョンがある。前者については、宝塚が男役社会であることから、フェルゼンが主人公になる。かつては、オスカルを一途に愛するオスカルの家(ジャルジェ家)の使用人であり、最後は衛兵隊士であった男性、アンドレが主人公の公演もあった。
私は、どちらかというとオスカル編が好きである。フェルゼン編にも脇役としてオスカルやアンドレが登場することがあるが、場面的にも、アンドレが死ぬ場面、激しいダンスで表現されるオスカルが市民と共に闘い、そして死んでいく場面が見せ場となり、そして、宝塚らしく美しいオスカルとアンドレが天国で結ばれて幸せになるというのがないと寂しいのだ。
次に望むらくは、オスカルに助けられ、一緒に暮らし、やがて巣立っていき、最後はオスカルを看取るロザリーの活躍だ。ロザリーは宝塚ファンの化身だ。女性と知りながらオスカルに恋をする、その切ない気持が痛いほど理解できるからである。泣き虫ではかなげに見えるロザリーは、実は数々の苦難を乗り越えていく芯が強い女性でもある。そんなところもいい。(続く)
【2006/08/30 19:18】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
雪・星、新トップ娘役発表
わーお。今日、新しいトップ娘役が発表されました。雪にとみなちゃんが戻り、エリザをやる。いいんじゃないでしょうか。星組はあすかちゃん。前にエッセーでも書いたようについにその日が来るのがうれしいです。おめでとう!!
星組はとうこちゃんとともに巧いコンビになるねぇ。
ところで、昨日よく行くコンビニの若い女性の店員さんから声を掛けられ「お客様の爪、いつもきれいで、ネイルアートも可愛いですね。私は仕事柄できないんでうらやましく見ています。自分でどうやってやってるんですか」と。
うひょーーーー。見られていたとは・・・。観劇の旅のたび、なるべくその時着ていく服の雰囲気に合わせてやっています。そのうち、爪の画像を公開しよっかなー


●ミニエッセー18「好きな作品の傾向2・ショー編」
ショーは、たまには凝った物もいいが、基本的には、オーソドックスな構成パターンが好きだ。
私が考えるオーソドックスな構成とは、「今からどんなのが始まるのかしら」というわくわくするような始まりで、華やかなプロローグの大円団があり、幾つかスターを軸にした場面があり、客席も一体となってノリノリの中詰めがあり、毛色の変わった後半になり、フィナーレには最低でも、ロケット、トップスターのソロ場面、男役総踊り(できれば燕尾服)が入っていて、パレードになるというもの。
あえて、お決まりのトップコンビのデュエットダンスを入れていないのは、芝居で既にそんな場面がある場合は、再び含まれていなくても構わないのと、それよりはトップスターに路線男役スターたちが絡むような場面が好きだからである。
どんなショーであっても一番望むことは、たとえ同一テーマであっても、各場面が似たようなものにならないことである。メンバー、歌、ダンス、衣装やセットの色などが似てしまうと飽きてしまう。1回しか観ない場合は、それでも楽しいかもしれないが、たいていリピートするため、なおさら「何度観ても飽きない」ものが希望だ。
それから、芝居にも言えることだが、タイトルと作品の雰囲気が合っていないのも気持ちが悪い。一例を挙げれば、2000年のマミさん主演のショー「ブルー・ムーン・ブルー」。「青い月の青」なのだから、どう考えても色合いはブルーが芯になるはずだ。ところが、蓋を開けたら赤・赤・赤・・・。少し青も出てきたし、コンセプトは悪くはないし、歌もアルフィーの高見沢俊彦さんの作品、スターも良かったのだが、概念との違和感が残念だった。
ショーにも、私がなぜか苦手なパターンや衣装がある。理由は分からないのだが、どうも感性が受け付けない。
苦手なパターンは、常時決まった進行役の数人が出てきて、合間に場をつなぐために歌ったり、ふざけたりするもの。
嫌いな衣装は、芝居にも共通するヒットラーやSMっぽい、いわゆる「虐待」をイメージさせるような軍服や皮の衣装。それから、衣装というより飾りになるが、ロケットで時たま出てくる頭のてっぺんに付ける噴水状の鳥の羽みたいな物。ついでに、黒い羽のような「ずぼっ」と頭を覆う見るからに硬いカツラ。
ショーの歌の傾向では、どちらかというとクラッシックやバラード系のようにゆったりしたものよりも、ラテン系の乗りの良い物が好きだ。ただし、春野さんが歌うなら何でも良いのだが。
とにかく、これぞ宝塚、これぞ男役というようなキザでかっこいい場面が一番ときめく。その場面のためだけにお金を払ってもいいと思ったことが何度かあった。
後は、客席降りがあるとやはり楽しい。春野さんと手のひらタッチができるぜいたくなショーが今まで二つあったが、なるべく彼女が通る席のチケットを入手するのに必死だったことがある。ただし、その場面が近づくとめちゃくちゃ緊張し、タッチの後は胸の鼓動が止まらない状態であったことは言うまでもない。
一本目に観る芝居が暗く思い悲劇だったりすればするほど、次のショーでは気持ちが発散でき、豪華なパレードが救いになり、「やっぱり宝塚って楽しい。明日も頑張ろう」という救いになる。そういう役割の点からも、懲りすぎてどこか暗い重い雰囲気のするショーが好みではないのかもしれない。
とにかく、芝居もショーも華やかで宝塚らしいものが好きだ。普通の演劇界で見れるようなものは、あまり意味がない。実験的に導入したとしても、宝塚テイストを忘れないでほしい。
【2006/08/29 18:37】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
初日映像を観る
ロビー

仕事が忙しく、ともすればすさみがちな心でしたが、昨日までの余韻で乗り切りました。はぁ
家に帰って、スカイステージでファントム東京公演の初日のニュースを録画映像でチェック。やっぱり花組最高!!
今日は10月に行く東京星組公演の友の会チケットが到着。これまた大変な良席。嬉しい限りでした。
写真は先日のファントム東京時のロビー階段の様子。まだ開場して間もない時間から続々とファンが詰め掛けていました。


●ミニエッセー17「好きな作品の傾向1・芝居編」
宝塚ファンの中には、本格的な演劇ファンといおうか、演劇全般に強い人もいるが、私は舞台好きといっても、今のところストレートプレーやオペラは苦手だ。一番好きなジャンルは歌が好きということもあって、ミュージカルで、割と古典芸能も嫌いじゃない。歌舞伎、能・狂言は経験済みで、いつか文楽も観てみたいと思っている。バレエも観たことがあるが、スピード感がない場面になると少し眠たくなった。生で観たことはないが、社交ダンスも面白い。
それから、レビューショー的なものは、どうしたって宝塚のショーと比べてしまい、かなうものはない。Dランドとか、ラスベガスのショー、古い映画のレビューなんかも目にしたことはあるが、やっぱり宝塚が一番という結果になる。
ほかにも舞など、まだまだ奥深い舞台の世界。ここでは、宝塚の舞台に限って好きな作品の傾向を自分で探りたい。
今まで、ビデオ等も含め、一体何本の宝塚の作品を観たことだろう。マイ宝塚ノートにちゃんとすべて記してあるのだが、それを紐解くことさえ容易でない冊数になり、時間があればデータ総まとめなどをすることもあるのだが、しばらくやっておらず、ファンになって5年の1996年1月の時点で、ディナーショーや特別イベントを除いて128本だったので、それからさらに10年、恐ろしい数にのぼっているはずだ。
宝塚の作品は、大きく「芝居」と「ショー」に分かれる。芝居と言っても、歌劇というくらいなので、実験的な作品を除いてはたいてい歌やダンスが盛り込まれる。本格的か否かの違いはあるが、ミュージカル作品が多い。圧倒的に多数派の外国物と少な目の日本物という分け方もあり、時代もさまざまだ。
ショーにも幾つか種類がある。国や事柄や色など、一つのテーマに絞ったものもあれば、なんでもありのバラエティショーもあるし、パリレビュー風、ダンス中心など、多彩だ。
芝居では、苦手なものを挙げたほうが早い。それ以外はコメディでも悲劇でも、恋愛物でもそうでなくても、何でも楽しい。ただ、戦争や革命物になると、戦争がかっこいいと映るような作品はいただけない。軍服や参戦する志などは設定上仕方ないにしても、やはり戦争はこんなに悲惨なのだというふうに持っていってもらいたい。
舞台が全体的に常に暗い感じのアングラっぽいもの、最初から最後まで群集芝居のオペラ風のもの。雰囲気で表現すると、抑揚がなく間延びしているものや、結末が締まらないもの、不条理・矛盾だらけのもの、軽すぎるB級漫画のようなもの。演じる生徒に著しく合っていないもの。これらはみんな好きになれない。
また、どうしても原作者や演出家での好き嫌いもあるものだが、たとえあまり好きでない先生の作品であっても、スターのはまり具合や気に入った一場面や音楽があるだけで許せてしまう時もあるし、先生によってもこの作品は良いが、この作品は駄目という時もある。
なるべく、どんな作品でも変な予習をせず、先入観を持たずに観よう、良いところを探そうと思いながら観劇するが、自分がファンになってから観た作品のうち、最も苦手だったのは「真夜中のゴースト」だ。タイトルもひねりがないし、素人が考えたようなストーリー展開に加え、せっかく轟悠さんのお披露目なのに、どのカツラも合っていなかった。事情があったのだと思うが、トップコンビが話の中心という基本から少しずれていて、宝塚の良さが感じられなかった。中村暁先生の作品は、全部とはいかないが、作品全体が平面的に感じてしまう。
好きな作品のベスト3は、甲乙付けがたいものの「ファントム」「エリザベート」「ベルサイユのばら(オスカル編)」だろうか。王道だ。(続く)


【2006/08/28 22:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
感動マミさんライブ
花組東京公演とマミさんのステージが重なることが多いのですが、東京3日目の今日は、朝におさちゃんの入り待ちだけして、昼からマミさんのライブを観て北海道に帰ってきました。なんともぜいたくや~。
マミさんのライブは、やっちんこと曽我泰久さんとの凝った2人ミュージカルでしたが、アドリブもあり、マミさんが大好きな客席いじりもあり、すごく楽しくて、またまた一生懸命にわれわれを楽しませようとする姿に思わず泣いてしまった私。同期の稔幸さん夫婦がきていました。なぜか、私は今までノルさんと同じ日にマミさんや宝塚の舞台を観るという日が多いんです。すぐ近くで観たこともあります。
割と狭い会場で、とっても良い席で目線もいただき、本当に幸せでした。
うえーーー明日から現実に戻れないよぉ


●ミニエッセー16「現役時代の真琴つばささんのこと・一番泣いた日」
退団公演は、東京も大劇場もできる限り通ったが、本当は毎日通いたかった。当然それがかなわず、変則で大劇場の方が最後になったマミさんの退団公演千秋楽にも行けなかったが、2001年7月2日に職場を早退し、札幌でショー「ESP!」からの特別衛星生中継を観た。
生の舞台を最後に観たのは、6月24日の昼公演で、その時また奇跡が起きた。
ショーが始まると、もう最後だと思うと泣けて泣けてしかたなかった。泣いたらコンタクトが曇るし、1秒でも観ないともったいないと思いつつ、涙が止まらない。まだその時は、マミさんが退団後芸能活動をやるとは決まっていなかった。だから本当に会えるのは最後かもしれなかった。
幕が閉まらなきゃいいのに。いつまでもマミさんが舞台に立っていてくれたらいいのに。本気でそう思って観つつ、中盤になった。マミさんが得意の野獣に扮し、最後にポーズで決めてのれん状の幕がざざっと降りてきて終わりという場面で、舞台装置にトラブルが発生した。何と、本当に幕が降りなくなってしまったのだ。ポーズしたままのマミさんにスポットが当たったままになった。
舞台には魔物が潜んでいるなどといわれるが、舞台の神様が私の願いを聞き入れてくれたのだと思い、号泣してしまった。通常より長くマミさんを見せてくれたのだから。照明さんにしても、暗転にすることもできたはずだ。マミさんにしても、そのまま格好良く袖に引っ込んでいくこともできたはずだが、スポットは消えず、マミさんも客席からの温かい拍手の中、もう一度決めのポーズをやり直した。退団まで1週間。ファンの熱い思いがさらに大きな拍手になった。そして、やっとのれん幕が降り、暗転になった。
偶然ではなく、きっと念が届いたのだと私は今も思い込んでいる。
そして、人生で一番泣いた日が来た。これも愛の因果なのか、生中継のホールでの私の席は1列目のセンターだった。望んだわけではない。チケット取得代行業者に取ってもらったら、たまたまそうだったのだ。大スクリーンを観るのだから、席は関係なかったが、私は「ル・ボレロ・ルージュ」での出来事を思い出し、最初から涙だった。隣の若い女性2人連れの1人も声を上げて泣いていた。言葉にはしなかったが、お互いを見合い、思いを共有していた。
ショーが終わり、さよならショー、退団セレモニー、そして何度も何度もアンコールがあった。最も心に残っているマミさんの言葉は、声を震わせながら言った「私は皆さんが喜んでくれることが生きがいでした」。実生活ではひとりっ子で、自由が、孤独が好きというが、本当は誰よりも寂しがり屋で、本当に客席やファンとの交流が大好きなマミさんにとって、その言葉が単なる建て前ではなく、本音だと分かったからだ。なかなかそこまで言い切れるスターはいない。
それから、シーンとして一つには、マミさんが劇場スタッフ、オーケストラ、仲間、客席(中継先も含めて)に対し、「何でもいいから心に留めたいからみなさんそれぞれ何か音で反応してください」とお願いし、それぞれの対応に明るく喜んでいたことだ。大劇場も札幌もみんな、なおのこと涙・涙・涙だった。こんなことをしたトップスターはいない。哀愁の二枚目、カリスマと言われた反面、人情味にあふれ、お茶目で庶民的。ファンは今でもそこが好きなのだ。
それから、アンコールで目頭を押さえ、涙を必死にこらえて上を向いた姿は、ファンには伝説の瞬間になった。客席から「マミさん、泣いてもいいよ!」という声が飛んだ。私はその瞬間の写真をある人にいただき、家に大事に飾ってある。
中継が終わっても、私はあまりに泣きすぎて憔悴し、力が抜けてしまい、席から立てなかった。宝塚ファンにとって、ひいきの退団は、恋人の死と同じ出来事だ。たとえ、すぐに芸能界に行く場合であれ、心から愛した宝塚の公演での姿はもう二度と見ることはできないのだから。
北海道のファンがみんな、涙を拭きながら何も語らずに静かに会場を後にしたことを思い出す。マミさんとの別れをそれぞれにかみしめていたのだろう。
同じ劇場には居られなかったが、長年のねぎらいと、数々の夢を見せてくれたことへの感謝、今後の人生へのエールはきっとマミさんに届いた。そう思わせてくれたマミさんの宝塚最後の舞台だった。
番外編として、私はある懸賞で、マミさんの退団記念写真集と退団公演のプログラムがいずれも直筆サイン入りで当選している。この強運はちょっと自慢で、いずれも一生の宝物である。





【2006/08/27 22:45】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ファントム東京2日目
東京宝塚劇場のすぐそばのホテルに泊まっていながら、今朝、おさちゃんの入り待ちに行くつもりだったのに、起きられませんでした
もしそれがかなえば、今日は昼公演も午後公演も観て、出待ちもしたので、パーフェクト活動デーだったのですが、さすがに体力が・・・。
今日も素晴らしいステージでした。なぜか毎回、微妙に違う場面で泣いてしまう公演で、昼公演では親子の名乗り合い、午後公演では、芝居の最後で涙がぽろぽろ出てしまいました。昼公演は前方席で、またまた目が合い、ドキドキドキドキ・・・いくつになっても恋する乙女だよ、あたしゃ。
出待ちでは、おさちゃんに直接1人ひとりから手紙を受け取ってもらい、幸せでした。きゃあ


●ミニエッセー15「現役時代の真琴つばささんのこと・エピソード3」
通常、スタークラスの生徒が楽屋や稽古場に入ったり帰る時に、手紙を渡せるのはそのファンクラブに入っている人のみだ。ファンクラブに頼めば、渡してもらえる場合もあるが、それでも直接手渡せるというチャンスはなかなかない。トップになって3年経ったころ、もうマミさんの現役生活がもう残り少ないと私は予感し、ぜひ一度だけでもいいから直接手紙を渡してみたいと思っていた。
しかし、入り出待ち時の写真が撮れなくなるのでファンクラブに入るのをためらいながら、ついに3年になり、最後まで貫くつもりでいた。それで、月組が初めて行う博多座(福岡)公演なら何とかなるのではないのかと、それもまた勝手な予感がした。
滞在した2晩のうち、1日目の出待ちは写真を撮りつつ、マミさんの様子を確認した。一人ひとりから手紙を受け取っていた。やったね。できるかもしれない。万一、直接渡せないにしても、ファンクラブの人に頼もうと思い、ホテルで手紙を書き、2日目の出待ちに挑んだ。
喚声の中、ピンクのスーツのマミさんが出てきた。私は緊張しながら、マミさんが近づいてきた時に、後列からそっと手紙を差し出してみた。一瞬マミさんは通り過ぎようとしたのだが、必死に伸ばす私の手に気付いてわざわざ一歩戻って受け取ってくれた。初めてマミさんに手紙を手渡した感動で胸がいっぱいになった。が、今回のエピソードのメーンはそのことではない。
マミさんはファンクラブのスタッフが運転する車に乗って、博多座を後にした。生徒全員が出てきていなかったため、ファンクラブの人はまだガードを続け、ほとんどのファンもまだ残っていたが、私は目的を達成して満足し、密かに人混みを抜けた。そして、博多座入り口に掛かっている公演(LUNA/ブルー・ムーン・ブルー)ポスターを記念に写真に撮っておこうと思い立ち、宿泊するホテルとは逆方向に進んだ。
車道を見ると、やたら渋滞していた。人の方が早く進んだ。ふと一台の車に目が留まった。助手席にピンクの服にサングラスの人がいる。マミさんが乗った車が、渋滞の車列にまだはまっていたのだ。なかなか進まない車。私の周りには誰もいなかった。ずっとそこにいてマミさんを見て、そして追い掛けたい気持ちだったが、マミさんはファンから離れ、もうすでにプライベートな時間に入っている。ストーカー行為はいけない。私は心で「マミさん、お疲れ様!ありがとう」と言い、ポスターの写真を撮りに行った。
そして、ホテルへ戻るために便利な、今来た道の反対側に渡るために横断歩道を渡ろうとしたら、そこには1台目にマミさんの乗った車が信号待ちをしていた。やっと進んできたようだ。歩行者の信号は青だったが、私はそこでストップした。これは神様が私だけにくれたプレゼントではないか。車の信号が青になり、マミさんの車が行ってしまうまでそっと見送ってもいいよね。ほんの数分、笑顔が苦手な私なりに精一杯微笑んでそこにいた。またまたサングラスの目はどんな目だったか分からない。「おい、変なファンがいるよ」と迷惑していたかもしれない。今考えれば、私はマミさんに手を振れば良かったのに、そういう時体は硬直しているものだ。苦笑。
ところで、その公演中楽しい出来事があった。2列目上手に座った時、ショーで、マミさんが下手客席の前の方に降り、上手からまた舞台に戻っていく時、ちょうど私の目線垂直にあった小階段でマミさんがつまづいた。その辺りに居た客一同はびっくりし、思わず「うわあっ」と叫んだ。するとマミさんが、こちらを振り向き「ちょっと、あんたたち、見たわね」という目の表情と仕草をしたのだ。まるで、それも振りのように。しかし、もちろん、アドリブだ。本当はそこにそんなに留まらない。芝居の「LUNA」もアドリブ満載だったが、その時も思わず声を出して笑った。つまづいて、手もつき、転びそうになって一瞬マジに焦ったマミさんを私はよく覚えている。みんなが声を出したことに、反応してくれたのがうれしいばかファンであった。
博多座公演終了後数日して、マミさんが2001年7月に退団することが発表された。(続く)
【2006/08/26 23:49】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
秀逸のファントム東京初日
本日は東京から。花組「ファントム」東京公演初日に来ています。
花組本公演の初日を東京で観るのは実は初めてでした。
一言、秀逸の出来でした。初日からこんなに完成度が高いとは思いませんでした。フィナーレでは少しダンスの振りを間違えたおさちゃんですが、歌も感情表現も絶好調で、ファンとして安心し、とてもうれしかったです。前方のどセンターだったので、目が合い、幸せすぎました。そして、ゆみこちゃんの歌と演技があまりにもレベルが高く、感心と感動でした。銀橋の二人の場面は拍手がものすごく、なかなか二人は抱き合ったまま離れませんでした。花組ファンは、なおさらたまらない気持ちでいっぱいでした。ゆみこちゃん、雪組に行かないで!!
あやねちゃんもまとぶんも大健闘でした。花組万歳!!
スタンディングでのアンコール。千秋楽のような盛り上がりで、その後の出待ちも大いに湧きました。黒いテンガロンハットと黒いシャツに白いネクタイで出てきたおさちゃんは素敵すぎました。舞い上がってパンツは見てませんでした。ファンクラブ員にしか分からないことですが、足腰のつらさも吹き飛びました。案外東京の夜が涼しかったのも助かりました。すごい数のガードの人員。千秋楽、どーなるんだ・・・。
今日、私がおさちゃんにひかれたきっかけにもなった、大切な大切な友人が仕事が忙しく、大好きなおさちゃんの初日を観る事がかないませんでした。彼女には申し訳ない気持ちで来ましたが、彼女の分までしっかり観ようと、最後まで涙を我慢し、初めて泣かないで花組ファントム観ました。この想いが、ヘロヘロ状態で勤務しているNつんに届きますように。そして、一層純粋で美しいおさファントムの魂が、彼女の健康を守ってくれますように。


●ミニエッセー14「現役時代の真琴つばささんのこと・エピソード2」
1999年秋。私は九州への出張後に休みを取り、新幹線で大阪まで行って宝塚に入り、大劇場で稔さん主演の星組公演を2日にわたって観ることにした。わが心のふるさとに着いた日の夜は時間があったので、その時次の公演に向けてお稽古中だったマミさんの出待ちにカメラ持参で行ってみた。ところが、その日は早目に切り上げたらしく、すでにマミさんは帰ってしまった後だった。私はマミさんが現役のころはファンクラブには入っていなかったので、何時ころ稽古場に入り、帰るか情報もなく見当もつかなかった。かと言って、1日中劇団楽屋入り口でずっと待つわけにもいかないので、勘しかなかった。
翌日、公演を観た後の夕方、隣駅の「清荒神」にあり、願いがかなうと有名な清澄寺に行ってみようと思い立ち、初めて出掛けた。駅を降りてから結構な坂を上り、やっとお寺にたどり着いた時はもう夕日が沈み掛けていた。私は愛する人たちと自分の健康と、「一目でもマミさんに会わせてください」と願掛けし、足が痛かったが急いでホテルに戻って部屋で軽く食事し、劇団入り口に走った。
既に夜。公演出演の星組さんは皆帰った後で、20人ほどの月組ファンだけが稽古の出待ちをしていた。ファンクラブの人たちはいなかったが、きっとまだマミさんは居る。そんな予感がして、稽古場の電気が消えるという午後10時まで待つ覚悟を決めた。ぽつりぽつりと生徒が出てきたが、なかなかマミさんは出てこなかった。そのうち待つファンが減り、私のほかたった2人になった。劇団の玄関の灯りはあるものの、当然街中は真っ暗で、「私は何をしているのだろう」と思わなくもなかったが、そこまで来たら愛と意地と根性である。若い女の子2人と話をしながらたたずみ続けた。
そして、とうとう午後10時、劇団の玄関の向こうに全身皮の私服、ウエスタンハットとブーツ、サングラスのとにかくかっこいいマミさんと相手役のかわいらしい檀れいさんが現れた!
そのとたん、一緒に居た女の子2人は、先回すると言って「花のみち」の方へ行ってしまい、玄関には私1人になった。幸運はそこから始まった。檀さんはそのまま出てきて先に帰ったのだが、マミさんは玄関口にある事務所に入り、携帯電話でおそらくファンクラブの代表に「終ったから来て」と連絡をし、そのまましばらくそこで待っていたのである。玄関から姿が見え、少し遠いがその様子もカメラに収めた。しかも、マミさんは「まだかなあ」というふうにちらちらこちらを見る。ひゃー。私はたぶん、怖いが1人でにやけていたに違いない。手も足もまたもや緊張で震えていた。
しばらくすると、ファンクラブの代表らがマミさんを迎えに来て荷物を受け取り、マミさんも出てきた。マミさんは必ずいつも、待っているファンの方を見てゆっくり出てくる。ファンに写真を撮らせてあげる時間を作ってくれる人だった。特にトップになってからは、私服のファッションにも気を遣っていた。私は願掛けしたこと以上の幸せに涙が出た。何と言っても、その時は私のためだけにゆっくり歩いてくれたのだ。サングラスで目は見れなかったが、とっさに写真を撮らせてもらった感謝の気持ちで頭を下げた私の気持ちをマミさんが分かってくれたと感じる瞬間があり、胸がいっぱいになった。誰とも知らないたった1人のカメラ小僧のようなファンのこともマミさんはないがしろにしなかった。そんなマミさんのファンで良かったと心から思った。
その後、車のある場所まで追い掛けていくこともできたが、私は遠慮した。これ以上の幸せを望んだらバチが当たると・・・。
もちろん、仕上がった写真数枚はどれも手ぶれしていて完璧な物ではなかったが、宝物になった。清澄寺の伝説は真実だった。あれから7年、お礼参りに行ってないので、今年中に行きたいと思っている。
そして、翌年の2000年夏、博多座公演を観に行った。実は、そこでも私に幸せなことが起こった。(続く)
【2006/08/25 10:30】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ライブにエプロン?
もうすぐ恒例のマミさんの夏のライブがあります。今日は事前にファンクラブに注文していたマミさんのライブグッズがそろいました。今回は、パンフレットをはじめ、ハンドタオル、マグカップ、トートバッグ、そしてカフェエプロン(丈が短く腰に巻くタイプ)。イタリアンレストランを舞台にした芝居仕立てなので、それにちなんでということですが・・・。(Tシャツは会場で販売・・・買えるのかなぁ)えっ・・・。考えてみれば、実際にライブに持って行けそうな物はタオルとバッグくらいよね。まさか、客席にエプロンをしてくる人はいないべなあ・・・。私は浴衣で行ったことがあります。てへっ。
マミさんのライブでは「おもしろトーク」が目玉なのに、今回は少なそうだなと思ってますが・・・どうなんでしょう。


●ミニエッセー13「現役時代の真琴つばささんのこと・エピソード1」
今回から3回にわたり、マミさんについて私に起こった出来事を披露したい。
一目惚れのお披露目公演の次のマミさんの作品は、また1本物の「ウエストサイドストーリー」だったが、諸事情で観に行くことができなかった。よって、次に観た作品は「黒い瞳/ル・ボレロ・ルージュ」東京公演。この公演のショー「ル・ボレロ・・・」では、マミさんが作詞したラテンの曲「情熱の翼」がファンの間で大ヒットした。今も時々マミさんが歌ってくれるし、最初の相手役だった風花舞さんの退団公演で、ファンにとっては印象的な作品なのだが、私にとって、特別なショーになった。
新東宝劇場ができる間の仮設だった有楽町の1000days劇場で何度か観たうちの1回が、宝塚友の会貸切公演で当選した1列目のセンターブロックだった。しかし、どセンターからは何席か上手側だった。それでも私は、初めて宝塚を観た時以来の1列目センターブロックに緊張していた。主人と妹と観に来たが、2人は中列くらいにいた。ふと、開演前に女性が話し掛けてきた。「友達と席が離れたので、変わっていただけませんか」と。それは、どセンターのすぐ右横の席だった。ラッキーなチェンジを承諾したものの、緊張が増し、ますます硬くなった。
 そして、芝居が終わり、まだまだ緊張状態のままショーへ。オープニング間もなく、真っ赤な衣装のマミさんが1人、主題歌(「情熱の翼」とは別)を歌いながら銀橋に来て、どセンターでストップし、客席の正面に向かって両手を差し出す場面があるのだが、その時どセンターでも正面でもなく、なんと、私1人を選んでくれたのだ。しかも、なぜか私の全身を上から下までマミさんはチェックしていた。マミさんデザインのペンダントを着けていた上に、超派手なパンツをはいていたからだろうか?
「ボレロ、お前に心届く~おおお~」という歌詞。両隣の人が、あまりにも固まって、顔がひきつったままの私が、ニヒルな感じのマミさんと見詰め合っていたのがよほどおかしかったらしく、その後に小声で「いいなぁ」「良かったですね」と、めちゃくちゃ笑いをこらえていた。恥ずかしかった。
お前に心届く―いいえ、もう届いてますから・・・。
実は、突然舞い降りた幸せに、それから数分間舞台の記憶がない。すっかり舞い上がってしまい、しばらくハクハクしていたからだ。今も時々、その公演の映像を目にし、その場面に来るたび興奮してしまう。下から見上げた愛するマミさんのどアップの顔は忘れられない。付けまつ毛が落ちてきそうで、手を伸ばせば触れられそうだった。確か1000days劇場は、今より銀橋と客席が近かったのだ。
仲間内でこの話は有名で、いつもは喜怒哀楽がそんなに激しく顔に出ない私が、どんな風になっていたか見たかったと言われている。
次の私の武勇伝(緊張伝か)は、札幌で行われたマミさんと写真家の篠山紀信さんとのトークショーでのこと。昼と夜2回観たが、それも偶然にもいずれの回も前方席で、夜は1列目のテーブル。センターから少し下手側だった。
トークの冒頭でマミさんが「北海道の人、手を挙げて」と言ったので、一緒に行った職場のヅカ仲間と共に張り切って挙げた。前方の上手の方にはあまり道産子はいなかった。その後、マミさんは「北海道では雪の夜でも月が見えるの?」と、何と下手の私の顔を見て聞いたのだ。そう、マミさんは手を挙げた人をちゃんと覚えていた。「おーい、マミさん、雪の夜って雪雲が掛かり、天気の悪い日ってこと。月はそうそう見えないよ」と答えたかったが、客席の道産子がマミさんの疑問に笑い始め、マミさんはそれに満足げだった。マミさんはみんながウケるととても喜ぶのだ。私は、マミさんがこっちを見ただけでもまたまた緊張でハクハクだった。
そのトークショーの最後に、客席に幾つかのバラの花を投げ歩いたマミさん。篠山先生にも一輪渡したが、篠山先生もマミさんの真似をして客席にそれを投げた。それをキャッチしたのは、そう、私だった。マミさんの手から篠山先生を経由した貴重な(ちょと複雑)そのバラは、永久に枯れないドライフラワーとなって、今でも私のヅカ部屋に飾ってある。(続く)

【2006/08/24 00:00】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
取材にヅカ服
8/22、仕事で或る所へ取材のため出張したのですが、先日入手したマミさんが現役のころ、ご自分でイラストを描いてデザインしてファンクラブで製作したTシャツを着ていきました。サイズがぴったりで、ちょっと感激。マミさんは「かわいらしいけれどちょっと変」という絵を描く人なのですが、そのTシャツもよく見るとすごいキッチュで、取材相手もきっと「?????」が渦巻いていたことでしょう
取材の時はカメラマンにもなるため、動き回りやすいように普段よりはラフな格好をしますが、結構ヅカ関連のTシャツ類を着ます。膨大なヅカコレクション―使える物は実際に使うのが私の信念なのです。



●ミニエッセー12「現役時代の真琴つばささんのこと・頑張りに感激」

宝塚では、同期同士で同時期に各組のトップスターを務めるという時代が到来することもあるが、マミさんの月組トップ時代の後半、5組中4組がその状態というミラクルが起こった。すなわち、花組の愛華さん、雪組の轟悠さん、星組の稔幸さんだ。
宝塚ファンの間では、まだ4人が若手のころ、誰が早くトップになるか、本当に4人同時トップが実現するのかなど、よく話題になっていた。実際に蓋を開ければ、涼風さん・アマミー・久世さんが短期間のトップ就任期間だったこともあって、月組のマミさんが一早くトップになったのである。
マミさんの真のファンだと自負するからこそ、遠慮せずに言うが、トップになった時点では、マミさんの人気は、ほかの3人と比べてずば抜けて高いということはなかった。しかも、月組では歌もダンスも巧みで、人気抜群、すぐに新設の宙組のトップになった下級生、姿月あさとさんがマミさんの極近いところに控えていた。だから、「マミさんがこんなに早くトップになるなんて・・・」と、ネガティブな意味での驚きがささやかれたことは、事実だ。
トップお披露目公演に、1本物でど派手な衣装の「エルドラード」を持ってきたのも、トップ就任を盛り上げようという意図であったとは思うが、裏を返せば、何とかインパクトを与えて、もっとマミさんに注目してもらおうという意味もあったのではないだろうか。
当然ながら、劇団は収益面からも一つの組の命運を背負うトップスターが、就任期間が長いにしろ短いにしろ、絶大な人気を得て集客できるというのが理想のばずである。しかし、いつの時代もそんなに心配しなくてもそうなるスターと、劇団がもっともっと売り込んで、押し上げていかなければ・・・というスターがいる。マミさんは、後者だったように思う。
あくまでも推測だが、自分をよく知っている頭の良いマミさんは、そんな劇団の期待と努力に、のほほんとあぐらをかいていてはいけない、自らも何か宝塚に貢献して応えなければと、決意したのだろう。もともと、トークが得意で、お客さんとのコミュニケーションが大好きで、自己プロデュース力があったマミさん。自らを「宝塚の広告塔」と称し、外部の著名人と全国各地でトークショーを開いたり、ポスターを横尾忠則氏にデザインしてもらったり、積極的にテレビの歌番組などへの出演をするなど、宝塚全体を一般にアピールするため、舞台以外にも奔走したのである。マミさんは、見る見る痩せていった。それは、退団するまで続いた。
結果、宝塚の一般への浸透にある程度効果を上げたし、何よりもそういった努力をするマミさんが支持され、ファンが増大した。
マミさんにはまってから、決して技術は高くはないが一公演ごとに洗練されていく舞台センスに魅了されるとともに、いつもトップとしての意識のあり方やこだわりに共感し、いろいろなことに気を遣いながら、頑張っている姿に感激していた。
もしも、マミさんの一連の活動がなかったとしたら、トップ就任期間はもっと短かったに違いない。私たちは寂しい思いをしただろう。3年で退団を申し出たマミさんをありがたいことに劇団が1年引き止めた。いつトップになってもおかしくない2番手、紫吹淳さんがいる中で、2001年の新宝塚劇場のこけら落とし公演をマミさんに託したのである。その公演がマミさんの退団公演になった。(東京が先で、大劇場が後という変則パターン)待たせてしまった紫吹さんファンには申し訳なかったが、こけら落としと退団が重なり、客入りに貢献したことに免じて、許していただきたい。
やはり、スターとしてだけではなく、私はマミさんのことも1人の人間として、また同世代の同性としても、ひかれていた。(続く)
【2006/08/23 02:20】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
先に飛行機を予約
月曜はほとんど毎回「電話掛け」があり、今日は星組東京公演の結果紹介と花組全国ツアー関東公演の申し込み。
やったよぉ。星組さんは、現トップ湖月わたるさんの退団公演で、せめて1度でも観たいと申し込んだ第一希望が見事当選!
なんとなく当たる予感がして、先に飛行機を取っていた私はすごいかも。そう、ホテルや飛行機を先に申し込んでから、最後にチケットの手配ということもあるんですよね。週末で人気ある日は希望のホテルが満室になったら困るし、飛行機はなるべく安く済ませるためにバーゲンフェアや早割りを取るなど、地方ファンは気が抜けないんです
残念ながら、高校野球はわが北海道の駒澤大学苫小牧高校の3連覇ならず。でも、良い夢を見せてもらい、最後まであきらめずに物事に真正面から向かうことの大切さに気付かせてくれました。ありがとう、おつかれさま、高校球児たち!


●ミニエッセー11「現役時代の真琴つばささんのこと・愛し始めた日」
さて、私の軸スター4のうちの3人目、月組トップスターだった真琴つばささん(以下マミさん)については、あまりにエピソードが多いため、まずは今回から数回にわたって現役時代のことを振り返りたい。退団後については、またしばらく時間を置いてから張り切って書きたい。
初めてマミさんを目にしたのは、まだ花組時代で、1992年「白扇花集/スパルタカス」のテレビ中継か、そのころ買いまくっていたTCAスペシャル(かつてはTMP音楽祭)のビデオだったか忘れてしまったが、とにかく後に花組に残りトップスターになった同期の愛華みれさんとダブル3番手の立場のころだった。
「ソフトで温かいムードの愛華さんとは正反対で、真琴さんはハードでクールな若手男役」という印象で、マミさんに対しては「嫌いじゃない」という程度の気持ちだった。が、評論家よろしく、この人たちは将来同じ時期にそれぞれトップになっていいはずだから、どちらかを別の組に異動させた方がいいのにと思っていた。そして、その通りにマミさんが1993年、アマミーがトップだった月組に3番手としてやってきたのだ。
しかし、私がマミさんの生の舞台を観たのは、1995年の阪神・淡路大震災で大劇場公演が中止になった「ハードボイルドエッグ/エキゾティカ!」の東京公演だった。そして、前回述べたようにあっという間にアマミーが退団後は、さきやんを追って星組を観ていたため、久世星佳さんがトップの時代、つまりマミさんが2番手だった月組を生では観ていないのだ。今考えると惜しいことをした。
そして、なんと生のマミさん2回目というのが、1997年夏のマミさんのトップお披露目「エルドラード」。月組がどう生まれ変わったか観てみようという動機だった。その日こそ、マミさんを愛し始めた日になった。
結構前方の上手の席で観ていた私に何が起こったのか。
1本物の芝居の後の短いお披露目ショー的なフィナーレの中で、黒い大きな羽を背負ったマミさんが、1人銀橋を上手から下手へ、客席にアピールしながら渡っていく場面で、ふいに私の居る方に向いてぐっと身を乗り出し、背中の羽を振りながら、目力とマミさんには珍しい微笑で、見えない「マミ矢」を放ってきたのである。それは、かなり深く刺さってしまった。私は、殺された。
このごろ、そういうベタなニクイことをして、お客さんを落とそうとするスターが少なくなったが、それこそが宝塚の男役ではないだろうか。
マミさんはあの時、ただ決められた振りをしたのかもしれないし、実際はほんの一瞬だったのだろうが、私の心のハードディスクには、そこだけスローモーションで残っている。だから今でも、見詰め合ってしまった・・・くらいの感覚なのだ。ああ、勘違いとは幸せなものだ。
隣で観ていた主人も後で「あの時すごくこっち見てたよね。真琴つばさ、かっこ良かったねー」と言っていたのには笑ったが・・・。
フィナーレから始まった恋というのもなんだが、とにかく、一目惚れだった。
それから現在まで、観ていないマミさん出演の過去の作品をビデオで観たり、下級生のころの写真などを買い集めたりしたし、トップ時代の作品はほぼ網羅したし、退団後も公式ファンクラブに入り、ほぼパーフェクトに活動を見続けているので、まだ愛し始めてから10年未満とは思えない中身の濃さだ。(続く)

【2006/08/22 00:31】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
夏すみれ
夏すみれ


日曜日、友人と友人の娘Mちゃん(小2)と3人で由仁町にある英国風庭園のテーマパーク「ゆにガーデン」に行ってきました。虫取りをしながら庭園を回り、ジャグラーのパフォーマンス(Mちゃんが皿回しに参加!)を観て、押し花ストラップ製作体験をし、おいしいランチを食べ、フレグランスや農産物・花などのショップで買い物をし、満喫
写真は、名前にひかれて買ってきた花で「夏すみれ」。はい、宝塚ファンは、ここでちょっと笑いますね。春野寿美礼(はるのすみれ)ではなくて、夏のすみれなんですもの。さらに色ごとに、ピンクが「ローズムーン」、薄紫が「ロザリンムーン」、白が「ホワイトムーン」、紫と黄色のミックスが「ミッドナイトムーン」、濃い紫が「パープルムーン」という種類名があり、ロマンチックや~。ムーンは、月組さんっぽいですけどね。しかも、「パープルムーン」は、私が昔出版した詩集のタイトルそのもの。大事に育てます
高校野球決勝が、歴史に残る死闘の末、引き分けに。月曜に再試合って・・・仕事にならんがな!


●ミニエッセー10「麻路さきさんのこと」
マリコさんこと麻路さきさんのことは、昔から「さきやん」と呼んでいる。たまたま妹と星組の「白夜伝説」の舞台中継をテレビで観ていて、2人とも同時に「かっこいい」と、さきやんを気に入ってしまった。
実は、前作の「紫禁城の落日」もテレビで観ていて、その時は「この人は歌が不得意だし、苦手なタイプ」と話していた。ところが、「白夜伝説」から2番手となり、ガイという最初は悪役だが、花總まりさん演じる盲目の少女ミーミルの優しさに心が解けていき・・・というコテコテの2枚目役があまりにもはまっていて、さらに長髪のカツラも素敵で、すっかり参ってしまったのである。音程をはずすことさえ、愛おしくなったのだから、人の心は不思議である。
さらには、その後星組の公演を観に行き、出待ちをして知ったのだが、さきやんは、下級生のころからトップになってからも、公演期間も稽古期間も、できる限り毎日1人ひとりのファンから直接手紙を受け取っていたのである。しかも、必ず1人ひとりの目を見て。それは、自分が宝塚のファンだった時、スターにそうされたのがうれしかったからだそうだ。舞台でも、色気のある流し目や手の仕草でファンを悩殺していたというのに、舞台を降りてもファンの心を離さないザ・スターだったとは・・・。
さきやんにときめき始めた1993年ころ、私の軸スターはあくまでもアマミーだったので、もしアマミーが退団したら、思いっきりさきやんを追い掛け、応援しようと決めていた。
それが実現したのは、そう長くない年月だったが、ファンクラブでないにもかかわらず、目を見てもらって手紙を受け取ってもらえたし、ファンクラブの方々がスター本人の人柄同様とても良い人が多く、親切にしてもらったり、北海道公演も、退団公演も観ることができ、素晴らしい思い出しかない。どの役も素敵だったので、なかなか一番が決められないほどだ。
さきやんは、退団と同時に結婚し、ブラジルに渡ってお子さんを産んだ。言葉も違い、知り合いがいるわけでもないブラジルで暮らそうと決心すること自体、真似できることではない。向こうでは、主婦をしながら日本人や日系人にピアノやダンスを教えていたという。そして、数年前から度々日本に帰ってきて、トークショーやOG公演に出演している。
私も、2004年「TCAスペシャルOGバージョン」と今年行われた「エリザベート10周年ガラコンサート」で再会し、感激のあまり涙が出た。現役と言ってもおかしくない素敵な男役ぶりだった。退団して10年近く経つというのに、ますますファンを増やしているのだから、その魅力は計り知れない。
宝塚のスターだからというより、1人の人間としての器の大きさにひかれ、尊敬の念でいっぱいだ。
【2006/08/21 01:32】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
旅支度
トマト


写真は、うちの庭で採れたおいしいトマト(クリックすると大きくなります)です。採れない時期は、特別に農家から直接買ってます。どうもスーパーなどで買ったトマトは食べられないですね。全然味が違うので。
いやぁ、今日もヅカが忙しかったなぁ。まずはマミさんのファンクラブから会報などが届き、継続会費支払い準と・販売写や来週あるライブのDVD予約購入準備。続いておさちゃんのファンクラブから届いた「ファントム」チケットの取り次ぎ結果葉書を確認。そして来週末、東京に観劇しに行くので、ホテルに送る荷物の準備。2泊以上の場合は必ず事前に送ります。んで、最後にスカイステージでの花組関連番組の録画。
これらの合間に、甲子園の試合中継を見て(ついに駒苫決勝へ)、祖父の墓参り、買い物も。ぜーぜー


●ミニエッセー9「天海祐希さんのこと」
エッセー1で述べたように、何しろ宝塚との出会いイコール天海さんとの出会いだったので、今テレビや映画で彼女が大活躍しているを嬉しく思う。退団後も映画などを観続けたが、はっきり言ってしばらくは、あまりヒットに結び付かなかったので心配したが、ここ数年ですっかり知名度も上がり、当たり前だが、ずいぶん精神的にも大人にもなり、温和になったと感じる。これからも輝き続けてもらいたい。
天海さんの愛称は、本名から「ゆりちゃん」だが、私は勝手に親しみをこめて「アマミー」と呼んでいる。アマミーは、長身で美しい男役だった。当初は若かったから少しふっくらしていたが、私には「理想の王子様」だった。「ベルばら」以前の彼女の出演舞台はできる限り、販売ビデオやテレビで観て、ありったけのブロマイドやポスターも集めた。グッズ類もほとんど買った。
しかし、宝塚ファンになって2年でトップになり、その後2年で退団したこともあり、生の舞台を観たのは、驚くほど少ない。「珈琲カルナバル/夢・フラグランス」「PUCK/メモリーズ・オブ・ユー」「グランドホテル/ブロードウエイボーイズ」「エールの残照/TAKARAZUKA・オーレ!」「ハードボイルドエッグ/エキゾティカ!」だけだ。ほかはすべてビデオだ。恐ろしく人気が上がり、退団公演「ミーアンドマイガール」は、まったくチケットが取れなかった。ファンクラブにも入っておらず、まだインターネットもやっておらず、ヅカ仲間もおらず、情報も少なく、貯金もなく、入手する術がなかったのである。
いろいろ思い返してみても、やっぱり私にとってアマミーの演じたナンバーワンの役は出会いのアンドレだ。彼女はずっと「私のアンドレ」だった。しかし、アマミーには申し訳ないが、今年に入ってもっと素敵なアンドレが登場してしまったのだが・・・。とにかく、アマミーには若々しさと勢いと何より華があった。2番手、3番手などが上級生という立場の難しさ、抜擢スターゆえの重圧の中、よく務めていた。
ところで、時代に合わせなるべくナチュラル志向でと、けばけばしさを嫌う傾向にあったアマミー。確かに現代風の役もたくさんやったので、それはそれなりに良かった。新しい宝塚ファンもひきつけられた。しかし、「ナチュラルばかりなら、宝塚の舞台を観に行く意味がない。少しは時代も取り入れるべきだが、宝塚らしさとは?」と私は感じていた。彼女は音楽学校の古くさい習慣などを改革した人だ。しかし、それはそれ。宝塚の舞台が全部今風になっては困る。そういう意味でも様式芝居で宝塚らしい「ベルばら」のアンドレが最も良かったと思うのかもしれない。
それから、舞台を一歩降りたアマミーは、理想のスターとはいえなかった。ファンクラブが開くお茶会などでは、しっかりファンと接していたと聞くが、宝塚伝統の入り・出待ちではまったく愛想なしだった。生徒たちが危険なく楽屋に来たり、帰ったりできるようガードするファンクラブのメンバーほかにも待っている、いわゆる一般ファンが、写真を撮るのが嫌だったのかもしれないが、宝塚の生徒ならば、それも含めて仕事と考えてほしかった。宝塚ファンにとってはそれらの儀式も応援する楽しみなのだ。それが、ほかの芸能とは違う、宝塚らしさなのだ。
最近は、ファンに対して愛想がないことでがっかりするような生徒はいなくなった。みんな自分のファンだけではなく、客席全体、そして来れないファンのことも忘れないでいることに感心する。それは、各組長やトップの初日や千秋楽のあいさつ、また退団者のあいさつでもよく分かる。アマミーの退団あいさつは、ファンへよりも舞台仲間やスタッフへの愛が相当勝っていたように聞こえてしまった。もちろん、内輪も大切だが、それを表す場はほかにもあったはずだし、恩を着せる気持ちはないが、結局は観に来てくれる人、ファンがいなければ成り立たない職業であることは分かっているはずで、ビデオに撮られ、永遠に残ることも承知していたただろう。ある意味では、ばか正直な人と言えるかもしれない。
余談だが、彼女の同期で、絶大な人気があった姿月あさとさんの退団あいさつに至っては、ファンへの気持ちをあまり語らなかったような記憶がある。「心では感謝していたのかもしれないが、最後くらい表現しなければ、応援し続けたファンに対して失礼ではないか。芸能の世界にいる人は公の人なのだし・・・」と受け取った印象がある。まだ姿月さんは大人になりきれていなかったのかもしれない。現在の彼女はさすがに違う。
そういうわけで、天海祐希さんのすべてを盲目的に愛したわけではなく、ファンといっても結構冷静だった。江戸っ子らしい姉御的な性格は今も好きだが、私はあくまでも宝塚の舞台で息づく彼女に恋していたらしい。
【2006/08/20 00:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(7)
テレビチェックも楽じゃない
そういえば、8/17はもうひとつ、定期購読雑「宝塚グラフ」が届き、一気に読みました。おかげで8/18、職場で眠くてたまりませんでした。。。
連日マミさんが地上波・CSとテレビ出演。とってもうれしいのですが、録画して、見て・・・と、そりゃあ、そりゃあ大変でございます。
ネット通販で買ったおさちゃんとゆみこちゃんの最新ポストカードも届きました。うふっ。地方人は、こういう時の送料が掛かるからエライことです・・・。思いついた時に注文しないと、キャトルレーヴに行っても購入し忘れることがあるので、通販はよく利用します。
それと、多く入手してしまった公演チケットの譲り先が決まって良かったぁ・・・と、宝塚的毎日は続くのでした。


●ミニエッセー8「好きなスターの系譜・5」
星組にも好きなスターがたくさんいたので、麻路さん時代以降、よく観ている方だ。OGでは、稀有な別格娘役・洲悠花さん、白城あやかさん、稔幸さん、星奈優里さん、久城彬さん、夢輝のあさん、朝澄けいさん、麻路さんの実妹の麻園みきさん(花組にもいた)、すぐ月組に異動したが、星組時代の映美くららさんらが思い浮かぶ。
久城さんは足の故障で、いわゆる路線と呼ばれるトップへの道から自らはずれたと退団後に行ったトークショーで知って、仕方ないことだと納得したが、将来はこの人がトップになるから楽しみと思っていた朝澄さんの退団は、正直ショックだった。現在花組で活躍している真飛聖さんとの男役同士のコンビも「おさ・あさ」に続くものと期待していた。また、どんどんたくましく育っていった道産子スターの夢輝さんにも、それこそ夢を託していたので、あまりに早い別れは寂しかった。
現役では、次期男役トップの安蘭けいさんをはじめ、白羽ゆりさん、綺華れいさん、柚希礼音さん、美弥るりかさんと、見守りたい生徒が続いている。
宙組については、意外に骨太な面もある新男役トップの貴城けいさん、花組から自信をもって送り出した蘭寿とむさんを中心に観ていきたいと思っている。OGでは、椿火呂花さんの退団が惜しい。
それから、専科OGでは、前述の初風さん、樹里さんのほか、花組から移ってきて以降の伊織直加(当時の芸名のまま)さんが素敵だった。キュートな顔立ちに反して、渋い男役が似合っていた。
現役の一押しは、遠野あすかさんだ。芝居巧者で、下級生のころから宝塚の枠からはみ出している感があった。現代っ子で小生意気だけに見えた時代を過ぎ、花組時代に大輪の女優に成長。最近ますますきれいになった。ついにその日を見ずに卒業した樹里さんの実質的な相手役だった彼女が、実際にトップスターと呼ばれる日を花組ファンは待っている。
【2006/08/19 02:24】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
ラインアップ
8/17はあわただしかったです。まず、ファンがこの時期どきどきわくわくで待つ翌年前半の公演内容がラインアップ―公式発表されたからです。
私としては、雪組の男役新トップが順当に水さんで安心したものの、歌がそんなに得意ではない彼女に「エリザベート」とは、少しびっくり。ビジュアルやダンスは素敵だと思います。トップ娘役が未発表なので、誰がエリザベート皇后を演じるのか気になるぅ。ともあれ、エリザ3度目のゆみこちゃんも出るし、絶対観たいです。
われらが花組は「明智小五郎の事件簿-黒蜥蜴」など!!おさちゃんが明智探偵・・・いや、美輪明宏さんばりの黒蜥蜴だったりして・・・。今から、ファンクラブグッズのデザインがなんとなく想像つくなぁ。
私の世代は、明智探偵のイメージとしては、故・天知茂さん主演のドラマシリーズでしょう。毎回、マスクの変装シーンが印象的でした。実際には映像でそう見せ掛けていて、決して天知さんが本当にマスクをつけていたのではないんですけど、脱ぎ掛けるところだけ本物で、ちょっと笑えました。レトロで、色っぽくて、おどろおどろしくて、面白かったです。
それから、宝塚友の会の花組全国ツアー梅田公演の抽選結果照会があり、1勝1敗でした。うーむ、微妙・・・。
ついでに、高校野球で南北海道代表、駒澤大学苫小牧高校がベスト4に。いつも少し神がかり的な勝利ですが、たとえ夏3連覇しなくても、悔いなく戦って、帰ってきてほしいな


●ミニエッセー7「好きなスターの系譜・4」
雪組OGでは、実年齢が同じの一路真輝さんの舞台をよく観た。そして、退団後もなるべく女優としての出演作品を追っているのが、のちに星組で道産子初のトップとなった実力派の香寿たつきさん。花・雪・花・雪・専科・星組と在籍した彼女だが、私の中では雪の人だ。同じように異動が多かった汐風幸さんも、雪のイメージが強い。月組時代には、よく真琴さんを支えてもらった。朝影るいさんや多彩しゅんさんも好きだった。
そして、特別な思い入れがあったのが、アマミさんの同期で、2004年に退団した娘役、森央かずみちゃんである。彼女は明るいキャラクターでダンスが得意だった。上級生になってからは芝居でも重要な脇役を務めていた。楽屋入り・出の時、どんなに疲れていても待っているファン(自分のファン以外にも)に対して向ける笑顔がかわいらしく、それも含めて宝塚の生徒であることを心掛けていた人だった。ある日、たまたま彼女の素敵な楽屋入り写真を撮らせてもらったので、後日、かずみちゃんの心意気への賛辞も含め、手紙と共に送った。数ヵ月後、忙しい合間に手書きで数枚にもわたって書かれた返事が届いたのである。
それから、一度一緒に気さくにおしゃべりしながら楽屋入りをし、ファンクラブの仲間にも入れていただいた。私は、どうしても軸スター中心の観劇リズムだったため、すべてとはいかなかったが、できる限る応援した。退団公演は千秋楽も観て、バレードの見送りにも退団パーティーにも参加した。素敵な男性と結婚が決まり、幸せいっぱいだったかずみちゃん。姉のような気持ちで祝福し、最後は堅い握手でお別れした。風の便りで、母になったと聞く。本当にうれしい。
現役には、気になるスターやスター候補生がいっぱいいる。男役では、次期トップスターの水夏希さんをはじめ、音月桂さん、柊巴さん、凰稀かなめさん、緒月遠麻さん。娘役では、晴華みどりさんに期待を寄せている。また、渋いけれども、副組長である灯奈美さんの演技にひかれる。
最後に、残念ながら今年12月に退団する朝海ひかるさんと舞風りらさんは、本当にかわいらしく似合いのトップコンビだった。(続く)


【2006/08/18 02:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
リクエスト
110度CS宝塚専門チャンネル「スカイ・ステージ」のリクエスト番組で思い出のシーンとコメントが採用されました。てへっ。開局以来4年、しょっちゅう取り上げていただき、うれしいです。
しかし、長年ファンしていると、あまりに思い出が多すぎて、いろいろと思い出すのは大変なことですわ。苦笑。
夕方久しぶりに少し雨が降ったけれど、一向に涼しくならず、とても北海道とは思えない蒸し暑さ。でも、夜は虫の声が激しくて、ちょっとずつ秋の気配なのかなぁ。


●ミニエッセー6「好きなスターの系譜・3」
月組は、宝塚との出会いの組であり、たくさんのスターを見てきた。OGでは、男役から言うと涼風真世さん、久世星佳さん、若央りささん、アマミさんの同期の卯城薫さん、退団時は専科だった初風緑さんと樹里咲穂さん。縁があって月組時代の汐美真帆さんのお茶会(スターとファンとの交流の場)に行ったこともある。
素敵な娘役も多く、麻乃佳世さん、羽根千里さん、のちに雪組へ異動した紫ともさん、風花舞さん、のちに専科・星組に異動した檀れいさんなどが思い出される。風花さん、檀さんは真琴さんの相手役だったが、両人とも真琴さんとのコンビネーションが良くて、私は満足していた。真琴さんは日常でも2人を妹のように可愛がっていた。2人も真琴さんを信頼していた。その良好な関係が、舞台に現れていたものだ。
そして、現役ではほかの組を合わせてもただ1人、途中からではなく、入団(1992年)以来ずっと応援し続けているという生徒が、大空祐飛さんである。彼女は、私の影響を受けて宝塚を観るようになった夫の最もお気に入りの生徒でもある。下級生のころから、きっと素晴らしい個性派スターになると思っていた。決して器用な人ではなく、トントン拍子にきたとは言えない。今、立場としては3番手だが、同期であるトップスター・瀬奈さんをよく支え、自らも輝いている。2005年、彼女のディナーショーを一番前で観たが、努力が伺え、本当に立派に成長していた。今後も見守りたい。これは親心以外の何ものでもない。
なお、下級生では、明日海りおさんに注目している。また、青葉みちるさんの演技と小柄なダンサー・美鳳あやさんの活躍にも期待したい。月組には代々、美人の娘役が多いので、舞台チェックが楽しい。(続く)
【2006/08/17 01:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
ウェア
あーお盆休みも今日まで。つらいなぁ・・・
もう昨日のことになってしまうけれど、おさちゃんのファンクラブ(宝塚では歌劇団の公式な個人ファンクラブというのはなく、ファン自体が組織している)から、間もなく始まる「ファントム」東京公演のウェア(会服ともいう)が届きました。わーい
おそろいのウェア(アクセサリーなどの場合もあり)を着てスターの楽屋入り・出待ちをしたり、公演を総見したりするのを恥ずかしがるファンもいるけれど、私はちっとも恥ずかしくないな。そのことも含めて納得して入会しているのだから・・・。
地方ファンは、表立った応援ができるチャンスは少ないので、観劇に行ったらできる限り入り・出待ちをするのが私のポリシーなのですが、体力を使うことなので、無理はしません。それで体調を崩して公演が楽しめなくなったりしたら本末転倒ですもん。


●ミニエッセー5「好きなスターの系譜・2」
そのほか、今まで応援してきた主なスターを組別にたどってみたい。
花組は、2001年の愛華みれさん退団公演「ミケランジェロ」以降は欠かしていないのだが、その前までのおよそ10年、わずか4作品を1回ずつ観劇という程度だった。考えてみると、春野さんのファンにならなければ花組にはあまり縁がなかったかもしれない。
しかし、ここで告白するが、真琴さんが退団したすぐ後のことだ。やはり、真琴さんにあこがれていたスターで、その雰囲気を持ち合わせている当時花組のあさここと瀬奈じゅんに少しひかれていた。春野さんと並ぶ有望株で、人気が高かった。実際、真琴ファンの中には、次はあさこちゃんを見ていくという人も多かった。
けれども私は、このまま彼女を軸に応援しても、結局真琴さんの幻を追ってしまうだろう。それは、あさこちゃんに失礼だと考え、あえて春野さんに注目することにした。そのころ仲良くなった春野ファンの友人の影響も大きかった。そして、ファンクラブに入ってまでも春野さんを応援したくなった決定的なある出来事が起こったのだ。それについては、別章で語りたい。
やがて瀬奈さんは、月組に異動し、立派なトップスターになった。今はちょっと遠巻きにそっと見守っているというスタンス。きっとほとんどの春野ファンがそうだろう。宝塚では、長い歴史の中で時折、男役同士の名コンビが生まれる。学年が1期違いで、公私共に深い絆で結ばれている春野・瀬奈も「おさ・あさ」と呼ばれ、2人の共演はファンにとって、豪華で贅沢な夢の舞台だった。互いのファンクラブ同士も交流があり、結束が固かった。別の組に分かれ、それぞれの道を歩んでいる今、おさ・あさは伝説になろうとしている。
現在の花組男役では、今年いっぱいで雪組へ異動してしまう実力派、彩吹真央さんをずっと応援していきたい。若手では最近、天宮菜生さんに目がいく。花組は、娘役の層も厚い。OGでは大鳥れいさんが好きだった。現役では、桜一花ちゃんがかわいい。華月由舞ちゃんも気になっている。(続く)
【2006/08/16 01:49】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
電話かけ
芦別市の三段滝

ヅカファンには結構骨の折れるお仕事(?)があります。それは、宝塚友の会のチケット先行申し込み電話かけ。私の場合、毎週のようにやっています。昨日は星組さん東京公演とわが花組全国ツアー梅田公演の分をやりました。自動応答でして、「いちいち分かってるって!」と切れたくなるような説明が長くて、時間がかかるんですよ。そんでもって、いくら気合いを入れて電話申し込みをしても、あくまでも抽選なので、当選するとは限らないこのつらさ
昨日は主人と三笠市・芦別市へドライブに。なかなか清涼感のある三段滝(上の写真・クリックすると大きくなります)と美しいアゲハ蝶、野生のエゾシカなどに遭遇しました。VIVA!北海道!


●ミニエッセー4「好きなスターの系譜・1」
優等生的発言に聞こえるかもしれないが、宝塚の生徒(劇団員のこと)はみんな好きだ。彼女たちは、たとえどんな端役でも舞台で輝いている。自分の職業を愛している気持ちがよく分かる。何より一生懸命だ。しかし、やはり人それぞれ好みがある。15年選手の私の場合、数年で移り変わるスター地図その時々に、特に熱烈に応援するスターを軸に、次に好きなスター、心ひそかに応援するスター、気になる若手スターなどが存在するというパターンになる。その歴史を振り返りたい。
最初に述べたように、始まりは当時月組男役2番手の天海さん。彼女がトップスターになってからわずか2年で退団後は、星組のトップスター麻路さきさんを追い掛けた。そして、今も愛し続けている、月組のトップスター真琴つばささん。2001年7月に真琴さんが退団後、心の隙間に入ってきたのが、現役生徒で最も好きな花組トップスターの春野寿美礼さん。この4人が私の軸の系譜だ。なぜかトップスターばかり。ファンになった時はまだ2番手というスターも、皆順調にトップになってしまった。
「しまった」というのは、トップスターになると、あとはその上に退団が待っているつらさである。それが95年続く宝塚の魅力でもあるが、新しいスターが次々と誕生し、頂点を極めたスターは後進に道を譲るのだ。トップになって1、2年で去る場合もあるが、春野さんは丸4年、組を率いてわれわれを楽しませてくれている。春野ファンは、やがて来る「その日」を覚悟しつつある。けれども、何度経験しても、大好きなスターが宝塚の舞台を降りることは寂しくてたまらない。
ところで、私の「軸スター4」は、それぞれ異なるタイプだ。宝塚ファンには、たとえば常に歌のうまい人がいいとか、男役として骨太の人がいいとか、好きな系統というものが決まっている人もいるが、私はどうやら違うようだ。天海さんは、ビジュアルから入った。麻路さんは、年下ながら尊敬してやまない人柄。真琴さんは個性的な舞台センスと客との向き合い方。春野さんは、技術とだんだん洗練されていく成長ぶり。いや、それぞれ魅力は挙げればキリがない。とにかく、いずれも自分の感性に矢を放ってくれたスターたちだ。(続く)
【2006/08/15 00:13】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4)
夢の配役
宝塚ファンなら誰しも、ドラマや映画や漫画やほかの舞台など、とにかくどんなストーリーでも、必ず宝塚のスターを当てはめてみる習慣があるはずです。ほかの組の作品を別の組でも考えてみたり。私はそれを「夢の配役」と呼び、すべてノートに書き出しています。数年に一度は、過去の作品を見直し、「今ならこうだな」とも。やれやれ・・・
今日はディズニーの「バンビⅡ」DVDを見て、各組の配役を・・・。もちろん、登場人物はすべて動物なんですけど・・・。ちなみに花組は、バンビがおさちゃん。父親がゆみこちゃん(彩吹真央)。親友のうさぎのとんすけがまとぶん(真飛聖)。バンビのガールフレンドがあやねちゃん(桜乃彩音)です。はまりすぎっ。


●ミニエッセー3「原体験」
そもそも、自分に宝塚やミュージカルが好きになる下地があったのか考えてみると、やっぱりあった。
子供のころ、オルガンやピアノは習っていたのだが、本当はバレエをやりたかった。学芸会やフォークダンスが大好きで、中学の時には合唱部やフォークダンス部に入っていた。そう、元々歌ったり踊ったりが好きだったのだ。短大時代は音楽活動一色だった。
中学時代、「宝塚に入りたい」と言っていたクラスメートがいたが、何のことだか分からなかったものの興味があった。その後、テレビなどで宝塚歌劇がどういうものか知り、音楽学校の教育システムや厳しさが素晴らしいなと思っていたのは確かだ。
もう一つ、後で知ったことだが、実はDNAも関係しているらしい。父が、レビュー好きだったのである。高校の修学旅行で、東京で観たレビューの華やかさが忘れられないという。父は私がファンになってから時々母や私と宝塚の舞台を観ている。
しかし、私の観劇体験というのは、宝塚より劇団四季の方が先だった。中学生の時、テレビで「ふたりのロッテ」の舞台中継を見たのだ。双子の女の子の物語で、とても面白かった記憶がある。しかし、なぜ突然歌い出すのか、ミュージカルの醍醐味は分かっていなかった。
その後「キャッツ」をはじめ、劇団四季の舞台もかなり観ている。いずれ、その話もしたい。
現実的な夢ではなかったが、もう1人の私はきっと、舞台に立ちたかったのだろう。
【2006/08/14 01:07】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
朝までファントム
深夜から朝まで宙組の「ファントム」のDVDを花組との演出やセリフの違いなどを確認しながら見直しました。
今回大劇場で9回観た花組の「ファントム」とはまるで別の作品を見ているようでした。宙組さんにはそれなりの良さがあるけれど、やはりひいきであるおさちゃんこと春野寿美礼のかもし出す世界観のほうが好みだなぁ
それにしても、ここまで花組の「ファントム」にどっぷりはまり、毎回号泣してしまうとは想定外でした。


●ミニエッセー2「宝塚との出会い・2」
それから北海道に戻り、生の舞台を観る日を夢見つつ、購入した月組「ベルばら」のビデオをすり切れるほど見る日々が続いた。漫画もアニメのレーザーディスク(懐かしい)も買った。当然、どれもこれもセリフも歌も暗記してしまった。速記ができる私は、セリフを書き出して台本を手作りし、妹と役を振り分けて「ベルばらごっこ」もした。1人何役やねん。20代で「ごっこ」って・・・笑。
今でこそ、ムラ(兵庫県宝塚市・宝塚大劇場)へも東京へもすぐ飛んで行くが、当時は経済的余裕もなく、母が重病で入院していたこともあり、簡単には旅行できなかった。初めて観劇することになったのは、1992年4月。月組東京公演「珈琲カルナバル/夢・フラグランス」だった。旧東京宝塚劇場の晩年で、そのレトロさに驚いたものだ。憧れのアマミさんは本当に美しく、でも手の届かないスターだった。その切なさがまた良かった。
不思議なことに初観劇の席は、1階1列のセンターで、トップスターの涼風真世さんからウインクをもらったのだから、もう私の行く道が決まったようなもの。神様、やってくれるよ・・・。普通に電話して早くにつながりゲットした席だが、今では考えられない奇跡の出来事である。
かくして、だんだん観劇の機会も増え、私の宝塚人生は深みへはまる一途をたどっていった。
【2006/08/13 16:15】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
妹に刺激を受けて
はじめまして。最近ブログを始めた妹に刺激を受け、いつかはやりたいと思っていたブログを開設しました。
ブログネームの「わっちさん」は、きょうだい(4人のうち姉妹3人)の間だけで使っているもので、元は祖母が自分のことをそう言うのが面白くて真似をしているうち、なぜかやめられなくなりました。
地方人の宝塚生活を紹介しつつ、毎回ミニエッセーも綴っていきます。

さて、休日の本日は、ネットで今月から始まる花組の東京「ファントム」のチケット探しと、スカイ・ステージでマミ(真琴つばさ)さんの番組を観ました。同世代で、感性の合うマミさん。退団後もずっと応援しています。


●ミニエッセー1「宝塚との出会い・1」
忘れもしない、1991年7月末。当時、慶応大学通信教育学部に通っていた私は、渋谷のホテルに宿泊していた。自宅にはなかった衛星放送でたまたま月組の「ベルサイユのばら」舞台中継を見たのが運のツキ?アンドレ役だった天海祐希さんに一目ぼれ。女性と知りつつも、恋に落ちたのであった。また、ベルばら自体にも興味を持ち、翌日には宝塚やベルばらに関する本を買いまくっていた。
あれは何だったのか。あの日いきなり、テレビのアマミさんの画像を写真に撮り、後は身動きひとつせず、画面に見入り、アンドレが死に、オスカルが死に、天上で結ばれた時には泣いていたっけ・・
子供のころはあまりベルばらの漫画などを見ていなかったし、それまで宝塚に触れたことがなかったので、すべてが衝撃的で、そして魅力的だった。一番衝撃的だったのは、女性を好きになったことだ。しかし、男役を素敵だと思ったのだから、ありだよね。と、自分に言い聞かせて。(続く)
【2006/08/12 23:50】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(6)
北海道発・わっちさんの宝塚な日々


北海道の宝塚・ミュージカルフリーク。 現在は特に宝塚OG真琴つばささんが好きです。 北海道日本ハムファイターズも応援しています。 毎日更新しています。

プロフィール

わっちさん

Author:わっちさん
1964年生まれ。北海道在住。
1991年から宝塚ファンに。
大学職員・雑誌記者から
転身し、2010年4月より
美容アーチストとして
サロン経営をスタート。
ネイリスト・メイクアップ
アーチスト、カラーコーディネーター、
ライターです。

★★訪れた方はそのつど
ぜひ上のバナー
ブログ☆ランキングを
クリックしてください★★

当ブログはリンクフリーです。










最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する